工場見学
長女 深愛
次女 綺羅綺羅
長男 拓郎
長男だけ名前が普通なのは、彼を命名するときに両親が「二人の時はテンション上がりすぎてた」と正気に戻ったからです。
さて……。
王尾綺羅綺羅は不毛なレスバトルに花を咲かせていたのだが、これは親公認というわけではない。
王尾綺羅綺羅は、ごく普通に親に悪質な書き込みがばれてしまい説教をされることになった。
話をするのは自宅であり豪邸、部屋も豪華な金持ち部屋なのだが、話す内容は百年前から大して変わらないネットについてのお説教であった。
「綺羅綺羅……以前から言っているはずだ。ネット上に迂闊な書き込みをしてはいけないと。相手が実の姉だとかスーパーヒロインだとかの前に、まず悪口を書くのをやめなさい」
「近藤貴公子さんを見ればわかるでしょう。インターネットに書き込みをすると、それがデジタルタトゥーになって死後も残るのよ」
二人は真剣に娘へ指導をしていた。
内容は極めて普通である。
「ここにお前が書き込みをしたものをプリントアウトしている。わかるな? もしも近藤貴公子さんがこれを見てマクラにしたら、お前は身の破滅だぞ」
「そうよ。近藤貴公子さんにとって深愛はすぐ下の後輩……後輩の悪口も公開しかねないわ」
話の内容はまともなのだが、若手スーパーヒロインである近藤貴公子というデジタルタトゥーのアナログ体現者がいるせいで危機が身近であった。
これは反面教師ととるべきか否か。
少なくとも総司令官がいれば頭を抱えただろう。
「悪口を言うなって……誰が相手でも悪口はダメだって……そんなことを言って、本当は深愛が自慢のスーパーヒロインだからでしょ!? 他の人が相手なら注意しないんでしょう!?」
「そんなことはないぞ」
「じゃあ証明してよ!」
「わかった。じゃあ私はお前の悪口をネットに書き込もう」
「なんでそうなるの!?」
「お前はスーパーヒロインじゃないんだから、悪口を書いてもいいんだろう? 心苦しいが、これも教育のためだな」
「貴方、それはダメよ。綺羅綺羅が訴えたら負けてしまうわ。ここは家族の写真として、綺羅綺羅が赤ちゃんの頃の写真とか、恥ずかしく思われそうな写真を上げる方向で行きましょう。これならグレーだわ」
「それもダメ~~!」
現実のレスバトルで優秀で有能な経営者に勝てるわけがない。
彼女は自分が被害者になりたくない一心で否定していた。
「とにかくだ……お前が思っている以上に、私はお前を心配しているんだ。お前のこともちゃんとわかっている」
「そうよ、同じような境遇の子のこととかをケースとしてサンプルにして分析しているわ」
「アンケートやインタビューの結果、お前のようにヒロインの姉を持った妹の行動は……」
「そんな統計データで何がわかるのよ!」
「『意地悪な姉が没落して、平凡な妹が溺愛されて幸せになる』系の古典小説を大量に持っている」
「……」
「『姉がスーパーヒロインだと思われていたが、本当のスーパーヒロインは妹だった』系の古典小説を大量に持っている」
「……」
「『最強の姉が増長していたが、心の優しい妹が本当に幸せになる』系の古典小説を大量に持っている」
「……」
「電子書籍だと購入履歴が追いやすいので、全部古本屋の紙の本で買っている」
「……」
「でも通販サイトとかでは面白かったとか共感できたとかのレヴューをしている」
「もうやめて!」
「お母さんもお父さんも、お前のことが心配で、お前のことを理解したいと思っているんだ」
「プライベートに踏み込まないでよ!」
「ちがう! これはあくまでも統計だ! お前の振る舞いと完全に合致しているとしても、それは統計の結果だ! お前自身をストーキングしたわけじゃない!」
「そうよ、占いみたいなものよ」
「結果が同じなら一緒でしょ!?」
自分の苦しみを理解してほしい(本当に理解してほしいわけじゃない)系女子の綺羅綺羅。
自分の言動(紙の本の購入履歴)がテンプレートと知って、正直かなり追い詰められていた。
「なあ、綺羅綺羅。こう言っては何だがな……お前は本の主人公のように親から虐待されたり放置されていたり冷遇されていたり無視されていたり差別されているわけじゃないだろう」
「そうよ。深愛だって本の敵役みたいにあなたの恋人を奪ったり虐めたり功績をかすめ取ったり裏で陰口をたたいたり周囲へ喚き散らしたり怪物の親玉と裏で手を組んでマッチポンプをしていたり心の醜さを隠していたりしないわ」
「ああ、もう、やめてよ!」
確実に外堀をしらみつぶしにされていく綺羅綺羅。
自分はかわいそうな女子であると主張する彼女は(本当は不幸ではないファッション不幸)現実を拒否する。
「そうやって私の外側だけを見て! 私の内側のことなんてわかってないくせに!」
「そうか、全部言語化していいのか……」
「……ごめんなさい、やめてください」
自分のことを何もわかっていない、という言葉には……。
そう言えば反論できないでしょ、という甘えしかない。
自分の内面を言語化されると、それはもう家庭内の死である。
まあそもそも、匿名掲示板に悪口を書きこんでいる女子の心が綺麗なわけがないし。
「とりあえず、当分の間はインターネットは禁止だ。携帯端末も『携帯電話』に変える」
「そんな!? そんなこと、友達になんて説明すれば……」
「素直に説明すればいい。それができないなら私から説明しようか?」
「うう……」
このご時世、インターネット上にはこれでもかと詐欺広告が満ちている。
子供に一般的な携帯端末を持たせると悲惨なことになりかねない。
その結果一周回って、『アナログの電話帳付き携帯電話』(本当に持ち運びができるだけの電話)が販売されている。
ネットに触らせない以上の防御策はないため、それなりの需要があった。
「なあ……私はお前の内面を深く広く理解したうえで話しているんだが……」
(なんて嫌な親なんだ……)
「お前は今、人生を完全に無駄にしている。しかもそれを自分でもわかっているはずだ。だからもうやめなさい」
(なんて嫌な親なんだ……)
本当に全部言い当てられてしまった。
「ねえあなた……もしかしてなんだけど、全部言うのは説得という目的からすると失敗なんじゃないかしら」
「そうかもしれないな。だが言わないとそれはそれでこじれるだろう?」
(目の前で言わないでほしい……)
こじれはしないが、もにょもにょする綺羅綺羅であった。
※
子供携帯に変えられてから数日後。
王尾綺羅綺羅は学校行事により■工業地帯の■中央工場に来ていた。
彼女の通う学校も結構なお嬢様学校なのだが、今回の行事はごく普通の工場見学である。
工場見学と言っても、中小企業のように機械化した鍛冶屋などではなく、ほぼ自動化されたロボットアームの作業が基本となっている大型工場である。
見学するための通路があり、工場の広報員により案内される『観光』に近い。
一般に想像される油まみれの汚い工場、とは一線を画する近代的な工場であった。
とはいえ、その危険度は『油まみれ』の工場とは一線を画する。
工程が無人の近代的な工場だからこそ、危険な化学物質を大量に、たくさんの種類が使用されている。
それはもちろん、広報員も説明していた。
「この工場は周辺にある複数の薬品工場とパイプで直接つながっています。これはトラックなどを用いた輸送よりも大規模に、かつロスなく輸送できるからですね。これも無人化の一環と言えるでしょう。もちろんパイプは万が一に備えてとても強固に作られており、点検用のドローンによって定期的に破損個所がないかチェックされています。もちろん地震などの災害にも備えが……」
クラスメイトとともに工場内の順路を歩く綺羅綺羅。
その表情は沈んでいる。
いろいろな意味で、工場見学を楽しむ気分ではない。
きちんと説明したわけではないが、周囲のクラスメイトも『インターネット禁止』と聞いてあっと察していた。
だからこそ彼女の周囲には普段より多くの友人が集まっている。
なにせお嬢様学校である王尾家と大差のない大富豪のお嬢様ばかりだ。
王尾深愛に対する感情は綺羅綺羅と大して変わらない。
さすがに書き込むような真似をしてはいないが、むしろ彼女は代表のように思っていた。
そして、当の綺羅綺羅である。
俯瞰したような気分になっている彼女は、冷めた目で周囲を見た。
富裕層のクラスメイト、および教師。
工場の広報員や作業員、警備員。
名前はあるがネームドではない、誰からも覚えられることのない人々だった。
(お父様やお母様の言いたいことはわかる。近藤貴公子に知られたらずっとこすられるかもしれないもの。でも……だからって、我慢すればいいっていうの? 同じように考えている人はたくさんいるはずなのに)
誰だってヒーローになりたい、ヒロインになりたい。
誰もが名前を知っている英雄になってちやほやされたいはずだ。
その機会が最初からないことに耐えられるものなのか。
なぜ耐えなければならない。
ただでさえ劣って生まれてきたのに、我慢まで強いられるのか。
(この人たちだって本当は……深愛や広みたいに、誰もが憧れる存在になりたいって思っていて、いやいや普通に働いているはずなのに……)
世界は欺瞞に満ちている。
恵まれない被害者だと考える彼女は、周囲の友人と語り合うまでもなく共鳴していた。
※
この日、この工場には多くの見学者が集まっていた。
複数の学校の生徒、外国からの観光客、工場マニア。
それらの送迎バス。
普段ならばあり得ない、一定以上の人口密度に達してしまっていた。
だからこそ、怪物が出現する。
火属性の魔法を得意とする怪物……名づけるのならばファイヤーハッピー。
今まで出現した怪物のなかで類似品を上げるのならば、狂犬キャリアーが近い。
子機である怪人に火属性の魔法をエンチャントする……つまり自爆機能を付与する怪物である。
化学兵器にも等しい化学工場で、大きい花火が地上で咲くことになった。




