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鹿島派二等ヒロイン

 怪異が出現し一部の女性に魔力が現れた2000年代当時。

 工業は自動化が進み、第二次大戦当時のような大量の人員が投入される工場、というのはすでにだいぶ減っていた。

 人口密集地帯にのみ怪異が出現するということが判明してからは、自動化の波はさらに強くなっていく。


 結果として工場が怪異に襲われるというケースはほぼなかった。

 もちろん人口密集地帯付近にある小さな工場が襲われることはあったが、工業地帯にある大きな工場は襲われなくなった。


 だがゼロではない。

 R国では2050年代に特殊な化学工場で怪物が発生し、大いに暴れた。


 R国のトップは『スーパーヒロインに冷凍攻撃を使用させ、工場区画全域を絶対零度まで凍結させろ』と速やかに命令を下した。


 そのヒロインは命令を忠実にこなし、避難できなかった作業員もろとも怪物や工場区画を凍結粉砕した。

 そのあと速やかに封鎖作業を行った。


 これは一般市民や遺族から大いに叩かれた。

 実行したスーパーヒロインや命令した指導者に非難が集中した。


 だが専門家たちはそれも仕方のないことだと言っていた。

 あまり大きな声で反論したわけではないが、少なくとも『科学的に間違っている』とは言わなかった。


 その化学工場で暴れていたのが『普通の魔法攻撃特化型』であったため、被害は甚大であった。

 R国の怪異対策部隊に通報が届いたときには多くの死傷者が出ており、周辺にも科学物質による被害が蔓延していた。


 いるかどうかもわからない生存者を救助するよりも被害拡大を防ぐ、というのは間違った話ではない。

 少なくとも科学者や現場作業員、そしてヒロインからすれば『間違った解決法』とは言えなかった。



 現在工場の作業員たちの脳内では、その事故の情報がフラッシュバックしていた。

 先ほど上空から急激な寒波が襲い掛かってきたときは、自分たちも殺されるのかと覚悟したほどだ。

 そして現在もいきなり自分たちごと凍らされても仕方がないとすら思っている。


 そのうえで彼らは終息作業に走っていた。

 逃げたいと思っていないわけではないが、優先順位として『終息作業を終わらせる』が第一で、『終息作業が終わったと報告すること』が第二だった。

 逃げるのは『工場長から撤収の許可をもらった後』だと考えている。


 彼らは自分でも驚くほど、作業員として適切な行動をとっていた。


 彼らも普通の人間だ。就職するときに『危機的状況になったら人間として正しい行動をしよう』と誓っていたわけではない。

 だがこの状況になったからにはそうするしかなかった。


 まず、それが先にあった。


 彼らは普段からつけているヘルメットに加えて、ガスマスクを装備して、安全仕様の長靴を履いて、全力疾走していた。

 もちろん走りにくい。

 2100年とはいえ、ガスマスクもヘルメットも安全用の長靴もそこまで進化していない。

 防御性能はそれなりに上がっているのだろうが、そもそも走ることを求めていないのだ。


 それでも彼らは、それを脱がずに走っていた。

 それが最も速いと知っているからこそである。


 そのような彼らの前に怪人が現れた。

 一体の怪人がこちらに向かって近づいてきている。


 ーーーこのとき彼らの脳裏に浮かんだのは、噂のスーパーヒーロー李広のデビュー戦だ。

 彼の幼馴染はヒロインの装備をもって立ち向かったが、怪人一人すら倒せなかった。


 今ここにいる作業員は三人だった。

 相対的に負荷は軽いが、それでも肉体労働者。

 だがどう考えても、一体の怪人相手に勝てるものではない。


 しかし三人いる、というのは戦術的に見て強かった。


「俺が突っ込む。お前たちは右と左に回り込みながら走って、バルブのところに行け」


 年長の作業員がそんなことを言った。

 他二人は何事かと思って、質問することもできない。


「俺は絶対に死ぬが、お前たちのどっちか……運が良ければ二人とも生き残れるだろう。バルブを閉めるには十分だ」


 ふと冷静になって、この仕事に意味はあるのかと思う。

 悲しいことに命を懸ける意義があるのだ。


「俺の両親が近所に住んでる。この工場が爆発して、とんでもない量の毒ガスが噴き出れば……結構な歳の、俺の親は死ぬだろうな」


 とても分かりやすい危機だった。


「お前らも似たようなもんだろ。恋人やら友達やらが近所にいるだろ。この工場の通勤圏内はとんでもなく被害を受けるなんて……止めなきゃヤバいだろ」


 この状況は最悪ではない。

 どういう怪物が敵かはわからないが、とにかく速攻で攻撃をしてこない分……いやらしい相手なのだろうが、それでもなんとかできる目がある。

 相手の思うつぼだとしても、やらなければならないことがある。


「行け!」


 ここで三人は、中央左右に分かれて走った。

 年長の作業員は怪人に組み付こうとする。

 他の二人は迂回する動きで通り抜けようとする。


 それは彼らの人間としての責任感からくる……間違った行動だ。


「そこの民間人、止まりなさい!」


 決死の覚悟を決めたはずの三人はぴたっと止まった。

 三人を襲おうとした怪人すらも硬直する。


「怪人の相手をするのは……ヒロインです!」


 すでにヒロインが来ていたのだから、怪人の相手などせずに逃げるべきだった。

 そうしかりつけるように、一人の女性が飛び出した。


 ーーー鹿島派二等ヒロイン、春日(かすが)麻糸(まいと)

 装備主兵装、スピンエッジ。簡単に言うと、魔力の刃によるプロペラだ。


 実体としてはハンドル付きの、羽のない扇風機のモーターである。

 魔力を流すと羽の代わりに魔力の刃が構築され、猛烈な勢いで回転を始める。


 魔力が発見された初期に作られた武器の一つ。


 高速回転する魔力の刃で攻撃と防御を行う、というコンセプトは想像に難くないだろう。

 実際それなりには防御や攻撃が可能なのだが、下手に使うと自分を攻撃しかねないし、攻撃と防御を同時にできるわけでもないし、なにより整備性が最悪だった。

 結局普通の盾と剣、銃でいいという話に落ち着いている。

 

 だが春日麻糸はこれを非常に得意としている。

 普通の兵装も持っていないわけではないが、こちらの方を使った方が強いのだ。


「おらあああああああ!」


 足のない大型扇風機を振り回しながら戦うという無茶を、彼女はセンスで成功させる。


 怪人に一瞬で近づくと、民間人三人や自分をまきこまず、怪人だけを一瞬でみじん切りにしていた。


 当然と言えば当然だろう。二等ヒロインの中でも上澄みである彼女ならば、怪人一人にてこずるわけもない。


「オラオラオラ!」


 だが彼女の強さはここからだった。

 怪人は死んだ瞬間に爆発したのだが、その爆風を旋風で巻き上げて上空へ押し上げていく。


 自爆すると言っても火の魔法である。それ以上の勢いで押し上げれば無力化は可能だった。

 だが周囲のパイプや民間人を巻き込まないように高威力の風を発生させるのは、まさにセンスとしか言いようがない。


「……ご無事ですか! 貴方たちを助けに来ました!」


「ありがとうございます……」


「終息作業中ですか!? それとももう終わりましたか!?」


「! ま、まだです! 今向かっている最中です!」


「分かりました! それでは護送します!」


 仕事の話をされたことで作業員たちは正気に戻った。

 呆然としている場合ではない、一人でも多くの命を救うには自分たちこそが走らなければならないのだ。


 四人に増えた彼らは、向かうべき場所に走り出した。



 深愛の消火は、避難経路だけにとどまっていた。

 工場内部では他にも火災が発生していたが、生存者が残っている可能性もある場所に絶対零度の魔力をぶつけることなどできない。

 よって現在も工場内部では火災が発生していた。


 怪人の自爆による悪意ある火災は、工場内部に取り残された人たちを閉じ込めていた。


 他の大人からはぐれたであろう数人の子供たちが、二階の高さにある渡り廊下の中央に取り残されている。

 前後には炎があり、また毒々しい色をしている。仮に突っ込めば火傷どころではないだろう。


 子供たちは中央で身を寄せ合って、救助を待つしかなかった。

 ヒロインが助けに来てくれると信じて、震えながら身を寄せ合っている。


 誰もが祈っていた。

 神様お願いします、助けてください。ヒロインさんたち、早く来て。


 祈る神に願いが届いたのかはわからないが、炎を突っ切って三人の二等ヒロインが渡り廊下に現れる。

 室内であるにもかかわらず、三人はそれぞれ『乗り物』に乗っていた。


 一人は禿(かぶる)(かける)

 乗っているのはスタントやショーで使われるオフロード仕様の小型バイクであった。


 一人は因幡(いなば)(うさぎ)

 乗っているのは水の魔力を放出しているサーフボード。


 最後のひとりは愛洲(あいす)白鳥(はくちょう)

 乗っている……履いているのはアイススケート用のシューズであった。


 機動力に重きを置いているであろう三人の兵装は有名である。

 誰もがそれをみて『無茶だ』というのだ。


 たとえばコンピューターゲームでのレースでも、コース内をどのルートで移動するかを何度も検証して走るだろう。

 これは実際のロードバイクのレースでも同じだ。失敗した場合のリスクを想えばなお慎重になるだろう。


 そもそもバイクなどが走行することを想定されていない室内で、ヒロインがバイクを疾走させるなど自殺行為だ。

 まして救助対象がいると考えれば、いたずらに危険にさらしている。


 だがこの三人はそれを成功させ続けてきた。

 天井も壁も縦横無尽に駆け、滑る。

 ヒロインのスペックと圧倒的なセンスの掛け算によって、崩れゆく建物の中で要救助者のもとへ急行するのだ。


「たすけ」

「要救助者確保ぉおおおお!」


 いったいどれだけ技術があれば可能なのだろうか。

 三人は固まっていた救助者たちを確保すると、そのまま窓ガラスを割って渡り廊下から飛び降りる。最高の新幹線が乗客に負担をかけないように、三人に保護されている子供たちは何が何だかわからないままに外へ連れていかれていた。


「さあ、このまま外に連れていくよ!」

「あ、あの! はぐれちゃった、他の友達もいて……」

「ふふふ! 大丈夫大丈夫! 私たちの仲間が助けに行ってるから! だからまず君たちが助かろう!」


 炎上している工場の中では、今も怪人たちが人々を狙って徘徊している。

 三人の鹿島派ヒロインは、子供たちを抱えたまま疾走し、不安に思わせることもなく避難させていくのだった。

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― 新着の感想 ―
今更な話ではあるんやが、公的機関が「専用装備」の開発や配備を認めるレベルの才能っちゅうのは、冷静になって考えんでも、おかしいレベルだよな・・・?
「索敵後」にガラスの下にはぐれた子が出てきてないことを祈る
まるでこの工場を襲撃するように造られたような怪物と怪人なのか。 コロムラの人体実験が可愛く見える悪意が背後にあるのか?
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