ヒロインは恥を知らなくていい
王尾の訓練が終わってから一週間後。
スーパーヒロイン鹿島強とその派閥ヒロインより、五等ヒロイン七人と李広へ食事のお誘いが来た。
広としては断りたかったが王尾も呼ばれているということで出席することにしていた。
訓練後の王尾ときたら、今までと比べて大きく弱っていた。
周囲から『すごかった』とほめられるときや授業を受けている時、弟からの連絡を受けている時は普段と何も変化がない。
だが一人でいる時、広を見ている時などまさに自信喪失意気消沈。
今までの自信満々な態度との落差は激しく、また彼女自身もそれを感じ取っていた。
いやむしろ、彼女本人こそが落差に苦しんでいた。
何か一つでもきっかけがあれば『どこか』へ転がりそうな危うさがあふれている。
何かのきっかけになればと思い、全員が出席を表明していた。
※
食事会当日。
自室のベッドの上で正座していたのは一夜夢。
同じベッドの上には通信端末が置かれている。
しばらくのあいだ深呼吸を繰り返し、挨拶などの練習をしていた。
そうして心の準備をした後で、時間に余裕を持って携帯端末で電話をする。
『……よう一夜。どうしたんだ?』
「李さん、こんにちは!」
『妙に格式張ってるな、そんなに緊張しなくていいんだぜ。むしろ俺がやりにくい』
「あ、あははは……今日のお食事会についてお話があるんですけど」
『え、なに、今からキャンセル?』
「ちがいます! その……相知さんから、一緒に王尾さんを迎えに来てってお願いされたんです! だからその……いっしょに行けないんです。ごめんなさい」
『ああ、そういうことか。気にしなくていいぜ。むしろ王尾についてやってくれよ。俺としてもそっちの方がうれしいからさ』
もしかしたら嫌われるかもしれないなどと考えていた一夜だったが、杞憂だったことに安堵する。
やっぱり李広は心が広くて優しい人だった。
「そ、それじゃあ、この後のお食事会で!」
『ああ、またな! 待ってるぜ』
電話を終えた一夜はふう、と一息ついた。
「……友達は普通の人が一番だな」
実に普通の会話だった。
ここで変な起伏とかを入れられていたら、自分は全く対応できなかっただろう。
李広というスーパーヒーローに憧れて怪異対策部隊に入った彼女だったが、李広が普通の人であることに対してことあるごとに感謝するのであった。
※
王尾深愛と書かれた部屋の前で、相知ははらはらしながら立っていた。
どうしていいのかわからない、どう動くことにも自信がない。
そのような仕草であった。
彼女がやったことと言えば、野花と一夜を呼んだことぐらい。
そう、今もただ二人を待つことしかできなかった。
「相知さん……どうしたの!?」
「ずいぶん追い詰められているわね」
「二人とも……来てくれたのね!」
見るからにヤバい相知を見て、王尾の部屋の前に来た一夜と野花も困惑する。
王尾もまずいが、彼女もどうにかしなければならないのだと察していた。
「今、深愛は……ギリギリなの」
「いやそれは私もわかってます……ね、野花さん!?」
「ええ、もちろん」
「本当にギリギリなの……!」
99パーセントヤバいという認識の他の面々と比べて、99.999999……%ヤバいと感じ取っている相知。
ラストストロー一つで取り返しのつかないことになるとわかっていた。
最悪の想像が頭をよぎる。
このドアを開けたら中には、首を吊った王尾がいるかもしれないのだ。
「深愛は……いままでずっと、手加減したうえで勝ってきたの。手加減していることが相手に知られて『本気を出して』って言われても『本気を出したら殺しちゃうじゃない』って笑っていたの……それをされてしまったのよ!?」
王尾にとって勝つのは当然のことだった。
全力を出してしまえば相手に大けがをさせてしまうので、やんわりと手加減をしながら遊ぶのが常だった。
それを、正直見下していた李広にやられてしまった。
「深愛はとっても自尊心が高いの。実力があるから自尊心が傷つくこともなかったの。でも今はそれが崩れて……」
とても悪いことに、王尾は頭がいい。
ささやかな変化から周囲の心境を悟ってしまう。
もしも親しくしている友人が一人でも離れたら、それがトリガーになりかねない。
自分たち三人がそろうことがとても重要だった。
「そんな……だって、王尾さんは抜き打ち訓練をクリアしたんだよ!? ネットとかでもクラスの人でも、四等ヒロインの先輩の人でも、すごいって褒めてるよ!? ほら、海外のスーパーヒロインとか、スーパーヒロイン候補生の人も『私も初見じゃクリアできなかったと思う』とか言って褒めてたし!」
「それで、ギリギリなの……」
理想と現実のギャップに悩む者は『こんなはずじゃなかった』と言う。
戦闘中に最善を尽くし、訓練を攻略し、いけ好かない神にかましてやった。
戦いのすべてが公開されたうえで、弟や世界中から賞賛を受けている。
だからこそ、これでギリギリなんとか持ちこたえている。
「ええ~~……そんな、テストの点数が満点じゃないから自殺する、みたいな……」
「冗談じゃなくそうなの……」
「ご、ごめんなさい」
とんでもない人と親しくなってしまった。
一夜はスーパーヒロイン候補の価値観に頭がくらくらしている。
「ごめんなさい。でもああいう子なの……嫌いにならないでね」
「どこが? むしろ好きになりましたけど」
この場で唯一平静を保っている野花は、相知にも王尾にも悪印象は抱いていなかった。
「むしろあのあと平然として『訓練を突破した私はすごい!』とかやってる方が不気味ですよ、人間味を感じません。見下していた相手が自分よりもずっと強いと知って悔しいと思うなんて、最高に人間らしいじゃないですか」
罪を犯したわけでもなし、見限るはずもない。野花は漏らす。
「どっちかというと、李広さんの方が不気味ですね」
「え、ええ!? あの人、すごい普通だよ!?」
「どこがですか、全然共感できませんよ」
普通、というのは一種の幅である。
ストライクゾーンの中、という言い方もできる。
枠の中に納まっていれば、相手に対して共感できる。
「一夜さんが教えてくれましたよね。広さんは例の幼馴染のせいでコンプレックスを抱えていたと。そのあといろいろあって力を得たけども、今度はヒステリックになったと。それはまあわかるんですよ」
「わかるんだ……」
「自分の貞操が危うくなった時には口調が荒くなるようですし、昔そういう人だったというのは納得です。でも、今の性格になったことがわからないというか……都合がよすぎるというか、出来の悪い脚本の登場人物ぽいというか……」
ーーーフィクションで妖怪などの超自然的な存在が登場することはままある。
その妖怪が『人間のせいで餌が減った』とか『車が通るようになってうるさくなった』とか『祠が壊された』とかで怒って人を襲ったとする。
これをありきたりだと思うことがあっても、変だと思う視聴者はそういないだろう。
超自然的な能力を持った存在が登場しても、行動原理が理解できるのなら不自然ではない。
逆に実在する者でも行動が不自然なら受け入れにくいのだ。
「きっと、友達が欲しかったんだよ! コンプレックスを抱えている、ヒステリックな自分なんて変えたいじゃん!」
「それが変わって、なんで無抵抗で殺されることを選ぶ男になるのよ。いっそ洗脳されているほうが納得できるわ」
うむむ、と反論しあぐねる一夜。
李広がいじめられて殺されそうになったことは有名である。
聞くところによれば、李派を名乗る面々は彼のそういうところを心配して怪異対策部隊に入ったとか。
「じゃ、じゃあなに!? 広さんがヒステリックなままならよかったの!?」
「それは良くないわね」
「え……で、でしょ!? でしょ!?」
「だからこれは難癖というか所感ね。本人には内緒にしてね」
(それを抱える私の気持ちは一体どうすれば……!?)
「とにかく……落ち込んでいる友人を放っておけないのは私も同じよ。王尾さんを呼びましょうか」
「そうね」
今の王尾は自分で前に進めずにいる。
だからこそ自分たちが友人として近づいて、手を取って一緒に歩かなければならない。
相知は勇気をもってドアをノックする。
しばらくしてドアが開かれると、そこには普段よりも弱った雰囲気の王尾がいた。
不安そうな顔をしていた彼女だが、三人がそろっている姿を見て……少し、笑っていた。
弱っている自分から友人が離れていないことに、安堵している顔だった。
※
人工島には喫茶店が多いと再三言ったが、ヒロインたちが集まっていることもあって重めの料理店もある。
商業棟の屋上にはBBQの店もあり、水平線を眺めながら開放的に食事をすることもできる。
鹿島派を形成する凄腕個性派ヒロインたちは、店が用意しているBBQの串を焼きながら話をしていた。
中には濃厚な百合シーンに突入しそうになる者もいたが『今は食事中でしょ!』と強く注意されて諦めている。
はっきり言って食事中以外でも自重しあってほしい。ベッドの上やプライベート以外では普通の友人や仲間でいてほしかった。
ともあれ……とにかく姦しい集団であった。
BBQのじゅうじゅうと焼ける音にも負けない声がそこかしこから途切れることなく交わされ続けている。
こうして騒がしい集団の中で食事をしているというだけでも、気分がへこむことは避けられる。
王尾は食事の手が進まなかったが、それでもジュースなどを飲んでいた。
自分の周囲には迎えに来てくれた三人がいる。
少し遠くを見れば鹿島派ヒロインの先に、李派と広が食事をしていた。
時折目が合うが、なんとか見て見ぬふりをしあう。
広としては引け目を感じているのだろう。一方で王尾は自分がみじめになっていた。
やはり、こんなのは自分じゃない、と思ってしまう。
堂々としたい気持ちがある一方で、堂々とすることに引け目を感じてしまう。
そもそも堂々とするとは、この場合どうすることなのか。
もう一回挑戦させてもらうわ、とか言えばいいのだろうか。
(絶対に勝てないわね)
ああ、ダメだ。
また気がめいってしまう。
この食事会への誘いを断るのは逃げるような気がしてしまったが、今はまさに逃げたくて仕方ないのだ。
「少しいいかな」
悩んでいる彼女に近づいたのは、主催者である鹿島強であった。
BBQの串を何本も持っている彼女は、もぐもぐと食べながら王尾を見ている。
鹿島の方が背が高いので、自然と見下ろす姿勢だ。あえて姿勢を変えようとしないことが、ある意味で心の表れかもしれない。
王尾は……相手が李広本人ではないということで、声を出すことができていた。
「なんですか? まさか私に告白でもなさるんですか? 魔法をかけてあげるよ、とか言って情熱的にキスでもするんですか? そんな安い女じゃありませんよ」
王尾の言葉を聞いて、彼女の友人である三人は逆に心配になった。
王尾は今まさに、無自覚に、コンプレックスからくるヒステリックを漏らしていた。
自信がなくなっているからこそ、攻撃的になっている。
今の彼女は本当にギリギリなのだ。
「まさか僕を女ならだれでもいいハーレム主人公だとでも思っているのかい? こう見えてもストライクゾーンは狭いんだ、君はタイプじゃないよ」
ここで揺らめくように、広の方に体を向けた。
「ちなみに広君はど真ん中さ!」
「その理屈だと、アンタの恋人は俺に近いとか似ているとか、俺が基準になっているとかになるんだけどいいのか?」
「問題なし!」
「全然わかんねえよ」
広にドン引きされ、ショックで少し目が潤む。
だがそれでも涙を切って、若き才媛に語り掛けた。
「君は僕が現在の方針……つまり怪異対策部隊が怪物を捕獲する方針であることに異論を唱えていることは知っているかな?」
「……はい」
「理由はいろいろある。その中の一つに、石化解除薬の生成やそれに関する業務はヒロインの仕事じゃないというものがある」
怪異対策部隊が石化解除薬の開発をしていること、それ自体は望ましい。
しかしヒロインが怪物を捕獲する必要があり、安全性に問題が生じているのなら止めるべきだ。
「僕らの仕事は現場で人々を助けることだ。それなのに余計な条件を付けるなんておかしい。負担が大きくなりすぎている。それで石化解除薬の生産や研究が止まったりしても、そんなことに責任を感じる必要はない」
現在の主流派とは対立しているが、そんなに変な話ではない。
近藤も言っていたが、彼女が総司令官になって方針転換しても、それはそれでアリだろう。
「僕たちは、現場の人たちのことに関しては責任を感じるべきだ」
ずんと重い言葉。
言葉に魔力が乗っていないことはわかるが、重い発言に近くにいた一夜や野花、相知の方が腰を抜かしそうになる。
いや、腰を抜かしてへたり込むこともできなかった。
「魔力があってもヒロインにならない、という選択をしてもいい」
一瞬どきりとする一夜。
「どんな動機でヒロインになってもいい」
今度は野花が息を吞んだ。
自分たちのことを肯定されているのに、気がまるで休まらない。
「だけどヒロインになったことには責任が生じる」
まして否定されている王尾は、減らず口をたたく余裕もなかった。
「君はヒロインを何だと思っているんだ?」
「……怪異と戦う者です」
「そう、それが正しい」
宣言通り、鹿島が王尾を見る目に一切の情欲がない。
むしろ軽蔑すらしていて、それを隠そうともしていなかった。
「たとえば君が現場に出たとしよう。そこで誰かを助けられなかったとしよう。それで傷ついて落ち込んでいたとしよう」
ヒロインと言っても神ではない。
現場に到着するまでの間の犠牲者はどうにもならないし、戦闘の余波で人や建物に被害が出ることもある。
これはスーパーヒロインも同じであろう。
「僕は迷わず手を差し伸べる。真剣に向き合って、君の心が癒えるまで寄り添おう」
今の鹿島は王尾に手を差し伸べているのではない。
腐っている場合じゃないと、叱咤激励しているのだ。
「だが君は訓練で恥をかいた気になっている。その程度のことで落ち込み、勉学や訓練にも身が入っていない……ふざけているのか?」
プロスポーツ選手なら競技で負けることや、格上の選手に遭遇して挫折することもあるだろう。
人生をかけていたからこそ、どん底に転落することもあるはずだ。
オリンピックに出場するかどうか、メダルが取れるかどうか。
様々な壁に絶望することもあるだろう。
だがあいにく、ヒロインはそういうのではない。
あの訓練で失敗しても、怖くて逃げだしても、恥かも知れないが罪ではない。
そして本来ヒロインに恥は存在しないのだ。
「君が何より恥じるべきことは、五等とはいえヒロインであるにも拘わらず、どうでもいいことを深刻に受け止めていることだ」
王尾が突き付けられた現実は、まさにカチ割るような衝撃だった。
ふと想像してみる。
自分が現場に到着したとき、人が殺されていたとする。
自分の目の前で息絶えたとする。
その時の己の心のダメージを想像する。
まだそういう状況に立ち会ったことはなかったが、想像することは難しくない。
そんなことを言われるまで気づかなかったのだから、なるほど魅力がないと言われても仕方ない。
これには他の三人も同じ気持ちだった。
やはり自分たちもまた子供に過ぎないのだ。
「鹿島さんもいいこと言うなあ~~……」
「アンタ誰にでもそういうことを言うわよねえ」
「今のはいい言葉ですね! 覚えておいて、今度使いましょう!」
(貴方はギルドバッファーなのですから、そもそもその言葉を使うべき立場にいないのでは?)
すでに社会人である李広や李派はそのダメージを受けていない。
だからこそ言われる必要もないのだ。
「少しいいかな」
そのような広に話しかけるのは、スレンダーで肩幅も小さい、吹けば飛んでいきそうな女子であった。
もちろん鹿島派であり、一等ヒロインの中でも実力者だった。
「あ、ええっと……」
「ふふふ、ふふふ。私は君に助けてもらったうちの一人なのだよ~~覚えておいてほしいね」
「いや、名乗ってください……」
「浜辺蛤だよぅ……覚えてね」
屋上で話していることもあって、風で飛んでいきそうな雰囲気を持っている。
彼女は広に近づくといきなり宣誓した。
「ここに、鹿島派の一人としてぇ……恋人たちに誓おう!」
「は、はあ?」
「コレから十分間、君にセクハラしない! 信じてくれ!」
「信じる価値がねえよ」
契約が正式に履行されてもまったくいいことがない。
まさに信じる価値がない宣誓だった。
「ちょっと君のことが知りたい……というか、君の意見が聞きたくてね」
「俺の意見なんて聞いてどうするんですか?」
「君もエゴサが趣味らしいから知っているだろうけど、世の中には一線を越えたアンチが多いんだ。怪異対策部隊にはネット対策部もあってね、私はそこの手伝いもしているんだけど……加害者が後を絶たないんだ。根治できれば、と思っているんだよ」
思いのほかまともな話だった。
そのうえ広に聞く意味もあった。
とはいえ蛤にも『これで広君のことがわかるねえ』という下心がないわけでもなかった。
なお、周囲の鹿島派は親指を立てて通じ合っている模様。
そんなことにも気づかず、広は話の続きを待っていた。
「聞けば君は、昔はコンプレックスの塊でヒステリックだったそうじゃないか。今でもセクハラされそうになったらヒステリックになるとか」
「それは普通じゃないですかねえ」
「その通り。普段の君が改善したのなら、その方法を教えてほしいんだよ。実際に加害をしてしまっている人達の気持ちを改善したいんだ」
気づけば広以外の誰もが黙っている。
BBQの焼ける音や食べる音(須原がめっちゃ食ってる)だけが屋上で発されていた。
「どうっていうか……まあ、出会いですかねえ」
「噂の相棒かな?」
「それもありますけど、とにかくきっかけですね。俺の場合は相棒との出会いでしたけど、まあ、他にもなにかきっかけがあれば変われますよ」
前髪を切りすぎてしまって、学校に行きたくないとごねる女子は本心からそう言っている。
彼女にとってそれはとても大事なことなのだ。
もっと大事で深刻なことを知らないから、そんなことを深刻に受け止めてしまう。
「俺は幼馴染に対してコンプレックスを抱いていましたし、それが原因でヒステリックになってましたけど、幼馴染に親を殺されたわけじゃないんですよ。劣等感って言ったって、中身がぎっしり詰まっているわけじゃない。他にもっと大事なことがあると知ったとき、コンプレックスもヒステリックもどっかに行きました」
親を殺されたとか恋人を救えなかったとか。
そういう重い理由でコンプレックスやヒステリーを抱えている者ももちろんいる。
彼らが変わるのはとても難しいだろう。
だがそうではないのなら。
夢中になれる夢とか、大切にしたい人とか、深刻な経済状況とかにぶつかれば。
そんなものは消え去る。
ただ……問題なのは。
「まあ俺の場合、コンプレックスやヒステリーを気持ちのガソリンにして頑張ってましたからね。相棒にあって生き方を変えようと思った時、ちゃんと役に立てました。だから……そういう状態から立ち直るには、もっと大事なことがあると早めに気づくか、コンプレックスを抱えたままでいいから『なにか』をできるようにしておくことなんでしょうねえ」
誰かを嫌い続ける人生の中で、大事な何かを見つけたとき。
誰かを嫌う言葉を記入し続ける以外に何かをしてきたか。
「それがなければ、もっとひどいことになるだけです」
もしも中身がなければ後悔するしかない。
より一層劣等感を募らせて、ヒステリーを放出するだろう。
「すいません、参考にならなくて」
「いやいや、少なくとも君の魅力は深まったよ! あと五分後が楽しみだ!」
「……四分前になったら逃げよう」
「残念だったね、君の退路を塞ぐことはセクハラじゃないのさ。さあ、鹿島派のチームワークの見せ所だよっ!」
「犯罪だろ!」
広が自分の人生を言語化したとき。
周囲のヒロインたちは『魅力』に触れていた。
やはり自分を変えた者にはそれだけの価値がある。
だからセクハラされそうになるのだ。
魅力的に見えるということはそういうことだ。
『緊急事態発生! 緊急事態発生!』
鹿島派と李派、そして広本人の携帯端末が鳴動する。
そしてBBQの店のテレビ画面もまた異常を知らせていた。
『鹿島派と李派、および李広は至急飛行場に向かってください! 繰り返します! 鹿島派と李派、および李広は至急飛行場に向かってください!』




