ミーム汚染中
昨日が休みだったうえに、今日も短くて申し訳ありません。
夢みたいな目標というものがある。
それも外れれば悲惨な目標もある。
質が悪いのは……本当に実現している者が現れて、世界中に周知されてしまったということだ。
※
茶店の中で、外にも聞こえる声で『俺もたくさんの人を殺したよ』と告白した李広。
罪悪感など一切覚えていないことを顕わにしていた。
これには外で話を聞いていたヒロインたちも、直接会話をしていた両親も閉口する。茶店の店長も閉口している。
何を言えばいいのかわからない。
多分そういうことじゃない。
なんとなくそう思う。
具体的に言語化できないが、自分たちの連想する殺人と彼の語る殺人は、なんか同じで、なんか違うのだ。
もどかしいが、それを口にできるほど冷静ではないわけで。
「こら、広。アンタ親御さんになんてことを言うのよ」
口を挟んだのは、外で護衛のように立っていた須原であった。
彼女は少し怒った様子で、椅子に座っている広を見下ろしている。
「親子水入らずに口挟んでるんじゃねえよ」
「挟まずにいられないでしょ、相棒として」
「相棒じゃねえよ!」
「そこはどうでもいいでしょ。とにかくちゃんと話しなさい」
「……説明することあるか?」
須原が正しく怒ってくれているので、周囲は安堵している。茶店の店長はまだ安堵できない。
「殺したのは死刑が当然の悪い奴らで、私利私欲のために殺したわけじゃない。でもそれはそれとして殺さないために最善を尽くしたわけでもないし、苦しみながらやったわけでもない。古代神で暴れるのは楽しかったのも本当。この国の倫理観に反するふるまいだった。だから露悪的に言った、そうでしょ」
「……もうそれでいい」
露悪的に告白をしたのに整理されてしまった。
こうなると李広も恥じるほかない。
こうして話していると、周囲の者たちも安心だ。
やはり『何の罪もない人々を一方的に虐殺していた』とかそういうひどいオチはなかったのだ。
そうでなかったとしても殺人は良くないが、多少心象は良くなっている。
李広本人としては自分が嫌われても、それが真実からくるものなら構わないのだろう。
だが周囲はそれが迷惑なのだ。少なくとも、誤解されやすいことは言わないでほしい。
「もうそれでいいっていうのは、アンタだけなのよ。こうなったら仕方ないわね……鈴木共! いるんでしょ、出てきなさい!」
狭い茶店の中で、須原は手をたたく。
すると……。
「呼んだ?」
茶店の店長を押しのけて、調理室の中から少女が二人。
「呼んだ?」
天井からさかさまに顔を出してくる男子が三人。
「呼んだ?」
床板をベキベキと破りながら男子が三人。
「どうしたんだい?」
そしてジャージ姿の、男子とも女子ともとれぬ者が一人。
茶店の個室トイレの中から、手を消毒しながら現れた。
しめて九人、李広を勝手に守る会、追跡者、外部担当鈴木他称戦士隊。
どこからともなくさっそうと呼び出しに応じていた。
茶店の店長がいよいよ店を破壊され始めた状況で、しかし話は続いていく。
「……なんであんた達、登場シーンでキャラ立てようとしてるのよ」
「?」
「もういいわ……」
ここで九人全員が首をかしげている。
おそらくキャラを立てる気は無く、普通にしていたのだろう。
(この子たちが、鈴木他称戦士隊……本当に私たちを守っていたのか!?)
(もしかして、人工島に行く時も張り付いていたの!? ヘリで移動していたのに!?)
自分たちの護衛をしているという九人を肉眼で目視した両親は驚きを隠せない。
護衛なんてたいそうな者が、自分たちの日常を守るために日夜戦っていたなど……それこそヒーローたちではないか。
「あらためて……君が李広君だね? 僕は鈴木無花果。鈴木他称戦士隊のメンバーだ」
「噂の大量殺人鬼か。両親を守ってもらえてるのはありがたいが、アンタがいるってなると安心できねえなあ」
「あ、僕は大量殺人鬼じゃなくて連続殺人鬼だから。たまに快楽殺人機とか猟奇殺人鬼と呼ばれちゃうから、その点は都度注意してるんだよね。表記ゆれすると友達が嫌がるんだよ」
「シリアルキラーが友達からの指摘に反応するなよ……」
なお本人は人間が好きで、人間が好きな動物が好きで、料理が趣味だという。
ある意味、一般人が想像する通りの殺人鬼だった。
「それで俺たちを呼んだのはどういう理由だ?」
「私たちは一生懸命この人たちを守っているんだからね! つまらないことで呼んだんなら怒るよ!」
「そういや今月分もらったっけ? もらったようなそうじゃないような……」
「今回は観光地に来るからって、多めにもらったじゃない」
「多めにもらったって、宿代とかにはならないんだよなあ。泊まれないから忍び込んでるし」
「キャラが立ちそうな話なら歓迎するぜ!」
「お前はいいよなあ、めちゃくちゃキャラ立ってるもんなあ。モンスターカスタマー、スハラクレマ。いいなあ、羨ましいなあ」
「……ねえ、無花果とだけ話していいかしら? あんた達と話していると頭がバグるのよ……」
鈴木のうち八人は、全員がほぼ同じ性格である。
思想も思考も嗜好もほぼ一致しており、しゃべり方すら大差がない。
個性的な面々であるはずなのだが、個性が丸被りなので結局無個性に堕している。
話している方は、誰に話していたのかわからなくなるので頭がバグるのだ。
「無花果。たしかアンタたちの神様って、やろうと思えば他人の伝説も宣伝できるんでしょ? もうこの際だから、コイツの伝説を両親さんに送信してあげなさいよ」
「できるよ。広君は有名人で伝説があるからね。伝説がない人は無理だけど」
「……ちょっとまて!? なんで俺の個人情報を全世界にさらすんだ!? そこまでする必要あるか!?」
「狭い範囲でもできるよ。この店周辺とか」
「十分広い! しょうがねえ……ちょっと場所変えるか……人がいなくて広いところに移動するぞ。父さんも母さんもそれでいいよな?」
広はどさっと札束を取り出し、店主に渡していた。
「茶代と迷惑料だ、足りなかったら怪異対策部隊の李広に請求書を送ってくれ」
(迷惑をかけていることは気づいていたのか、この兄ちゃん……)
※
××××山周辺の、山奥の小さな古い宿。
知る人ぞ知る、貴人の密会に使われる高級な隠れ宿。
名前すら伏せられているその宿に、コロムラの主戦力……鈴木他称戦士隊との戦いを越えた者たちと、負傷により参加できなかった殺村紫煙。そして殺村紫電がいた。
彼女らは出資者である男性の前で直立していた。
出資者は庭を見る部屋側、コロムラは部屋側である。
まるで沙汰の現場であった。
「……先日の君たちの戦いぶりは見ている。特に最後の戦いは、直接脳に叩き込まれた。なかなか刺激的な光景だったよ。君たちのトップ、その実力と執念は拝見させてもらった」
出資者がここにいるという時点で『いきなり契約解除』ということはない。
だがここで何かを出せなければ、出資が絞られる可能性は高かった。
「聞けば彼ら、鈴木他称戦士隊は、李広の家族を守っているらしいな。それは素晴らしい仕事であり、素晴らしい警戒態勢だ。あれだけの戦力がいれば、李広も安心できるだろう。なにせ怪獣が相手でもなんとかできそうなほどだからね」
出資者は『理想の護衛』を見て目が肥えてしまっていた。
負けた彼女らへの査定が下がるのは当然だとも思っている。
負けたままならば、だ。
「それで、君たちは私に何を見せられる? 今まで通りの出資を要求できるだけの実力を見せられるのかな?」
「もちろんです。どうぞ、お確かめください」
鈴木無花果と戦い敗れた当主、殺村全殺に代わって挨拶をするのは殺村半殺。
長い髪と眼鏡の似合う美女であった。
彼女の合図に合わせて、コロムラ全員から殺気が立ち上る。
それは色を帯び、周囲を侵食する黒い闇を生み出していた。
自分の体に闇がまとわりつく、というレベルではない。彼女らを中心に闇が広がっていく。
おぞましい、恐怖を感じさせる混沌空間を前に、泰然としていたはずの出資者は思わずのけぞった。
「怪奇現象……入れば死ぬしかない世界が、完成したというのか!?」
「先日、鈴木無花果の放った洗練された怪奇現象。アレを紫電と紫煙も受けました。その結果怪獣の細胞が刺激され、彼女ら二人は怪奇現象を発生させることができるようになったのです。そこから先は技術の伝承が可能になり……この場の者は発現可能となりました」
半殺の返事のあと、コロムラたちから闇が消えた。
しばらくは滞留していたが、やがて煙も残さず消え切った。
完全にコントロールされている異能をみて、出資者は生唾を呑む。
逃げ出しそうになる己を恥じ、抑え込む。
自分が求めていた成果が実現したのだから、むしろ頼もしく思うべきだった。
「素晴らしい前進だ。出資は今まで通りに行うと約束しよう」
「光栄です」
出資が今まで通りと聞いて、コロムラたちも一安心である。
テロリストとはいえ、お財布事情は暖かい方がいいに決まっている。
本番で新しい価値を証明できたこともあって、雰囲気も和らいでいた。
(……私は強くなったわ。アイツがきっかけで目覚めた力が、鈴木無花果の影響で完成に至った。でもアイツには、まだまだ遠く及ばない)
殺村紫電……音成りんぽは、あらためて自分の目標と向き合っていた。
李広を殺す。それをモチベーションとして今日まで訓練を重ねてきた。
殺意や憎悪は消えていないが、それでも心が折れそうになっていた。
公開訓練で、李広の全力を見た。
小型怪獣を同時に四体展開し、スーパーヒロイン候補生を含めて複数のヒロインを同時にあしらっていた。
手が届かないほど強い。
だからなんだ。アイツ本人が強いわけじゃない。怪獣を潜り抜けて本人を殺せばいい。それで勝ちだ。
あいつの再生能力はそこまでじゃない、首を切れば死ぬだろう。
勝ち筋は存在するが、達成可能かと言えばそうではない。
あの四体の猛攻を越えて、彼の首を斬り落とせるだろうか。
できなければならないが、できる気がしなかった。
自分は順調に成長しているが、その場で足踏みを続けているだけの李広に追いつける気がしない。
自分が絶対に到達できない場所から、高みの見物をしているかのようだ。
それを、認めそうになる自分がいる。
だがそれは、先日の情報によってかき消された。
『僕はもう二度負けないよ』
一度敗れた者が、もう負けないと誓って、絶対に負けない力を手に入れてしまった。
その前例は世界中の人々に拡散されてしまった。
絶対に無理だから仕方ないと諦めそうになり、別の道を模索していた者たちの脳を焼いてしまった。
そして殺村紫電は、あれがきっかけで実際に強くなってしまった。
私はまだまだ強くなる。
その言葉が、自分の背中を強く押し続けている。
迷い、折れそうになる己を、遊ぶように押しているのだ。
(そうだ……私も負けない。私も二度と負けない……!)
世界中の多くの人がそうしているように……伝説の樹の教義を、彼女も受けてしまっていた。
その先に栄光があるとしても、一歩踏み外せば無為に死ぬだけだとわかったうえで。
それを恐れているままに、世界は彼女に強くなることを強要し続ける。
それは強くなる道が断たれていることよりも恐ろしいかもしれない。




