××××山怪獣決戦
混沌とした怪獣は、それでも同格の存在が二体に増えたことを感じていた。
反射的に、行動がより活発となる。
何か、攻撃を出したわけではない。
怪獣の分身である怪物や怪人たちに指令を下した。
指令というよりは、自壊命令であった。
大量に散乱している怪物や怪人の死体、肉体が一気に崩壊していく。
それらは汚泥となって地面や地層、岩盤、建築物へ侵食していった。
そう、汚泥である。毒とはまた異なっている。
毒というものは、つまり人体に有害な『物質』だけで構成されている物体だ。
だが汚泥は、有害物質もそうではない物質も大量に交じっている。
土壌を枯渇させる物質、土壌に恵みをもたらす物質、土壌を軟化させる物質、土壌を硬質化させる物質、土壌にしみこむこともない物質。
何もかもが大量に、でたらめに散乱していく。それらのもたらす影響は『大地の崩壊』だ。
安定していた大地が不安定になれば、大地に立っている建築物は一気に倒壊するしかない。
文字通り、土台ごと崩れていくだろう。
それは巨大であればあるほど影響を受ける。
巨大なホテルなど、真っ先に崩れ落ちるだろう。
そしてそれは拡大していく。
周辺の建物を、道路を、インフラを。
徹底して破壊していくに違いない。
「エレメントアビリティ、とよあしはら」
それをとどめたのは李広の、王としての力。
彼もまた、メジャールールの範囲内、地球の内部であればすでに影響下に納めている。
手にしたアメノミハシラを振るえば、それだけで汚泥に覆われていく大地が背の高い野草に覆われていった。
葦である。緑が崩壊していく土地を覆い、彩っていた。
建築物の崩壊は未然に防がれていた。
だが怪獣はひるまない。
あらゆる感情を込めて、大声で叫ぶ。
汚泥の唾液が雨あられとなって、火山の粉塵のようにばらまかれ始めた。
これもまた、人工物を屋根や壁から崩壊させる。当然ながら、人間が浴びればそのまま死ぬ。
先ほどの大地を侵食する汚泥よりも、より一層の広範囲の人間を、より迅速に殺すことは想像に難くない。
「エレメントアビリティ、みずほ」
これもまた王の力が向かい受ける。
なんたる奇跡か、汚泥の一粒一粒が米粒となった。
呪いの雨は祝福の雨となって、ぱらぱらと地上に降り注いでいく。
「エレメントアビリティ、たかまがはら」
生命で大地を彩るという神の御業に驚く暇もない。
さらにアメノミハシラを振るえば、怪獣の出現した土地が揺れ動いた。
大地がくりぬかれ、浮上を始めたのである。
古より伝えられていた、存在しないはずの『空に飛ぶ島』がこの世界で初めて出現していた。
怪獣を人々から離す、という目的のために奇跡が起こされたのである。
「神産み」
雲の高さへと昇っていく山の跡地に、戦力は追従していく。
そのさなかで、広は己の持つアメノミハシラを鍔鳴りさせた。
右手で柄を、左手で鞘を掴み、わずかに抜き差しをしたのである。
繰り返すこと四度、鈴を鳴らしたかのような、厳かな鍔鳴りが起きた。
すると鞘から四つの人魂が生まれた。
今まで彼が使役していた小型怪獣ともまた異なる、新たなる神が誕生したのだ。
人魂は成長し、人間の形をとる。
「アメノミハシラとの調伏契約に基づき……ヤタノカガミ、誕生いたしました」
「スキルツリーとの信徒契約に基づき……ヤサカニノマガタマ、誕生いたしました」
「音成りんぽとの貸借契約に基づき……アメノムラクモ、誕生いたしました」
「怪異対策部隊との雇用契約に基づき……アメノイワト、誕生いたしました」
スーパーヒロイン、レアクラス、神殿騎士と呼ばれる者たちと同格の存在。
自立型枝葉神器が四つ、必要に応じて製造されていた。
ーーー人類再興を担う建国ノ王。
その使命には万能さが求められる。
よって王は、役目を与えたものと契約することで枝葉神器をオーダーメイドすることができる。
農業を担うものと契約すれば豊穣神を産む。
軍人と契約をすれば戦神を産む。
大工と契約を行えば建築の神を産む。
産婆と契約を行えば安産の神を産む。
崩壊した環境を整えたうえで、人の暮らす国を産む。
それが建国ノ王の役目であり、それを果たすための力が与えられている。
今回李広が産んだ神は四柱。
広自身に酷似しているヤタノカガミは、真っ先に己に与えられた能力を使用する。
「エレメントアビリティ、あまてらす」
この場に集まっている戦力の持つ武器に、八種の属性と多様な状態異常のエンチャントが行われた。
攻撃力そのものが向上しつつ、怪獣をより効率的に攻撃できるよう支援している。
「エレメントアビリティ、つくよみ」
次いで動いたのは、広の恩人、スキルツリーの神官……によく似た顔のヤサカニノマガタマ。
その神はこの場の戦力の防具にエンチャントを施す。
李広がスキルツリーより賜った力……完全耐性、体力回復、魔力回復を全員に与えたのだ。
「エレメントアビリティ、すさのお」
音成りんぽ、あるいは殺村紫電に酷似していたアメノムラクモは、一本の剣に己を変えた。
最上級の魔剣と並ぶ神剣となり、紫電の手に収まる。
「エレメントアビリティ、あめのたぢからお」
怪異対策部隊総司令官、森々天子とよく似たアメノイワトはアメノムラクモと同様に鎧へと変身し、李広に自ら装備していった。
怪異対策部隊が李広に与えたアーマーと同じデザインであり、少々の意匠が異なっている。
しかしその力は今までの物と比較にもならない。最高位豪鎧と同格の力を持ち、李広にスーパーヒロインと同等以上の防御力と身体機能を与えている。
「ふぅ……準備はできたが……それでも正直、楽に勝てる気がしないな」
彼を今も背に乗せている須原、およびそのすぐ脇に立っている十石。
二人は彼が得た膨大な力を誰よりも近くで感じていた。
もちろん周囲にいる戦力も彼の強さに震えていた。
これは布教ノ王の力によって、全世界にも配信されている。
その誰もが彼が苦戦すると思わなかった。
このまま何事もなく、楽勝で戦いが終わると信じて疑わなかった。
怪獣一体分の力をゆだねられている李広と、彼と同格の上でなお強い鈴木無花果だけがそう簡単ではないと悟っていたのだ。
「そうだねえ。僕と君に反応して、普段よりもやる気になってるみたいだ。こっちも全力でやらないと、勝つどころか逆に全滅かもね」
二人へ返事をするかのように、怪獣の体が膨らんだ。
手りゅう弾が破裂するかのように、樹皮が……怪獣からすれば皮脂程度のものが大量にばらまかれる。
その一粒一粒から、大量に怪物が湧いてくる。
さらに、角のごとき枝葉が揺れる。
怪奇現象が枝葉を起点に拡大拡散していく。
海上で雲が発生するよりもさらに早く、物理法則が乱雑に変化し続ける空間が侵食していく。
全人類が理解を強要される。
怪獣と樹は同等にして同質の存在。
洗練されているか、混濁しているかの違いしかない。
その気になれば世界は一瞬で滅ぶ。
地球を滅ぼす力を持った者たちが、地球上で戦おうというのだ。
だれもが一様に固唾を飲むしかない。
「……いくぞ、お前ら! 俺に続け~~!」
李広をして、背負う物の大きさにひるんでいた。
だがそれを、この場の誰よりも知っている女が振り払う。
スーパーヒロイン、土屋香。
全人類の未来を担ってきた彼女は、いつものように笑って射撃を開始する。
「僕も負けていられない……避難している人々やあのホテルに逃げ延びた人たち……大切な恋人のためにも! 必ず勝つ!」
「後れを取ったことは恥じます。しかし、スーパーヒロインとして! これ以上恥をかく気はありません!」
「私だって、私だって~~~!」
三人の後輩、スーパーヒロインもまた怪物の群れに突貫していく。
雲霞のごとき怪物何するものぞ。
二柱の枝葉神器から加護を受けた超戦力たちは増殖し続ける怪物を、それ以上の勢いでせん滅していく。
その攻撃には古代神たちと同様の追加効果が乗っている。
装着しているアーマーが、李広と同様に無尽蔵の魔力を与えてくれる。
事故が起きる要素はない。全力を維持したまま殲滅戦を継続していく。
「コロムラの代表代理として……彼女らに遅れは取りません! 続きなさい!」
「ふふふ……もちろん君も来るよね?」
「はい!」
怪奇現象を纏う三人のコロムラは、世界を侵食する巨大な角へ切りかかる。
怪獣の細胞を宿していることもあるからか、常人が即死する空間内でも力が高まるばかりだ。
半殺と紫煙はサーベルで、紫電はアメノムラクモで角を切り刻んでいく。
「殺村流殺人刀殺法、終弾輪血!」
混沌という不安定な力だからか。
三人に枝葉を切られるたびに怪奇現象の範囲がぶれながら縮小していく。
奪われていた地球の空、空間の制空権が元に戻っていく。
ーーーイケる。
そう思っても恥ではあるまい。
怪物、怪奇現象。どちらも恐るべきものであったが、封殺されつつあったのだから。
だが小型の怪獣と呼ばれていたアメノミハシラの分身たちがそうであったように……。
怪獣にとって、怪物も怪奇現象も『余波』に過ぎない。
怪獣の最大の武器は、己だ。
蜂に刺された象が怒って鼻を揺らすように、怪獣は幹のごとく太い腕を振るう。
ただそれだけだったが、まさに神速なる破壊神の一撃。
その衝撃波だけで、周辺で優勢に立ち回っていた七人を弾き飛ばしていた。
「がっ……!」
強者として生まれ、強者として育ってきた七人。
彼女らは人生で初めて、李広と同じ体験をする。
自分の防御力を超過するダメージにより、一瞬で戦闘不能になる。
感覚は激痛だけ。
無様に空中で回転していく彼女ら。
しかしそれでも体は自動的に治っていく。
同時に、魔力もまた全快までもっていった。
ヤサカニノマガタマ、つくよみの加護である。
なるほど、アイツはこういう感覚だったのか。
有名な彼の戦いぶりを思い出し、共感する七人。
そんな彼女らは、体勢を整えながら怪獣を見る。
余波だけでも地球全体の大気を揺らす一撃は、何を砕いたのか。
それを今更ながら確認しようとしたのである。
何も砕けていない。
「やらせないよ。この人を守る……僕たちの決めたことなんだ!」
李広とその周辺に浮かぶヤタノカガミとヤサカニノマガタマ、十石と須原。
それらめがけて振り下ろされた一撃は、世界最強の連続殺人鬼が包丁一本で受け止めていた。
全身全霊をかけて、真っ向から。
その背後にいる広たちにはそよ風すら届かせていない。
普段のほほえみや脱力した立ち姿はどこえやら。
歯を食いしばり、全身の筋肉をこわばらせて持ちこたえている。
「よくやった! エレメントアビリティ、なよたけのかぐやひめ!」
まったく力を消費していない李広が、アメノミハシラに意を伝える。
怪獣一体分の力を込めて、怪獣の四方八方から巨大な竹を無数に発生させる。
超巨大……富士山の頂上に立ってなお見上げるであろう巨大な怪獣が隠れるほどに、輝く竹が埋め尽くし行動を押さえつける。
「義によって 君を断つ」
動きを封じられた怪獣に対して、鈴木無花果は攻勢に転じた。
血まみれの顔はなおも凛々しく。
包丁を横に、多大な竹ごと怪獣の胴体を切り裂く。
「ユグドラシルアーツ。活人剣、生き試し」
一刀両断。
山よりも大きい怪獣の胴体は、すっぱりと切断された。
「ユグドラシルアーツ。活人剣、生首」
背面に回った無花果は追撃する。
幹の中でも枝葉の伸びていく部位、怪獣の首と言える場所を更に切断する。
だがそこで息が切れる。
全力で防御し、全力で攻撃している。
三回のそれで息が上がっていた。
その中で、泥と泥がくっつくかのように怪獣は悠々と再生していく。
「やれやれ。こんなことなら殺傷能力が上がる伝説でも作っておけばよかったかな」
『今更愚痴っても仕方ねえだろ。それにどんな伝説があっても、あいつを殺すのは無理だ』
「それじゃあこのまま戦っても無駄なのか?」
『いいや。死なないが疲労はする。このまま攻め続ければ確実に弱る……だが最後まで油断するなよ。一発でも受け損ねれば、一気に持っていかれるぞ』
怪獣が恐るべき存在だというのなら。
それと戦う者たちは恐怖に立ち向かう者たちだ。
虫のように払われていた超戦力が戻ってくる。
自分たちよりもさらに強大な存在が敵だとしても、自分たちよりもはるかに弱い人々のために戦わねばならない。
「耐久戦は得意だ……死なずに死ぬまで殴ればいい」
「それなら僕は、君が彼を倒すまで守ると誓おう」
無論。
樹が認めた代理人二人は、弱音を吐いても覚悟は揺るがない。
※
布教ノ王のメジャールールによって、世界のすべての人々がその戦いを知らされていた。
さらに現場に居合わせた、ホテルに逃げ込んだ避難民や、それを守る鈴木他称戦士隊、新人ヒロイン、コロムラたちは己の目で見上げてもいた。
上空で戦いが続いている。
普段以上に活性化している怪獣に、幾度となく戦いを潜り抜けてきたスーパーヒロインたちですら鳥肌が立った。
土屋香、鹿島強、近藤貴公子はそれでも戦っている。
彼女らと同格とされるコロムラもそれに負けじと食らいついている。
新人であるはずの王尾深愛と殺村紫電もまた、『初陣』とは思えぬ働きをしていた。
上空での戦いが始まって、一分と経過しておるまい。
しかし超絶の戦いは、それゆえに超高速。
不死身の怪獣と不屈の超戦力の均衡は、その一分足らずで崩れた。
「ユグドラシルアーツ。活人剣、生命賛歌!」
連続殺人鬼の連続攻撃が、怪獣の全身を切り刻み散乱させていく。
それすらも怪獣の生命力で再生していくが、戦闘開始当初と比べて確実に遅かった。
七人の戦乙女は好機とみるや、申し合わせることもなく飛び込んでいく。
ヤタノカガミの加護による攻撃を、切り口を広げるように叩き込んでいく。
少しでも再生を阻害させ、ダメージを広げんと危険地帯に食い込んでいく。
怪獣が、悲鳴を上げた。
混沌たる心の怪獣が、ついに苦しみで染め上げられたのだ。
「十石!」
「はい! 攻撃支援(極)!」
場違い極まる戦場にあって、忠誠心で踏みとどまっていた十石翼の支援。
李広はそれを受け取ると、須原を踏み台に怪獣の頭上へ飛びあがった。
ただでさえ上空に浮かんでいた巨大な怪獣。
その頭上に達した時、李広の周囲はもはや青空や雲すらなかった。
宇宙空間と言って差し支えない高さで、アメノミハシラから巨大な樹が生まれた。
それは桃の木であった。桃の木がそのまま刀剣のごとき様相になったのだ。
「エレメンタルアビリティ!」
かつて己が求めたもの、それ以上の強さに酔いしれることもなく。
「おおかむづみのみこと!」
荒魂を退ける一太刀は、抵抗すらできない怪獣に直撃。
怪獣は浮かび上がっていた島と共に落下していく。
その島が元あった場所、××××山の跡地に収まる形で着陸。
だがそれでも怪獣は押し込まれていく。
怪獣の出現口である異空間の穴、そこにねじ込まれ、落下していった。
悲鳴だけがその穴から出てきたが、それもやがて消えていく。
そしてその穴すらも、ゆっくりとふさがりつつあった。
「ふぅ……」
巨大な桃の刀身は、怪獣の落下と共に崩れ落ちた。
地面にアメノミハシラを突き、疲れた声を漏らす李広。
全人類に与えられた情報は、それが最後であった。
そう……戦いは勝利に終わったと、全人類は知ったのだった。
※
××××山のあった土地が浮かび上がり落下するまで、時間としては十分と経過していないだろう。
誰もちゃんと計測していないだろうが、世界中から集結するはずのスーパーヒロインたちが集合するより早く終わったのだからそうとしか思えない。
実際に戦った者たちからすれば、一週間不眠不休で戦ったような気分であった。
上空から地面におり、李広と共にふさがっていく大穴を眺める最中も、戦いが終わったと信じられていないほどに。
だがそれも、穴を見下ろしていたはずの李広が周囲を見たときに終わった。
「やったな」
四人のスーパーヒロイン、二人のコロムラ幹部、二人の李派、四柱の神。
それぞれを見渡した後、己の幼馴染に向けて手を上げる。
殺村紫電は、それに自分の掌を合わせた。
心地よい音が鳴る。
「ふざけんな!」
その直後、紫電の拳が李広の顔に直撃していた。
「なんでアンタとハイタッチしてるのよ!?」
「いやなんかこう、そういう雰囲気だったじゃん!?」
「雰囲気に流されちゃたじゃないの!」
「いいじゃんか! 肩を並べて戦って、怪獣を倒したんだぜ!? 充実しただろ!?」
「それは、まあ……うん」
照れた彼女は顔を逸らす。
確かに力いっぱい戦って、偉業を成し遂げたことは気分がいい。
今の自分は、間違いなく満たされていた。
「……どうだ、今の気分は」
「悪くないわ」
「そうだろ?」
微妙に間違っている受け答え。
だがそれでも意味は通じている。
殺村紫電と李広は心からの笑顔を交わしていた。
「それにしても……これがおばあちゃんの真の力なのね。すごかったわ」
「ちょっと待て!? さすがに今までの出そろった情報で、それが間違っていることはわかっただろ!?」
「アンタこそ何言ってるのよ。四体の小型怪獣と、その鞘と、おばあちゃんの剣がそろって、それでようやくあの力が出せるんでしょ? おばあちゃんと無関係なわけないでしょ」
否定したいのだが、否定しきれなかった。
そして言葉で否定しても、この手の輩は納得すまい。
彼女は『おばあちゃんがすごい人だった』という結論ありきで筋道を立てている。
矛盾があっても、それに妄想で補完するだけだ。
しょうがねえなあ、と。
幼馴染の醜態を受け入れるしかない。
「私としてもその妄言は否定したいですが、もはや長居は無用。この場に他の国のスーパーヒロインが来るかもしれません。コロムラは撤収しましょう。鈴木他称戦士隊への借りも、少しは返せましたしね」
「我がライバル近藤貴公子……一緒に戦えて楽しかったよ。でも次は決着をつけよう。さ、紫電。次へのモチベーションも上がったことだし、帰ろうじゃないか」
「はい! じゃあね、スモモ! その剣はまだ預けておくわ!」
引き際をわきまえているテロリストたちは、大穴に背を向けて帰り始めた。
改めて、終わったという感が出てくる。スーパーヒロインも含めて、緊張感が抜けてきていた。
「いや~~! お前も大活躍だったな! だが俺も大活躍しただろう? これでまた、新しい伝説が生まれたぜ!」
「ふっ……ええ、本当に。土屋さんのことは、俺からも称賛させてもらいますよ。動画を撮影するときはぜひ呼んでください」
「当たり前じゃねえか! 俺たち全員で動画配信するぞ! こりゃあサーバーがパンクするぐらい視聴数が稼げそうだな!」
「それはけっこうですが!」
「そうそう! そのまえに!」
やたら距離が近い土屋と李の間に割って入った鹿島と近藤。
二人は新しい神である、アメノイワトを指さしていた。
「なんで貴方の作った神が、総司令官と同じ顔なのですか!?」
「そうそう! これじゃあ総司令官と君の子供みたいじゃないか!」
「その通りですが?」
アメノイワト本人が、困ったように答えている。
「私は母である怪異対策部隊の総司令官である森々天子と、父である李広の間にある雇用契約に基づき生まれた神器です。その認識でいいですけど」
「広君! 僕たちと婚姻契約を結ぼう! 子供がたくさんできるね! やった~~!」
「鹿島先輩、ずるいですよ! そもそも婚姻は複数でやるものではないはず! その点私は一人ですよ、広君!」
二人のスーパーヒロインが互いに揉み合い始めた。
実に見苦しい戦いである。このままずっと続けば広は平和だろう。
「あの……広さん? 先ほど生まれたアメノムラクモなのですが、殺村紫電が持って帰りましたけど……いいんですか?」
「……よくないかもしれないけど、奪われた、という体にしてくれ」
「ええ……?」
「アイツにはこれからも強くなってほしいんだ! そうじゃないとアイツがかわいそうだろ!? 頼む!」
王尾深愛は今回のことがあって李広への尊敬は深まっていた。
だがそれでも見逃せない不正を隠ぺいしろと言われて、さすがに困っていた。
「君の弟の前で君をほめるから! 君がいなかったら勝てなかったって褒めるから!」
「……そういわれては仕方ありません。望むところだ!」
だが彼女にも同じような欠点があるのですぐ受け入れていた。
不正が根絶されない構造がここにあった。
「それにしても……この大穴、アレよね。私たちが向こうの世界に行ったときの奴の、超でかいやつよね」
「ええ。帰る時も同じ道を通りましたね」
無駄な話を無視して、須原と十石はどんどん小さくなっていく『穴』を覗きこんでいた。
世界の外側へと通じる道。それの特大版に懐かしさを覚えている様子だ。
きっとこの穴の先には、自分たちが行った世界もあるのだろう。
そのように思いをはせていた時である。
メジャールールの光の帯が、閉じかけていた穴の向こうから伸びてきた。
李広も鈴木無花果も、それを納めている。別の何物かがメジャールールを使用し、この世界に届けているのだ。
「……!」
とっさに鈴木無花果が飛び出る。
李広だけでも抱えて逃げようとするが、それよりも光の帯の拡大が速かった。
「これは……まさか相棒の!?」
その光の帯の範囲内に体が入った時、広を含めたスキルビルダーたちの体が光った。
正しくは彼らが食べた、体内のスキルツリーの実が光ったのだ。
「おい、どうしたんだ!?」
「いやちょっとこれは……まさか!?」
こうしている間も穴はふさがっていく。
だがそれがふさがり切るより早く……穴から出ていた光の帯が地球全体を覆うよりも早く。
勇者に与えられた力……スキルツリーの信徒を強制召喚するメジャールールが執行された。
穴がふさがり切った時、残されたスーパーヒロインと新しい神たちは、ただ茫然とすることしかできなかった。
樹の代理人はメジャールールと、もう一つ任命目的に沿った力をゆだねられている。
スキルツリーの場合は、スキルツリーの信徒を強制召喚するメジャールールと、スキルツリーの信徒への特効効果。
ユグドラシルの場合は、全世界に宣伝するメジャールールと、本人の伝説の誇張実現。
アメノミハシラの場合は、環境を掌握し操作するメジャールールと、目的に沿った枝葉神器を産む神産みが使える。
神産みで生まれる神は、『特別な過食者』が得ていた自立型の枝葉神器と同じもの。
総合値は一緒だが、過食者が得ていたものは『根幹神器の劣化版』。
神産みで生まれた方は契約内容に合わせて調整でき、ほぼ万能(というよりも専門家を大量に作って万能になる)




