ホームルームが始まらない
非常に今更ではあるが、四等、五等ヒロインたちは学生でもある。
李派の面々は現場に向かうこともあるが、基本的には勉強をしている。
教育棟にある教室に集まって、教官から指導を受けている。
普通の学生のように、授業が始まる前はクラスメイトと雑談をしているのもしょっちゅうであった。
「結局みんな、怪人や怪物と戦う訓練受けなくなったね~~。それが目当てだって子も多かったのに~」
「そりゃそうでしょ。あんなの何回かやったら十分だわ。銃を撃つとか剣で切るとか……ハマる奴がおかしいのよ」
「いつでも参加していいよって言われると逆にやる気失せるよね。強制参加って言われるのが一番キツだし」
「四等ヒロインの先輩たち、もう強制参加の時期だって~~。悲鳴上げてる。指栖さんにつないでとか言われてる」
「……あの子、なんていうか、なんていうか……なんか、こう。バカじゃないのはわかるんだけど、自認ほど頭がよくないっていうか……なんだろうね」
「普通ぐらいなのに自信満々すぎてムカつく、みたいな感じかな。でもすごく有能なんだよね……それは自認通りなんだよね」
「うん、だから逆にムカつく。でもいざってときは頼ろう……現場に出る時に!」
「うちの弟の友達とかがさ、鈴木たちの真似してるんだって。包丁を振り回したり、活人剣活け造りとかいって魚を下手に捌くんだって」
「ショート動画であるよね。生い立ちとか生煮えとか生焼けとか生業とか
生絹とか生娘とか言って、適当に包丁振る奴。僕が考えた活人剣とか言ってね」
「アレ後で思い出してもだえるわよね」
「あの情報について苦情が怪異対策部隊に来てるらしいわ。子供が真似しているけどどうするんだとか、活人剣ってああいうのじゃないぞとか」
「怪異対策部隊と関係ない奴らのことなのにねえ……」
「この間の工場の出動の時さあ、ウチのスーパーヒーロー様が子供たちに小型怪獣とか貸してたらしいわよ」
「あ、それ聞いた。『僕もスーパーヒーローになりたいのに何もできない』って言って、現場でうずくまって泣いているすげえ面倒な子に、バフを譲渡したり小型怪獣を貸したりしたらしいわよね」
「『俺の力の何割かを君に貸す。この力で友達や先生を守ってあげてくれ。さあいくんだ』とかね。絶対死亡フラグじゃんね。その子が次のスーパーヒーローになる流れだよね」
「本人もめちゃくちゃ死にかけてたけど、結局帰ってきたときには無傷だったらしいよ。羨ましくないけどすごいよね。私は絶対嫌だけど」
「力を借りた子は周囲からいいな~とか言われてるらしいよ。そりゃ少しの間、スーパーヒーローだったわけだし」
「大丈夫かな……今後同じようなことを言う子が出ないかな……」
そのような雑談をしているクラスメイトの中で、李広もいた。
彼のそばには李派の面々と、事実上傘下に入った王尾派もそろっている。
中心人物であるのは李広であるが、話の中心にいるのはやはり須原であった。
「うげえ……」
「なんだ、変なものでも食ったのか? 吐きそうな顔をしてるぞ。お前が吐き気を覚えるなんて何を食ったんだ。軍事廃棄物か?」
「アンタ私のことを何だと思ってるのよ。それ食べ物じゃないでしょ」
「モンスターも怪物も怪人も食べ物じゃないと思うんだが……」
「それは食べ物でしょ!」
(そうかなあ……そうではないと言いにくい……)
怪物も怪人もモンスターも食べる彼女だが、机や椅子までは食わない。
同じ理由で廃棄物などを食べることはない。
フードファイターとはいえ何でも食えるわけではないのだ。
「今クラスの子たちが鈴木たちの噂してたでしょ?」
「してましたねえ。活人剣がどうとか、自分で考えた技だとか」
「その中に本当にある技名があったのよ……」
指栖が合いの手を入れると、なぜ吐き気を催したのかを説明し始めた。
「え、なんですか?」
「活人剣、生娘」
「よりによってそれですか。どういう技なんです?」
指栖が合いの手を入れ続ける。
ある意味コミュ力が強いのかもしれないが、周囲の面々はすっかり青ざめていた。
活人剣生娘。
どういう技なのかわからないが、取り合えず絶対に碌な技じゃない。
「ん~~……そもそもあいつらは今、コイツの両親の護衛やってるのよ。でも昔から護衛任務がめちゃくちゃ得意で依頼人から指名されることもあったわ」
「おいおい、あんな奴らを護衛に雇うなんて正気じゃねえな。依頼人共は何考えてるんだ?」
「汚職兵士も悪徳貴族も山賊も悪質な同業者も殺し屋も、絶対に襲わないからよ」
「それは護衛としては完璧な能力だな」
「依頼者もすごく怖がってたけどね。まあとにかく、モンスターかよっぽどのバカじゃないと襲ってこないのよ。で、私たちと一緒に護衛の仕事をしていた時に、そのバカが襲い掛かってきたわけよ」
有名な鈴木他称戦士隊を倒して名を上げよう、というバカな山賊が現れた。
彼らは徒党を組み、護衛対象や須原とその仲間たちにプレッシャーをかけつつ、鈴木他称戦士隊に襲い掛かろうとしていた。
「馬鹿の親玉が『へへへ。変人の集まりと聞いていたが、上玉ぞろいじゃねえか。俺は多様性に寛容なんだ、全員の手足と竿を切り落として俺の『生娘』にしてやるぜ』って脅してきたわけよ」
「ああ……」
「脅しっていうか威嚇のつもりだったんでしょうね。びっくりさせて士気を下げようって魂胆よ。でも相手があの大馬鹿達と無花果でしょ? あっさり返り討ちにされてたわ」
現在の鈴木無花果は最強と言って差し支えないが、当時の無花果はそこまでではなかった。
戦っている最中に相手を捌くなど不可能である。
相手を倒した後でちゃんとまな板の上で調理していたそうだ。
「動けなくなった親玉を、持ってきていた人間用のまな板に載せて、人間用の目打ちで固定して、本人が言ったように『生娘』にしてやったのよ。猿ぐつわとかも咬ませてなかったわ。無花果はニコニコ笑っていたけど、周りの鈴木共は『すげえキャラ立ってるな~~』って感心していたわ」
「……で、そのあとは? まさか本当に生娘として扱ったわけじゃねえよな」
「あいつらは『で、どうする? このあとは行為に及ぶんだっけ?』『だれかやるか?』『いや、俺は多様性に理解ないし』『いやいや相手をしたら、コイツにも失礼だろ』『コンプライアンス的にもファッション感覚でやることでもないしな』『そうだね、じゃあいこうか』って言って、ちゃんと止血処置をしてあげてから解放してたわ。ある意味放置プレイね」
「人間をおもちゃにした後捨ててるだけじゃねえか」
「で、このうわさが広まった後は過食者に倒されるまで人間からは襲われなくなったらしいわよ」
「……今更だけどさあ。そんなやつらに俺の両親の護衛任せるなよ」
「他にできる仕事ないし、実際ちゃんと守ってるでしょうが」
「あの、この話やめませんか?」
相知が勇気をもって話を止めた。
彼女はすっかり青ざめており、他のクラスメイトも同様である。喧騒に包まれていたクラスは静まり返っていた。
李派ですら嫌な話をしているという認識だったのだが、周囲の人間からすればいきなりサイコホラーを聞かされてドン引きである。
「それじゃあ俺が昨日、商業施設の屋上から落っこちた話する?」
「その話は……私も当事者ね」
「そんなことあったの!? あそこ柵あるよね!?」
話題の方向性は切り替わったが、温度感の落差が著しい。
文字通りの落差を感じさせる。
いきなりオチを言われてしまったが、何があったらそうなるのか非常に気になる。
「私が彼と話をしたくて、商業施設の屋上に呼び出したのよ。それで話し込んでいたら、近藤さんと鹿島さんが突っ込んできてタックルを決めて、そのまま柵の外に押し出されて落ちていったわ」
「大丈夫だった!?」
いろんな意味で納得の理由であった。
なるほど屋上から落下するのも納得である。
となれば、どれだけケガをしたのかだ。
李広は高い再生能力を持つため、現在が無傷であっても当時は大けがという可能性が高い。
実際彼の情報では高いところから落ちて、そこから再生能力で復帰していたし。
「ちょうど土屋さんが通りかかってな。俺たち三人をまとめて助けてくれたんだ」
「ものすごくドヤ顔をしていたわね」
(スーパーヒーローとスーパーヒロインがそろってそれでいいのだろうか?)
李広と鹿島強、近藤貴公子がピンチに陥った。
そこにさっそうと現れて救助する土屋香。
すごい話であるが、発端が痴話げんか……強姦なので笑うに笑えない。
「ところでどんな話をしていたんですか?」
「この人の相棒の話をされたわ。六時間ぐらい」
「六……」
「自分で聞いておいてなんだけど、重労働だったわ……」
話の内容がどんなものであれ、シンプルに苦行であった。
立っているだけでも辛いのに、話を聞くという要素の上乗せである。
「ただ収穫もあったわ。鹿島さんが広さんを好きな理由が分かったの。すごく似た物同士だった」
「へ~~。まあ確かに? あんた以外で好きな人について六時間も話せるのは鹿島派ぐらいでしょうねえ。もうこの際、異文化コミュニケーションに参加したら?」
「俺、そいつに殺されかけたんだけど!? あと乱交に参加するのを異文化コミュニケーションに参加っていうのやめろ!」
スーパーヒーロー李広。
いざ現場に向かえば自分のアンチだろうと助ける男ではあるが、それは現場での話である。
すべての人々の願望をかなえることはできないししない。
「こう言っちゃなんだが、俺の好感度が一番高いのは土屋さんだからな! 万が一スーパーヒロインの中から結婚する相手を選ぶなら、土屋さん一択だ!」
「では、その婚約発表は何時頃ですか?」
ネタにマジレスしてきたのは王尾深愛であった。
陰のある顔で、真剣に予定を確認してきている。
「あ、いや……別に婚約するとかじゃないぞ。真に受けるなよ……」
「そうですか、残念です……」
さめざめと泣きだす王尾。
以前の覇気は見る影もない。
「ただでさえ貴方は物凄く格好いい、尊敬に値するスーパーヒーローなのに、先日の若き日の情報を知った拓郎はますます貴方が気に入っていて……筋トレをしたり、盾のようなものとメイスのようなものをもって貴方の戦闘スタイルを真似したり……お手伝いとか困っている人を助けたりして『おう、よかったな』って、対価を求めずに去る遊びにはまっているとか……このまま貴方が格好いいところを見せ続けたら、どうなるかわからないんです……」
「いやあのそのなんだ……少し前の君のほうが輝いていたぞ。今の君は、あれだ、ただただ気持ち悪い」
覇気はなくなっているが、弟への愛情(意味深)はなくなっていない。
それはそれで非常に困るので、李広は思わず気持ち悪いと年頃の少女に伝えてしまっていた。
「メスガキわからせしちゃったわねえ、広。どう、私の気持ちわかった?」
「メスガキって年齢でもねえだろうが! っていうか、お前まだ昔の俺の方がいいと思ってるのかよ! 一夜ちゃん! 昔の俺と今の俺だったら、今の俺の方が断然いいよな!?」
「え、私!?」
いきなり話を振られた一夜。
彼女はあらためて、自分の脳に届いた情報を精査する。
「……昔の広さんも格好いいとは思うけどそばにいてほしくないなあ」
「だとよ!」
昔の自分を否定されても一切気にしない男、李広。
しかしここで空気を読まずに笑うのが指栖であった。
「六時間ものろけ話をするような人がそばにいるのは嫌だと思いますけどねえ」
(それはそう……)
クラスメイトの心が一つになる。
現在の李広もかなりの変人で、恋人にしたい相手ではない。
「広さんは空気が読めない人なんですから、ちゃんと言わないと伝わりませんよ。ほら、被害者として『今のあなたも好きになれません』って伝えましょうよ! ちゃんと言うのが賢いんですから!」
ここでクラスメイトの視線が、ごく自然に野花に集中する。
彼女はそれに気づかない。
現在の彼女は、昨日のショッキングなシーンによって吹き飛んでいた『現在の李広』の笑顔をリピートしていた。
「広さんは、その……素敵なひと、だと、思う」
それは恋愛とは別の、憧れに近い感情だった。
初々しい、微笑ましい、ラブに転びかねない顔だった。
(何があったの!? さっきまで六時間も話を聞かされたって言ってたのに!?)
ここで李広に視線が集中する。
彼自身、何が何だかわからない。
(何かあったっけ!?)
今までの話とは明らかに違う湿度を感じて、クラスは騒然とするのであった。
※
一方そのころ、このクラスを受け持つ白上一等教官は……。
「おえ……」
鈴木無花果の噂話を教室の外で聞いてしまって、昨日食べたものを吐いていたのだった。




