無駄な時間
怪異対策部隊総司令官森々天子はその訓練を見届けると、自室の中で息を吐いた。
五等ヒロインである王尾深愛は疲労しているが、ケガはないという。
訓練で誰もケガをしていないというのは、最悪の事態を回避できたということだ。
「これでよかったのです」
自分に言い聞かせるような言葉だった。
王尾深愛が現実を知って落ち込んでいることを覚悟していたということであり、彼女を傷つけることで自分の心も傷つけていることを意味している。
「よかったとは思えませんね」
異論を唱えたのは同席していたスーパーヒロイン鹿島強であった。
抗議の意思を込めて睨み見上げている彼女は、この状況が最善であったとは思っていない。
もっと軟着陸する時期があるはずだと考えていた。
「総司令官が彼女に気を配っていることはわかります。ですがそれは逆効果なのではないですか?」
「あの子に気を使いすぎれば広君への負担が増えるでしょう。それに先延ばしにすればするほど、真実に行き当たった時のショックは大きくなります」
「……それならばせめて、彼女がヒロインになってからにすればよかったのでは?」
「意味がありません。今までの彼女ではどうあってもヒロインにはなりえません」
この場合のヒロインとは一人前のヒロインである。
等級とは無関係な、ヒロインとしての自覚を現している。
ヒロインとしての自覚が芽生えていれば、李広に勝てないことを知ってもそこまで深刻に受け止めることはないはずなのだ。
「そして彼女は自ら訓練を申し出ました。そこには責任があります」
「私たち大人には、それを止める責任があるはずですけどね……ふぅ」
彼女はあらためて抗議の意思を示す。
「総司令官はなんでもかんでも広君に背負わせすぎです。私は、僕は……僕なりに動かさせていただきますよ」
「そうですか……お願いします」
鹿島は去っていく。
彼女は自ら進んで、ここから先の指導を引き受けてくれたのだ。
本当によくできた部下をもって、総司令官としてありがたい限りである。
『総司令官、報告です。スーパーヒーロー李広がヒロイン部隊を率いて現場に到着後、怪物や怪人の捕獲に成功しました。すでに人々の救助を現地の警察へ引き継いでいます』
「……本当に、部下に恵まれているわね」
不安に対してできることがあるというのは本当に幸福だ。
彼女は手遅れになった体をうごめかせながらも、幸福に浸っていた。
※
スーパーヒロイン候補、王尾深愛。
スーパーヒーロー、李広。
二人の訓練は大いに拡散された。
これからの未来を担う若き戦士たちの戦いは、世界を大いに沸かせたのだ。
尋常ではない戦い。
スーパーを冠する戦い。
小型の怪獣とスーパーヒロイン候補の戦い。
そして異物の効果。
どれもが人々に、世界中の怪異対策部隊に多くの情報をもたらした。
ケガ人が出なかったこと、被害が出なかったことも含めて訓練は成功だろう。
だがそれも、全ての人々が喜んでいたわけではない。
※
王尾深愛の妹にして、王尾拓郎の姉。
王尾綺羅綺羅。
大富豪である王尾家の次女。
深愛と拓郎を見ればわかるように、彼女らの両親はまともな大人だった。
三人の子供たちに平等な愛を注いだ。
およそ社会全体からみても最上級の環境で生きていた。
両親の愛は公正で公平だった。
だがそれは『結果の公平』を与えてはくれなかった。
本当に正真正銘どうしようもないことだ。
深愛はスーパーヒロインの魔力を持っていたが、綺羅綺羅は凡人だった。
両親がどれだけ金持ちで、本人がどれだけ一生懸命頑張っても、綺羅綺羅は魔力を得ることはできなかった。
結果が公平になりえないのだから、評価が公平になることはあり得ない。
深愛は当然のように超人的な能力を披露し、ふさわしい評価を得る。
綺羅綺羅はそれを絶対に得られない。
長女である深愛は「おもちゃ」をたくさんもらっている。なのに自分は「おもちゃ」をもらえない。
ずるいずるいと彼女が泣いてゆがんだことは不自然ではないだろう。
「きらいきらい、きらいきらい!」
現在彼女は、王尾家のお屋敷の自室で『匿名掲示板』への書き込みを行っていた。
最高級のパソコンを使ってやることが『実姉への誹謗中傷』というのは、人間らしいと言えなくもない。
『結局負けた』
『なんだか美談でまとめているけど、ズルをしていた。アレをした人たちがすごいのであって、深愛は大したことがない』
『AIだろ』
まさに結論ありきの誹謗中傷だった。
自分が先ほど書き込んだ内容と矛盾していても一切気にしない。
目的が王尾深愛への誹謗中傷であるため、別の角度から切り込めるのなら先ほどまでの主張と食い違うことなど意識すらしない。
『アイツは実はダメな奴だった』
『アイツは裏でとんでもないことをしている。親の力でごまかしているだけだ』
『これから真実をお話しします』
『彼女は実は養子で、優れた魔力を持っていたから引き取られたんです』
キーボードをたたきながら……スマホでタップするよりも早いという理由で、彼女は専門家でもないのにちゃんとしたパソコンを使用している。
その彼女は、悪口を書き込みながら憤慨していた。
ああ、本当にこういう女だったらよかったのに。
なんでもいいから欠点や悪いところがあって、見下せればよかったのに。
実体として、彼女には何の欠点もない。
何の悩みもないし、周囲からもそう思われている。
無様をさらした今回すら、一生懸命戦う姿に胸を打たれたという人がほとんどだ。
それじゃあなにか。
スーパーヒロインは、力及ばず負けたとしてもすごいと称賛されるのか。
そんなのずるいじゃないか。
「きらいきらい、きらいきらい!」
仮に死んだとしても同じなのか。
自分はそんなことにならないのに、なぜ姉はそうなるのか。
何をしても、どんな結果でも評価されるなんてずるいにもほどがある。
「ああああああ~~~!」
『小型の怪獣なんておかしい。あのスーパーヒーローは架空の存在』
ここで、彼女の意見に反論するものが現れる。
【あいつは本物。本当に怪獣を従えている】
【彼は初めてじゃない、前例がちゃんといた】
【お前の書き込みはその人のことも否定している】
【訂正しろ】
「~~~!」
彼女が書き込んでいたスレッドには、同じような鬱屈を抱えている人が多く書き込みをしていた。
だからこそ自分が書き込むまでもなく、同じように記入しているものが大勢いた。
だからこそ彼女は楽しんでいた。
しかし反論する者、衝突する者が現れる。
彼女自身、自分の書き込みに対して思い入れなどない。
だが自分の意見に反対する者が現れたこと自体が許せない。
それこそ以前の李広と同じである。
自分に自信がないからこそ心身を守るために攻撃的になる。
自分が攻撃されているという判定が拡大する。
攻撃せずにいられない。
『それならソースを出せ。それも一次ソースを』
『今のご時世、AIでいくらでも作れるから無意味』
『書き込み自体やめたら?』
それが無駄であるとわかっていても、攻撃せずにいられない。
彼女は自尊心を守るために、自分の卑しさから目を背けながら書き込みを続けていた。
※
コロムラの拠点の一つにて。
「なんですって~~!?」
深夜に熱きレスバトルを繰り広げる少女が一人いた。
その名は殺村紫電、李広の生きる理由そのものである。
「アイツの悪口を書き込むだけならともかく、おばあちゃんのことを否定させたりしないんだから~~!」
モチベーションを高めるために書き込みをしている彼女を、先人たちは暖かく見守っていた。
「おい、お前の弟子はとんでもなく無駄なことをしてないか?」
「いえいえ。これもモチベーションのためですから」
(これでこの拠点の住所が割れたらどう言い訳をすればいいのだろう……)




