スーパーヒーロー問題
■工業地帯、■中央工場での怪物事件はこうして終息した。
ヒロインたちは超高速ヘリに乗り込み、さっそうと帰還したのである。
怪異対策部隊本部、人工島。
その発着場には、普段よりも多くの迎えが集まっていた。
整備班もそうだが、スーパーヒロインである鹿島、五等ヒロインである相知、野花や一夜も一緒に滑走路で待機している。
そうした彼女らの前に、二機のヘリが下りてきた。
片方には装備が乗せてあり、整備班の多くはそこへ向かう。
もう片方のヘリにはヒロインやヒーローが乗っており、そちらの前にヒロインたちは集まっている。
機械音と共にハッチが開き、まず王尾深愛が下りてきた。
その表情は緊張したものであり、浮かない顔と言っても過言ではない。
相知は慌てて近づき、彼女に心境を問う。
「大丈夫!?」
多くの感情が込められた言葉に、王尾自身も即答しかねた。
だがそれでも、腰出すように返事をする。
「大丈夫」
「……よかった」
以前のようにはいかないが、少しずつ改善しているとわかる返事だった。
相知は王尾の手を取って安堵を示す。
「鹿島さん……貴方のおっしゃる通りでした。私が気にしていたことは、どうでもいいことでした。今までの私は、それしかなかった。でもこれからは……実績を重ねていきたいと思います」
「そうするといい」
薫陶を与えてくれた鹿島に王尾は感謝を伝える。
それを受けた鹿島は、王尾がもう大丈夫だと確信した。
こうなると心配なのは李広であるが……。
彼と自分の恋人である鹿島派はなかなか降りてこなかった。
「お前ら、いい加減にしろ! もう離れろ! 降りろ!」
李広を中心として、通勤ラッシュ状態の痴漢プレイが強行されていた。
鹿島派のヒロインたちが密集し密着していたのである。
もちろん李広の許可は全くとっていない。
「そんなこと言うけど、君のケガはひどかったんだよ!? 生きているのが不思議なくらいだったんだ!」
「体に穴が開いて臓器も出てたんだよ!? 骨がバキバキだったじゃん!」
「ごちゃごちゃうるせえな! もう治ってるよ!」
「でもでも! さっきおもむろに切腹してたじゃん! なんか体からえぐってたじゃん!」
「体の中に砂とか鉄片が残っててなんか痛かったから摘出したんだよ! よくあることだよ!」
「それなら普通に手術しなよ! おかしいよ!」
「俺は睡眠耐性持ちだから、麻酔が効かねえんだよ! だから正式に手術しても意味ねえんだよ!」
普段から人間味がない李広だが、この時は全力で人間味を出していた。
「っていうか! お前ら体に触るな! 離れろ!」
抵抗する広だが、周囲にいるのはヒロインの上澄み。
力で逃れることなどできるわけもなく……。
「あの、皆様! いったん離れていただけますか!?」
整備班の女性技術者たちが大きな声を出して抗議した。
普段から負担をかけている相手ということで、鹿島派のヒロインたちは離れる。
自由になった広は、涙目になりながら整備班に近づいた。
「ありがとうございます。おかげで助かりました……」
「また、ずいぶんと、傷を受けましたね」
「ん? ああ、ええ。序盤は防御バフがあったんですが、要救助者に譲渡したので後半は素で戦ってましたから」
広はアーマーを脱ぎ、半裸の状態になっている。
そして手にはボロボロになったアーマーを抱えていた。
もはやパッチワークすら不可能な壊れ具合である。
広は少し申し訳なさそうに、そのアーマーを整備班に渡していた。
受け取る整備班も、修理など考えていない。これからリサイクルにでも出すのだろう。
「……すみません。貴方が死にかけているのは我々のせいです」
ーーー整備班にとって、鹿島派の装備の整備は大変である。
恨み言や呪詛を吐くのもしょっちゅうだ。
だが一番心を痛めるのは、李広の装備である。
彼の装備はバリア機能を排除した特注品だが、そこまで変な機能はない。
なので整備性が悪いということはないのだ。
だが……場合によっては全壊状態になる。
これに心を痛める整備班は多いのだ。
「そんなに気にしないでくださいよ。私がケガをしているのは私が弱いせいです。貴方たちの責任じゃありません」
「それをサポートするのが私たちの仕事なのです。私たちにもっと力があれば、もっと性能のいいアーマーを渡せるのですが……」
整備班にとって、自分の整備している武器を持ったヒロインが死んだり大けがをすることが一番辛い。
広が無傷で帰ってきても、装備の破損状態を観れば彼がどれほどの深手を負ったのか理解できてしまい、心が痛むのだ。
「私のケガなんてどうせ治りますから。そんなに気にしなくても……」
「本当に大丈夫なの!? めちゃくちゃケガしてたけど!?」
今まで近づくに近づけなかった一夜が広のそばによる。
テレビの放送では、人体が崩壊寸前になって放送事故レベルになっていた。
あれからまだ一時間も経過していない。
「あの程度なら三十分もあれば治るさ。ほら、傷跡も残ってないだろ」
広はぐるりと回りながら裸体をさらす。
確かに傷一つない、筋肉質な戦士の体だった。
「……でも、その、広さんの体って、本当はもっと傷だらけなんですよね」
「残ってないだけで傷だらけってのは本当だな」
「いやですよ……もっと自分を大事にしてくださいよ~……」
「俺も大事にしたいとは思っているんだけども、まずこのセクハラ女どもを何とかしてほしい!」
一夜に対して広はずれた返事をした。
しかし乙女的にも身の危険という意味では正しいので、うかつに『そういう意味じゃないし、そっちよりも命が大事ですよ』とは言えなかった。
「そこじゃないでしょ。アンタは私ほど不死身じゃないんだから、もっと慎重に動きなさいよ。さっきだってソロで動く間に応援呼ぶとかあったじゃん」
「通信機落っことしていた奴に言われたくねえよ! つうか俺聞いたぞ!? お前勝手に俺の相棒を自称したそうじゃねえか! ふざけやがって!」
「そこはほら、外堀を埋めるってことで。それより連絡がつく奴を呼ぶのを惜しんだことをねえ……」
「俺にとっては命より大事なことなんだよ!」
命を粗末にしている男は、風評被害やセクハラについて命より大事だと言っている。
なかなか冗談に聞こえない。
まあセクハラに関しては犯罪なので、警察に対応してほしいところなのだが……。
そのセクハラの親玉が広に無断で抱き着いてくる。
「広君……君が無事でよかった」
「なんかいい空気にしようとしているけど失敗しているからな!? お前が俺に抱き着いている時点で空気もくそもねえからな! 企画倒れもいいところだ!」
「僕たちはヒロインでありヒーローだ。現場では何より人命救助が優先される。君の今回の行動もそこまで間違ってはいない。君の向かう先に要救助者がいるとも限らなかったからね」
全力で抱き着き、体の肉を押し当てる。
彼女なりのスキンシップ、ボディタッチ、セクハラであった。
「だけど……君はあまりにも自分を軽く見すぎている。自分の能力に自信もあるんだろう。だけどそれは間違っているよ。君には具体的な生きる理由が必要だ。そうじゃないといつか死ぬよ」
(別に死んでもいいんだけどなあ……)
「今君、死んでもいいと思ってるだろ。わかるんだよ。体を通してね」
(じゃあ俺が嫌がっていることも気づけよ)
ーーー幼児向けの番組で、変身ヒロインが最終決戦のさなかで将来の夢を語る展開は多い。
これからやりたいことがたくさんあると叫び、それをするまで死ねないと立ち上がる。
大人でも子供でも共感できる展開だ。
広はそれを終えた後である。
ボクシングの世界チャンピオンになりたいと思って一生懸命頑張った男が、本当にチャンピオンになって何度か王座を防衛して、納得して引退した後のようなものだ。
本人的にはやりたいことなんてほぼない。
もちろん幼馴染との決着はつけなければならないが、それも彼女のかつての夢だった『立派なヒロイン』に反しては意味がない。
ヒロイン、ヒーローを全うして死ぬのならそれはそれで納得できる終わりだ。
「僕はね! 君のように人助けに一生懸命な人が好きなんだ! 一緒に支え合い、お互いに生きる理由になろうって思ってる!」
鹿島や鹿島派はそれを否定する。
ヒロインになった以上は仕事を一生懸命頑張ることは第一義だが、それだけの人生なんてあまりにも切ない。
仕事に支障がない範囲で人生を謳歌すべし。
それが結果として仕事を頑張る力にもなるのだ。
「ということで広君! 僕たちと子供を作ろう! きっとかわいい子がたくさん産まれるよ! そうすれば無茶もしなくなるさ!」
「まず重婚が無茶だ!」
「愛さえあれば法律なんて大した問題じゃないよ! それにもう、産休や育休の申請、産婦人科も小児科も予約済みさ!」
「気が早いっていうかそれもう営業妨害だろ!」
ーーー異世界よりも遠い異文化コミュニケーションが開始した。
広は自分の尊厳を守り抜くことができるだろうか。
なお周囲の人々(鹿島派以外の面々)は……。
(確かに子供を作るとかしないと、コイツ絶対無茶し続けるだろうな……)
鹿島たちの意見にちょっと賛同しているのだった。
※
人工島の最奥、総司令官室。
怪異対策部隊の総司令官である森々天子は、専用の机に置かれたパソコンを使用して必死に仕事をしていた。
状況を入力すればAIが文章を作ってくれるので、精査や微調整だけでいいので書類仕事は大変に楽である。
被害を大幅に抑えたこともあって、報告も楽でいい。
だが一部のクレームへの対応には大いに心を削られていた。
『ハロー、テンコ。元気にしているかい? 君は引きこもりがちだから、気分が滅入ってないか心配なんだよ』
「お気になさらないでください。周囲からも理解を得られているので、それほど悪い生活ではないのですよ」
『ははは、それは良かった。噂じゃ、あのスーパーヒーローも君のことを支えようとしてくれているようだしね』
「はい。彼は本当に頑張ってくれています。おかげで怪異対策部隊も評判も良く……」
『ああ、彼は最高のスーパーヒーローだ。どのコミックに出しても恥ずかしくないほどにね』
気さくな雰囲気のオンライン会話だったが、声色から気迫が伝わってくる。
『しかしここはリアルだ。プロットアーマーもリザレクションもシリーズの仕切り直しも存在しない。彼が必死になって人々を救う姿には胸を打たれるが、対策が必要だ』
「おっしゃるとおりです……」
『……君も知っての通り、私の両親と姉は石化してそのまま死んでしまった。親は姉と私を守り、姉は私を守った。私自身も結局は石化したが、一番最後に石化したことで、怪物の退治による復活がギリギリ間に合った』
陳腐な言い回しだが、彼は大富豪であり怪異対策部隊の石化解除薬に関するスポンサーである。
同時に、李広の信者と言っても過言ではないスタンスの持ち主だ。
『だからこそ……現在の状況には複雑な感情を抱かざるを得ない。現場の人々をないがしろにするなんてありえない、とも思う。だが石化解除薬を生産することや、それの要である広君を大事にしたいともね。そしてそれは矛盾するとは限らない。そうだろう?』
「はい……」
『彼専用のアーマー開発に予算と人員を振るべきだ。私の社員と共同させてほしい。それから彼専用のボディガードもつけよう。幸いにして、王尾深愛の試合を観た各国のスーパーヒロイン候補が、あの訓練を自分も受けたいと言っている。彼女らにアルバイトとしてボディガードをしてもらうというのもアリじゃないか?』
「そ、それは! 安全が保障できないという理由で断っているはずです!」
『それもそうだ。確かにあの訓練は少しだけ刺激が強い。別の国のスーパーヒロイン候補のメンタルを傷つける可能性もある以上、君も容易に許可できないだろうね』
ここで彼は圧力をかけた。
『ああそうそう。李広君の両親は、私の仕事の取引先で務めているんだ。あの二人が訴訟を考えているのなら力になるつもりだよ』
「……その場合は、真摯に対応させていただきます」
『彼の安全を第一と言うつもりはない。だが第二義ぐらいには考えてくれたまえ。残される家族の気持ちとしてもね……』
ーーー工場の任務は終わった。現場の人々は最善を尽くした。
だが彼女の仕事はここから始まるのであった。
次話でいったん工場編が終わります。
その次の章である『古事記に曰く』で話をいったんまとめる予定ですので、もう少しお付き合いください。
鈴木他称戦士隊は、工場編が終わった後に別の枠で投稿予定です。




