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三等相当の気構え

 BBQの店の中で野花と一夜は、鹿島や相知と一緒にテレビを見ていた。


 相知と鹿島は真剣にテレビを見ているのに、野花と一夜は心ここにあらずである。

 頭では『この事件解決を見届けないと』と思っているのに内心では『大っぴらに公表してなくてよかった』という気持ちで満たされていた。


 たとえるのなら、点滅している青信号を渡らず待っていたら、目の前の横断歩道をものすごい速さの暴走車が走っていったようなものだ。

 とてもではないが他人に配慮できる状況ではない。


「深愛は大丈夫でしょうか……あの子、なんで……やっぱり止めておけばよかったんだ……」

「そう気にすることはないさ。今のあの子はヒロインの心がある」


 一方で相知は王尾のことで頭がいっぱいだった。

 テレビ画面に近づくこともできず、遠くから画面を見つめている。


 一方で鹿島は確信をもってテレビを見ていた。


「今の彼女は成功を求めつつ、それ以上に失敗を恐れている。三等ヒロイン相当の心があるんだよ」

「それは、褒めているんですか?」

「現場に出て問題がない、ということだよ。君の言い方こそ三等ヒロインをバカにしていると思うけどね」


 鹿島はあらためて相知を見た。

 とてもいい子供だ。

 王尾と本当の友人なのだろう。


 彼女は王尾にとって必要な友人だ。

 だが彼女だけでは不十分だ。

 必要なものはまだある。


「とにかく……信じてみていることだ。彼女が成功することを祈りつつね」



 王尾深愛が参戦を希望したのは、作戦が説明される前のことだった。

 工場に向かうことになると知っても、彼女はそれでも同行を希望していた。


 鹿島も総司令官もそれを止めなかった。二人が止めなかったので李広もそれを止められなかった。


 流れるように、彼女には『専用装備』が渡された。

 ある種の期待が総司令官にあったのではないかと察さないわけではないが、それでも王尾は請け負っていた。


 そんな彼女は今現在、誰よりも先に落下している。


 ヘリコプターから落下し、大型の武装を手にした彼女はその明晰な頭脳で己を見ていた。


(なんで私はこんなことをしているのか……決まっている、成功が欲しいからよね)


 先ほどの鹿島との会話もあって、彼女の考えはほぼまとまっていた。

 つい先ほどまでは、自分を直視することが怖かった。


 だがほかならぬスーパーヒロイン鹿島から『お前つまんないことで悩んでるなあ』と言われたことで直視した。


 自分が失ったのは自己評価だけだ。

 だが自己評価を少しでも取り戻したい。

 今までのように、自分に自信満々でありたい。


 ではどうすればいい?

 自分で自分の評価を上げるにはどうすればいい。

 その答えは目の前にいた。


 自分に説教までした鹿島強。彼女と土屋香は、三等ヒーロー時代の李広に救助されたことがある。

 これも大々的に広報されていることであり、土屋にいたっては自分から宣伝までしている。


 当時の彼は小型の怪獣を使役していなかった。

 高めに見積もっても一等ヒロイン相当の実力しかなかった彼に救われたのに、それを屈辱だとは羞恥だとかとは考えていなかった。

 少なくとも自分のように塞ぎ込んではいなかった。


 彼女らは精神的にも超人だ。

 だから耐えられるとも考えられる。


 だが王尾深愛の主観をして、彼女らがそこまで恥ずかしい存在だとは思っていなかった。

 つまり彼女らの精神性とは無関係に、彼女らへの評価は下がっていなかった。


 なぜか。

 これまでたくさんの人を救ってきたという事実があれば一度の失敗など問題にならないからだ。

 彼女は他のスーパーヒロインに対してそう考えていたのだ。


 であれば、自分がこうも塞ぎ込んでいたのは……。

 今の自分が一度も人を救ってこなかったからだ。


 今まで自分が何をしてきた?

 捕まっていた怪人相手に銃を撃って『つまらない』と言ったり、石化が解かれた怪物相手に戦って『楽しかったわ』と言ってきた。

 そして小型の怪獣相手に奮戦して、課題を這う這うの体でクリアした。


 今にして思えば、のたうち回りたくなるほど恥ずかしい過去だった。

 自分は何もしていない。ただ訓練をしていただけだ。

 適正とは言えないほど低いレベルの試験をクリアしたことで程度の低い満足をしていただけだ。


 自分がプロスポーツ選手であったりそれを志しているのなら、訓練の場を中継することも仕事の内と言えるだろう。

 だが自分はヒロインだ。人々を守るために怪異と戦って、初めて『実績を上げた』と言える立場の人間だ。


(だからこそ、失敗は許されない!)


 王尾深愛は、大筒ともいうべき大砲を担ぎ、眼下の地上に向けた。

 しっかりと標準を確認し、砲口をセットする。


 狙うは『生存者が絶対にいない』と言い切れる、炎上している場所だ。

 それも避難を妨げる形になっている、外側の区画である。


「スーパーヒロイン仕様、科学火災用消火装備『凍志』……発射!」


 放射されるは極超低温の魔力。

 ありきたりな言い方だが、絶対零度に近い低温の魔力が発射されたのだ。


 射線上に存在している気体のすべてが液体、個体になってしまうほどの負の熱量を持った超低温。

 燃え盛る工場の外側をなぞっていき、一気に鎮火までもっていった。


「……わ、私はこのまま、避難経路を確保します!」


 失敗しなかった、成し遂げた。

 そのように達成感を覚えた己を、王尾は叱咤する。


 事前の打ち合わせ通りに、そのまま高速で地表に落ちていった。

 落下地点は正面入り口、もっとも避難しやすい大きな出口である。


 怪物と遭遇しても余裕をもって迎撃可能な彼女がここにいれば、安心して誰もが避難できるだろう。


 そうして……多くの人たちが救助を待つ工場内部へ、ヒーローとヒロインたちは身を投じていった。




 五等ヒロインに選ばれた者たちは、その時点で『自分はスーパーヒロインになれない』と知る。

 魔力の量という残酷な数値によって、自分が将来どうなるのかが決まっているからだ。


 どれだけ頑張っても二等ヒロインにしかなれない、と決まった時。

 彼女らは次に『鹿島派のヒロインのようになれるかも』と希望を見出そうとする。

 特徴的な武器を軽やかに使い、一等ヒロイン以上に有名な二等ヒロインのようになりたいと考えるのだ。


 だがそれもすぐに打ち砕かれる。

 鹿島派の真似をしようとすればするほど、鹿島派がどれだけ天才なのか思い知るだけなのだ。


 そう……たいていのヒロインは、自分が運動のできる女子だ、と思っている。

 実際は素の身体能力や反射神経が高いので、魔力がない女子より優れているというだけだ。

 同じだけの魔力がある女子と比べると凡庸で、センスがあるというわけではないのだ。


 魔力があるうえでセンスがある者たち。

 仮に魔力がなかったのなら、オリンピックの金メダルが狙えるようなセンスの塊。

 それが鹿島派ヒロインである。



 自動化が進んでいる■中央工場は、普段も人が少なく、現在もそこまで人が多いわけではない。

 怪物が現れる可能性が極めて低いこの場所は、怪物や怪人側からしても人を襲うのが難しい状態だ。

 だからこそ退路を断つために、避難経路を封鎖したのだろう。


 怪人たちは十人単位で隊を編成し、人々を襲うべく捜索していた。


 屋外の、周囲に太いパイプのあるエリア。

 そこを歩く十人の怪人に、二人のヒロインがアタックを仕掛ける。


「いっけええええええ!」


 錨のようなフックが発射された。

 怪人一人の胴体を貫くだけではなく、半分近い怪人たちの体を貫いて地面に刺さる。


 それだけでも致命傷に見えるが、怪人たちはまだ動き続けようとする。

 しかし動くことができない。

 フックは太いワイヤーロープとつながっており、それが怪人たちの体を数珠繋ぎにしていたのだ。


「釣れたぁああああ!」


 魔力モーターによる高速回転によって、ワイヤーケーブルはウィンチで巻き取られる。

 地面に刺さっていたフックは地面から抜けると、怪人たちの体を固定しながら一気に釣り上げていった。


 鹿島派二等ヒロイン、一本木(いっぽんぎ)真黒(まぐろ)

 射出機能付きのワイヤーウィンチを用いて、アクションゲームさながらのワイヤーアクションを得意とする色黒の漁師系女子である。


「そおおれええええ!」


 左腕についているウィンチで怪人たちをまとめて引き寄せると、利き腕である右腕の実体剣で一気に切り裂く。


 周囲に民間人がいても手元に引き寄せることができるこの戦法は、対怪人戦における彼女の基本戦術であった。


 だがそれが、今回は裏目に出た。


 引き寄せられ切り裂かれた怪人は、結果として一本木の直近で大爆発を起こしたのである。


「な……!?」


「一本木さん!?」


 一本木のバディを組んでいたもう一人の二等ヒロインは、怪人を始末したはずの相棒が爆発したことで大いに驚く。

 もくもくとした爆炎が晴れたあとで彼女の顔を見たときも悲鳴を上げたほどだ。


「そんな、真っ黒な肌に!?」

「これはもともとの日焼けだろ! とにかく……怪物から攻撃されたって感じじゃない! こいつらが爆発したんだ!」

「倒すと爆発する怪人、ということですわね? それなら……私の出番ですわね!」


 もう一人の二等ヒロインは、両手の指を残る怪人たちに向けた。

 特殊なグローブの指、一本一本から小さなワイヤーが発射される。


 直線的だった一本木のワイヤーと異なり、複雑な軌道を描きながら怪人たちをからめとり、そのままおしくらまんじゅうのように拘束した。


 鹿島派二等ヒロイン、文鳥(あやとり)鶴瑠(つるる)


 どう考えたって糸同士が絡み合って使い物にならなくなるだろ、という極細のワイヤーを十本同時に操り、遠距離の怪人や怪物を拘束することに長けた技巧派ヒロインであった。


「倒すと爆発するというのなら、いったん拘束して無力化。そのあとは縫い留めるもよし刺繍するもよし……?」


 文鳥が拘束した怪人たちもまた爆発した。

 怪人たちを拘束していた細い糸も、爆発の威力は素通しであった。

 拘束していた文鳥にも爆炎が達し、体を熱と衝撃が通り過ぎていった。


「文鳥!? 大丈夫か!? 髪とかチリチリになってないか!?」

「そんなギャグみたいなことにはなりません! 貴方より距離はありましたし、バフの恩恵もあってなんとか。しかし……拘束しても自爆できるなんて、それなりに融通が効く魔法のようですわね」


 炎魔法を得意とする怪物がいる、というのは事前の情報通りだった。

 だが聊か変則的な用法のようである。


 怪人に爆発の魔法をエンチャント。怪人の任意のタイミングか、あるいは死んだときに自動的に爆発させる。

 なんとも恐ろしい戦法の怪物であった。


「それにしても……周囲の被害を見る限り、爆発の威力はそこまで大きくないようですわね」


 周囲のパイプ……危険な液体や気体が詰まっているはずの工場のパイプを観る。

 塗装などは剥げているが、パイプそのものは破損していないようだった。

 これは爆発の威力がそこまで高くないことがうかがえる。


 これはいい材料なのだろうか?

 そうとも言えないのである。


「通信しますわ! こちら二等ヒロイン、文鳥ですわ!」


 普段ならば、現場のヒロインは通信機を使わない。

 だが今回は工場地帯の救出任務ということで、特例的に通信機の使用が許可されている。

 顔に装着するタイプの通信機を使って、彼女は情報を仲間や怪異対策部隊の本部へ伝達する。


「怪人と交戦し倒しましたが、それと同時に爆発しましたわ! 拘束した場合も爆発しました! 威力はそこまで高くありませんが……その、つまり……魔法に特化したタイプじゃありません!」


 怪物の能力は特化型の場合が多いが、場合によっては二刀流ともいうべき、二つの能力をバランスよく習得している個体もいる。

 特化していない分それぞれの能力は高くないが、場合によってはもっとひどいことになる。


 今回もその場合であった。


「敵の戦法から考えて、倒された怪人の補充が速いタイプです! 爆発する怪人を倒しても、すぐに補充されるものと思われますわ!」


 自分で説明していて、文鳥は青ざめていく。

 話を聞いていた一本木も理解していき、同じように青ざめていった。


「よって……怪物は潜んだまま、怪人を送り出し続けると思います」


 いくらでも湧く爆発する怪人から民間人を守りながら脱出させる。

 その難易度を想像して、文鳥は思わず神を呪いそうになっていた。


 これは自分たちでなければ達成できない、自分たちにとって適正な難易度の任務だった。

 だからこそ逆に、これ以上の応援は望めない。


 最強部隊の一員として、ムリヤリ生唾を飲み込んだ。

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― 新着の感想 ―
状況や環境に合致し過ぎとる感の有る能力やが、試行回数を積み重ねて行けば、その内「こんな事もあらーな」で済む範疇の様にも思える。
計ったかのようにこのシチュエーションに合致した怪物ですね… どのように対処するのか楽しみです
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