どや顔のスーパーヒロイン
李広が初任務を終えて一週間が経過したころ。
すでにお給料をもらっている彼は、人口島内のショッピングモールを訪れていた。
寮が内部にあるうえで出入りが面倒な研究棟の外に出て、女性しかいなくて女性向けの店しかないショッピングモールにわざわざ来たのは、それなりの理由がある。
書店。
この時代では紙の書籍というものは高級品であり、書店もある意味では高級品を取り扱う店である。
売っている本もそれなりに高額なのだが、それでも彼は書店を訪れていた。
「本当に売っている……そして載っている……取材とか受けてないのに……」
彼は店の前で、すでに購入した『週刊ヒロイン』なる怪異対策部隊公式の雑誌を読んでいる。
三等ヒーロー李広、新しい任務で大活躍!
素人時代にも石化怪物と戦い勝利した男が、ヒロイン部隊を壊滅させた怪物を単独で討伐!
今後も彼の活躍から目が離せない!
そのような記事が、百ページぐらいの雑誌の中で3Pほど使われている。
事前にドクター不知火から聞いていなければ気付きようもない、とても小さな扱いだ。
それでも高級品である本に自分の記事が載っているというのは……。
「うぅん……思ったよりもうれしいな」
あちらの世界では勇者の相棒枠として……こちらの世界で言うところのスーパーヒロインに準ずるような扱いを受けていた。
それを思うとむしろ格が下がっているのだが、故郷で雑誌に載るというのはまた別種の喜びがあった。
かつての反骨心が失われている分素直にうれしいのだろう。
あるいは既に成り上がっていたから喜びが薄く、今は登っている最中で楽しいということかもしれないが……。
とにかく結構うれしかった。
大騒ぎしてしまうほどはうれしくないが、初任給で購入してニヤつくぐらいにはうれしかった。
もっと言うと、書店の店員が『あの子が例のヒーロー?』『うん、自分の記事を読んでニヤニヤしてる』『ヒロインの子と同じよね~~』と微笑ましく見られているが気付いていない程度には浮かれていた。
購入した雑誌を小脇に抱えると、そうそうに歩き出した。
大型ショッピングモールの大きな通路を、少し速足で歩いていく。
自室に戻った後もう一度読んで、しっかりと保管するつもりであった。
これから先活躍すればどんどん扱いも大きくなるだろうが、それでも今回の雑誌は彼にとって特別な意味を持つだろう。
そのように考えながら前に進んでいると、露骨な動きで前を塞がれていた。
20歳より少し前であろう三人の女子が横並びしており、露骨に敵意を向けている。
(……初対面、だよな?)
一瞬知り合いかと思った。
主観的には十五年ほど向こうの世界にいたので、よほど親しい知り合い以外は忘れてしまっている。
なので向こうが覚えていても自分が忘れているという可能性はあった。
こうも敵意を向けてくる者が、初対面であるはずもない。
そのような先入観から自分の過去を振り返っていたが、その間に拳が腹部にめり込んでいた。
みぞおちを殴った、どころではない。わき腹を殴られた。肋骨の下側が折れていた。
「黙ってろ」
(!?)
ぶつかってごめんね、どころの騒ぎではない。
華々しいショッピングモールとは対照的で、粗野を極めたような暴力に驚愕する。
あちらの世界も荒々しい雰囲気はあったが、実際にはけっこういい人が多かった。
もちろんこの世界でもこのように唐突な暴力を受けるなど初めてである。
「歩けるでしょ、ついてきなさい」
ろっ骨が折れたぐらいならもう治っている。
大きな声を出そうと思えば出せる。
逃げようと思えば逃げられるだろう。
だが広は、この三人に逆らうことはなかった。
彼の脳裏には、幼馴染の言葉が反響していたのである。
空気を読みなさいよ
あの時と同じような雰囲気だからこそ、彼は逆らえずついていってしまった。
※
如何にショッピングモールとはいえ、あらゆる場所にたくさんの人がいるわけではない。
立ち入り禁止というわけではないが、人がいない場所に広は連れていかれた。
ひとまず流れに身を委ねることにした広だが、女性たちを見ているとあることに気付く。
彼女たちは階級章をバッジのようにつけていたのだが、それが四つの星が描かれているものだったのだ。
「……五等ヒロイン?」
五等ヒロインと言えば候補生の一年目。ヒロインとしてのランクは最低値だが、それは単にヒロインとして修行中というだけのこと。りんぽと違ってもうヒロインになること自体は確定しているのだ。
全世界の女性の憧れの的であり、高収入好待遇が約束されている超勝ち組超エリート。
雑に言えばそういう女性が、なぜ自分を痛めつけている。
広は理由が全く分からなかった。
「その通り、五等ヒロインだ。何か文句あるのか、三等ヒーロー殿?」
「あ、いや、そんなことは……」
「私たちはな……全員が天才なんだよ。百人に一人どころじゃない、千人に一人いるかいないかっていう魔力の天才だ」
女子のうち一人が広の持っている雑誌を無理矢理奪い取った。
「候補生になり、五等ヒロインになった後も大変な思いをする。面白くもなければ華々しくもない、泥臭い運動とつまらない勉強の日々。魔力武器を使うことが許されるのは入学してから半年後……つまり最近だ。もちろん実戦に出るのは三等ヒロインになってから。で?」
雑誌の中で広が取り上げられている記事をわざわざ手にする。
彼の華々しい戦歴が書かれていたが、それが彼女たちにとって許しがたいらしい。
「お前はいきなり三等ヒーローで、武器の訓練を受けられて、実戦にも出て、こうして雑誌の記事にもなっている!」
「ねえ、私たちに悪いと思わないの? 一生懸命頑張って、他の候補生と競争している私たちに申し訳ないと思わないの?」
「しかもこうやってさあ、自分のことが書かれている雑誌をわざわざ買ってニヤニヤしててさあ! 気持ち悪いんだよ!」
女子の一人が広の殴られた部位を触る。
折れた肋骨を確かめて、指の力でへし折った。
「うぐ!?」
「うわあ……本当に治ってきてる! こいつ本当に人間なの? 骨が繋がろうと動いてる!」
残虐性もさることながら、ごく普通に指の力が強い。
もちろんなにがしかの魔力兵器を使っているわけでもない。
彼女の素の指の力である。
(さすがはヒロイン! 力の差がえぐいな……!)
この世界においても、女性と男性の身体能力差は男性の方が上である。
しかしりんぽのように魔力を持っている女性の身体能力は男性よりも高い。
ましてヒロインに選ばれるほどの魔力の持ち主ならば、指の力で一般男性の骨を折ることも簡単である。
「おまけに状態異常も完全に効かないってさ、ただのモルモットじゃん。それがヒーロー? 何様?」
「おとなしく研究棟に引きこもっていればいいんだよ! なんで私たちの前に来てるんだよ!」
「私たちにも勝てないアンタが本当に活躍しているの? 信じられないんだけど!」
広に自己再生能力があるからか、彼女たちは遠慮なく攻撃をしてくる。
その表情は残虐で、一種の安堵すら浮かべていた。
「うぐっ……!」
ある意味では、初めて『女尊男卑社会』を受ける広。
知ってはいたが、実在していたことに困惑すら覚える。
そう……この世界において男女の差を設ける法律は存在しない。
選挙権や被選挙権、勉強する権利などは男性にも女性にも公平に存在している。
かつての男尊女卑社会のように、明確な性差別は存在しない。
女なら、ヒロインなら男性を殴っても許されるなんて法律はない。
ならば男女平等ではないか。否。
社会の中に『女性の方が偉い』という意識が根付き、なおかつ『私は女だから男より偉い』と本気で思っている者が一定数いれば女尊男卑社会と言えるのだ。
男である広が女の職場である怪異対策部隊で活躍することに不満を抱く者が現れても不思議ではない。
なのだが、それでも広は不思議に思っていた。
(なんでこいつらの雰囲気が、りんぽと同じなんだ?)
広が活躍し自分が夢に破れたことで、りんぽは失意の果てに暴走した。
彼女と同じ雰囲気を、勝ち組である彼女たちからも感じる。
思考を巡らせてから、結論に達していた。
(ああ、こいつら落ちこぼれか)
りんぽに限らず、どんな女子もスーパーヒロインに憧れる。
しかし最低限の魔力を持っていなければ、ヒロインの候補に選ばれることすらない。
それが第一の壁として立ち塞がっている。
その壁を越えてヒロイン候補として選出されても、今度は同じ壁を越えた者たちと競い合うことになる。
その中には最初の壁をかろうじて超えた者もいれば、余裕で越えた者もいる。まさにピンキリだ。
もちろん全員が真面目に努力しているのだろうが、生まれ持った素質の差は埋められない。
自分の可能性を信じて努力したからこそ、自分の限界を知ることになる。
自分たちはスーパーヒロインになれない。それどころか一等ヒロインにもなれず、二等ヒロインの中でも一番弱い方にしかなれない。
一生平隊員で雑誌で取り上げられることもない。
そう悟ってしまっているのが彼女たちなのだ。本当に本気で努力したからこそ反動もすさまじいだろう。
(なるほど、こういうこともあるか)
「なに、その顔。憐れんでるの? かわいそうだなって思ってるの!? アンタ! 私のことバカにしたでしょ! お母さんみたいに、お父さんみたいに! 何にもわかってないくせにさあ! まあそんなもんだろとか、ふざけんなよ!」
「てめえ男のくせにバカにするんじゃねえよ! 何様だよ! なんでそんな目をしやがるんだよ! 私はヒロインだぞ!? 全ての女性の頂点で、男なんかよりずっとずっと偉いんだ!」
広は彼女たちの事情を察したことで表情を変えていた。
それを彼女たちも読み取り、より一層攻撃性を増していく。
一方で暴行を受ける広も現実を思い知っていた。
なされるがままに暴行を受けているが、仮に反撃してもあっさりと抑え込まれるだろう。
彼女たちはヒロインの中では落ちこぼれだが、それでも広より強いのだ。
(俺は異常なだけで強いわけじゃない、むしろ弱い……)
あまり実感したくない現実であったが、それでも甘んじて受け入れていた。
調子に乗っていた自分をりんぽが戒めてくれている、そのようにすら感じられた。
「何やってるんだ、お前たち」
彼女たちが飽きるまで続くかに見えた暴行は、第三者の登場によって打ち切られる。
広も三人の女子も、彼女の顔と声を良く知っているがゆえに、全員が彼女を見て驚いていた。
「スーパーヒロイン……土屋香」
現代で三人しかいない、すべてのヒロインの頂点に立つ桁違いの実力者。
頂点に立つべくして頂点に立っている女傑がそこにいた。
※
華々しい世界にも光と闇がある。
声優や俳優のようなアクターになりたい。
漫画家やイラストレーターのようなクリエイターになりたい。
野球選手やサッカー選手のようなアスリートになりたい。
棋士になりたい、プロゲーマーになりたい。
ここまでですら、尋常ではなく分厚い壁を越えなくてはならない。
スターになる、チャンピオンになる、大御所になる。
夢に見てもむなしいだけだ。
だがこの夢の質の悪いことは……。
夢を叶えている者が実在しているということだ。
スーパーヒロインになるんだと幼いころから夢見ていて、実際にヒロイン候補生になって、順調に実力を伸ばして、そのままなんの障害もなくスーパーヒロインになる者がいる。
その一人が土屋香。
乱暴な口調と裏腹に、タイトなスカートを着こなすキャリアウーマンという雰囲気の女性であった。
彼女はいぶかしげな顔をして四人に近づくと、それぞれの階級章を確認してから言葉を発する。
「もう一度聞くぞ。何をやってるんだお前ら」
スーパーヒロインといえば、階級としては総司令の次に偉い。
その人物からの質問に対して、三人の五等ヒロインは互いの顔を見合う。
言い訳など思いつかない状況であったこともあり、また三人全員が暴行を加えている状況である。
だからこそ三人は、もはや開き直るしかなかった。
「コイツが! 生意気なのでシメていました!」
「男のくせにこの島に入っていて、しかもいきなり三等ですよ!?」
「絶対おかしいです!」
暴行していたと正直に伝えつつ、その正当性を主張していた。
広は後ろめたいこともあるので静かに黙っている。
「なるほどな。お前らの気持ちは分かった。だがやり方が間違っている。俺が見本を見せてやろう」
床に落ちていた雑誌を拾い上げて、広が書かれているページを開く。
「三等ヒーロー李広、大活躍。既に二つの事件を解決、二体の怪人を討伐か……大したもんだ」
「は、はい……」
「だがな、俺の方が偉い。そうだろう?」
「も、もちろんですよ」
「そのとおりだっ!」
ぱあん、と手を叩く香。
するといきなりBGMが鳴り始めた。
何事かと思っていると、楽器を手にしている『プロの眼』をした音楽隊が出現する。
軽快なリズムを刻みつつ、香の後ろに並んでいった。
「俺が偉い、俺が凄い、俺はとっても活躍してる♪」
いきなり歌って踊り出す香。しかも優雅とかではなく、めちゃくちゃコミカルで粗雑なダンスだった。
タイトなスカートが思いっきり伸びていて、もう何が何だかわからない。
「スーパーヒロイン、土屋香! そう、俺はスーパーヒロイン! ヒロインの頂点! とっても偉い! とっても凄い! とっても活躍してる!」
音楽隊の後ろから更にプロの目をしている女性が現れた。
彼女たちは雑誌やハードカバーの本、携帯端末や感謝状などを持ってきている。
「これは俺の活躍を讃えた雑誌! いつも売り切れ! これは俺が書いた本! ベストセラー! 俺のことを讃える動画も多数! 多いのだと一千万回再生! 感謝状もたくさん! 世界中で大活躍! そう、それが俺! スーパーヒロイン、土屋香~~♪」
突如としてミュージカルに巻き込まれた四人。
しかしその驚きはある意味納得を含む者だった。
スーパーヒロイン、土屋香。
歴代の中でも最もメディア露出が多い人物である。
「お、れ~~~~♪」
彼女はメディアでもこのように振舞っている。
まさか私生活でもこうだとは思っていなかった。
愉快な人なのだろうが、実生活で遭遇すると『事故』に遭った感が否めない。
「とまあこのようにやれ!」
見本を見せると言われたが、まったく参考にならなかった。
彼女がミュージカルごっこを切り上げると、後ろで彼女を讃えていたプロたちも下がっていく。
よく観察すれば、彼女らは全員が一等ヒロインだった。すさまじい人材の運用法である。
「だいたいな、お前たちもわかってるだろ? このお兄ちゃんはお前たちに殴られていてもノーダメージだったぞ?」
「え?」
「こいつらヒロインの中の落ちこぼれなんだな。イライラしているから八つ当たりしたいんだな。仕方ない、寛大な俺は甘んじて受け入れてやろう……俺って優しいなあ! とか思ってるぞ」
「え?」
結構殴られていたのでノーダメージではないし、内心でもそこまで見下していたわけではない。
それなのに勝手に代弁されてしまった。そのうえ訂正できる相手でもない。
説教されているヒロインたちもそうだが、広も困っていた。
「コイツが気に入らないなら、実績を積んで階級を上げて、コイツを追い抜かせ。話はそれからだ。階級はそのためにあるんだからな!」
(そうなのかなあ)
間違っていると言えるほど間違っているわけでもないが、言い方に棘がありすぎる。なにより実践できているのが強い。
とりあえずスーパーな女であった。
「でもコイツ、絶対おかしいですよ! いきなり三等になるし、武器を渡されて実戦で活躍するし!」
「男なのに魔力があるとか状態異常が効かないとか自己再生するとか、明らかに変です! なにかズルをしているに決まってます!」
(うっ……それは確かにそうだな……)
三人の言い分である『ズル』には心当たりがあった。
彼の強さは先天的なものではなく後天的に獲得した力である。
この世界では彼だけなのだろうから、ズルと言われれば反論のしようがない。
「は? ズル? すればいいだろ」
香はズルを全肯定していた。
これにはむしろ広の方が驚いている。
「俺たちはヒロインだぞ。クリエイターでもアスリートでもないんだぜ。怪物を倒して人々を救うのが使命だぜ? ズルもクソもあるかよ、手段なんか選んでるんじゃねえよ」
彼女とてレギュレーションのあるスポーツや学生のテストなどで違反行為をされれば咎めるのだろう。
だが自分たちの分野にそれは該当しないと言い切る。
それはそれで一定の説得力があった。彼女を否定すれば『人命より公平性が大事』と言うようなものだ。
「じゃ、じゃあもしも……もしも私たちが……ソイツより強くなれなかったら、活躍できなかったら、出世できなかったらどうなるんですか?」
残酷すぎる言葉に対して、五等ヒロインたちは本音をぶつけていた。
もはや涙すら流しながら不安をぶちまける。
「一生懸命頑張って、先生の言う通りに努力して、それでも二等ヒロインの、その中でも一番弱い奴にしかなれなかったら……後輩からどんどん抜かれていくような、そんな雑魚ならどうすればいいんですか? 文句を言っちゃいけないんですか!?」
「駄目だな」
ずっと本音をぶちまけっぱなしの女傑は切り捨てていた。
「お前たちさあ。自分よりも強くて偉い奴に文句を言いたいとか何様のつもりなんだ? 諦めて家帰って愚痴でも言ってろよ」
果たして彼女にこの発言をすることは許されるのだろうか。
誰よりも強く偉いであろう彼女は挫折を知らぬだろうし、完全に他人事だと思って発言しているのではあるまいか。
あるいは彼女だからこそ発言が許されているというべきか。
「こ、コイツは、男ですよ!? 同じ女として、私たちの味方をしてくれないんですか!?」
「しないぞ? なんで女なら味方になると思ってるんだ? 俺とお前達に何の関係がある? 俺が偉いこととお前達になんの関係がある?」
三人のスーパーヒロインのうち一人、土屋香。
彼女は男尊女卑でも女尊男卑でも男女平等でもない。
ただただ自尊あるのみ、他卑すらしない。
「俺は偉い、俺が偉い。俺の実績や名声は俺だけのもので、他の誰かのものじゃないし影響も及ぼさない。他の奴らがどうなっても俺に関係ないようにな」
三人の五等ヒロインに自負の違いを見せつける。
「俺は自慢するために頑張っている。自慢することが恥ずかしいとは思っていない。自慢することがないのが恥ずかしいんだ。お前たちも自慢をしろ、自画自賛しろ。自賛できる自画を持て! それができないんなら恥ずかしい自分に甘んじろ! 俺を持ち出すな!」
傲慢不遜、功名心の塊、実績主義。
それを言っても許される、あるいは異論を唱えることも許されない相手。
夢の体現者がここにいる。
それができればいいんだろうけども。
彼女のような立場に立ち、彼女のように振る舞えればどれだけいいか。
五等ヒロインらは一瞬そう考えてしまうが、それが無理であることは既に把握している。
香の言うように自慢できることがないことを恥じつつ、無言で逃げ出すしかなかった。
(いいのかなあ……)
彼女たちも道を踏み外すのではないか、と危ぶんでしまう。
そんな頭を香は軽く小突く。
「そんなに心配なら、まずなされるがままにすんなよ。この俺が気を利かせなかったらエスカレートしてシャレにならなかったぞ」
至極もっともで客観的な意見だった。
彼女は少々過激だが、言っていることは間違っていない。
あの状況での無抵抗は事態を悪化させるだけである。
自分で言えることは何もないのなら、誰かの力を借りるべきだった。
「そ、そうですね……ありがとうございました」
「いいってことよ! なにせ俺は、スーパーヒロイン、土屋香様だからな! 世界一の人助けウーマンだぜ!」
上機嫌そうに去っていく華美を極めた女傑。
確かに彼女には救われていた。
その上で思うことは……。
(他人の力を借りるべき、ってのは正しいな。ただまあ……いつかアイツと遭遇した時、他人を頼りたくないっていうのが俺の目標なんだ)
香はやはりスーパーヒロインだった。
世界が違う最強の存在であり、友人一人も救えない己とは存在のステージが違う。
助けてもらうことはあっても、助けることなど永劫ないのだろう。
そのように結論付けて、広はショッピングモールを後にする。
※
その数日後、スーパーヒロイン土屋香が現場に出動し……未帰還となった。
三等ヒーローである李広へ緊急の出動命令が下ることになる。