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合流

短くて申し訳ありません。

 2100年の地球人にとって、自分の暮らす街に怪獣が現れるというのはほぼ即死することを意味している。

 警戒するとかしないとかではない。気づいたら死んでいる。

 避難訓練するもしないもあったものではない。ある程度遠いところにいなければ、避難することすらままならない。


 この観光地にいた人々は様々な意味で不運だった。


 年に一度、世界のどこかに出現する怪獣、その出現位置にたまたま居合わせたというのは不運以外の何物でもあるまい。


 その上で、ほとんどの人間は即死を免れていた。

 たまたま偶然、李広と李派が集まっていたためである。

 彼らの奮戦によって、怪奇現象も怪物も怪人も、ある程度ではあるが抑えられていた。


 だがそれは、怪獣と怪獣の戦いを間近で見るということである。

 怪物とヒロインの戦いすら、一般人からすれば脅威だ。

 スーパーヒロインでなければ上がることも許されない戦場で生きている、自意識を保っているというのは幸福なのか不幸なのか。


「……ここらは片付いたな。行くか」


 今も揺れ続ける地面。

 腰を抜かし、忘我に至っていた者たちの印象に残ったのは『数秒』。

 フル装備の一等ヒロインが、一対一で、時間をかけてなんとか倒せる怪物たちの群れをせん滅した鈴木八人。

 彼らが手を止めて、周囲を見渡していた、その短い間のことだ。


 たった八人。

 世界中の人々が知っている、暴虐の権化にして義の戦士。


 彼らはこの状況を全く恐れていない。

 それは性格もあるだろうし経験もあるだろうが、それ以前に相応の実力がある。


 逃げることも立ち向かうこともできるのならば、恐れる必要などあるまい。

 さらに降り注ぐ怪物の群れに立ち向かう姿を見ても、色々な意味で止めようという気も起きなかった。


 彼らは、自分たちを絶対に助けない。興味を抱くこともなく、巻き添えにすることに罪悪感すら抱くまい。

 鈴木他称戦士隊は正義の味方でも国家公務員でもない。義のために戦う侠客だ。

 彼らに大勢を、大衆を、他人を助ける義はない。強い義だからこそ狭まっている。迷う余地は一切ない。


 だから自分たちは結局死ぬ。

 思考停止した人々は、揺れる地面と震える大気の中でへたり込み、動けなくなっていた。


 老若男女を問わず、人々はなにもできなくなっていた。


「みなさん! 避難してください!」


 ここに、轟音よりも耳に入る言葉が飛び込んできた。


「私たちは怪異対策部隊のヒロインです! 皆さんを安全な場所へ誘導します! 立てない方や崩れた建物の中で動けない方はおっしゃってください!」

「動けない人は声を出せないんじゃ?」

「……建物の下にいる人たちは私たちが救助します! 急いで……あの! 大きなホテルに走ってください!」

「走ったらダメなんじゃなかった?」

「それは……走ってください!」


 百人からなる若きヒロインたちが、崩れている観光地で声を張り上げていた。


 先頭に立つのは一夜夢。

 そのそばで助言を出しているのは野花こころであった。


「いいですか! あのホテルは安全です! 鈴木他称戦士隊が保護しています! 安心して避難してください!」


 避難誘導をしよう、と言い出したのは一夜夢ではない。

 彼女が言ったのは『動こう』というシンプルな衝動であった。


 彼女は一度、絶体絶命の詰んだ盤面を味わっている。

 動けなくなること、動かないことへの恐怖を知っている。


 窮地こそ動かなければならない、という危機感を持っている。

 それが彼女の強み。李広をして『君なら大丈夫』と言わしめた、生存能力。


 そう……結局のところ、人生の選択で最も重要なことは時間制限があるということ。

 選択の吟味も重要だが、吟味に使用できる時間は限られているのだ。


「なかなか動いてくれないね、どうしようか?」

「担いででもホテルに向かいましょう! 一旦人の流れができれば、避難誘導はできるはず!」

「そうだね! みんな、急いで近くにいる人を担いで!」


 補佐をするのは野花であった。

 この状況では、彼女の考えすぎる個性は悪癖である。

 だが一夜が話を進める分、直近の問題への対処だけに集中できる。


 一夜が背中を押し、野花が道を示す。

 二人の先導によってヒロインが動き、被災者たちも動き始めた。


 ホテルに行けば助かる。

 多分とか絶対とか奇跡が起きればとか、確率や信ぴょう性はどうでもいい。

 とにかく少しでも遠くへ、できるだけ纏まってもらう必要があった。


 二人の行動は稚拙かもしれないが、間違っていなかった。


「皆さん、急いでください! でも前の人を押さないで! 動けなくなった人は、ヒロインが担ぎます!」


「一夜さん! 怪人が群れで現れたわ!」


「わ、わかった!」


 一応リンポを携帯していた広と違い、ヒロインたちは武器など携帯していない。(当たり前だ)

 だがこの観光地には……無駄に木刀がある。


 ただの玩具であるが、超人であるヒロインたちが使えば武器となる。

 強度的に一撃でへし折れるが、怪人を倒すだけなら問題ではない。


 怪物が現れない限りは、何とかなる。

 怪物が現れたらどうしようと内心で悲鳴を上げながら、ヒロインたちは避難誘導と護送、救助活動を続けていた。


「みんな、大丈夫!?」


 そこへ、避難先から最も頼りになる(例外枠を除いて)ヒロイン、相知音色が駆けてきた。

 不安になっていたヒロインたちは、一人でも救援が来たことに喜ぶ。

 だがそれに取り合っている暇はない。

 相知は大勢の人たちと、それを守るヒロインたちへ叫んだ。


「このままホテルに向かって移動してください! あそこは……安全ですから」


 その時である。

 上空からぼたぼたと、妙に重い雨が降ってきた。


 黒く、肉片の混じった『血の雨』であった。


 今上空では、鈴木たちが戦っているのだろう。

 それこそ血の雨が降るほどの『肉量』と戦っているに違いない。


「皆さん、上を見ないで! 怪物や怪人の体液です、口や目に入らないように注意して!」


 注意している相知自身も、もうどう注意していいのかわからない。

 だがとにかくホテルへ連れていく、それしか思いつかなかった。


 人々は恐怖に震えながらも、なんとかホテルへの大きな通りに達した。


 そこで目にしたものは、まさに『死地』であった。


 大量の怪人、怪物が生きたままブロックとなり道の壁を構築していた。


 だれがコレをやったのか、全世界の人間が理解できるだろう。


 そして追い打ちをかけるように、空からさらに生きたままの怪物や怪人が降り注いでくる。



「ユグドラシルアーツ。活人剣、芝生(しばふ)



 生きたままの怪人怪物が、地面に堆積していく。

 膨大な生命がそのまま地形になるというのは、歴史か神話の再現めいていた。

 ここに神がいる、否応なく思い知らされる。


 肉体を玩弄する悪しき鬼神、鈴木無花果。

 この世の誰よりも強い戦士に、力無き人々は縋るほかなかった。



「この状況だ、私も命は惜しい。あのホテルに避難したいところだ」


「だがお前たち全員が馬鹿正直に張り付いてくれば、私がコロムラの出資者だと知られてしまう」


「私の護送は最低限にしろ。その代わり前線に向かい、波止場となってくれ」



 巨大な二本の斧を持つ戦士、鈴木魚篭鳥(びくとり)

 彼は大きく力を溜めていた。


「ユグドラシルアーツ……エックスエックスエックス……」


 彼が力をためるたびに、二本の斧は巨大化していく。

 彼自身の肉体よりも、怪物よりも、さらにさらに肥大化していく。


「エックスエックスエックスエックス、エルアックス!」


 二つの巨大な斧が怪物の群れを薙ぎ払う。

 渾身の二撃の直撃を受けた怪物は、いかなる特性を持っていても関係なく死んでいく。


 恐るべき破壊力は、まさに鎧袖一触。

 稚魚のように湧く怪物を、雑魚のように掃討していく。


 他の鈴木たちも負けていない。

 それぞれの武器を用いて殲滅を続け、前線を保ち続けている。


 最終防衛ラインである無花果の手を、ほとんど煩わせずにいた。


 だがそれでも、事故は発生する。


「しま……!?」


 わずかなうち漏らし。

 怪物の中の一体が、鉄球を操る戦士、鈴木末浩に接触しかけていた。


 相手が物理特化、魔法特化なら問題ない。

 一撃当たっても問題ではなかった。


 だが見るからに貧弱そうな相手は、間違いなく状態異常特化型。

 もしも精神的状態異常に特化していれば、末浩は行動不能になるだけではなく敵に回りかねない。



「殺村流殺人刀殺法……獅根夜(しねや)!」



 あわや、というところでサーベルが一閃。

 貧弱な状態異常特化型の怪物は、一太刀で切り伏せられていた。


「お前はおしゃれ眼鏡!」

「……殺村半殺(つぶあん)ですよ、鈴木末浩」


 凛としたたたずまいの、知的な女性。

 第二次大戦当時を思わせる軍服を着た部隊を率いる彼女は、おどろく鈴木たちに協力を申し出る。


「貴方たちのように、義によって参戦……とはいきませんが、こちらにも事情はあります。状態異常特化型の相手は、我らに一任ください」


 全身から怪奇現象を放出するコロムラたち。

 バリアと異なり物理攻撃はほぼ素通しするが、魔法を弱め、状態異常は接触以外を無効化する。

 万全とは言い難いが、ほぼ無防備な鈴木よりはマシであった。


「よし、任せた!」

(話が早い……)


 鈴木たちは先日の殺し合いを忘れたかのように、コロムラへの注意を忘れて戦闘を再開する。

 これにはコロムラもびっくりであった。


「やれやれ……聞いた以上の男前の集まりだ。こんな優秀な護衛がいるんじゃ、君のモチベーションも下がるのかな?」

「……いいえ、下がりません」


 そんなコロムラの中には、紫電と紫煙も交じっていた。


 再会の時は近い。

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― 新着の感想 ―
こんな状況でも「何とか出来る」戦力を殺そうとしてる奴をスポンサードするっちゅうのは、よっぽどの将来性を見込んだ上で、肚を括らんと出来んが、さて・・・?
大量の怪物の中に、状態異常特化型が混ざってるの、本当に厄介ですね…
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