いい話だとは思うんだけどな~~
××××山の古き良き宿場町。
昔ながらの街であるため、道はすべて歩道。車が通れるような広い道ではない。
しかも坂道なので、歩くのは少々大変である。
今がシーズンということもあって、大勢の人々が歩いている。
よって余計に歩くのが大変なのだが……。
(ねえ、この子たちはなんで私たちの後ろに続いているのかな?)
一般五等ヒロイン一夜夢と同じく一般五等ヒロイン野花こころ。
王尾と相知が家族と会っていると聞いた両名は、二人で観光地を巡ろうとしていた。
しかしその二人の後ろに、五等ヒロインのほぼ全員が続いていた。
というか四等ヒロインもさらにその後ろに続いている。
実質百名のヒロインという途方もない戦力集団が、ぞろぞろきゃっきゃうふふと雑談しながら二人の後ろに続いているのだ。
時折売店に入って飲み物やらお菓子を買う子もいるが、必ず列に戻っている。
全員が一列で並んでいるわけでもないので、周囲の人々からすればものすごく邪魔だった。
局所的なオーバーツーリズムが発生している。
こういう事態を避けるために、一般の修学旅行では班分けをしているとはっきり分かったのだった。
(私たちはなんとなく外に出ただけなのにみんな合流してついてくるよ……怖いよ!)
(これが偶然じゃないのは明らかね……聞いてみたらどう?)
(いやだよ!)
二人とも適当に話を合わせて、右に行ったり左に行ったりしていた。もちろん後ろを振り向くことなく。
しかし後方のヒロインたちは必ずついてきていた。
いったいなぜなのか。もしかしたら教官から全員で団体行動するようにでも言われていたのか。それを自分たちが知らないだけなのか。
二人とも困惑していたが、確かめる勇気がわかなかった。
後ろではみんなが楽しそうにお話ししつつ買い食いとかお土産の購入とかしているのに、こちらに対してプレッシャーをかけている気がする。
おい、話しかけて来いよ、という圧だ。しかも妙に連鎖を臭わせており、仮に一組と話をすればそのままなし崩し的に全員と一緒に行動しようてきな空気がある。
嫌な空気だった。
(これはもしや……私たちの派閥に入りたいということかしら?)
(なぜ私たち!? 王尾さんとか広君とかがいるじゃん! ……というか、それなら私は関係ない? 派閥云々は野花ちゃんだよね?)
(違うわね。多分私とあなたで二等分する計画よ)
(多分で言うことじゃないよ!?)
(だって、私とあなた両方に視線が向いているもの。どっちでもいいからお近づきになりたいって感じじゃない?)
(どっちでもいいって言う時点で私は友達になりたくないよ!)
こいつらはもしや私の下僕志望者では!? という誇大妄想を口にする野花。
普通なら自意識過剰でカウンセリングが必要になるが、現状ではそういう可能性が濃厚である。
(まあ考えても見てみなさい。私は王尾派、貴方は李派。現在は李派に統合されているわよね?)
(広君はそういうの嫌いだけど、結局集まる時はそろうよね)
(広さんは他の子の名前を覚える気もないと言っているし、実質李派よ)
李派。李広が名前を憶えているヒロインたち。
彼の人間性を浮き彫りにする共通点であった。
(私もあなたも、困ったことや嫌なことがあれば王尾さんや広さんに相談できるでしょう)
(そうだね、どっちにも相談できるね)
(ほかの子はそうじゃないのよ……)
(それは……想像するだに嫌だね……)
(だから派閥に入りたい。でも王尾さんも広さんもそういうのが嫌いでしょ? だから王尾派や李派の下部組織みたいな所属に入りたがっているのよ)
(……けっきょくそれ、私たちの部下になりたいとか、私たちに面倒見てほしいとかじゃん!)
(見て見ぬふりをしましょう……強引に話しかけられることはないみたいだし)
二人とも自動販売機でジュースを買って、何気なく歩き続ける。
その後に人の群れが続いている。
奇妙な一体感、気色悪い連鎖的な人の動きがあった。
たとえるのなら……。
保護色、というものがある。
木の葉に擬態している蝶だとか蟷螂だとかがいる。
それの群れがみっしり集まって注目を集めてしまっている、そんな状態であった。
全員がまじめに、自然を装って話しかけられるのを待っているのだが、その母数が多すぎて溶け込めていないのだ。
(今までもこの人たちは、怪異対策部隊の教育棟で一緒に訓練を受けていたよね。なんで旅行になっていきなりこんなことになってるの? 旅行をきっかけに仲良くなりたいとか?)
(ちょっと違うわ。その手前よ。広さんの小型怪獣と戦う訓練があったでしょ。アレがきっかけでこうなったのね)
今までも怪物との戦闘訓練や、小型怪獣との訓練を受けることはできた。
それは希望者だけで強制参加ではなかった。
だが今回の訓練で相対的にも絶対的にも実力が明らかになってしまった。
ヒロイン同士での実力差が明白となり、そのうえでほとんどのヒロイン候補生に実戦で戦えるだけの実力がないことも明らかになった。
これは悪いことではない、というか四等、五等ヒロインなのだから当然だ。
三等ヒロインになるまでの間、必死に努力するようになるだろう。
だがそれはそれとして不安だ。
不安が努力を促すが、心を削る。
なにせ限界まで強くなったとしても、怪物を一ひねりにできるほど強くなれるわけではない。
自分が怪物に負けたとき、誰が助けに来てくれるのか。
寄らば大樹の陰。
だれが相手でも絶対に負けない存在と親しくなりたい。
何があっても大丈夫だと言ってほしい。それもそれが実践できる人から。
李広や王尾深愛。そのどちらでもいい。二人と親しい友人が対象でもいい。
とにかく安心材料が欲しい。強大な存在に属したい。
ヒロインにあるまじき弱さだが、人なのだから仕方ない。
むしろ普通である。
この二人が他のヒロインたちと比べて浮いているのは、むしろすでに庇護下にいるからに他ならない。
(でもわたしでいいのかな……怪獣との訓練でも、すごくみっともなかったよね)
(なんだかんだ言って全部合格したじゃないの。合格点ギリギリだけど。それだけでもすごいんだから)
(えへへへ)
(その点も含めて、よね。広さんは貴方のことを最初から高く評価し続けていた。君は合格できるまで挑戦できる子だって……あの人は人を見る目も確かね)
(でもそれはそれとして、部下とか持てないよ! 班長になってわかったもん! 無理!)
(私も先のことを考えれば、安易に『お友達』を増やしたくないのよね……誰かに相談しましょうか、あら?)
商店街の一角に、小さな茶店があった。
その店の前で須原と十石が門番のように立っている。
十石は普段のように礼儀正しく、須原は堂々とふてぶてしく立っていた。
営業妨害に思える風景であったので何事かと思って店の中を見ると……。
「広……もう辞めてくれ」
李広とその両親が話をしていた。
とても真剣な話だと雰囲気で伝わってくる。
とてもではないがお茶を楽しむ雰囲気ではない。
つまり現在この店は、内側と外側の両方から営業妨害を受けている状態であった。
真剣な話をしているのかもしれないが、店からすればすごい迷惑である。
「父さん。それはつまり、スーパーヒーローを辞めろって話か」
「そうだ」
「……そうだろうなあ」
「ああ、そうだ。とてもじゃないが見ていられない……!」
店の空気を台無しにしながら、話は続いていく。
「お前は確かにスーパーヒーローをやっている。俺やお母さんが認めるまでもなく、世界中の人がお前に期待している。たくさんの人を本当に助けている。お前がいないと死んでいた人もたくさんいるだろう」
「私もね、職場の人からすごいねって言われてるわ。でも……誇らしいどころじゃないの」
「お前……何度も死にかけているじゃないか。どうせ治ると思って、無茶な戦いばかりする……そのうえなんだ、あの子に殺されたいと思っている!? ふざけるな!」
「……文章にするとひどい話だなぁ」
「まったくだ!」
李広は大いに困っていた。
もともと自我を強く出さない男である。
父親から正論で詰められれば返す言葉はない。
「……あの子のことはもう警察に任せなさい。スーパーヒーローの活動も、前線に出ない形にするんだ。お前の小型怪獣の力は、他人に貸すこともできるんだろう? それでいいじゃないか」
「貸すって言っても、エンチャント程度だし……」
「それでいいだろう! とにかくお前はもう怪物と直接戦うな! 石化させるのも他のヒロインにお願いすればいい! それでいいじゃないか!」
とてもいいお父さんだとは思うのだが、聞いているヒロインたち百人はそれどころではなかった。
え、李広が前線に出なくなる? すごい困るんだけど!
李広の父が言うように、彼はちゃんとスーパーヒーローである。
それも他のヒロインと一緒に前線に出てくれる、頼りになる隊長だ。
模範的なヒーローであろうとしすぎていて不気味にも思えるが、一緒に仕事をする分には最高の上司だ。
一等、二等、三等。土屋派、鹿島派、近藤派。前線に出ているヒロイン全員が口をそろえている。
彼がいると心強い。どんな怪物相手でも負ける気がしない。被害も最小限に抑えられる。
市民にも配慮してくれるし、経験豊富で判断も早い。
連携の要求値も高くないし、豊富な手札を適切に使用してくれる。
回復能力により、休日を挟むどころか一日で何度も戦ってくれる。
四等ヒロイン、五等ヒロインもそんな話を聞いていた。
だからこう思っていたのだ。
いざ実戦が始まっても、彼が一緒に戦ってくれるのなら安心だと。
彼が前線に出てくれなくなって困るのは、他でもないこの場の百人だ。
「いやでもさあ……アイツのことを抜きにしても、俺が前線に出ないとほかのヒロインが困るぜ?」
「お前は弱いじゃないか! だから何度もケガをしている! 強い子に任せればいい!」
「強いって言っても、三等ヒロインとか四等、五等は本当にお年頃のお嬢さんだし……」
「だからなんだ! たとえその子たちに恨まれるとしても、私はお前を止める!」
やめて! 止めないで!
店の外にたむろする百人の女子たちは必死で祈っていた。
彼が前線に出るか出ないかは、本当に死活問題なのである。
あと彼女らもまた周辺の店を巻き込む形で営業妨害をしていた。
「いやだから……その子たちにも親とか友達とかいるじゃん。俺だけ危険な目に合っているわけじゃないし……」
「それでもだ! なんとでも言わせればいい! お前ひとりが抜けて瓦解するんなら、もともと機能していないようなものじゃないか!」
いや~~! 説得しないで~~!
私たちの家族や友達も、広さんと一緒に現場に行くなら安心だねって言ってくれてるの~~!
「んなこと言ったって、怪物は出るんだぜ? みんながやらないと、社会が回らないじゃねえか」
「それは他の仕事も一緒だ! お父さんもお母さんも必死で働いている! みんな命懸けなんだ!」
違うでしょ! 命懸けとか必死の意味が全然違うでしょ!
無言で訴えるヒロインたち。
「んでさあ……アイツのこともさあ……」
「あの子は逆恨みでテロリストになっただけだ! 人まで殺しているんだぞ! お前はそんなことをしていないだろ!?」
「は?」
「あの古代神だか小型怪獣だって、人が死なないように配慮しているじゃないか! お前はあの子とは全然違う!」
「いや……俺の方が人を殺しまくってるけど?」
今週ラーメン食べた?
そういや食べてないな。
その程度の空気で、広は殺人を告白していた。
「なんならあの古代神たちは、人を殺すために集めて鍛えたんだけど。それに相棒も人を殺すために旅をしていて、俺はそれを止めなかったんだけど」
「な……」
「俺もそういうやつさ。ただ一回ド派手に大量虐殺して、もういいかなって満足しただけだ。アイツはまだ満足していない……その差があるだけだ。そんで……」
殺人を告白して、店の空気やヒロインたちの心情をぐちゃぐちゃにした男は。
さらに情緒を揺さぶってくる。
「俺は……今でも後悔しているんだ。もしもあの時、俺が空気を読んでヒーローになることを辞めていたらって……」
『ねえ聞いてよ。こいつさあ、男のくせに魔力があってさ、怪異対策部隊からスカウトされたこともあるのよ。それなのに怖くてスカウトを断ったの!』
『子供のころから怪異対策部隊に入って活躍したいって言ってたくせにねえ~~! みっともないったらありゃしない!』
『私はね、ちゃんと背中を押してあげたのよ。それなのに『それでも怖いよ』って言って断ったの!』
格好のネタを見つけたとばかりに、楽しそうに自分をバカにし続けるだろう。
自分だって昔のままなら『コイツ昔からヒロインになりたいって言ってたのに魔力が足りなくてお断りされたんだぜ』とネタにしていただろう。
それでよかったはずなのだ。
栄光に飽きた自分はそうするべきだった。
「そう思うとさ……何かしなくちゃって思っちまうんだよ……」
父親の感情にぶつかってきたのは、重くも緩やかな感情だった。
「だからごめん。父さん、母さん。俺はきっと……少なくとも、戦うと思うんだ」




