動
李広とその一行は、なぜか百人以上の大名行列となって移動していた。
はっきり言ってかなり邪魔だが、全体が強い意志を持っていたため黙々と進んでいた。
(広さんが前線に立たないと困るから、広さんを前線に立たせて欲しいと言いたいけど言わない方がいいよね……)
(あの子たち、新人ヒロインよね? 広を前線に立たせないとあの子たちが困るのよね? でも前線に立たせたくない……でも言いにくい……)
双方共にまともな人間である。
貴方たちの息子が命懸けで戦ってくれないと私たちが困るんです! と言えないヒロインたち。
貴方たちが死んでもいいから息子を戦わせないで! と言えない親たち。
だがお互いの思いは確実に通じ合っていた。
お互い、非常に気まずい。
なお先頭を歩く広はお気楽であった。
「なあ……俺たちの後ろにぞろぞろ続いてる奴ら、なんだ? 一夜ちゃんと野花ちゃんのファンか?」
「え、アンタ正気? 精神的状態異常でも受けてるの!? クラスメイトの五等ヒロインと先輩の四等ヒロインじゃない! 何度もあってるでしょ!?」
「あ、あ~~……普段の制服と違う上に、補習やら出動やらで全然会わないから気づかなかった」
「私も似たようなもんだけど、さすがに顔は覚えてるわよ」
(顔も覚えられてないの!?)
さらっとひどいことを言いながら歩くスーパーヒーロー。
仕事中はともかく私生活は最悪……に近い人間であった。
本当に他人へ興味がなさ過ぎて、『他人たち』がぐさぐさと傷ついていく。
「……あ!?」
「なによいきなり変な声出して」
「俺の伝説、それも俺がソロヒーラーを辞めて相棒と一緒に過ごした時間を伝説として情報配信するんだよな!?」
「そうね」
「少なくとも鈴木共や父さんや母さんにも見せるんだよな!?」
「……そりゃね」
「俺の相棒が精神的状態異常になって顔からあらゆる体液をだだ漏れさせているシーンとか、肉体的状態異常に陥って全身がヤバいことになっているとか、相棒が幻想的状態異常に陥って砂になって散っていくところとか」
「まあ……うん」
「相棒がものすごく恥ずかしい水着を手に持って『こういうのが好きですか』とか聞こうか迷っているシーンとか、相棒が俺のためにめちゃくちゃ怒ってくれたところとか、相棒が俺のためにでっかいモンスターを調理して血まみれになっているシーンとか、調子に乗った相棒が『変なお薬』を飲んでお腹を痛めたシーンとか、相棒が『同じお風呂に入りましょう! 全裸で!』と言ってきたシーンとか、一緒に着替えましょうとか言ったシーンとか、相棒が『私の体に傷が残ってないか確かめてください』とか言って恥ずかしそうに肌をさらしたシーンとか、後になって『アレは忘れてください』と言ってきたシーンとか! そういうのも伝わる可能性があるってことだよな!?」
「アンタの相棒、なに? 近藤さんの親戚?」
「肉体的にはともかく、精神的には近いところがある。趣味とかは特に」
「……近藤さんと結婚しなさいよ」
「イヤに決まってるだろうが! お前だって彼氏が尻を好きでも許せるけど、セクハラしてくるおっさんから尻を触られたら嫌だろう!?」
「……どうしようかな、ここはそんなことないっていうべきなんだろうけど……イヤだねえ、イヤだねえ」
「だろ? 俺は相棒になら何をされてもいいし、何をしていても気にならないんだよ! だって相棒だから! でも相棒じゃないから駄目なんだよ! とにかく……相棒の名誉のためにも、父さんと母さんに伝説を開示するのは止めようぜ。他のアイデアを出せ」
「勇者様の名誉はずいぶん損なわれているわよ。アンタのせいで」
(息子よ……もうその世界でずっと暮らせばよかったんじゃないか?)
(帰ってこないで、手紙だけ送ってくれればいいのに……もしくはたまに帰ってくるとかでよかったのに……)
数多の冒険を終えて自分たちのもとに帰ってきた息子に対して、なんで帰ってきたんだろうという疑問を隠せない両親。
どう考えても向こうの世界に残っていた方が、幸福で実り豊かな人生を送れたと思うのだが……。
『む!』
『おいおい、こりゃヤバいな』
ちょうどそのときである。
広の持つリンポと鈴木たちの体から人ならざる者の声が発された。
リンポから発された声は、怪異対策部隊に属していれば何度も聞いたものである。
それと同質の声ということは、鈴木他称戦士隊の持つ武器に宿る怪獣のものであろう。
「おいどうした? いきなり声なんて出して」
「そうだね。普段は呼びかけないと返事なんてしないのに」
『何をのんきな……荒魂の予兆があるというのに』
『そーそー。こりゃあヤバい、とんでもないことになるぜ』
「アラミタマ? なんだそりゃ」
『……お前は! 本当に! 典型的な知恵の樹の信徒だな! 浅知恵ここに極まれりだ!』
慌てるを通り越して怒り出した古代神。
その場の全員に聞こえるような声で説明を始める。
『お前たちは我やそこのユグドラシルのことを『怪獣』だの『小型怪獣』だのと呼んでいるだろう? この世界に現れる怪獣と我らを同一視しているわけだ! 我らはそのことに不満を漏らしたことはない!』
「ああ、そうだな」
『実際そうだからだ! 我らはお前らの言う怪獣と同じ種族なのだからな!』
「へ~」
『もっと反応しろ!』
衝撃の事実を伝えたつもりなのに、リアクションが薄いので怒る古代神。
しかし周囲にしても『そうだと思っていたんだけど……』という空気であった。
そうでなかったら小型怪獣と説明するわけがないわけで……。
『一つ違うことがあるとすれば、我とユグドラシル、スキルツリーやライフツリー、カバラ、ツウテンチュウ、コネクトツリー……それらは人間から見て正気であり、会話が可能な存在だということだ! これを我らは和魂と呼んでいる!』
「ほう……」
『この世界の怪獣のように、分化も洗練も不十分な状態の者を荒魂と呼んでいるのだ!』
「……なるほど。でもなあ、さっきみたいにいきなり専門用語を出されても困るんだけど。普通にわかるように話してくれ」
『ああそうだったな! わかるように言ってやる!』
神の怒りに呼応するかのように、地面が揺れ始めた。
これは古代神の力によるものではなく、古代神が警戒している存在の出現に伴うものだ。
『この近くに怪獣が出現するぞ!』
「最初からそう言え!」
噴火のような爆音が大気を満たした。
先ほどまで××××山のあった場所の空間が陥没し、地獄の蓋が開いたかのように闇が広がっていく。
それすらも、怪獣出現の予兆に過ぎない。
噴火口のように現れたそれからは、噴煙よりも質の悪いものが噴射されていた。
裸子植物の花粉のように、大量の怪物が上空に向けてばらまかれた。
一体一体が街一つを滅ぼすに十分な力を持っている怪物が、稚魚のように放流されていく。
当然ながら、戦力が調整されているということはない。
強さはそのままに、暴力的な数の怪物と、そのさらに子機である怪人がぶちまけられているのだ。
それだけではない。
怪獣の生存できる環境、怪奇現象……ローカルルールやメジャールールのような『類似品』ではない、真の怪奇現象が泥のようにあふれ始めた。
その内部では物理法則が常に乱れ続けている。
気圧も、重力も、燃焼温度も、凝結温度も、大気を構成する気体も、何もかもが乱れ続けて定まらない。
ゆえに人間は死ぬ。
その内部に入ってしまえば、強固なバリアでもない限り生存は不可能なのだ。
ーーーまさに、絶体絶命の環境である。
その場に居合わせた『一般人』たちは、揺れ続ける地面と空を覆う怪物の群れに腰を抜かしていた。
この時、両親は自分を罵っていた。
やめろ、期待するな、止めろ。
理性的にはそう考えていたが、反射的に息子へ縋る目を向けてしまった。
「はぁ……またかよ」
過去四回、古代神を調伏し使役せしめた勇者の相棒。
李広はげんなりしていた。
台風の中で微動だにしない大樹のように立ったまま、××××山のあった方向に向く。
「あ、ん~~……」
思い出したかのように、振り向いて言い残した。
「父さん、母さん。愛してるよ」
既視感のある言い方だった。
両親が出勤するときに、泣いている子供へ言い聞かせるように伝える『愛しているよ』であった。
仕事に行くという予定を一切変えるつもりのない決意が前提の言葉であった。
それだけ言って、スーパーヒーローは駆けだす。
人間の速度で走る背中がどんどん小さくなる。
しかしそれは、この世に現れた英雄そのもので……。
「はあ……仕方ないわね。十石、ついてきて。鈴木共はご両親の護衛をお願い」
自分たちの象徴が勇敢かつ無謀に駆けだすさまを見て、須原は呆れながらも笑い、そして指示を出した。
着ていた服を膨張する肉体で引きちぎり、巨大な翼を何枚も展開した。
「承知しました」
その背中に十石は飛び乗る。
表情は緊張しているが、戦地へ向かう翼に乗ることに迷いはなかった。
「護衛ねえ……具体的にどうすればいいかな? この場で踏ん張るかい?」
「アンタらならできそうだけど、ご両親は怖いでしょ。あのでっかいホテルに連れて行って差し上げなさい。その方がこっちも守るべき場所がわかってありがたいわ。はあ……なんであのバカは、自分の親のことなのに指示もなく行くのやら。ま、そういうところが、らしいのかもしれないわね」
彼女の胴体がフグのように大きく膨らみ、大量の空気が地面に噴射された。
推進力によって彼女の体はいったん上空へ浮かび上がり、その直後には大きな翼を羽ばたかせて飛翔していく。
いったん高度を落して、猛禽類の脚を地面につけた。そこから一気に浮上すると、彼女の脚には李広がつかまれている。
そうして……死地の中央へ向かっていった。
「それじゃあ指示通りに……やろうか」
「おう!」
鈴木無花果は腰を抜かしている李夫妻に近づき、米俵のように担ぎ上げた。
パニック状態に陥っている両親は抵抗できずに持ち上げられてしまう。
「ここはよろしくね」
無花果はそのまま駆けだした。
大人二人を担ぎ上げているとは思えない速度で走る。
恐怖に震える人々の合間を抜けて、観光地である古い街並みを踏破する。
そのまま巨大なホテルへ向かおうとするが……この瞬間に、落下してきた怪物や怪人の群れが埋め尽くしていた。
道を、前方を、視界を。
この街に住まうすべての人々や観光客を合わせた分以上の怪異が、無花果の進路をふさいでいた。
「いくよ、アースガルズ」
『おう、好きにしな』
無花果は手荒く両親を扱った。
二人を重ねる形で担ぎ、片方の手を空かせたのである。
そのまま中空から得物……アースガルズの銘を与えた人切り包丁を取り出し、切り散らしていく。
両親は、言葉もなかった。
何が起きているのかわからない。
視界が目まぐるしく変わっていくことをなんとなく把握するばかりで、何が起きているのか脳の情報処理が追い付かなかった。
しかし駆け抜けてホテルにたどり着いたとき、無花果の走った後を見て何があったのかを理解する。
「ユグドラシルアーツ。活人剣、生垣活路」
多種多様な怪人、怪物たち。
それらは生きたままばらばらに解体され、パズルのピースのように組み込まれて壁にされていた。まるで石垣のように。
「うっ……」
「あっ……」
現実味に欠ける光景だった。
ついさっきまで自分たちは死地に居たはずだった。
それが別の死地に変わってしまっている。
怪物や怪人たちのうめき声が聞こえる。
死ぬことも動くこともできない黄泉平坂は、まさにこの世のものとは思えない絶景であった。
「さて……ここにももう怪物がきているみたいだね」
鈴木無花果は二人を担いだまま、真上に向かって進軍し始めた。
すでにこの巨大なホテルにも、怪物や怪人が張り付いている。
入口周辺はすでに片づけたが、壁面や窓ガラスに張り付いている個体がいくつも見えた。
まるで雷のような機動を描きながら、大人二人を担いだまま壁面を疾走する。
壁面清掃さながらにホテルに張り付くすべての怪物を切り散らして、無花果はついに屋上へ到達した。
一戦交えるつもりで到達した彼であったが、屋上の状況を見て感心した。
ここにもすでに何十という怪物が到達していたのだが、すでに全滅していた。
このホテルに残っていた王尾深愛と相知音色が、屋上にあるテラスにいた人々を守っていたのである。
さすがはスーパーヒロイン候補と一等ヒロイン候補。
素手であっても怪物の群れを一瞬でせん滅していたのだ。
「新手……じゃないわね。人間……いえ……鈴木、無花果」
「あの人が担いでいるのって、広さんのご両親では!?」
「君たちのことは、須原ちゃんから聞いているよ。僕が来る前に片づけてくれてありがたいね」
寝起きでいきなり絶叫マシンに乗せられたかのような両親は、降ろされた後もしばらく呆然としていた。
ついさっきまで古い街並みを歩いていたはずなのに、一瞬で巨大なホテルの屋上にいたのだ。
しかも地面の振動は続いている。
耐震設計されているホテルゆえに安全ではあるだろうが、それでも脳での情報処理が追い付かない。
「僕もここに来るまで結構倒してきたけど、今回は怪獣が相手だ。こんなもんじゃないだろうねえ」
その二人ほどではないが、深愛も音色も状況を把握しきれていない。
無花果が屋上の隅から状況の全景を見ているため、その横へそろそろと向かう。
そこはまさしく戦場であった。
地面に降りた怪物怪人が人々や家屋を破壊しようとする。
明らかなる過剰戦力が古い街並みを蹂躙しようとしている。
その怪物たちへ、鈴木他称戦士隊のメンバーが襲い掛かっている。
たった八人、されどそれぞれがスーパーヒロイン級の八人。
圧倒的な殲滅速度をもって地上の脅威を排除し、そのまま上空から落下してくる怪物たちの掃討に移っていた。
それでも、キリがない。今も怪物と怪人は放出され続けている。
それこそ噴煙のように、怪獣の現れるべき穴からわき続けていた。
人々の悲鳴が聞こえる。諦めて祈る姿が見える。
人がごみのように死んでいく、その手前の状態であった。
「……怪獣が、出ていない状態で、これ」
相知音色も王尾深愛も、そろって息を呑む。
未だ本当の脅威は顔も影も出していない。
余波に過ぎないものだけで、スーパーヒロイン級八人の全力でも対応が追い付いていない。
「怪奇現象がにじみ出ている……このまま、この周りは汚染されつくして、そのまま全員死んでしまう……」
怪人や怪物を倒すことができていても、世界そのものをかき乱す怪奇現象を押しとどめることはできない。
サメやクジラを倒すことはできても、大波をふせぐなど人間には不可能なように。
だが二人は忘れていた。
この場には最も頼りになる存在がこの地にいたということを。
「オオカグツチ! オオワダツミ! オオハニヤス! オオミカヅチ!」
『こかつはくねつびゃくや!』
『むみょうかいしょうはんらん!』
『おうごんさばくさんみゃく!』
『ごうごうらんざつかいてん!』
一切の手心なし。
普段ならば己の命に危険が迫ろうとも使用されることのない、小型怪獣の全力形態が出現し、最強の大技を展開していた。
××××山のあった場所を囲う形で出現し、四方から全力で押さえつけていた。
あふれ出る怪物や怪人の多くをせん滅しつつ、怪奇現象への防波堤としても機能していた。
想定していたように、彼の扱う小型怪獣は本物の怪獣相手にも有効だった。
まったく無意味ではない、無意味ではないのだが……。
それを見ている二人の顔はすっかり青ざめていた。
足りない。
全貌を把握できるからこそ把握できる。
李広の扱う小型怪獣は、本当に小型だった。
あの大穴からゆっくりと登ってくる本物の怪獣は、明らかに小型怪獣よりも大きい。
四人の子供が大人と戦おうとしているようなもの。
真上から押しとどめているにもかかわらず、浮上は確実に行われている。
怪物や怪人の放出も速度を増している。
いずれダムが決壊するかのように、押しとどめていたあらゆる災害があふれだすだろう。
「足りないわ……」
相知音色は、この世の誰よりも早く検算結果を口にした。
鈴木他称戦士隊と李広がそろっていれば、怪獣すらも制圧できるのではないか。
回答は無理、不足。
これ以上民間人や周辺の街に被害が及ばず、怪獣の出現すら未然に防げるという奇跡はあり得ない。
現場に居合わせるという奇跡が起きてなお、膨大な犠牲が伴う。
やはり世界中からスーパーヒロインが集結しなければ、怪獣を倒すことはできない。
そしてそれはいままでと同じように……現地が壊滅的な被害を受けた後での解決というわけだ。
今彼女らが観ている人々は全員死ぬ。また自分たちも全員死ぬ。
残酷な真実に、ヒロイン二人は屈しかけていた。
「ん? 諦めたのかい」
連続殺人鬼はにこやかに笑っていた。
「僕はここでこの二人を守るのが仕事だ。それなら君たちにも仕事があるんじゃないかい? あそこの子たちのようにね」
連続殺人鬼が示した先に、『人』の動きがあった。
決してスーパーではない、大勢の人々の賢明な動きがあった。
大量の怪物怪人に脅かされるだけだった人々が、明らかに動いている。
このホテルへ避難しようと、確実に全体が動いていた。
それを先導している、保護しているヒロインが見える。
本来なら怪獣と戦うはずのない、それどころか前線に立つにも不十分な……。
彼女らと同じ新人ヒロインたちが見えた。
「深愛、私も行くわ」
「それなら私も……」
「貴方はここで待機して! だってあなたもスーパーヒロインなんだから! きっと来る、そうでしょう?」
優秀な友人が恐怖に打ち勝ち、混乱をほどき、死地へ向かおうとしている。
それに対して強大な力を持つ深愛は、悔しそうに送り出していた。
「死んじゃ駄目よ」
「ええ!」
人が動く。
災害を前に無力であっても、一目散に逃げだすだけでも、それでも人は動く。
それは泥臭くとも尊い、全力の抵抗だった。




