自暴自棄にあらず
一等ヒロイン、沼沈。
スーパーヒーロー、李広。
五等ヒロイン、十石翼。
三人は一つのチームとなって行動し、工場内の要救助者を何度も避難させていた。
今も逃げ遅れた人を探して走り回っている。
『広君、一応念のため報告しておくわ。単独行動していた須原さんと連絡がつかないの。通信機そのものが壊れているみたいで、GPSでも確認ができないわ』
「アイツに関しては気にしなくていいです。なくしたか間違えて食べたんでしょ。それより避難状況は?」
(そんな赤ん坊じゃないんだから……)
工場内で司令官と通信している広は避難状況を確認していた。
鹿島派の活躍もあって、多くの人が避難できているはずだった。
できることなら、そろそろ勝負をつけたいところである。
『避難状況としては、あと一つの団体客と、工場内の工場長一人よ。だから貴方は団体客の救助後に工場長のところへ行って……』
「すみません! その団体客を見つけました! 怪人に襲われています! 通信切ります!」
すでに燃え上がっている工場内部で、三十人ほどの中学生や教員が五人ほどの怪人に襲われていた。
そして、今まさに。
教師らしき男性が怪人に殴られた。
血が出て倒れているだけ、ではない。
首がねじれて、頭蓋骨も陥没している。
どう見ても致命傷だった。
広も十石も沼も、怪人などいくらでも簡単に殺せる。
だがその怪人が殺した人を助けることはできない。
その教師の姿を見たとき、沼の脳裏に『過去の救えなかった人たち』がよぎった。
鉄火場に身を投じてきたからこそ、人を救えなかった経験が多くあった。
百人救ったとしても、一人救えなかったことは心に刺さる。
これは非常識に見える鹿島派のヒロインですら同じことだ。
また救えなかった。
ヒロインである彼女の脳裏に、反射的に、絶望がよぎった。
だがここには十石翼がいる。
「タロットカード……死神逆位置『確定した復活』。アクティブスキル、防御支援(極)!」
十石翼の持つタロッティストとしての能力は、時系列や因果関係にすら作用する。
死神のカードを逆位置で使用した場合、すでに行われた防御のダメージ計算に介入が可能だ。
つまり大ダメージを負ったはずの味方の負傷を『軽かった』ということにできる。
遠距離から発射されたバフは死んでいたはずの教員に着弾する。
攻撃を受けていた時の彼の防御力が数倍に高まっていたということになり、頭蓋骨の陥没や首のねじれが大幅に軽減していた。
治療でも死者蘇生でもない因果の修正。もはや先ほどまでの惨状は、現場で見ていた者の記憶にしか残っていない。
「私のスキルは連発が効きません! 急いでください!」
「……ええ、わかったわ! 広君!」
「はいっ……! オオカグツチ、オオワダツミ!」
『ひうち!』
『うずまき!』
ここで沼沈は何の変哲もない拳銃を構えた。
両手でしっかりと支えて、拳銃ながらに狙い撃ちの構えである。
その拳銃にオオカグツチとオオワダツミが宿り、特殊な攻撃が行われることが予測された。
ーーー銃に限らず、市街地で武器を振るう際にもっとも気を付けるべきは『民間人に当ててしまうこと』である。
標的と民間人が同射線上にいるのなら、発砲自体するべきではない。
動かない的に当てることも難しいのに、不規則に動く標的と民間人に向けて撃つなど、自殺行為ならぬフレンドリーファイアだ。
「ありがとう、絶対に当てる」
ここで沼は何度も引き金を引いた。
水と炎を帯びた弾丸が放たれたのだが、それら一発一発が不可思議な弾道を描いていた。
絶対に民間人に当たらない軌道で怪人たちの頭部に命中したのである。
この拳銃に自動追尾機能がある、というわけではない。
むしろその逆。この拳銃は弾道をマニュアル操作可能なのだ。
やはり魔力が発見された初期の時代。
魔力の弾丸の軌道が自在に変えられること、刃の形状を操作可能であることが判明した。
戦闘中、機に応じて弾道や刃の形状が変えられる武器が開発され、ヒロインたちに支給された。
しかしこれはすぐに廃れた。
結局のところ、まっすぐな刀、まっすぐ飛ぶ弾丸以外は使われなかったのだ。
一部の技巧派を除いて、この手動調性武器は使われなくなっていった。
そしてその一部の技巧派の、さらに頂点が沼沈である。
「正確な射撃、さすがです」
「これぐらいなら他の子でもできるよ。それに君の補助がなかったら何もできなかった」
弾丸が命中した怪人たちは、ふらふらとしたまま棒立ちしている。
精神的状態異常、呆然。肉体的状態異常、睡眠。
これらによって怪人たちは死ぬことはなく、自爆することもできないようになっていた。
三人は腰を抜かしてへたり込んでいる中学生たちのもとへ向かう。
「一等ヒロイン、沼沈です! これから皆さんを安全な場所まで誘導しますので、どうかついてきてください! 立てない方はいらっしゃいますか?」
「あの、先生が……」
生徒たちは歩くことこそできたが、辛くも九死に一生を得た教師は倒れたまま動かない。
できるなら動かしたくなかったが、そんなことを言っている場合ではなかった。
「わかりました、ではこの方は……」
「あ、あの! それから、その! 実は友達が一人、はぐれてしまったんです! その人のことも探してくれませんか!?」
今も爆発が続く工場の中で、ヒーローもヒロインも頭数が足りなかった。
沼が通信機で救援を呼ぼうとしたときである。
広は十石へ指示を出していた。
「十石、お前がこの人を背負っていけ。俺は別れてその子を探す」
「別行動を!? それは危険です!」
「お前んとこのお嬢様がたを助けに行く時よりは断然安全だ。それとも沼さんに背負わせる気か?」
この非常事態でありながら、広は冷淡だった。
その顔から沼と十石は、彼の本心を察する。
(この人は……自分が死んでもいいと思っている……!)
この仕事に就いている人間が陥りがちな精神状態だった。
本来なら説得するところだが、戦術上おかしな提案ではない。
「……私が護衛と先導をします。十石さんはその方を運んでください」
「で、ですが……!」
「一秒を争う事態なの! その大切さを貴方は知っているはずよ!」
使命と仕事が矛盾する状態に陥り、十石は迷ってしまっていた。
だが助けを求める人や、その家族の辛さを知っている。
彼女は断腸の思いで、倒れている先生を背負った。
「広さん。ご武運を」
「ソロは慣れてる、心配するな」
工場の外へ出ていく沼たちと別れて、広は工場の奥へ走っていった。
もしも救助できていない人がいるのなら、爆発が頻発している場所だろうとあたりをつけて。
『広君、聞こえる? 須原さんがたくさんの要救助者を連れてきてくれたの。貴方たちが保護した人たちを合わせて……確認できていない人は、あと一人だけよ』
「わかりました、必ず探し出します」
(須原さんたちが絡まないときは普段通りね……)
走る広の顔に焦りはない。およそ熱意と呼べるものはない。
彼の精神性からして、初対面やそれに近い人間がどうなってもそこまで気にならない。
やる気のなさは経験でカバーしていた。
「生きていると信じているのなら……無事が確認できている、工場長のところに逃げていると考えるべきだな」
すでに工場の中は人が入っていい場所ではなかった。
怪人たちの爆発とは無関係に、工場の内部の化学物質が反応し合って有害な炎と共に爆発を繰り返している。
化学汚染のたぐいなら広には無意味だが、爆発の熱とそれに伴う金属製部品の飛散は脅威であった。
時折大型の部品が飛んできて、アーマーにめり込んでくる。
貫通こそしないが、鈍痛で体が傷んだ。
「この程度問題じゃない……!?」
爆発音にまぎれて、ぎぎぎという金属音がした。
パイプなどを通している金属製の柱が化学物質によって急速に劣化し、傾き倒れてきたのだ。
「オオ……!?」
対応しようとしたが間に合わない。
広の体は金属製の柱につぶされていた。
それも付属していた金属のパーツがアーマーごと肉体を貫いている。
「がぼはっ!」
血を吐いてしまう。
過去の経験から、片方の肺が潰されていると察していた。
彼にとって致命傷ではないが、再生に三十分はかかってしまう。
「……このままいくか」
リンポで金属の柱を切り裂き脱出すると、金属のパーツが刺さったまま走り出す広。
まさに命を捨てて人を助けようとしている。
なぜそこまでして、大切でもない人にために走れるのか。
悲しいことに。
彼にとって自分の命がそこまで重要ではないからだ。
傷つくことに慣れすぎた彼は、片肺が貫かれても前にもあったこと、と流せてしまうのだ。
それは強いようで、悲しいことでもあった。




