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職務

諸事情により、しばらく更新できません。

申し訳ありません。

 ■工業地帯、■中央工場。

 どのような工場かと聞かれても説明が難しい。


 これが単純な自動車の組み立て工場なら『自動車を作っている工場です』と説明できる。

 だがこの中央工場は、大雑把に言うと『複数の危険な化学物質を使用して中間製品を加工洗浄する工場』ということになる。


 何を作っているのかと聞かれると中間製品ということになっているが、それはなんの加工製品かと聞かれるといろいろな種類を作っているので特定できませんということになる。


 だが一つ言えることがあるとすれば、非常に危険な化学物質を大量に使用しているということだ。

 可燃性や毒性が強く、未処理のまま垂れ流しにすれば一瞬で周辺の海を死体だらけにする。

 それどころか、単純に空気に触れさせるだけでも爆発し猛毒のガスを発生させて、人間のみならず金属すらも腐敗させてしまう。


 だからこそ万全の防護体制をとっており、また万一漏れた場合に備えて消火用の多種多様な消防設備を備えている。

 それは『テロ』を意識したものではない。まして怪物の襲撃など対応できるものではなかった。



 工場全体でどんどんどん、という大きな爆発音が連続して発生した。

 工場の作業員や警備員もそうだが、観光客や見学の学生たちもまたうずくまって悲鳴を上げる。


 それはある意味自然なことだったが、むしろ危険な薬品を扱う化学工場だからこそ対応も自然であった。


「皆様! ヘルメットは装着されていますね!? 通路には非常用のガスマスクがあります! 工場見学の最初の説明であったように、ガスマスクを装着なさってください!」

「係員の説明があるまで動かないでください!」

「ご安心ください、見学用通路は空調なども隔離されています! 万が一のことがあってもここは安全です!」

「現在火災が発生している様子です! この工場は化学火災区画であるため、化学火災対応の消防隊へ自動的に通報されています!」

「現在安全な避難経路が指示されておりませんので、しばらくはお待ちください!」


 化学物質による化学火災において、消化するのは単なる放水ではない。そんなことをすれば被害を拡大させかねない。

 消防車も人体に有害な消火液を使用することになり、また工場に備えられた消火設備も窒息ガスによる酸欠消火を用いるため非常に危険である。


 だからこそ通常の火災現場以上に避難経路を慎重に選択しなければならないのだ。


 だがその避難経路の指示をするはずの中央管制室、工場長の女性は避難経路を絞り込めなかった。


「こんな……これは事故じゃない!」


 化学工場であるため、火がないところでも爆発は起きる。

 しかし今回の爆発は車道や通路と言った道そのものが爆破されている。

 爆発物から遠ざけられていて、一番爆発が起きにくい場所である。

 それが複数、同時に火災となっているのだから『事故』ではなく『事件』。

 偶然ではなく作為と考えるしかない。


 それも明確に人間へ被害を与えるための作為だ。


「爆破テロ……爆弾を使って遠隔で人質にして、身代金の要求……ありえない! このご時世に、そんな大昔の犯罪ドラマのようなことをするはずがない!」


 彼女は自分の脳内に浮かんだ『犯行目的』を口にして、しかし全力で否定する。

 はっきり口にして論理的に否定したからこそ、思考を次に進められる。


 彼女は優秀な工場長であったが、犯罪に関しては素人である。

 だからこそ余計な思考の迂回を要したが、それでもすぐに次のフェーズに進む。


「避難通路はすべて破壊された。もしも私が犯罪者なら、次は消火設備を破壊する。だが避難経路と違って消火設備の場所は、関係者でもなければわからないはずだが……?」


 人間の犯罪者がやるであろう『されたら困ること』を想定する工場長。

 彼女は防犯カメラの映像を確認しながら、自分の携帯端末で消防署や警察へ通報を行おうとする。

 もちろん自動的に通報される仕組みになっているが、誤報ではないことや事件性が高いことを伝える義務がある。


 そう思っていた彼女は、監視カメラの映像を見つめつつも、意識は手に持っている電話に向いていた。


 数回のコール音。警察の通報センターへつながるまでのわずかな時間。


 彼女はしっかりと見た。

 監視カメラの記録画像に、怪人が映っていたことを。


『こちら、警察です。事件ですか、事故ですか?』


「か……怪異です!」


 彼女は気づいたその瞬間に、通じた相手へ怪異の発生を叫んでいた。


「怪人が出現しました! こ、ここは■工業地帯、■中央工場! 多くの見学者や従業員が、内部に残っていて、火災で脱出できません! パイプ……そうだ、パイプ!」


『落ち着いてください! 怪異ですね!? それではこちらからも怪異対策部隊へ通報を行います。現場には警察も向かいますので……』


「落ち着いていられません! くそ……くそ! パイプの遠隔操作ができない! バルブが壊されているのか!? それとも操作用のケーブルが壊されている!? いずれにせよ……ああ、なんてこと!」


 電話対応している警察官は、わずかに精神的状態異常を疑っていた。

 だがそれよりも最悪な情報を受け止めることになる。


「この工場には非常に危険な化学物質……危険な液体がパイプラインを通じて各工場から送られてきているんです! このまま放置していれば爆発し、周辺へ甚大な被害をもたらすことになります! 周辺の工業地帯が深刻な汚染を受けるだけじゃない! 周りの工場も巻き込んで大爆発を起こし、有害な気体が遠くのベッドタウンにも達しかねない! 何万人も被害を受けるぞ!!」


『……!? わかりました! そのパイプラインの操作も不能になっているんですね!? その件も含めて怪異対策部隊へ連絡を……』


「経済産業省にも伝えてくれ! これはもう……いや、もう電話は切ります! お願いします!」


 工場長である彼女は工場長としての思考に没頭した。


 彼女は工場長として……一人の人間としての分を大きく超えた決断をしなければならない。


 携帯端末を操作し、電話というよりもトランシーバーのように使用する。

 工場の作業員全員へ一斉に通達した。


「全職員に通達! 怪異が、怪物がこの工場に出現しています! 怪物はどのような手段を使っているかわかりませんが、避難経路をすでにすべてつぶしています! そのうえで各工場とのパイプラインを閉鎖することができていません! 警備員は一般職員と見学者の安全を可能な限り守ってください!」


 繰り返すが、彼女は工場長であり、工場長として優秀である。

 工場長として何を言わなければならないのか、わかってしまっていた。


「……作業員は! それぞれの持ち場のすべてのパイプラインを! 緊急マニュアルに従って! バルブを手動(・・)で閉鎖してください!」


 怪人と怪物のうごめく、化学火災のさなかの地獄。

 そのなかで一般作業員に手動でバルブを操作しろ。


 死ね、と命じているようなものだった。


「この作業を終えるまで! 避難を許可できません! 周辺の人々の生活を守るためにも、作業員としてベストを尽くしてください!」


 返事も待たずに椅子に座った彼女は、その着席に意味を込めた。


 自分も逃げない。


 怪異対策部隊のヒロインが今この瞬間に現れたとしても、全ての安全作業が終了し、見学者が避難を終えるまで絶対にここを離れない。


 彼女はキャスター付きの椅子に座ったまま、アナログのマニュアルを引っ張り出してペンで直接記入しはじめる。


 まずは周辺の工場へ連絡をしなければならない。


 ひとまずメールで一斉送信しよう。

 そのあとに電話で一か所ずつ連絡を……。


 彼女は実に真摯な工場長であった。


 心臓が狂ったように鼓動する中でも、ロジカルに事態を収拾するための手順を構築しつつあった。



 怪異対策部隊の超高速ヘリが二機、最高速度でぶっ飛ばしていた。

 先行しているヘリには鹿島派、李派、そして李広と王尾深愛(・・・・)が乗り込んでいる。


 非常に揺れるヘリの格納庫部分では、ギルドバッファーである指栖がバフをかけていた。


 彼女のスキルビルド上一度に全員へバフをかけることはできないため、二回に分けてバフを施している。

 現在バフを盛られているのは広と鹿島派のヒロイン、その半分であった。


 全員がバフの有効範囲内にぎちぎちに詰まっており、アーマーを着ているとはいえ互いの体が密着している。

 それでも全員が極めて真面目な顔をしていた。邪心や情欲など全員ない。


 それだけ逼迫した状態ということである。


「いいですか、皆さん。私のバフについて説明させていただきますね! これは救出任務仕様です!」


 元はギルドの受付も務めていた指栖である。

 大勢へ説明することには慣れていた。

 だがだからこそ表情に余裕はない。ふざけている場合じゃないと彼女もわかっているのだ。


「タロットカード……恋人逆位置『施しの愛』、力逆位置『すべてに忍耐せよ』、節制逆位置『短くとも太く』。これらをバフに付与しています。効果を端的に説明すると……」


 彼女のバフの強さを知っているからこそ、これからバフを受ける残りのヒロインたちも心して聞いていた。


「二等ヒロインの四倍の防御力を加算します! これは六時間持続し、一度だけ好きな相手に譲渡できます! 要救助者の方に譲渡してください! ケガが治ったりはしませんが、それでも無いよりはましです!」


「無いよりマシ? 二等ヒロイン四人分の防御力が? 君の基準はずいぶん高いね」


「一人につき一回だけ……つまり皆さんは一人にしか譲渡できないんです!」


「それでも十分だ。君の能力に感謝する」


 他のバフを一切捨てて、防御力にのみ特化した支援。

 ありがたい。これから危険な化学工場に向かうのならば、むしろ機動力や攻撃力の強化はしない方がいい。

 ただ硬くなればいい。それを誰かに渡せるのなら望むべくもなく最高だ。


 一等ヒロイン沼沈は、惜しみなく賞賛を送っていた。


『皆さん。あと十分で現場の上空を通り過ぎます。それまでに、そのままで、経済産業省の事務次官からのお言葉を聞いてください。これは録画画像ですが……魂です』


 ヘリの格納庫内にある画面から、総司令官の声が聞こえてきた。

 そのすぐ後には、事務次官という要職に就くにふさわしい年齢の女性が、しっかりとした顔で話をしていた。


『……怪異対策部隊の皆様。皆様が向かう■工業地帯の■中央工場は、官民が協力し多くの予算と時間をかけて建造した最新鋭の工場です。周辺の工場と連携をとっており、かの工場が甚大な被害を受ければ周辺の工場の生産もとまってしまうでしょう』


 彼女の眼には生気が満ちていた。

 これから先のすべてを受け入れ、背負う覚悟が確かにあった。


『ですから……破壊されても再建します。何度でも……何度でも再建します! それが私の仕事です! だからこそどれだけ破壊しても構いません! 現場の人々を救助し、必死で終息にむけて作業を行っている作業員の方々を守ってください! 貴方たちの仕事を果たしてください……!』


 地獄となった工場に飛び込み、命をなげうって事態の収束に努める。

 通常の人間よりもはるかに強いとはいえ、人間には荷が重い話だ。


 話している彼女もまたそれが無茶だとわかっている。

 だがそれでも、彼女は己の責任の下に要請していた。


『以上です……奮戦を期待します』


 同じヘリに乗っている者の中で、王尾だけは広を見ていた。

 他の誰もが己を見ているにもかかわらず、彼女だけは李広に目を向けている。

 それは縋るような、頼る目だ。


 情けないと自嘲したくもなる。

 だがそれでもやるしかない。


(仕事……仕事をしないとね)


 最初のバフの付与が終わったため、指栖の前から人が散っていく。

 それと入れ替わる形で彼女も指栖の前へ向かった。



 二機の超高速のヘリは最高速度を維持しながら後方のハッチを開いた。


 積み荷のほとんどを投下しながら通り過ぎていく。


 前方のヘリからはヒロインとヒーローを。

 後方のヘリからは『装備』が投下されていた。


「みんな……いくぞおおおおおお!」


 正気ではない。

 鹿島派のヒロインたちは、別のヘリから投下されていた装備に空中の姿勢制御で追いついていく。

 人間がやっているというよりもロボットアニメの出撃シーンのごとく、空中で専用装備を装着していった。


 正気ではない。

 彼女らの装備は、どれも通常のヒロインの武具とは一線を画する。


 腕に装着するウィンチとロープ、小型オフロードバイク、サーフボード、チェンソー、ドリル、大型パワードスーツ、接続型ドローン、大型のファン、巨大ゴムボール銃、フィギュアスケートのブーツ、極細ワイヤー。


 変態兵器(ギミックウェポン)の見本市。

 もはや悪ふざけとしか思えない。


 だが彼女らはこれを使いこなす。

 魔力を持ったうえで天才である彼女らは、通常の武器以上に変態兵器(ギミックウェポン)で戦果を挙げる。


 整備班泣かせの実力派キワモノ集団。

 怪異対策部隊最精鋭たる鹿島派のヒロインたち。


「今回はちょっと、様子見どころじゃないわねえ……」


 もっと正気ではないことに、須原紅麻は空中で脱衣していた。上着を脱ぐとか装備を外すとかではない、一気に全裸へ変わる。

 ふざけているのではない、彼女はこれが全力なのだ。


 全身が毛皮のように分厚い体毛や鱗、羽毛に覆われていく。彼女の保管している『怪物の肉』が消化吸収されていく。

 スキルツリーの信徒『スキルビルダー』にしてライフツリーの信徒『ライフホルダー』。

 キャラクターメイク、モンスターカスタマーの真骨頂である。


 これに李広と十石翼、そして王尾深愛が加わっている。


 場所が工業地帯であることを考えればこの上ない最高戦力。


 ーーーそう、これは過剰戦力ではない。

 適正なレベルの任務であった。



 今、何十万もの人命の懸かった戦いが始まる。

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― 新着の感想 ―
更新再開を楽しみにしてますね。
「やらねばならない、だからやる」肚を括った凡人が、当たり前の事を当たり前の様に実行する様は、スーパーヒーローやスーパーヒロインの活躍にも劣らず、胸に迫るモンが有る。
先が気になる...楽しみに待ってます!
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