つなぎ
本日は短いです。
申し訳ありません。
人工島を離脱するヘリコプターは多い。
その内の一機に、三人の『客』が乗っていた。
一人はスポンサー、残る二人は李広の両親であった。
本土までの距離は長いが、飛行時間は短い。
このあと両親は本土でそのまま仕事に戻るが、スポンサーは遠い外国へ帰国する便に乗る。
両親にとって、雲の上の人物であるスポンサーと話ができる貴重な時間であった。
「この度は本当にありがとうございます。そのうえで……申し訳ない。せっかく時間を作ってくださったというのに、私も妻も、何を言っていいのかわからず、こうして黙って帰ることしかできませんでした……」
夫は何とか礼を言っているが、妻は言葉が出なかった。
複雑な感情が強力に、濃厚に、混ざり合って何を言えばいいのかわからない。
尋常ではない強度で、心の整理がついていない。
心の倉庫に感情という大きな荷物があふれかえって、収まりきっていない。
だがこの基地に来るという予定を立てた当時より、感情は好転している。
アレは息子だった。
自分たちが知らない間に大人になって、少年からオスになり、オスから父や兄になって……自分たちのもとに帰ってくることを選んでくれたのだ。
息子だった。知らぬものが息子の皮をかぶっていたわけではないのだ。
それを確かめることができただけでも、二人にとっては大きなことだった。
「お二人とも、あの人工島に行くときよりもよい顔をなさっています。それだけでもお二人があそこに行った意味はありましたよ。私のことは気になさらないでください。もともと商談もありましたから、お二人のことがなくともあの島に行っていましたよ」
スポンサーの態度は柔らかく、両親が広に会わないまま帰ることを暖かく肯定していた。
「それにお二人には『また会える機会』があります。その時にちゃんと、腰を据えて話をなさったほうがいい」
「はい……はい……」
強大な自分が最善を尽くしている。
この役目を誰かが負わなければ、それこそコミックのようなイベントが起きてしまう。
無理もない。
自分の息子が全身に致命傷を負いながらも戦っているなど、拷問にも等しい。
これが完全に不死身ならまだいいが、実際には死ぬこともあるというのが悲劇的だ。
本人の技量……と言っていいのかもわからないダメージコントロールで命をつないでいるだけで、いつ死んでも全く不思議ではないのだから。
そんな息子を世間は賞賛する。
怪異対策部隊もまた彼を模範的なヒーローだと認めている。
自分の息子を心配している普通の親のはずなのに、世界から完全に孤立してしまっていた。
(君にこれ以上背負えというのは酷だが、背負いきれないものを捨ててでも、両親をしっかりと背負うべきじゃないか?)
スポンサーは残された家族として、偉大過ぎる息子を持った両親に同情していた。
※
場所は戻って、人工島は教育棟。
五等ヒロインの教室内では、少し遅いホームルームが始まっていた。
「え~~ごほん。そのなんだ、年齢的に考えて、グロテスクな話をしたくなることもあるだろう。だが実際にそういうものを見たことがある者もいるのだ。配慮した方がいいぞ」
「教官、私も実際に見たって話なんですけど」
「うるせえ! 朝からそんな話すんなって言ってんだよ!」
論理的な矛盾を指摘する須原に対して、白上一等教官は強弁した。
倫理的にはごもっともなので誰も反論しない。
「そのうえでだ……お前たちにいい知らせがある。入学式の際にも案内があったが、この怪異対策部隊では五等ヒロイン、四等ヒロインに対してかなり豪華な修学旅行を準備している。特に今年は××××山という観光地の最高級ホテルで三泊四日の豪遊だ。家族や学外の友人も招待して構わない」
おおお~~~と、感嘆の声が漏れた。
ものすごく好待遇で、福利厚生どころか詐欺を疑うレベルの話であったが、命を懸けて戦うことを想えば軽いぐらいなのかもしれない。
「とはいえ……アメ相応のムチもある。どんな科目であれ赤点の生徒は修学旅行には参加できん。これはフリとかハッパとかじゃなくてガチだ。契約書にもちゃんと明記してあるからな」
先生の忠告は耳に痛い。
そんなところはリアルじゃなくていいのに、と思わずにいられなかった。
「一応言っておくが、今年からは『怪物との戦闘訓練』も科目に入っている。これをクリアしてない生徒は、修学旅行の一週間前までにクリアするように」
(……そんな弊害があったなんて)
「ちなみにだが、すでにそれをクリアしている生徒は『小型怪獣との戦闘』を履修すると修学旅行中の待遇がよくなるぞ。最高グレードだ」
(無茶言いやがる……)
「ちなみに五等ヒロインでクリアしているのは王尾深愛だけだ」
先生からの言葉を聞いて、びくりと王尾の体が震える。
当時のことを思い出して、トラウマが再発したのだろう。
圧倒的な力を持って生まれ、常に自己肯定感はマックス。
なんなら自己肯定感という言葉を知らないまであった。
そんな己が初めて遭遇する、どうあっても絶対に勝てない相手との組手遊び。
釈迦と孫悟空も同然の実力差を思い知った瞬間の無力さと言ったら……。
「わ、私なんて、全然大したことないですから……」
(絶対受けたくない……!)
変わり果てたスーパーヒロイン(一応成長中)の姿を見て、他の五等ヒロインたち(李派を除く)は戦慄していた。
「言うまでもないが……スーパーヒーロー李広! お前の場合は今の二つは実質クリア扱いでいい! だが普通の勉強で赤点を取らないように気をつけろよ!」
「あ、その」
「土屋の奴はお前に『人命救助と狩猟にルールもマナーもねえ』とか言ったんだろうが、実際にはちゃんと法律があるんだからな! お前も普段は許可をとってから動いているが、それはそれとしてちゃんと勉強してくれ!」
「そのことなんですけど……」
李広はおずおずと挙手した。
「怪物との戦闘訓練って、俺が怪物を捕獲しないとだめじゃないですか」
「そうだな」
「で、先日の工場の件で俺の親が訴訟するかもってことで、俺の出動も当分はないらしいんですよ」
「そうらしいな」
ここで五等ヒロインたちに素晴らしい情報が入った。
どうやら彼女らが参加する修学旅行は、全員最高グレードであることが確定したのである。
「怪物の数が足りないんで、怪物との戦闘訓練は当分ムリ。俺の古代神……小型怪獣との戦闘訓練しか受けられないそうですよ」
最高グレード以外は全員不参加が確定したのだった。




