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情報量の暴力

ここから先は外伝である『義によって断つ~鈴木対殺村~』のあとの時系列となります。


8話を見るだけでもだいたい話はつながりますので、読んでいただけると幸いです。

 野花こころ。

 王尾派閥に属している五等ヒロインであり、割と普通の『五等ヒロイン』である。

 将来は政治家になることを目標にしているが、ヒロインのセカンドキャリアが政治家になるケースも多いのでやはり特筆するほどの特徴ではない。


 というか、セカンドキャリアとかが有利になるのでヒロインになる、というケースは結構多い。

 そうでもないとやりたがらないし続かない。


 そう、続かないのだ。


 ヒロインは全人類の希望であり全女子の夢だ。

 五等ヒロインになれる時点で、全人類の中でも上位一パーセント……どころか小数点三桁とかに入る。

 彼女らは幼少期から『君はすごいね、選ばれしものだね』と言われ続け、実際に身体能力が周囲の人間と懸絶して高い。

 ヒグマと正面から戦ってねじ伏せられるぐらいと言えば異常さも伝わるだろう。


 そんな人生の自己肯定感MAX……を通り越して限界突破しているような彼女ら。

 しかし怪物と戦うとなれば、適正レベルなのだ。


 人生で一度も体力の限界にぶつかったことのない彼女らが、全力の本気で鍛錬を積んで万端の準備をしても不覚を取りかねないのが怪物退治である。

 適正レベルとはそういうことだ。


 三等ヒロインになって、現場で怪物と戦って、初陣であっさりと引退するというケースも珍しくない。

 いくら給料がよくて、社会的ステータスが高くても、死ぬとか大けがとかなどのリスクを考えれば賢い判断と言える。

 (というよりも、死ぬとか大けがのリスクがあるから、給料がよくて社会的ステータスが高いのだと気づいたのだ)

 

 実際のところ、李広の捕獲した怪物との戦闘訓練も、希望者が出たのは当初だけでほんの一か月ほどで四等、五等ヒロインはほぼ参加を申し出なくなった。

 希望しなくても四等ヒロインの後期になれば必修科目として受けざるを得なくなるので、その時までは遠慮したいらしい。

(教官たちももともとこうなるだろうとは思っていた模様)


 とにかく……。

 野花こころは一度怪物と戦うことにより現実の過酷さを知ったうえで、それでも政治家になるという野心と意地のために頑張っている。


 そういう彼女だったが、なぜか大きな会議室に呼び出されることになっていた。



 人工島には会議室がいくつもある。

 その中でも比較的外側……つまり研究棟などの機密区画から遠い、商業区画にある会議室であった。

 なぜこんなところに呼ばれるのかわからないが、とにかく呼び出されたので仕方ない。

 入室した彼女は礼儀正しく頭を下げると、大きい会議室に対して少ない人たちに注目した。


 まず目に入ったのは鹿島強であった。

 スーパーヒロインである彼女は存在感が強い。

 一度会ったことがあるが、相手側からすればその他大勢のひとりだろう。

 覚えられているとは思えない。


 次いで目に入ったのは外国人の男性(・・)であった。年齢は40代、50代だろうか。外国人ということで年齢はわかりにくい。

 身なりはしっかりしており、知性が感じられる。この人工島にいることも含めて、かなりのVIPであることがうかがえる。

 2100年現在においても日本は単一民族国家と呼ばれることが多いため、彼女の目には珍しく映った。

 この人工島では男性が一人しかいないのでなおさらである。


 そして……ある意味では異質なのが二人の男女であった。

 二人とも中年であり、同世代だと思われる。

 かなり良い服を着ているが、それでも着慣れているという雰囲気はない。

 なにより表情がかなりやつれていた。


「よく来てくれたね、野花君。とりあえず席に座ってくれないか? 君の素行に問題があったとかではなく、依頼をしたいんだ。話を聞いてほしい」


 促されて、大きな会議室にある、大きな机の……人が集まっている場所に座った。

 生まれが一般人である彼女からすれば、こんな大きな会議室があるのだから広く使うべきではないかと思ってしまうが、ここで遠くに座ったらいろいろ言われそうなので近くである。

 全員の表情がわかる位置に座った彼女に対して、鹿島は近くにいた外国人男性を紹介しようとする。


「野花君。こちらの男性は……」

「はははは! こんな凛々しいヒロインに紹介をしてもらえるのはうれしいが、順番が不相応だよ。気にすることはない、主賓を紹介してあげたまえ」

「そうですね……ごほん。こちらは李広君のご両親だ」


 外国人男性の配慮によって先に紹介された二人はぺこりと頭を下げる。

 なるほど、確かに重要人物であった。


「私のことは……ああ~~、そうだな。スポンサーさんとでも呼んでくれ」

「すぽ!?」

「そうそう。まあそういう身分の者だよ」


 男性は端的に自分の素性を明かした。

 ある意味で総司令官以上に偉い人物であったことに野花は驚く。

 しかし驚きが収まるより先に、スポンサーは本題に入った。


「先ほども言ったが、私は本来部外者であり、ここにいるべき人物ではない。だがこのお二人の味方としてここにいる。なので邪険には扱わないでほしいな」

(スポンサーを邪険に扱える人なんていないような気が……)


 気さくに話してくれるが恐縮するしかない。

 現在の彼女からすれば雲の上のお方に他ならないのだ。


「君はとても賢い子だと聞いている。そんな君ならわかってもらえると思うが……李広君のご両親はとても傷ついておられる。私も怪物によって家族を失った身だ。自分の息子が怪物と戦い傷つく姿を見続けるのは辛いとわかるのだよ」


 ここでスポンサーの口調がまじめになった。

 洋画の翻訳のような雰囲気から、いい意味で形式的な会話に変わっている。


「両親の心痛は深い。彼が戦いで傷つく姿を見て、この怪異対策部隊へ訴訟し、広君を引退させようとしていたほどだ」

「……心中、お察しします」


 スポンサーが言うように、野花は賢かった。

 李広の戦いぶりを見た両親が、彼を戦場から遠ざけたいと考えるのは当然だと受け止めている。


「私の正直な気持ちを言えば、なにがしかの対策をしたうえで、彼にスーパーヒーローとして戦い続けてほしい。ケガのリスクを抑えたうえで、現役を続けてほしいのさ。石化解除薬をはじめとする先進的な技術の発展に貢献してほしいし……家族が怪物に石化で殺された身としては、怪物を逆に石化させて倒していく彼にスカっとしている気持ちもある。多くの人が同じように考えているだろう」


 スポンサーは素直な気持ちを口にした。

 間違いなく本音であろう。


「しかし先ほども言ったようにご両親の気持ちも痛いほどわかる。だからこそ私は、まずご両親の味方になろうと思った。世間が広君の活躍を望み、そのせいでご両親が悲しんでいるのなら、私だけでもご両親に寄り添うべきだと思っている。それが巡り巡って、広君のためになるとも考えているんだ」


 このままだと両親は心を病む。

 そうなったら結果として李広も気を病むだろう。

 だからこそ味方をしていると彼は語った。


「だがまずは話し合いをするべきだとも思った。広君に直接会って、しっかり話して、家族の中で答えを出すのが先だ。家族が生きているのだから、そうするべきだと思っていた。準備をしていてね、今日来たのも前々からの予定ではあった。だが……少し前のアレを見て、ご両親の考えが少し変わったらしい」


「スズキたちの記憶ですね」


 先日、地球全体を怪奇現象が覆った。

 それは有害なものではなく……とは言い切れないが、とにかくただ『情報』を全人類に強制送信するものであった。


 全人類に情報を正確に配信できるのは神の御業、と言えなくもない。

 しかし冷静に考えると世界中へ発信するだけなら、現在の全人類に可能である。

 すごいけどすごくない力であった。


 問題だったのは鈴木たちの戦う理由。

 その記憶の中に李広がいたのだが、どう見ても成人していた。

 ならば未来の情報のかとも思ったが、どうも違うらしい。


 完全耐性をもつ彼に対しては考えにくいし、時系列的にもおかしいが……。

 李広の過去の情報でもあったようだ。


「私は須原ちゃんから事前に聞いていたが、それでも涙腺が潤んだよ。いや~~いい話だった。いい筋肉でもあった! 彼はやっぱり魅力的な男性だね! 将来も有望だよ!」

「はははは! ミス鹿島。気持ちはわかるが、性的な表現は控えたまえ。ご両親のそばだからね」


 興奮する鹿島を抑えたスポンサーだが、いったん黙った。

 彼もまた、いろいろとこみ上げるものがあったのだろう。


「私もあの情報を受け取った時は正気ではいられなかった。私自身の境遇もそうだが、私の文化圏、宗教観からしてもあの過去は美しかった。鈴木たちが危険人物であることはわかっているが、それでも『あの理由』で戦う彼らに対して複雑な感情は抱けない。頑張ってほしいと思ってしまう」


 貧しい弱者の誇りと名誉のために、命懸けで戦う。

 鈴木たちの行動原理に、スポンサーは胸を打たれていた。


 だがそれを、彼はおいておく。


「しかしご両親は、そうは思わなかったようだ」


「はい……あの姿は、息子でした。確かに私たちの息子でした」

「ええ。今の息子とは明らかに違う、私たちの知る息子でした」


 凡庸であったはずの息子だが、ある日突然、魔力と再生能力と完全耐性があるとわかった。

 それはまあいい。

 小型の怪獣の使役までし始めた。

 驚きはしたが、それは重要ではない。


 彼らの知る息子であれば、めちゃくちゃ調子に乗るはずだった。

 周囲の女性にマウントをとるとか、なんなら加虐さえするだろう。


 なのに現在の彼はまったく自我を出さない。

 土屋香のようにメディア露出やネットでの配信もできるはずなのに何もしない。


 それどころか献身的に人々を守りながら、もくもくと怪物を退治している。


 もしや現在の息子は、何者かに憑依された別人ではあるまいか。

 両親がそう思ったことは、むしろ当然である。

 この人工島に来た際には、その点を問い詰める気ですらあった。


 その手前で『情報』を受け取った。

 アレは想像通りの、調子に乗りまくっている息子(ひろし)であった。 


「街の中で睡眠ガスをばらまいて魅了されている人を雑に処理するとか……息子ならやりそうです」

「逃げる女性を追いかけて殴り続けて大笑い。息子ならやるわ」


(あの情報は私も見たけど……ご両親からすればあっちが正常なのね……)


「アレが今の息子から見て過去の出来事なら、納得できないことではないんです」

「息子が調子に乗って……そのあと何かあって今の息子になったんでしょう」


 変な話であったが、妙な情報を得たことで息子への信頼は戻っていた。

 アレは息子じゃない、別のナニカだ。そういう疑念は晴れている。

 息子を疑っていたことを申し訳なく思うほどだ。

 だがそれはそれとして……。


「ですがその……何があったら、今の息子になったのかがわからないのです。そしてその、直接聞くことも怖い」

「今私たちが直接会ったら、なにかとんでもないことを言ってしまいそうで……だから、その、ここまで来てなんだけど、怖いのよ」


 情報を受け取る前は、何が何でも聞かなければならない、と……ある意味で闘志を燃やしていた。攻撃的な発言をする気構えもあった。

 今はそんなことがなかった。むしろ攻撃的な発言をしたらどうしようという恐怖もあった。


「そこで、私が何げなく質問をして、それを盗聴する形で把握したいと」

「忌憚のない話だとそうなるね。だますようで気分が悪くなるかもしれないが、これもお二人のためなんだ。ぜひ協力してほしい」

「なぜ私なのですか?」

「彼と同じ事情を抱えているらしい李派の三人は、いろいろと口裏を合わせるかもしれない。君以外の王尾派はこういう交渉が苦手そうだからね」


 野花は少しだけ考えた。

 これは仕事を引き受けるかどうかではなく、気になっていることを質問するつもりだからである。


「その仕事は引き受けさせていただきます。その代わりと言っては何ですが、質問をさせてください。あの、ご両親としては……鹿島さんのことをどう考えていらっしゃるんですか?」


「……いろいろ考えたのですが」

「もうムリヤリでも結婚して子供を作った方がいいんじゃないかなって」


(私たちと同じ結論に達している……)


 どうやら外堀は埋まっているらしい。

 本丸が落城する日も近いかもしれない。



 野花は李広を商業施設の屋上に呼び出した。

 海上の施設の屋上ということで見晴らしはよく、四方八方が水平線という絶景。

 そこに立つ彼女は、ベンチに座ることもなくお互いに立ったまま話を切り出した。


「まず、来てくれてありがとう。スーパーヒーローである貴方が私の呼び出しに応じてくれるとは思いませんでした」

「俺も呼び出されたことには驚いたよ。でもまあ……俺も誰かと話をしたい気分だった。この誰かっていうのは誰でもいいわけじゃなくてだなあ……まあ、この間のアレを見て、俺に変な考えを持たない奴さ」


 先日の情報で一番のダメージを負ったのは彼自身であった。

 自分の裸が全人類に見られて喜ぶ人間はそう多くないだろう。


 気持ちの整理をしたくなって、誰かと話をしたくなるのも当然だ。


「それじゃあ……単刀直入に申し上げます」

「おう、申し上げてくれ」

「私は貴方の戦いぶりを見て『気持ちが悪い』とずっと思ってきました。不潔とか悪趣味とかではなく、人間味がないという意味です」


 李広の戦いぶりは自己犠牲的である。

 それが悪いというわけではない。むしろ怪異対策部隊としてはとても正しい。


 本人が『俺は自己再生能力があるから、ケガをしても大した問題じゃない』と思う気持ちもわかる。

 だがそれを差し引いても……というか差し引くほどの再生能力ではない。


「貴方が須原さんのように不死身ならわかるんです。ですが貴方の再生能力は、怪物相手には大したものじゃない。それなのに自己犠牲が過ぎます」

「……まあそうだな」

「貴方の気持ちがわからない。先日の情報で見た『貴方の過去』。アレから何があったら、今のあなたになるんですか」


 過去の李広の振る舞いは、無償の善意ではない。

 街を救うために戦っていたのではなく、状態異常特化型モンスターを虐めたかっただけだ。

 その目的を達成したので帰っただけで、仕事の対価を求めることもなかったのだろう。


 それはまあわかる。

 力を得たチンピラの価値観であるが、人間らしい価値観だ。

 そばにいて楽しい相手ではないが、不気味でも理解できない相手でもない。


 あそこから何があったらこうなるのだろうか。


「ん……端的に言えば飽きたからだ」

「飽きた?」

「俺は状態異常特化型モンスターを相手にする分には無敵になった。それであの情報みたいに大暴れしまくって、周囲からもてはやされた。今みたいにな。でも何度も何度もやってると飽きてきた。調子に乗るのも馬鹿らしくなった」

「……それはわかりますけど、じゃあなんで戦うんですか」

「あの幼馴染のためだ」


 すでに殺人まで犯してしまっている幼馴染。

 彼の汚点とも言うべき相手に対して、李広は深く情を向けていた。


 彼は自然と海の方を向く。

 野花もそれにならい、横に並んだ。


「俺は、あの日々に飽きた。だけど楽しかったよ、すげえ充実していた。人生の絶頂を味わった。俺は初めて生まれてきてよかったと心底から思えた」

「……」

「大昔の自分に会っても、その人生を止めろとは言えねえんだ。むしろがんばれって言っちまう」


 自分の人生を後悔している人間が『昔の自分に会ったら『それはやめろ』って忠告する』という発言をすることがある。

 それは今まさに苦労している野花にはよくわかることだ。もちろん、数十年後にはまた別の話をするかもしれないが。


 李広は過去を悔いていないと言う。


「あれだけ楽しければそうでしょうね」

「だろ?」


 この会話は李広の両親も聞いている。

 それを野花は把握している。


 広に気持ちよく話をしてもらうために、乗せているという面もある。

 一方で本音でもあった。アレは確かに楽しそうだった。


 ネズミ駆除業者が、ネズミが罠にかかるのを笑ってみているようなものだろう。

 ちょっと不気味だが悪ではない。


「俺にとって、幼馴染は過去の俺そのものだった。ーーー俺は、アイツの邪魔をしたくなかった。俺はあの時、単なる通過点として殺されるべきだった」


 この人工島で再会したときに、殺村紫電は李広に対して興味を失っていた。

 憎んでいるわけでもなく怒っているわけでもない。単なるけじめとして李広を殺そうとして、李広自身もそれを受け入れていた。


 古代神たちが勝手に現れて、紫電が混乱して、その結果生き延びてしまった。


「社会がどう思おうが、俺はそう思ってるんだ」

「……それと、模範的なスーパーヒーローであろうとしていることに関係があるんですか?」

「あるさ。殺され損ねた俺は、せめてアイツの壁にならないといけない。一度スーパーヒーローになったなら、そのままでいないといけない。そうでないと、いつかアイツが俺を倒した時にスカッとしないだろ?」


 野花は隣にいるスーパーヒーローの顔が見られなかった。

 きっと希望に満ちた顔をしているに違いないからだ。

 希望を予測することが恐ろしいと思ったのは初めてのことだった。


 彼は正真正銘、自分の人生に満足しきっている。

 殺村紫電が主人公の物語の、倒されるべきラスボスに己を位置付けてしまっている。


 彼は自分はもう十分幸せを謳歌したとして、殺村紫電の幸せの贄になろうとしている。


 これを聞いている彼の両親を想うとやりきれない。


「……ところで、あの情報の中で、貴方は勇者と一緒に過食者と戦っていたと言われていましたね。そのことについて教えてくれませんか?」


 せめて明るい話題はないだろうか。

 彼女はなんとか方向転換を目指す。


「ん? 相棒のことか。そうか……ちと長い話になるけどいいか? 勇者っていうのは過食者を倒すもんだからな……まず過食者についてなんだが……いや、それを話すとなるとスキルツリーについて話す必要が……本当に長くなりそうだな」

「それでもいいです」


 ーーー彼女は頷く。

 それを後悔することになる。



 五時間後。


 話始めたときは広く澄んだ青空であったが、現在はすでに夜空である。

 月は登り、星明りが海を照らしている。


 ただ立っているだけなのに、野花の足は生まれたての小鹿のように震えていた。


「それでな、俺の相棒は何を想ったのかブーメランを買ってきたんだよ。いやマジで、戦闘用にブーメランが売ってるんだよ。本当に。もちろん基本的に使い捨てだぜ? 投げたものが戻ってくるとかはないんだよ。楕円軌道で飛んでく奴。それをアイツが買っててさあ。使うのか? とか思ってたんだよ。で、その日の夜に神殿で泊まってたらさ、あいつがものすごく卑しい顔で俺の部屋に来てさ、『王様ゲームしませんか』とか言い出したんだ。マジで正気を疑ったよ。でも正気なわけないんだよなあ。アイツがオオカグツチに精神的状態異常を食らいまくっていたところを見たからさあ、絶対ヤバいってわかっちまったんだよ。だったら一緒に王様ゲームやるしかねえじゃん? んで、王様ゲームを始めたら、俺が普通に王様になっちまってさあ。どうしたもんかと思って相棒をみたら、相棒の奴『わ、私に服を脱げとか言いますか?』とか言ってさあ……いうわけないだろ。ちと困った結果『じゃあ語尾ににゃーをつけろ』って言ったわけ。即興だしな。なんか大喜びしてたんだよ。よくわかんねえけどさあ、すげえ可愛くてさあ。こんなんで幸せになれるなんてなあとか思ってたけど、幸せな顔を見て一安心なわけ。んで、今度は相棒の奴が王様になって、何を想ったのか買ってきたブーメランを俺に渡したの。『服を脱いで股間の前にコレを置いて私の前に立ってくださいにゃー!』とか言ったの。伏線回収っていうか、ああ、そういうつもりで買ったのかって思ったよ。武器で遊ぶなよとか思ったよ。道理で妙に幅の小さい奴を買ったわけだよってさ」

「はあ」

「少し前に近藤さんが俺にブーメランをもってきて同じことを言われた時はそれがフラッシュバックしてさあ……この時はマジ切れしたね」

(それで結局、その子の時は裸になったの?)


 商業施設の屋上が解放される時間が終わっている。

 しかし相手がスーパーヒーローで、しかもスポンサーからの指示で話をしているということもあって、警備員も二人を止められずにいる。


「冬も俺たちは旅をしていてさあ、雪とかも降ってるの。町を出る前だったから『春までこの街に滞在するか?』とか聞いても『いいえ! 困っている人のためにも出発しましょう!』って凛々しく言ってたのに、いざ野宿するってタイミングで『すみません、自分の寝袋を持ってきませんでした』って泣きそうに恥ずかしそうに言うんだぜ? しゃ~ねえから俺の寝袋に一緒に入ったんだけどさあ、ぶっちゃけパツパツでさあ、寝にくくて仕方なかったぜ。相棒はすぐスヤって寝るのに、俺は眠れなくてさあ。しかも途中で街に何度か寄っても寝袋買うの忘れるんだよ。んで春になっても『寝袋で寝ないんですか!?』とか目をギンギンに見開いてさあ。この時になってようやく『あ、コイツ俺と一緒に寝たかったんだな』ってなったよ。気づくのにワンシーズンかかったよ」

「……それは遅いですね」

「だろ? いや~~! まさか寝袋で一緒に寝たかったとか、ビバークで寝たかったとか、わかるわけねえよなあ」

(なんで寝袋で一緒に寝たかったのか、は考えてないの?)


「アイツ料理を習ったってよく言ってたんだけど、これがまあ~~。すごくてさあ。『まず森の中で罠を仕掛けます』って自慢げに言うの。それで本当に罠を仕掛けて、上手に鹿的な動物を捕まえててさあ、そこからキレイにさばいていって、料理を作ってくれたの。本人は『習ったんです』って嬉しそうに懐かしそうに言うんだよ。俺としちゃ、上手い料理だし相棒も幸せそうだしで文句なんてないんだけど、すげえ本格派だなって内心突っ込みまくりなんだよ。世界観とか時代背景的には正しいんだろうけどさ、俺的には相棒が作りそうな料理って、お菓子とか映え重視のきれいな料理だと思ってたところに鹿鍋とか燻製とかだろ? もうびっくりだよ。しかも『私いいお嫁さんになれますよね』とか笑顔で、恥ずかしそうに、卑しく聞いてくるわけで……俺としてはまあ『ああ、いいお嫁さんになれるぜ』っていうしかないじゃん。実際いいお嫁さんに必要な技能なんだし」

「はあ……」

「あ、お前に狩猟をしろって言ってるわけじゃないからな?」

「やりませんよ」

「一夜ちゃんから聞いたけど、お前さんは政治家になるのが夢なんだよな。それはそれでいいと思うけど、アイツのお嫁さんになるっていう夢も尊重してほしいわけよ。勇者をやった後に引退して素敵な恋をしてお嫁さんになりたい。どっちもアリってわけでさあ」

「はあ」

「っていうか、俺たちの世界の俺たちの時代だと『お嫁さん』ってほぼ死語だろ? 俺の両親も共働きで、母さんの方が稼ぎがよかったからお嫁さんとかじゃないし」

「はあ」

「なんかふわっとした返事をしちゃったなあとか、今にして思うわけ」



 さらに一時間が経過していた。


「四回も神と戦ってさあ、俺はその神を従えているわけじゃん。アイツからすれば俺なんてトラウマの塊じゃん。俺自身もアイツが状態異常になりまくるゾンビアタックをするところを何度も見ているわけじゃん。もう正直、一緒にいるのもきつくてさあ……でも別れるときにアイツの背中は幸せそうだったから、今思い出すのはそればっかりで、いいタイミングのお別れだと思うのよ」

「はい……」

「あいつのことを抱きしめてそのままキスしようとしているのもいたけど、それを止めようとしているのもいたからさあ。アイツは絶対に幸せな日々を送っているんだよ。人生のゴールだよ。いやなことがあった分幸せになれるんだよ。アイツは過食者どもと戦う時も幸せになりたいって言ってたからさ。俺はそのあたり心配してないんだ。ほら、鹿島さんも近藤さんも俺のことを心配しているだろ? でも俺はあいつについてそのあたり心配してないんだ。だって幸せになりたいって、すげえ前向きだろ? 大事な人に傷ついてほしくないっていいじゃん。すげえ、こう、いいじゃん」


 しばらく、沈黙が流れた。


 ああ、ようやく話が終わったのだ。


 疲弊していた野花は自分をほめていた。


 この話を聞いているはずの両親やスポンサーも、さぞ疲弊しているに違いない。


 情報量が多すぎると、中身が詰まっていても頭に入らないのだと体で理解していた。


 正直『話が長い上に興味がないことばっかだったよ!』と言いたい。

 だがその気力もないわけで……。


(この人を鹿島さんが好きになった理由が分かった。この人、鹿島派の人と同じだ。いつまでものろけ続ける人だ……それを見抜いていたんだ……)


 なんとか合いの手をいれる。 


「貴方は勇者のことが大好きだ、ということがよくわかりました」

「ああ、俺は相棒のことが大好きだ。アイツを家に帰すことができたことは俺の誇りだ」


 その疲れた脳に、李広の愛に満ちた顔が映った。



「俺は、胸を張ってこの世界に帰ってきたのさ」



 今までの長い会話の総量をはるかに超える情報が、彼女の脳内で駆け巡った。


その勇者と呼ばれる少女は、この顔をした男と一緒に旅をしたのだ。

この男はそんな子を置いて帰ってきたのだ。その子は今幸せなのだろうか。


この男はすでに父性を満たし終えている。娘を嫁に出すような気持ちで家に帰したのだ。

ダメだ、所帯を持つことに彼は意義を感じていない。それすら彼はもう終えていることだ。

どうやっても彼は止まらない。だって彼はもう幸せで、これ以上を求めていないんだ。


ああ、格好いい。この人はなんて優しくて思いやりのある人なんだろう。

不意打ちだ。三枚目の相手をしていると思ったら二枚目だった。

性欲のない男が欲しいとか言う(ひと)が求めてるのってこういう人か。


ご両親は彼の話を聞いてどう思うのだろうか。

もしかしたら、今までのスーパーヒーローとしての活躍よりもより強く大きく、彼を誇らしく思うのではないか。

それともその少女について思うところがあるのではないか。


 そして、こう思う。


(……コレ、鹿島さんも見ていたのでは?)


 ばん、という音がした。

 

 屋上に潜んでいた鹿島強と、近藤貴公子がいた。

 なぜ近藤貴公子がここにいるのかわからないが、とにかくいた。


 鹿島は鼻水と涙を流しており、近藤の顔はすっかり上気している。


「広くうううううん! やっぱり君は格好いいよ~~!」

「これから私の部屋に行きませんか~~!? 私を成人の世界に突入させてください~~!」


「おぐわああああああ!」


 二人のスーパーヒロインによる猛烈なタックルが、交通事故のように李広を襲った。

 屋上の柵のそばに立っていた広は、その二人ともつれながら……屋上から落下していった。


「あ、え、あああああああ~~~!?」


 三人が落ちていくところ、柵が歪んで壊れているところを交互に見ながら、野花は絶叫してしまうのだった。



 オチである。どっとはらい。

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― 新着の感想 ―
しかし広は自分が紫電に殺されたら勇者がどう思うかが抜けてるな 勇者だって広が幸せになっている事を祈っているとは考えないのかな? 広が故郷の幼馴染みに殺されたと知ったらあの勇者が復讐者に堕ちてしまうかも…
女嫌いの背景あるとはいえ、チンピラ言動で納得する両親。それでいいんかい。 他の誰が言おうと紫電のラスボスになろうとしてる広。まぁその感情は止められないわな。でも勇者との前振りにしかなってなくて笑った。…
投稿ありがとうございます! いやーやっぱりカッコいいな、この主人公
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