二度目の初陣
■町。
富裕層の暮らす閑静な住宅地。
庭付きの一軒家が立ち並ぶそこは、現在無人に近くなっていた。
近くなっていた、というのは人気がまったく失われていたのである。
壊れているモノなどは見当たらないが、家の中にも外にも人がいない。
住民たちは一か所にまとめられ、自分達より巨大な獣のいる密閉空間に押し込まれていた。
彼らは小さく縮こまりながら震えることしかできない。
なんとも絶望的なことに……彼らを救うべく参戦したヒロインたちも密閉空間に押し込められ、その獣相手に苦戦を強いられている。
一等ヒロインを隊長として、多くの二等ヒロインと少数の三等ヒロインによる編成ながら、あまりのサイズ比に攻撃も防御もままならない。
「隊長……その、申し上げにくいことですが、悪化しています! さっきまでは一応ダメージが通ったのに、今はもう……」
「諦めるな! 私たちはヒロインだぞ! 民衆を守る義務がある! 救援もすぐに来てくれる! だから、諦めるな!」
すでにヒロインが到着している状態なのに、状況はまったく改善していない。
もはやヒロインたちも矮小な存在にすぎず、時間を稼ぐことしかできずにいた。
※
怪物の出現情報により■町へヒロインたちが派遣されたのだが、30分経過してもまったくなんの連絡もない。
事態を重く見た総司令官は、三等ヒーローとして登録されて一か月も経過していない李広の投入を決断していた。
彼はその命令に従い、人工島より出発する高速ヘリに乗り込み、■町へ急行したのである。
彼の上司であるドクター不知火も同乗しており、彼と事前の確認を行っていた。
「一等ヒロインを隊長として、二等ヒロイン十名、三等ヒロイン五名をメンバーとする部隊が消息不明となった。おそらく全滅しているものと考えてくれ。心苦しいが、君には単独で事件の解決にあたってもらう」
「はい、わかりました」
普通ならば彼に死ねと言っているようなものだが、そのような雰囲気はまったくない。
ドクター不知火は勝利を確信していた。
「重ねて申し訳ないが、内部の状況はほぼわかっていない。過去に精神的状態異常を操る敵が、映像を通じて基地のオペレーターたちを遠隔洗脳する事態もあったんだ。だから内部に投入されたヒロインが帰ってくるまで情報も封鎖されることがほぼ慣習化されている」
「何もわかっていない、ということですか」
「だが私たちだって君を殺すつもりはない。今回の怪物が状態異常特化型だと確信して送り出している」
状態異常特化型怪物であるということは他の能力値が著しく低いことを意味しているからだ。
「前提から話そう。君は先日怪物と戦ったとき、死を覚悟したそうだね?」
「……はい」
「その認識は正しい。仮に君が今のようにフル装備をしていたとしても、『普通の怪物』を単独で相手にすればまず勝てない」
現在の広はSF的なアーマーを身に着けていた。
単純に物理的な防御能力を備えるだけではなく、内部の特殊な機構によってパワードスーツとして筋力を上乗せしている。
更に携帯銃器や盾なども渡されており、まさにフル装備であった。
それでも一般的なヒロインよりも弱い。
怪人相手に戦うことはできても、怪物を単独で仕留めるなど普通は無理だ。
「というのもだ……怪物には総合値が一定である、という経験則がある。人間のように個体差はなく、RPGのように一定の数値をそれぞれ好きなように割り振っている感じだ」
人間の性能というのは、まったく公平ではない。
スポーツも勉強も芸術も高い評価を得ているうえで人格者という総合値の高い人物がいる一方で、まったくなんのとりえもない人間もいる。
怪物はそうではない。
何かが猛烈に強ければ他が弱く、バランスよく強ければ特化した特技がない。
個性と呼べるものはあっても総合力を考えると同じなのだ。
「ヒロインが投入されているんだから既に戦闘は起きているはずなんだ。それなのに町からはなんの戦闘音もないし、物的な被害も報告されていない。これはなにがしかの状態異常を得意としているうえで……他はそこまでではないということだよ」
先の戦いで怪物は広をコンクリートにたたきつけ、大きくひび割れさせていた。だが状態異常特化型だったからこそあの程度で済んだのである。
物理攻撃特化型ならば軽く殴っただけでも河辺を一角ごと吹き飛ばしていたはずである。バランス型であったとしても広はミンチになって再生不能となっていたはずだ。
これらは彼が防具を装備していたとしても変わらない。それほど怪物は強いのである。
広が前回の怪物を倒せたのは、相手が石化能力に全振りしていたからなのだ。
「注意すべきことがあるとすれば一つだけだ。相手が状態異常特化型だとしても普通のヒロインはまず負けないんだよ。被害を出すことはあっても、全滅するなんてそうそうないんだ」
総司令官も言っていたが、まったくなす術がないのなら人類はとっくに滅亡している。既にある程度は対策が確立されているのだ。
「そもそもすべてのヒロインのアーマーにはバリア機能がある。起動させるとオーラのように全身を覆い、あらゆる種類の攻撃を防ぐことができるんだ。とはいえどんな威力の攻撃も防げる、というわけではない。異常攻撃は完全に遮断できるが、強い物理攻撃ならあっさりと貫通できる。魔法攻撃はその中間だね」
科学者であるドクター不知火の口から『魔法攻撃』という言葉がでてくるのは一種奇怪に思えるが、この時代において魔法なんてものはとっくに周知されている。
彼女は自分が魔法と口にすることへ疑問を抱くこともない。
「君が前回戦った敵でいえば……石化光線は純粋な異常攻撃だ。バリアなら問題なく防げる。口を伸ばして噛みつき、そこから石化させるのは物理攻撃と異常攻撃の合わせ技だ。これはバリアでも防ぎにくい。実際、前回の戦いで石化負傷したヒロインもいたらしい。対BC装備をしていても毒を塗ったナイフで刺されたらどうしようもない理屈だね」
「今回の敵もそんなかんじだと?」
「そうとも限らない。はっきりしているのは、バリアを装備しているヒロインに対して状態異常を負わせるだけの手段を確保しているということだ」
たとえば、ただ大量の毒を散布することに特化した怪物が現れたとしよう。
周辺への被害は著しいだろうが、普通のヒロインでも簡単に討伐できる。
そうなっていないということは、状態異常特化型といっても『防御している敵を状態異常にすること』に特化しているということだ。
「そろそろ到着するようだ。私が訓練や実験を優先して座学をおざなりにしていたからこのように詰め込み教育をしたが……不安はない。君ならやれるよ」
「任せてください」
高速ヘリが減速を始め、やがて空中で停止する。
後部のハッチが展開し、ヘリ内に大きな風が起きていた。
高度はかなり高く、地表の家がとても小さく見える。
そのような高さであったが、パラシュートもつけずに広は身を投じた。
急激に気圧が変わっていく中で、広はかつての戦いを思い出す。
(あの時はただ自分の為に戦っていた。それが間違っていたとは思っていないが……今はお前に会うために戦うよ)
背中に差したマジックコンバットナイフ……今はリンポと名付けたそれを撫でつつ、高速で地面に着地する。
コンクリートの道路をわずかに陥没させていたが、彼の体に一切の異常はない。
「さて……仕事だ」
封鎖された街で勇敢に歩き出す広。
その姿を監視する悪意に満ちた目がすでにあった。
彼はまだ、そのことに気付いていない。