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相対的に向いている人選

 日本の怪異対策部隊本部、人工島。

 すでに何度も行われている『公開演習』が以前以上に大規模で行われるということで、多くの取材陣がヘリコプターを飛ばして撮影を行っていた。


『こい、オオカグツチ、オオワダツミ、オオハニヤス、オオミカヅチ』


 怪異対策部隊を襲撃するかのように、人工島の四方に巨大な怪奇現象が展開された。

 それぞれの中央には小型の怪獣……とは言っても、ヘリコプターからでも裸眼で確認できるほどの大きさがある怪獣たちが君臨していた。


 それらは咆哮をする一方で身動き一つしない。

 強大ではあるが、飼い犬のように停止していた。 


 その姿だけでも『イベント』である。

 ヘリの報道陣は大いに興奮しながら生放送を続けていた。


 飛行しているヘリの中には『スポンサー』とはまた別の大富豪たちもヘリに登場して見物に来ている。


 小型の怪獣が人間に飼いならされていて、ヒロインたちと微笑ましく訓練を行う。

 これを楽しいと思うのは悪趣味ではあるが、大迫力であるので見物ではある。

 なにより『小型の怪獣が使役されている』という情報を確かめるには、この上ないイベントだ。

 AIによる欺瞞技術が発達した今、自分で直接確認する以外の検証法はもはや存在しない。


(先日の鈴木も含めて、日本の怪異対策部隊は他国から抜きんでている。これからも出資をするべきだな)


 経済界のトップ層、地球の富の半分以上を所有している者たちが冷静に、しかし迷いなく値踏みを行っていた。


 そんな空気間の中で、一つの『小型ヘリ』が飛んでいた。

 小型と言っても洋上に出られる程度には大型であり、中には十名ほどの少女が搭乗している。


 彼女らの中に『富裕層』と言える者はいない。

 彼女らはそれよりも質が高い。全員がスーパーヒロイン候補生であった。

 それも外国から、ほぼ密入国した面々である。


「ちょっとちょっと、あんまり押さないでよ。おっこちちゃうでしょ?」

「このヘリ、レンタルなのよ。壊したり傷がつかないように気を付けてよね」

「ああもう……もっと人数を集めて、もっとカンパを募って、もっと大型のヘリをレンタルすればよかったわ!」

「そういうのはイイっこなしよ。もうこの際、外の壁とかにしがみついて観戦すればいいじゃない」

「安心して見てられないでしょうが」


 ーーーヒロイン、あるいは同等の魔力を持つ女性の戦闘能力は高い。

 それでも、それが原因で入国や出国が制限されるというのはそう多くない。


 しかしスーパーヒロインやその候補生ともなれば話は違う。

 怪獣が出現したなどの異常事態がなければ、入国も出国も多くの手続きを必要とする。


 そんな面倒を一切すっ飛ばして集まった面々。ある意味では重犯罪者の集まりなのだが、彼女らを罰せる者は事実上存在すまい。

 彼女らは比喩誇張抜きで世界の未来を守る『物語の主人公』たち。

 反社会勢力に属するなどの行為をしない限り、多少の非行は大目に見られる。


 ましてそれが『修学旅行』ともなれば、現役のスーパーヒロインたちも咎められない。


「……始まった!」

「うゎっ!? 本当にまた大きくなった!」

「アレでも小型怪獣……!? それなら本番は、どれだけ……!」


 四体の小型怪獣の中の一体、オオカグツチが爆発的に肥大化した。

 火山の噴火にも負けないスケールの火炎旋風から両腕が生え、後光さえ発しながら君臨している。


 本気の姿、第二形態。

 炎と光の怪獣オオカグツチが、己の怪奇現象の中で燃え盛り光り輝いている。


 その恐るべき熱気のなかで、一筋の流星が軌跡を描きながら舞い踊っている。

 この国が抱える唯一のスーパーヒロイン候補、王尾深愛。

 彼女は専用装備を用いて、怪獣を相手に訓練を積んでいた。


 超高速の戦闘であったが、同格であるスーパーヒロイン候補生たちにはその姿がしっかりと見えていた。

 だからこそ、嫉妬や羨望が隠せない。


「ねえみんな。あんな風に、勇敢に小型怪獣と戦うことができる?」

「無理ね。私も分はわきまえている。あそこまで力の桁が違う相手と、冷静に『シューティングゲーム』ができるほど肝は据わってないわ」

「冷静って顔? どう見てもひきつっているじゃない。ここからでもわかるほどにね。ま、私もそうだけど」

「修練を積めば、奴よりもうまくヤル自信はある。だがそれも、修練を積むことができれば、だ」

「留学しないとムリって話ね。あ~あ~。お偉いさんたちも先輩方も、それがわかってるはずなのにねえ」


 土屋香がよく言うように、スーパーヒロインが偉いのは強いからではない。

 怪獣と戦って人々を守っているからだ。

 それをしないのならば、傑出した強さにも意味はない。

 スーパーヒロインになるということは、怪獣と戦うことを意味している。


 人類最強の魔力を持つ者たちが、全世界から結集して倒すレイドボス、怪獣。

 スーパーヒロインたちが死ぬことのほとんどは怪獣との戦いであり、同時に初陣で死ぬ者も少なくない。


 一般のヒロインが怪物と戦って心が折れるように、スーパーヒロインもまた怪獣と戦って心が折れることも多い。

 それは仕方がないことであるが、恥であることに変わりはない。

 このヘリに乗っている彼女らも、自分たちがその恥をかくことを恐れていた。


 恐れている一方で、対策はなかったのだ。今までは。


 小型の怪獣を使役しているスーパーヒーロー。

 彼による教導の効果は、まさに見てのとおりである。


「王尾深愛。次の怪獣が現れた際には、彼女は抜きんでた活躍をするでしょうね」

「それだけではない。このヘリに乗っている面々の半分は戦う前から心が折れて無様を晒し、もう半分は逃げ惑うことしかできまい。私自身、そうならないと言い切ることはできない」


 王尾深愛は今も戦っている。

 小型怪獣の攻撃を回避し、防御し、迎撃し、逸らしている。

 まったくダメージを与えられていないが、それでも戦闘ができている。


 本番でもそれなりの活躍ができるだろう。

 自分たちと違って。


 彼女はすべてを持って生まれたと言われているが追加が来た。

 彼女は教育環境にも恵まれている。


 それは彼女の同期たちも同じだった。


 他の三体の怪獣たちもヒロイン候補生たちと訓練を開始している。

 王尾深愛と比べれば小規模な戦いだが、それでも奮戦していることが遠目にもわかる。

 怪物と戦うべき彼女らが、小型怪獣を相手に善戦できれば、本番はむしろ楽になるだろう。そう思えば過分なほど有効な訓練だった。


「李広……ウチの国に来てくれないかしら? いっそ拉致監禁っていうのもアリよね?」

「その場合は鈴木が動くかもしれないぞ?」

「……ぞっとする話ね」


 人類の例外であるはずの彼女らは、見下ろしながら見上げている。

 知っていることだったが、自分たちは最強無敵の存在ではない。

 さらに一段上の『怪獣』がいると思い知らされていた。



 少し前の話である。


 人工島の飛行場に、三等、四等、五等ヒロインが集まっていた。

 必然的に李広も一緒であり、白上一等教官も一緒である。


「ええ~~。今回は大規模な合同演習を行う。これは公開されているので、ヒロインに恥じぬふるまいをしてほしい。特に四等ヒロイン、五等ヒロインは結果いかんでは修学旅行に参加できなくなるので注意してほしい」


 今後何度か合同訓練を行うわけであり、一回でも合格すれば修学旅行を最高グレードで楽しめる。

 最高グレードにふさわしい(そうでもない)難易度の試験に臨む四等ヒロイン、五等ヒロインの顔は曇っていた。


 逆に言って、三等ヒロインたちは失敗しても困ることはない。

 成功しても特にご褒美がないというだけで。(もっと悪いとも言う)


「ではスーパーヒーロー、李広。訓練を前に何か言うことはあるか?」

「それじゃあ皆さん、ケガの無いようにしてください」


 彼はすでにリンポを抜いており、周囲には人魂が浮いている。

 顔は相変わらず申し訳なさそうだった。


「こいつらは手加減するつもりらしいですけど、あんまり期待しない方がいいです。直撃したら死ぬっていう緊張感をもって訓練してくださいね」


「……その通りだな! お前たち、ちゃんとまじめに訓練をしろよ!」


 李広からのありがたい忠告は、白上一等教官をして否定しきれるものではなかった。

 だが言い回しというか脅しが効きすぎているので、なんとか緊張を和らげるように語気を強くする。


 なおほぼ全員がお通夜のような雰囲気であった。


「ふふん! なんと私は今回の訓練を受けなくていいとお達しを受けています! なぜなら私はギルドバッファー! インフラ要員ですから! 戦闘しなくていいよと総司令官から言われていますので! 賢い! いや~~私は頭がいいですねえ! 危ないことをしなくていいなんて賢い証拠です!」


(そうだろうよ……)


 唯一の例外(たにんごと)は指栖である。

 自分が危ないことをしなくていいと言われているので、彼女は狙った通りと鼻高々だ。


 なお白上を含めて周囲の面々は恨めしく思うが、彼女を怒らせてもいいことがないので黙っている。


「え~~。それじゃあ訓練の内容をもう一度伝えるぞ。まずオオカグツチを相手にするのは王尾ひとりだ。前回と違って、最初から専用装備をしてから、最初から本気のオオカグツチと戦ってもらう」


「はい……頑張りますっ!」


 ものすごく謙虚な姿勢の王尾は、恥ずかしそうにもじもじしながら返事をしていた。

 その隣にはもの凄くごっつい専用装備が立っている。


「私は、その……前回は正直、舐めていました。それは今ではとても恥ずかしく思っています。今回はそういうことがないように、まじめに取り組ませていただきます」


「……そんなに礼儀正しくしなくていいんだよ?」


「いえ。スーパーヒーロー様に失礼なことをしてはいけないと、前回の任務で学びましたから……」


(キャラが完全に崩壊している……そんなに怖いんだ……)


 彼女の変わりようを見て戦慄する一同。

 やはりこれから待つ訓練はそこまで過酷なのだと生唾を呑む。


「ごほん。五等ヒロインは指栖の強化を受けたうえで、オオミカヅチと戦ってもらう。四等ヒロインは強化を受けずにオオワダツミと戦い……三等ヒロインは『民間人役』を守りながらオオハニヤスと戦ってもらう」


(オオミカヅチ……前に王尾さんの心をベキベキにへし折った怪獣だ……イヤだなあ)

(オオワダツミって氷と水の怪獣よね? 海の上でそんなのと戦うなんてイヤ……)

(オオハニヤスって、広様でも実戦で一回しか出してない、工場のすべてを砂にした怪獣よね……一番イヤ……)


 三体の怪獣と戦うということで、みんなイヤな顔をしていた。

 どう考えても勝てない相手との戦いということで、どれに当たってもイヤなのは必然であろう。


「それから……王尾以外の面々は、十人で一つの班を作ってくれ。怪獣側は一度に全員を相手にしても問題ないそうだが、採点する側としては限度があるのでな」


(十人で一つの班かあ……)


 十人一組で怪獣と戦うという話になって、一夜夢は少し戸惑った。

 クラスメイト全員で戦うことになったなら、何もしなくてもいいかも、とすら思っていたのでがっかりである。


(いやいや! 私は広君と一緒に戦うって決めたんだから、そんな逃げはダメだよね! そうと決まったら、一緒に戦う人を決めないと……)


「一夜さん、少しいい?」

「私たちと一緒に戦ってほしいのだけど」


 先に声をかけてくれたのは、先日も怪物と戦った相知音色と野花こころであった。

 共に王尾派だが一夜とはとても仲が良く、気心も知れていて連携もとれる間柄だ。

 一緒に戦うとなれば心強い。


「いいの!? 二人が来てくれれば百人力だよ!」


「それなら私たちは何人力なのかしら? 千人力、と言ってもいいのよ~~?」

「私も班に入れていただけるとありがたいです」


 さらに李派の須原と十石も誘ってきた。

 共に先日の工場でも大活躍した異物ヒロインである。

 王尾派の二人以上に心強いメンバーであり、これには三人とも大喜びであった。


「実戦経験豊富な方と一緒に戦えるなんてありがたいわ」

(この二人が一緒だと、訓練としての意味が薄れそうだけど……前回の怪物訓練を想うと、私が最初から万全で動ける可能性は低い。それなら欲をかくのは危険ね)

「ほ、本当にいいんですか?!」


「私たち全員、李派みたいなものでしょ。一緒に頑張りましょ!」

「私の実戦経験は豊富とは言えません。しかし支援で皆さんへの協力は惜しまないつもりです」


 実力も確かな五人がそろって、全員のテンションも確実に上がっていた。

 こんなに心強いメンバーはそういないだろうと、全員が互いを評価し合っている。

 さあ残り半分を探そうか、という空気になったが……。


「ちょっといい?」


 気づけば他の五等ヒロイン全員に包囲されていた。

 それはもう密集包囲であった。五人に逃げ場はない。


「あのさあ……十人で班を作れって言われて! なんで五等ヒロインのトップ五人が集合しているのよ! 戦力バランスと考えたら、貴方たちは分散しないとダメでしょ!?」

「他の班のことを考えてよ! 貴方達と同じ班以外全滅モンじゃない!」

「貴方たちは次期一等ヒロイン枠として、分散して班長になって、私たちを導いていく係でしょ!」


 五等ヒロインたちは涙目である。

 頼もしい奴らが一か所に集中していて、心もとない奴らが残ってしまった状態だ。


「え……他のみんなはともかく、私も班長なの? 私なんて何の特徴もない、普通の女の子なのに……」


「嫌味!? 嫌味なの!? 貴方初戦で怪物と戦って勝ってるじゃない! それもカバー担当として結構活躍してたし!」

「貴方が普通の女の子なら、私たちはそれ以下ってことになるんだけどわかってる!?」

「貴方達以外、誰も怪物を倒してないの! 貴方たちはすでに私たちの何歩も先を行ってるの! 自覚して! ちゃんと自分の実績を直視して!」


 自称普通の女の子を必死で祭り上げる五等ヒロインたち。

 もっと自信を持って、自分たちを守ってほしいと嘆願する。


「あの、広君。私……班長、やれるかな?」

「ん? 班長?」


 一夜に聞かれた李広は少し考えた後、首をひねった。


「あんまり向いてなさそうだけどなあ」

「そうだよね!」


(確かにそうだけど他にいないの!!)


 世の中には状況に適した人間が必要数存在しているわけではない、という現実を二人に知ってほしいヒロインたちであった。

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十石は一級にはできないんじゃないかな 一級の仕事するなら『指揮官』タイプでやる事になるけどほぼ確実にギスる 自分も多少は前に出れるとは言えメインは二級三級にバフ入れて殴らせる方 人間関係無視すれば有用…
誰だってそーする、俺だってそーする、を全員が実行したら、そら、色々な意味でこうもなる。
本人の適性と実績の食い違いから起こる事故だこれー! クラスメートも班長として~じゃなくて、戦力の主軸として~みたいな表現ならスーパーヒーロー様も肯定したかもしれないのに... いや、やっぱり班長=導い…
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