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人間の助け方じゃない

 工場の正面入り口は超低温の領域となっていたが、地球上ということもあってすぐに温度が戻ってきていた。


 現在そこには多くの警察や消防、救急隊が待機している。


 そして最前線には王尾深愛が立っていた。


 仮に、この場に爆発する怪人が殺到してきても。

 怪物そのものが現れたとしても。

 彼女一人が素手で殴ればすべて解決する。


 それをなして余りあるのが、スーパーヒロインという枠の生物だ。


(ここに来る前の私なら、そうなることを心待ちにしたでしょうね……そんな私だったら、この場に来ることはできなかったのでしょうね)


 深愛は冷静で達観で……なにより後ろ向きだった。

 それこそ年頃の少女同様に、自分に出番が回ってこないことを願っている。

 それは彼女の感情であり、理性はそれを肯定していた。


 正直に言ってみじめだ。

 以前の己からすれば気弱にもほどがある。


 だが「本当の失敗をした自分」を想像すれば鼻で笑える。

 それは「成功した自分」の想像に見合わないものだ。


 これが三等ヒロイン、成功を求めつつ失敗を恐れる新人の気構えであった。


 そうして待っていると、内部に突入していた鹿島派のヒロインたちが出てきた。

 見学していた成人、中学生、高校生、一般職員たちを避難させてきたのである。


 ケガをしている人たちも多いが、彼らも速やかに救急車に運ばれて近辺……といっても想定される被害区域の外側の病院へ移送されていく。

 目立ったケガのない人たちも、速やかに警察車両に乗って外部へ移動を始めていた。


「まだヘルメットは脱がないでください! マスクもです!」

「すでに科学火災が発生していますので、ここも安全ではありません!」


「救急車はすでに外傷を負っている方に譲ってください! 警察車両も病院に向かいますので、無事な方はそちらに行ってください!」


「待ってください! だれが避難を終えたのかチェックをお願いします!」

「本日出社している職員は上長へ報告を! あ、上長がいらっしゃらない場合は、私のもとへ……」


 警察や救急隊、消防隊の対応が始まった。

 事件現場はいよいよあわただしくなってくる。


 そして人々が工場から離れるさなかも、工場内では爆発音が繰り返されていた。


「ヒロインの方ですね!? 生徒が何人かはぐれているんです! 避難してきた人の中に、ウチの生徒はいませんか!?」

「落ち着いてください! すでに避難している子供については、警察の方にご相談を! もしも工場内部にいるのであれば、我らの仲間が必ず助け出します!」


 明らかに有害そうな色の煙がもくもくと上がっている。

 あの煙一つにどれだけの人間を殺す力があるのか考えたくもない。


(場合によっては私が……ヤルことになるのよね)


 自分に順番がまわってこないことを祈る深愛の耳に轟音が近づいてくる。


 巨大な怪獣の歩行音と重量級戦車のキャタピラ音が同時に接近してきたのだ。


「要救助者、超高速でお届けよ!」

「全然超高速じゃないよ、お姉ちゃん! もっと急いで!」

「何を慌ててるのよ、あんたは! 本当に超高速で動いたら振り落としちゃうでしょ!」

「それはそうだけど、後ろから来てる! もっと速く動いて!」


 鹿島派一等ヒロイン、矢樹マグナ。

 同じく鹿島派一等ヒロイン、矢樹コスモ。


 世にもまれなる一等ヒロインの姉妹。


 二人の装備の外観はほぼ同じだ。

 だが中身の構造は全く異なる。


 妹であるマグナは3m級のパワードスーツを着ている。

 中に入っているのは2m半の巨大な女性だ。

 マグナは近藤貴公子と同じく、魔力の高さが肉体にも影響を及ぼしており、巨人と呼ぶに足る肉体を持っているのだ。


 基本的に身体能力の方が高く、パワードスーツもそれを活かしたものとなっている。


 一方で姉のコスモは標準身長(よりも少しだけ低いが機密である)だ。

 彼女が駆るのは3m級の二足歩行型重機である。


 両足にはキャタピラもついており、今回のような事態には人々を多く乗せて運ぶことも可能だ。


 中の人間が小さいこともあって、多くの内部武装も備えている。

 鈍重そうな見た目に反して多彩な武装による幅の広い戦闘が可能な、もはやロボットである。


 ちなみにハード面でもソフト面でも彼女の設計によるものであり、マグナのパワードスーツも彼女の設計である。


 なおこの二人の装備の整備はやはり整備班が担当しており、機構が複雑な分一番嫌われていると言っても過言ではない。

 怪異対策部隊の整備班はこの姉妹の引退か死を心の底から願っているとのうわさだ。


「深愛ちゃん! うしろから怪人がめっちゃ追いかけてきてるの! 氷漬けにして!」


「わ、わかりました!」


 パワードスーツでずんどんずんどんと走ってきたマグナは、すれ違いざまに深愛へ依頼する。

 たくさんの人を乗せて戻ってきた二人に隠れていたが、後方からは何十人もの怪人が走ってきていた。

 これらが爆発すれば、ヒロイン以外は全滅する。


 警察も消防も救急隊も、避難したはずの人たちも全員死ぬ。


(慌てないで……最悪近づいて殴ればいい。魔力の威力を調整して……アイツらに当てて終わりにしないと……私の魔力を全力で横に放てば、この工場区画を貫いて、直線上にあるすべての建物が壊れてしまう!)


 ーーースーパーヒロインは確かに強い。

 だがスーパーヒロインは強すぎるあまり、今回のように危険な建物が多くある地域では戦闘が困難だ。

 だからこそ深愛も保険として配置されており、工場内部への突入は許されていない。


(落ち着いて、落ち着いて……)


「その必要はありませんわ」


 深愛はもたもたしていたわけではない。

 依頼を受けてから発射まで十秒も要さなかっただろう。

 だがそれより先に、他のヒロインがカバーに入っていた。


 追いかけてきた怪人たちの足元が陥没……つまり落とし穴に落ちていった。

 何十人もの怪人を落下させるほどの深い穴がこの工場にもともとあったわけがない。


 地面を揺らしながら、巨大なドリルが地上に出現した。


 土まみれになってなお美しい、金髪の片側だけの縦ロールの淑女。


 人間が持てるとは思えない大きさのドリルマシンを片手に担いで、その土汚れを払い落とした。


 鹿島派一等ヒロイン、縦路(たてじ)螺旋奈(らせんな)


 単独で物理特化型怪物を瞬殺する、一等ヒロイン屈指の物理攻撃力の持ち主でもある。


「深愛さん、貴方は私たちの最後の保険。できるだけその力は押さえておきなさい。マグナ、コスモ! 負担をかけるんじゃありません!」

 

 彼女が掘った穴からは、避難してきた職員たちも出てくる。

 比較的安全とはいえ、目印もない地下を確実に掘り進めるのはさすがであろう。


(よかった……)


 出番を奪われたことよりも、安心が先に立った。

 深愛は……改めて周囲を見る。


 一等ヒロイン、二等ヒロイン。

 その中でも上澄みで知られる鹿島派。


 彼女らが多くの要救助者を救う度に、周囲の雰囲気が和らいでいく。

 深愛からすれば競争相手とすら認識していなかったら彼女らの、その強さ。


 まったく、今の自分では到底及ばない。


「……ん? 落ちたみたいだけど爆発はしてないみたいだね。登ってきてるよ!」

「穴の中で爆発させる分なら被害は抑えられるでしょ。このまま埋めちゃおう!」


 螺旋奈が落とした怪人たちが穴を登ってくる音がした。

 すでに半数以上が戻っている鹿島派ヒロインたちは迎え撃とうと動くが……。

 実際には、まず怪人が出てくることがなかった。


究極(エイペックス)猛獣呪紋(プレデタトゥ)……(ハンド)!」


 出てきたのは巨大な足だった。タコやイカの触腕が、怪人を張り付けたまま伸びてきたのである。


 これには鹿島派も一般人も深愛もびっくりしすぎて目を見開いていた。


「よく考えたら、爆発するって言っても魔法のエンチャントなのよね。それならダコンダコとイジョウイカの毒で不活性化させて食えばよかったんだわ」


 さらに巨大な穴から、穴と同じ大きさの、魚眼レンズを通してみたかのような人間の顔が出てきた。

 デッサンの狂った顔であったが、その口はタコやイカとおなじ、くちばしのようなデザインになっている。


 持ち上げられていた怪人たちは哀れにもその口の中に放り込まれていき、咀嚼されて飲み込まれた。


「んげふう……道中で思ったよりダメージ食らっちゃったから、怪人でも食って補充しておかないとね」


 実写映画のCGのように、急速にしぼみながら変形していく。

 タコとイカと人間の化け物は、全身が毛皮や鱗、タトゥーに覆われている人間の少女に変身していった。


「李派五等ヒロイン、須原紅麻。今戻りました」


 素足、と言っていいのかわからない。

 肉球の生えた足でペタペタと近づいてくるモンスター。

 普通に話しかけてきた彼女を見て、人々は正気に戻ってきて……。


「要救助者、ここで出しますね。おうぅえええええ」


 再び彼女の頭がカエルのように膨らんだ。

 そのうえ喉や首まで大きく膨らんでいる。

 吐しゃ物をぶちまけるってレベルではない。

 巨大な胃袋が裏返りながら口から出てきたのである。


 どぼどぼどぼどぼ。

 大量の人間が胃の中から出てきた。


 胃液まみれであるが、消化はされていない様子である。


「ふぅ……子供をおなかに抱えるっていうのは、結構緊張するのよね。それにしても……」


 吐き出した胃の内側をなでながらひっこめると、異常に巨大な舌で自分の顔の周りをなめとった。

 そして緊張感のある顔で、工場を振り返る。


「アイツまだ戻ってないのね……馬鹿な真似しないといいけど……」

「人間を胃の中に隠している状態で怪人を食べたら一緒に消化しちゃうんじゃないかって気になるわよね?」

(それはそうかもしれないけど、そういう問題じゃない)

「牛の胃袋は四つあるの。まあそういうことよ!」

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 …最後のを読んで「お前カエルだったじゃん!」が最初に思い浮かんだわ…
帰還組は努力の末の実力だけど、王尾深愛のようなスーパーヒロインは生まれが全てみたいなのがなんかモヤるなぁ
救助方法にクレームが入ったとしても「命が掛かってる状況で、ガタガタ抜かすなボケ!」の一言で済むやろう民度の高さは、ちょっと羨ましい。
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