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実験体

 音成りんぽはコロムラに入った。

 広はそれを親やりんぽの母親に話した。


 りんぽの母親は悲しみ、彼女の友人たちも驚いていた。

 だが広を咎めるものはいなかった。

 先日の分も含めて、彼の行動は良くも悪くも普通だった。


 彼女の非行を止められなかったことについても『中学三年生なんだからしかたない』というものであった。


 中身が社会経験のある三十歳であるにもかかわらず、誰もが彼の内面に不自然さを思わなかったのだ。


 つまり、彼はその程度の男だったということだ。

 彼はそれをまっすぐに受け止めざるを得ず、そして次の行動に移さなければならない。


 李広はもう、迷うことすら許されなかった。



 東京近海の人工島。

 怪異対策部隊の本拠地はそこに存在している。

 ある意味当然だが、傍から見れば空港にしか見えないだろう。

 ヒロインを各地へ派遣するために飛行機や滑走路が準備されており、物資輸送のための港も完備。

 ヒロインや従業員たちのためのショッピングモールや、ヒロインや候補生が訓練するための射撃場もある。


 無駄なトラブルを回避するために、この島にいるのは全員が女性である。

 ヒロインや候補生はもとより、船員も飛行機のパイロットも整備員も清掃員まで女性である。


 女尊男卑を通り越して女性だけの島。

 そこに踏み込んだ初めての男。


 それが李広であった。


 軍事施設であるためただでさえ機密事項の多いこの島に、最重要人物として極秘の入島を行った彼は、目隠しや耳栓などをされていたため入島したことに感慨にふける暇もなく最奥へと連れ込まれた。

 彼は知らぬことだが、人工島の地下……海面下にある限られた者しか知らぬ部屋であった。


 総指令室。

 女性だけの島の、最高責任者の部屋である。


 そのような場所にいきなり連れてこられた彼だが、部屋そのものよりも総司令本人に驚いていた。


「驚かせてごめんなさいね。このような体だからこの部屋に隠遁しているのよ。それでも貴方に会いたくて……無理を言ってしまったわ。本当はこの部屋がどのように入れるか教えてもよかったのだけど、それは貴方に迷惑らしくてね」


 とても理性的で優しい声色だった。

 一方でその全身は怪物という他ない。


 シルエットはナメクジだが、その実はとんでもない種類の動物や機械、人形や石などの『物体』のキメラである。

 それらが乱雑にくっついてナメクジのシルエットを『形成』しており、その頭部に当たるところに幼い少女の上半身がくっついている。


 異世界で様々なものを見た広でもお目にかかったことがない、ラスボスのような風体であった。


「それは、その……幻想的状態異常の合併症ということですか?」

「ええ。私も昔はスーパーヒロインとして前線で戦っていたのだけど……長年蓄積していた幻想的状態異常の後遺症が再発してこの通り」


 人の心が残っているのは救いなのか、それとも悲劇なのか。


「上半身が人間のままだから、結構不自由はしていないのよ? それにみんなが気を使ってくれて、色々な部屋を用意してくれているの。ベッドとかはともかく、お風呂とかプールまであるのよ。おかしいでしょう?」

「い、いえ……」


 強く悲しい人であった。

 彼女に比べれば、自分などまったく子供である。


(俺がまともなヒーラーなら……いや、役に立つ薬をもって帰っていれば、この人を助けられたのだろうか) 


 荒事にかかわる気がなかった自分の選択を、いまさら悔やんでしまう。

 この平和な社会を維持するために、彼女を含めて多くのヒロインたちが戦ってきたのだと今更気付いていた。

 まったく、子供である。


「このような体を晒してお願いするのは申し訳ないのだけど……まず貴方が怪異対策部隊への入隊を承諾してくれて感謝しているわ。ありがとう。貴方の体質を調べれば、他のヒロインや一般の人たちにも状態異常対策を普及させられるかもしれないわ」

「そう、だといいのですが」


 スキルツリーから授かったパッシブスキルを、科学的に解明して普及させることなどできるのだろうか。

 コピーされることに不満はないが、あまり期待してもいなかった。むしろ希望を持っている彼女に申し訳なく思うほどだ。


「本当は、貴方には純粋に実験体になってもらうべきだと思うわ。もちろん貴方の人権には配慮したうえでね。でも……私個人としては、貴方に前線へ出てほしい」

「私は、状態異常が効かないことと、ケガの治りが早いだけで……弱いですよ」

「あらゆる敵と戦って欲しい、とまでは申しません。状態異常を得意とする敵だけでも戦って欲しいのです」


 かつてスーパーヒロインであったという彼女は、肉体を小さく揺らした。

 多くのパーツがつながっているため、多くの部位が無駄に揺れている。


「追い詰めるつもりはないのではっきり言いますが、状態異常を得意とする怪物が相手でも大抵は勝てるのです。そうでなかったら人類はとっくに滅びています。私がここまで悪化したのも長年戦ったからこそ。あるいは驕りもあったのでしょう」


 ヒロインが引退するとき、皆がこうなら誰もなりたがらないだろう。

 死ぬこともあるだろうが、大抵は健在な体で引退する。

 彼女はあくまでも、自分は極端な例だとかたった。


「ですがどうしても事故が起きます。そして状態異常を得意とする怪物相手に事故が起きると事態は大いに悪化します。貴方ならばその事故に、確実に歯止めをかけられるでしょう。……これは、私の勝手な意見です。現役のスーパーヒロインたちの中には、私の体を知ったうえで貴方が前線に立つことを反対している者もいます。彼女の方がよほどまともなのでしょう。そのうえでお伺いします。前線に立ってくださいますか?」

「立ちます」


 最初からそのつもりだったと言わんばかりに、広は潔く頷いていた。


「聞いていると思いますが、私の幼馴染はコロムラに入りました。私が彼女の前で活躍したことが原因です。それは仕方のないことだったのかもしれません」


 今にして思えば、彼女を無理矢理止めていれば、それはそれで恨まれたのではあるまいか。

 彼女は暴走し、結果としてコロムラに入ったのだろう。

 だからこそ広は仕方ないと言った。顔はまったく許容していないものであったが。


「私は彼女が非行に走るときも何も言えませんでした。今も何を言っていいのかわからない。ですが……会わなければならない、せめてそれが私の誠意だと思うのです」


 彼女が非行に走らなければ、サンプルとしての人生を送っていたかもしれない。

 今の彼には戦う理由ができてしまった。


「その時に弱いままでヒロインに守られるだけなら、いよいよ彼女に顔向けできない」

「そうですか。貴方は優しいですね」


 総司令官は小さい手で一つの階級章を掴んだ。


「それではあなたを『三等ヒーロー』と認定します。これは一等ヒーローや二等ヒーローがいるという意味ではなく、三等ヒロインと同等という意味です」

「……」

「それがどれぐらいかというと、養成校を卒業した後のヒロインが得る階級です。新人ヒロインと言ったところでしょうか」 

「いきなり卒業生扱い、ということですか?」

「それだけ私が焦っているということです」


 総司令官自身、中学三年生に無理を言っていると自覚しているようだ。

 しかし彼の初陣を聞いて希望を抱いてしまったのだろう。


「貴方は複数の怪人だけではなく、手負いとはいえ怪物すらも倒しました。それもマジックコンバットナイフ一本だけで」

「……必死でしたから」

「状態異常が効かない、再生能力、そして戦う覚悟。貴方はヒーロー(・・・・)としてすでにふさわしいと判断しました。勝手な話だと思いますが……」

「私としてもありがたいです。アイツも今頃はとんでもない無茶をしていると思いますから」


 広は三等ヒーローの階級章を受け取る。

 小さい三つの星が描かれたバッジを握りしめて、確かな決意を表明する。


 李広は再び戦いへ身を投じるのだった。




 人工島内において、中央部付近にある研究棟。

 他の施設に比べて人口密度が低く、さらに高価な研究機材なども多くあり、秘匿事項の多いエリアである。

 立ち入りする人間は少ないのだが、李広はやはりここを訪れていた。

 

 もとより体質を解明するために招かれたのだから、ここに彼が訪れるのは当然だろう。


 セキュリティレベルの高い自動ドアや警備員による身体検査、消毒や汚れを落とすなどの道程を経て、広は現代の科学の最先端である研究施設に入った。


「や~~。待っていたよ、広君」


 彼を迎えたのは、清潔な服を着ている一方でだらしない印象を受ける女性だった。

 この島には散髪屋もあるのだろうが、自分で乱雑に、短く切ってまとめている。

 白衣の研究者、おしゃれに無頓着な理系女子。そのようにしか見えない彼女は、ニンマリ笑って広と握手をする。


「私は一等技官、不知火(しらぬい)(ころも)。ドクター不知火とでも呼んでくれたまえ。一応君の上司ということになっているが、それは名目上のことなのでそんなにあてにしないでくれ。主な役目は君の体質の調査とか、君に合う武装を作成する立場だね」

「一等技官……ですか?」

「ここの主任で、一等ヒロインと同じぐらい偉い。まあもっとも、同じ階級ならヒロインの方が偉いとはおもうけどね。まあ文系というか陽キャラみたいに話をするのはここまでにしようじゃないか」


 にんまり笑った不知火は、唐突に『手術着』のようなものを取り出した。


「早速だが、君の体を直接調べたい。この服に着替えて、検査を受けてくれたまえ!」

「あ、はい……」


 わかっていたことだが、モルモット扱いである。

 相手の熱意に少々押されてしまったが、断る理由もないので着替えることになった。


「ではまず、この気密室に入ってくれ。今からこの部屋を毒ガスで満たすから、その中で簡単な算数の計算や折り紙などに挑戦してみよう!」

「さらっと毒ガスって言いませんでしたか?」

「効かないから大丈夫だろう?」


 宇宙飛行士の訓練に似ているが、自分以外だったらただの殺人である。

 アクセルの踏み方がおかしい実験内容であるが、ひとまず従うことになった。


 床面以外は天井も壁もガラス張りの気密室は、どちらかというと密閉された虫かごのようだ。

 気密室の周囲には高級そうなセンサーが設置されており、広の体調を精密に調べるつもりのようである。



「手術着には小さいながらもセンサーを仕込んでいます。彼の心身に異常が検出されれば、すぐに何が起きているのか把握できますよ」

「すばらしい! 実験を開始しようではないか!」

(異常が発生した場合は助けてほしいんだが……)


 しゅごー、という音とともに足元の通気口から黒い煙が出始めている。

 いくら毒が効かないとはいえ、あんまりいい気分ではない。

 気を紛らわせるためにも、気密室内に置かれていた椅子に座って、机の上に置かれているペーパーテストに挑戦することになった。


(二桁の掛け算……たしかに簡単だな……どっちかというと、折り紙が紙飛行機なことと、『5m飛べるのを作ろう』っていう目標の方が難しい)


「すごいですよ……町一つ毒殺できる化学兵器をぶち込んでいるのに、体調になんの影響もありません」

「免疫機能が働いている様子もありません! 強い抗体があるとかではなく、完全に無効化しているとしか思えませんよ!」

「見てください! 同じ気密室に入れているネズミを! もう死んでますよ! 毒に強い、品種改良されたネズミが一呼吸でお陀仏です!」


(なんか怖いことを言われているな……)


「よし、今度は生物兵器をぶち込んでみよう! 怪物由来の、未だにワクチンが開発されていない奴をだ!」

「催眠音声を最大音量で流していますが、精神に異常は発生していません!」

「石化光線を照射しましたが、何の影響もない様子です!」

「魔力が消費されているわけでもない! いったいどうなっているんだ!?」

「すごい……なんかもう、なんかもう、どっから手をつけていいのかわからないぐらいすごいぞ!」

「本当に人間なのかコイツ!?」


 精神的状態異常が通じないはずなのに、彼らの言葉で精神的に不安定になっていく。


(もしも俺がまともなヒーラーだったなら、どうなっていたんだろう……少なくともこうはなっていなかったと思う)


 もしかして自分は『サンプルになるのは断りますが前線で戦うことは受けます』と言うべきだったのではあるまいか。

 自分の存在が人類に貢献する可能性を理解しつつも、あんまりうれしくなれないのであった。

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状態異常相手でも倒せるけど事故は起こる。その事故が起こらない人材が自己再生と戦士の気概ある。これはヒーローですわぁ…… なんか人体実験がとんでもないことになってる。クマムシかな?
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