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ヒーローになる瞬間

 真昼の住宅地は、もともとそこまで人通りが多いわけではない。

 人気がないことも異常に思えない。

 だがだからこそ、普通ならば異常に思うだろう。


 何かが潜んでいるのにもかかわらず、何が起きるのか予測もできない。

 新人である三等ヒロインならば、一人でいる不安に押しつぶされるだろう。


 一方で町を歩く広は怯えてはいなかった。

 周囲を観察しつつ、ゆっくりと進んでいる。歩いているわけでも走っているわけでもない。

 盾とリンポを手に、小刻みに進んでいるのだ。


(てっきり大量の死体が転がっているかと思ったが……それもないってのは希望があるのかね。それにしても本当に戦闘の形跡がないぞ。俺が着地したところが一番のダメージなんじゃないか?)


 考え事をしているのは油断しているのか、精神を安定させるためか。

 時折現在地を確認しながら想像を巡らせていく。


(怪物はおろか怪人もいない。これは本当にどういうことだ? まさか家の中に……)


 戸惑いながらも歩いていた時である。

 本当に唐突に、後方から攻撃を受けた。


「なに!?」


 盾を構えながら振り向くと、そこには棒を振りかぶっている怪人の姿があった。

 とっさにリンポを振るい切り裂くと、綺麗に真っ二つとなって地面に落ちる。


 どういうことだ、と思う余裕もない。

 再び背後から……つまり先程まで向いていた方向から攻撃を受ける。


「くそ……この!」


 再び反撃して怪人を切り裂くと、慌てて体を道ぞいの壁に押し当てた。

 住宅の外壁によって背後を守りつつ、左右を改めて確認する。それらしい姿はどこにも見えなかった。


「どういうこと……だっ!?」


 警戒を解いて再び動こうとしたとき、真上から怪人が襲い掛かってきた。

 肩車になりつつ組み付き、殴打を仕掛けてきている。


「この……舐めるなぁ!」


 片手剣であるリンポの、刀身の短さが生きた。

 自分の首に絡みついている足を切り裂くと、更に自分の頭の後ろにある怪人の腹に突き刺す。

 怪人は力を失ってずるりと落ちていった。

 それに感慨を抱く暇もない。今度は壁などから距離を取って周囲を見渡した。


「監視されている!?」


 戦力を投入するタイミングがキレイ(・・・)すぎる。

 如何なる手段によって怪人が現れているのかわからないが、少なくとも監視しているはずだ。

 だからこそ注意を払い、周囲に不審なものがないか調べていく。


「!?」


 影のようなものが動いた、ように見えた。

 住宅地の細い道の、その奥に消えていった。


 疑わなかったわけではないが、動かなければならない。

 広はその影が向かった先へ走っていく。

 盾を前に構えながら通路に入ると……。


 目の前には大きな家と、その門があった。

 それだけならなんということはないのだが、これ見よがしに金属製の箱が置かれている。

 そこまで分厚いものではない。おそらく高級なお菓子などを入れるための、薄めの金属箱であろう。


 近付いてみれば『かりかり』という音がしており、更に小刻みに動いている。


 なんだと思って腰を下ろし、金属の箱のふたを開けてみると……。


「ネズミ?」


 金属の箱の中には、ネズミが一匹入っていた。

 ぢゅー、という可愛げのない声を発しており、蓋を開けると同時に逃げていった。

 ネズミが入っていただけなのか? と思って注視するとそこには『アリ』のような大きさの人間が大勢……と言っていいのかわからないが、とにかく注視しないとわからないほど小さい人間が多くいた。

 なにやらうごめいており、こちらに意志を伝えたい様子であったが……。


「なんて言ってるんだ?」


 どうにも感謝を伝えたい様子ではないらしい。

 首をひねりながら頭を近づけたその時である。


 とん、と。

 唐突に背中を押された。



 幻想的状態異常、小人化。

 相手の体を武器や服装と一緒に小さくして無力化する、恐るべき状態異常。


 それを操る怪物は虫メガネのような頭をしていた。

 人の頭の代わりに、人の頭が入るとは思えない薄さの虫メガネのレンズがついており、それに大きな目玉が描かれている。

 全身がある種の幼稚さがあり、前回の石化怪物がグロテスクであるのに対して、子供向けを思わせる。

 あえて特撮風に名前を付けるのであれば『虫メガネボーイ』であろうか。

 

 とはいえ、その目玉には悪意が詰まっていた。

 相手を縮小化させることを楽しんでいる。効率以上に楽しいから痛めつけている、そのような性癖が溢れている。


 この怪物は人々をあえて囮にしヒロインたちの隙を作り、背後から襲って一気に縮小化させていたのだ。

 一つの金属箱に追い込み、さらにネズミをわざわざ捕まえてまで突っ込んで、いたぶって遊んでいたのである。


 そのように恐るべき怪物は広の後ろに現れていた。

 箱の中の人々は、広にそれを伝えようとしていた。

 このままでは彼も一気に縮小し、金属箱の中に入ってしまうだろう。


 そう……この虫メガネボーイは、小人化に特化した怪物。

 はまってしまえばもはや対抗することはできない。



「……?」



 背中を軽く押されたことで、広はゆっくりと後ろを向いた。

 もちろんそのサイズは一切変わっていない。

 虫メガネボーイは勝利を確信していたからこそ攻撃性の低い接触しかしなかったため、彼の反応が遅れてしまったのだ。


「怪物か!」


 異形を確認した瞬間、広は振り向きざまにリンポを振りぬいた。

 広に向けて伸ばしていた腕は切り裂かれ、黒い体液をまき散らしながら飛んでいく。


 腕を斬られた虫メガネボーイは、レンズに描かれた目玉で驚きを表しつつ後ろに下がる。

 自分は確かに、彼に直接触れていた。

 バリアが展開されていない以上、触ってしまえば一瞬で小人にできるはずなのに。


「なるほど、幻想的状態異常の小人化だな。その力で町の人やヒロインを縮小して遊んでいたのか。結構なご趣味をしていやがる」


 広は金属の箱を背後に立ちあがると、盾を構えながら前進する。


 その姿に対して、虫メガネボーイは後ずさる。

 もう勝っていたはずだった。なぜこの人間はまったく小さくならない。

 多少の抵抗力があるとしても、それをぶち抜いて縮小できるほどに、自分の異常攻撃力は高いというのに。


 李広という天敵(かいぶつ)に怯える虫メガネボーイは、残った腕をポケット……と言っていいのかわからないが、体についているポケットに突っ込む。

 そこから何かを取り出すと投げてきた。


 その何かは、怪人であった。

 空中で一気に巨大化……元の大きさに戻った怪人は、そのまま襲い掛かっていく。


「なるほど、そうやって俺を襲っていたのか」


 あわてず騒がず、リンポの刀身を消しながら納める。

 次いで腰のホルスターからリボルバー型の拳銃を抜いていた。


「弾倉、雷」


 このリボルバー式拳銃によく似た魔力兵器は、通常の拳銃と大きく異なる。

 引き金を引くと持ち主の魔力を吸い上げ、火や風などの魔法攻撃に変換し発射することができる。

 撃鉄に似た部位はあるのだが、それは雷管を叩くためではない。

 弾倉を回転させ、内に入っている魔力返還器を換装するのだ。


 広は雷属性に変換された魔法攻撃を発射したのである。

 それは広範囲に拡散し、己の頭上の怪人たちを黒焦げにしていた。


 虫メガネボーイは動揺する。

 また別のポケットに手を突っ込み、再び広へ投擲した。またも怪人、ではない。今度の投擲物は自家用車であった。

 一台の自動車がボールのような速度で飛んでくる。広は両手に盾と拳銃を持ったまま、片足でケリ返した。


「小細工だな。異常攻撃の応用がそんなに強いなら、みんなそうしているっつーの」


 恐るべきはパワードスーツであろう。

 本来常人並の筋力を底上げし、跳んできた車を逆に虫メガネボーイへ蹴り返させたのである。


 虫メガネボーイはこれの直撃を受けてしまう。

 自らが交通事故のように住宅地の壁に押しつぶされ、無様にもがいていた。


「お前は自分のことも縮小できるんだな。その力で潜み、不意を突いてヒロインたちを全員縮小させた。おそらくだが、今みたいに人質になっていた人を救助するときとかにしたんだろうよ。なんでも弾くバリアを展開したまま普通の人に触れるのは危ないだろうしな。なるほど、なるほど。一気に全滅させただけのことはある」


 拳銃をしまい直し、盾を背中に背負い、リンポだけを手に虫メガネボーイへ近づく広。

 虫メガネボーイを押し込んでいた車を粗雑にどかすと、壁にめり込んでいる虫メガネボーイの腹にリンポを突き刺す。

 魔力の刃はあっさりと貫通していた。


「でも死ね」


 虫メガネボーイはもがいている。

 残った腕で広の体をべたべたと触る。しかしまったくもって、何の変化も起きない。


「無駄だ。俺に縮小化は通じない」


 倒せない、倒せないのならば逃げなければ。

 虫メガネボーイは自分の体を触って、自分を小さくし逃れようとする。

 アリのように小さくなれば、この男も見つけることはできない。

 そう思ってのことなのか、それとも反射的なことなのか。

 虫メガネボーイは、自分の腹に魔力の刃が刺さったまま縮小してしまった。


「そして、俺が持っている物も縮小することはない。腹に俺の武器が刺さっている状態でお前が縮小すれば、相対的に武器が大きくなるってことだ。一気に小さくなった分、一気に切断されるってことだな」


 横にして突き刺していた魔力の刃の上に、注視していなければ気付けないほど小さな怪物がいた。その上半身だけが血を流しながらうごめいている。


「もしも俺とお前がスキルビルドだけで戦えば、怪人やら車やらを投げたことでお前が勝っていただろうよ。だが悪いな、俺は人間なんだ。スキルビルドだけでキャラメイクをしているわけじゃない」


 放っておけば死ぬだろうが、それでも摘み上げた。

 ぶちりと、虫のように潰す。

 人々を虫のように変え、虫のように弄んだ報いというには皮肉が効いていた。


 直後、爆発するように死体が肥大化した。

 広の足元には切断された下半身と、つぶれた上半身が横たわっている。


「やった……戻った、戻ったぞ!」

「助かったんだ~~!」


 また後ろを見れば大勢の人々が元の大きさに戻っており、互いに抱き合い喜び合っている。

 狭い道であったため人口密度がヤバいことになっているが、それでも彼らは気にしている様子もなかった。


「ちょっと失礼します……失礼します」


 互いに抱き合う満員電車のような中をかき分けて、武装しているヒロインたちが広の前に現れた。

 あの金属箱のなかでネズミ相手に戦っていたであろう彼女たちは、すっかりボロボロになりつかれていた。

 それでも広の前に立ち、深く頭を下げてくる。


「君は三等ヒーローの……李広君だね? すまない……助かった。私たちが油断していなければ、こんなことにはならなかったのに……」


 振り返ってみれば、どうにもならないというほどでもなかった。

 なんとかできたはずなのに、なんともできなかった。

 事故のような敗北であったが、それは防げた事故であり、不注意からの事故だった。


 隊長である一等ヒロインは、体の大きさが元に戻ったにもかかわらず平身低頭であった。

 もちろん他のヒロインたちも、半泣きになりながら頭を下げている。


「え、ええっと……」


 向こうの世界でもこのように頭を下げられることはあった。

 当時は横柄かつ傲慢にそれを受けていたが、今の広はそんなふうに振舞えない。

 どう返事をしたものか迷っていると、更に大勢の人が押し寄せてくる。


「君が噂のヒーローだね!? ありがとう、もうダメかと思ったよ!」

「ありがとうございます! 助かりました!」

「お兄ちゃん凄い! 男なのにヒロインみたいに戦えるんだね!」

「怪物を倒してくれたのか!? はあ、安心した!」

「握手してください! 握手! サインも!」

「本当に状態異常がまったく効かないのか……凄い!」


 リアクションをする余裕もない。

 広の傍には助けられた人が押し寄せる。



 李広はこの時初めて、ヒーローになったと言えるだろう。

幻想的状態異常について。


特徴として服や武装などと連動している。

つまり小人化や幼児化しても服がそのままということは無く、その変化に合わせて服も変わる。

逆に言うと、本人が状態異常にならない場合、服や武装もそのままということ。

持ち主が完全耐性を持っていれば、武装や服も耐性を得るということ。



肉体的状態異常の場合

毒や麻痺、酸などの状態異常は武装と連動しない。

そのため本人が無事でも服や武装だけ融解する、ということはあり得る。

ただしヒロインやヒーローの武装は、そうした肉体的状態異常に強く作られている。

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― 新着の感想 ―
誤字 グロテクス ↓ グロテスク
小人化かー!冒頭は自分が小さくなり隠れて怪人を投入してたのか。 前話でヒロインたちが追い詰められてたのは肉体と装備が小さくなって出力も落ちちゃってたからか。 なるほど肉体的状態異常の対策も取られてるの…
組織的に運用し、出し所を選べるなら、っぱ特化型は大正義よ。
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