小型の怪獣(実物の1/4)
一夜夢が怪異対策部隊に入ったのは、以前に怪物から助けてくれた李広のために戦うことだった。
面接でも言える立派な動機である。
だがそれはそれとして、李広と友達になれたらな~~迷惑じゃなかったらな~~と思わないでもなかった。
期待しているだけで不安も大きい。
相手はスーパーヒーロー、李広。
同級生になることができても友人になれるとは思っていなかった。
都合よく友人になることができたとしても、時折挨拶をするぐらいだろう。
そう思っていたのだが、思いのほか友人になることができていた。
※
人工島には女性が多くいるため、多種多様な喫茶店がある。
その中でも個室が多くあることが売りの喫茶店で、広と一夜は話をしていた。
「まいど誘っていてなんだけどさ……もしかしてお小遣いを圧迫したりしてる? 俺はお給料を多くもらってるけどさ、それは現場に出てたり実験に協力しているからで……」
「いえ!? わ、私も、お給料を少しもらってるんです! 五等ですけどヒロインなんで!」
「……ああ、そういう制度なのか」
「同じクラスの子の中には、実家に仕送りしている子もいるんですよ」
「へ~~……知らなかった。それじゃあ今後もお茶に誘っても迷惑じゃないんだな」
「はい! それはもう!」
話からも分かるように、広と一夜が二人で会うのは今回が初めてではない。
わりと頻繁に会ってたわいもない話をしていた。
それも広から誘うことが多いほどである。
「お財布的な理由じゃなくても、嫌なら嫌だって言ってくれよ。俺は空気が読めないらしくてさあ、一人しかいない友達に嫌な思いをさせたくないんだ」
「そ、そうですか……私みたいにすごいところのない子を友達にしてくれて感謝してますっ!」
「いやいや、お友達は普通の子がいいだろ」
「……それもそうですね」
お世辞と解釈できる誉め言葉だったが、一夜はあっさり納得する。
彼女自身も相手が変人だったなら友人になりたくないので共感できる。
(私、必要とされてるなあ~~)
同じクラスで親しい野花や相知、王尾と自分を比べて下に見てしまう一夜だったが、自分の普通さが必要とされていると自己肯定感が満たされる。
(世界初の魔力を持った男子、スーパーヒーローにとって唯一の、普通の女の子の友達……夢小説みたい!)
自己評価が低い彼女だが、にやにや笑ってしまう。
なお彼女は一等ヒロイン相当の魔力の持ち主であり、怪物と戦う訓練で仲間二人と連携し撃破という最高の結果を出している。
これで自己評価が低いのはバグであろう。
「で、でも、李派の三人の子とも仲がいいですよね? 友達じゃないんですか?」
「正直に言って仲良くしたいとは思ってるんだが、色々人間関係が複雑でね。あんまり一緒にいたくないんだよ。特に須原は昔の俺にこだわりがあるみたいでなあ~~……なんか妙に期待されているというか、要求されているというか」
「何をですか?」
「アイツは昔の俺みたいにふるまってほしいみたいなんだよ。面倒な話だ……」
昔の李広、というワードには魅力があった。
ヒーローをしている時と違って現在は一夜を相手に砕けた態度をしているが、昔はもっと違ったのだろうか。
いけないことかもしれないが、一夜は少し踏み込んでしまう。
「あの、その……えっと、ちょっと、いいですか? 昔の広さんってどんな人だったのか、気になるんですけど」
「コンプレックス丸出しの、ヒステリックで面倒な男だったよ」
(確かにそういう感じの話し方だなあ……)
プライベートでの李広の話し方はかなり砕けている。
ヒーローとして一般人や他の仲間と一緒に動くときとはかなり違うので、特別扱いされている感があり良しであった。
「細かいところは話さないけども、とにかく俺は例の幼馴染のせいでずいぶんと劣等感を抱えていた。そのうえで強くなる機会を得たが、それで得たのがコレだぜ?」
広はトントン、と胸をたたいた。
あらゆる状態異常が効かず、無尽蔵に回復する魔力と肉体。しかし身体能力は常人並み。
この身体能力が人並、というのが彼の弱さだ。
「あのいじめで俺がまじめに反抗しても、結局殺されていたさ。俺は俺が望んだ力を今でも持ってない」
(わかんなくはない、かな……?)
李広はもはや日本の男子女子の憧れだが、真似をしたいとは誰も思っていない。
少なくとも小型の怪獣を使役できると知られるまではそうだった。
仮にヒーローやヒロインになるとしても、広と同じ体質を欲しがらないだろう。
スーパーと呼ばれなくていいから、一等ヒロイン相当の魔力をもって、普通に強くなって普通に戦いたいに違いない。
だからこそ、一夜に対して劣等感を抱いても不思議ではない。
しかし今の広は『昔ならそう考えていたかもな』と流せるようになっている。
「昔の俺はそれを認めたくなかった。だからヒステリックになっていた。そんな俺のままなら、この間のいじめのときも……」
広は唐突に芝居を始める。
「いってえなてめえ! 何しやがる! 俺を誰だと思ってるんだ!? 唯一のヒーローで、人類の希望の特異体質で、難事件も解決している李広様だぞ!? ヒロインも民間人も救助しているヒーロー様だぞ!? ぶつかってくるとは何様だ!?」
「うわっ!?」
「とかなんとか言って大騒ぎしていただろうよ……いやしかし、今更だが、そうしていたほうがよかったような気も……」
「そうですね……」
「……いやでもさあ、それは結果論じゃん? ああやって偉そうにふるまっていたら、君だって俺と友達になろうとか思わないだろ」
「……え、いや~~、命の恩人ですから、感謝したと思いますよ?」
「友達にはなれないだろ~~」
「あはは、えへへ……」
照れ笑いでごまかすが、笑っているのも本当だ。
彼女は深く考えていなかったが、だからこそこの瞬間は楽しかった。
「今の俺は自分の弱さを受け入れて、無抵抗で無防備なところがある。それが悪いっていう気持ちもわかる。だけどなあ~~今の俺が昔みたいにふるまったら、みんな怖いだろうさ」
「そんなことないですよ。友達にはなれないですけど、怖いとは思いませんって」
「友達になれないんじゃ意味ないだろ、無責任なこと言うなよぉ」
「えへへへへ」
※
現在。
王尾とオオミカヅチの訓練が開始している今。
一夜は他の五等ヒロインや先輩である四等ヒロインと一緒に、訓練棟の屋上から観戦していた。
試合が始まる前の白上一等教官は『あまり参考にならないだろうが、見た方がいいかもな』と言っていたが、今はただ茫然と見上げている。
他のヒロインたちも同様だ。
怪奇現象の中に君臨するオオミカヅチの真の姿を見上げているばかりだ。
人型の嵐が人間を見下ろし、明らかに意識して、対峙している。
人と虫ほどのサイズ差がある王尾というヒロインをしっかり意識し、とらえて、相手をしようとしていた。
「怪獣じゃん……アレ、もう、怪獣じゃん……!」
ヒロインの一人が恐怖をにじませながら所感を口にした。
圧倒的な存在感を前に、彼女らの持つ個性は消え失せる。
今にも屋上から逃げ出して、建物の中へ隠れそうな勢いであった。
脳内で言葉にするまでもなく、本能がそう動きかけていた。
「そうでもありませんよ。アレは怪獣と思えないほど小さいです」
存在感を発する声が背後から聞こえてきた。
教官である白上をして縋りたくなる希望が、ずっしりとした足音とともに近づいてくる。
スーパーヒロイン、近藤貴公子。
普段から周囲に威圧感を与える巨大な肉体も、いまはただ頼もしいだけだ。
彼女はその高い視点からヒロインたちを見る。
白上も含めて、全員が高い魔力を持っていて、並みの人間と比較にならない力を持っているはずだった。
だがそれでも恐慌状態に陥っている。
彼女はそれを情けないと思わない。
怪獣と対峙するのは己のようなスーパーヒロインだけだ。
他のヒロインが恐れても恥ではない。
「あの……アレが小型って、本当ですか?」
恐怖に震えながらも、相知が近藤に近づいて尋ねる。
信じられない、信じたくないという顔であった。
「その通りです。私の知る怪獣は、あれよりも二回りか三回りは大きい」
「そんな……」
「貴方の想像する通り、王尾さんが戦うべき相手の……小型版です。あの程度の対象を相手にできないようでは、スーパーヒロインは務まりません」
相知も知識では知っていたが、実感したのは今が初めてだ。
王尾深愛は次期スーパーヒロインであり、一等ヒロイン相当の自分すらもはるかに凌駕する超人。
何があっても負けない、戦闘面では心配するだけ損。
そう思ってしまっていた。
彼女が戦うべき相手は、怪物でも怪人でもない。
怪獣。
世界中のスーパーヒロインが結集して戦わなければならない、神のごとき存在だ。
その小型版ですら、自分は仰ぎ見ることしかできない。
「そして、広君はあの怪獣を完全に制御しています。今も暴れようとせず、ただ訓練再開を待っているでしょう」
近藤の言葉を聞いて、今度は一夜が理性を取り戻した。
李広が周囲に気を使っていたこと、その深刻さを理解した。
「彼は流されやすく、積極的に自己主張をしません。戦闘中も周囲に気を使っています……正直逆に危なっかしいです。それでもこう思いませんか?」
近藤は改めて、山を眺めるように神を見上げた。
「彼がああいう人でよかったと」
神が李広という男にあれだけの力を預けている理由はわからない。
だが少なくとも人選はミスしていない。
必要性がないときは使わない。そんな選択ができる彼だからこそ、近藤は不安に思うことなく神を仰いでいた。
※
この試合を観戦している者たちや、あとで記録を見る者たちはいろいろと思うところがあるのだろう。
だが試験に直面しているのは王尾深愛一人。
彼女はこの局面と向き合わなければならない。
向き合って、見上げて、視線を下げて、広を見て。
現状を理解して、どっと汗が出た。
訓練は続いている。
自分に合った適正な訓練の難易度に突入しただけだ。
理性的にはそうだった。
先日に三等ヒロインたちが、本気を出していないオオミカヅチを相手に無様をさらした時と変わっていない。
スーパーヒロイン候補である自分にふさわしい課題が示されているだけだ。
小型の怪獣もこちらを見ているが、明らかに待っている。自分に先手を譲ってくれている。
負けても死ぬわけじゃない。それどころか、そもそも勝ち負けを競っていない。
自分が頑張って合格を勝ち取る、そういうチャレンジだ。
戦って倒す必要はない、回避しながら時間が終わるのを待つもいいが、反撃に成功すれば加点を得られるだろう。
彼女の理性は冷静に淡々と逃げ道を封じてくる。
本能は逃げろと叫んでいる、感情的には逃げたくてたまらない。
だが今までの人生、自分の発言、そして傲慢さがそれを許さない。
(簡単なチャレンジは余裕をもってクリアして煽りさえした。それなのに難しいチャレンジになったらしり込みして、開始前から尻尾を巻いて逃げ出す? そんなの……)
改めて、つい先ほどまで鼻がぶつかるような距離にいた同級生を見る。
同じ目線に立っていて、さっきまでと何も変わらない目をしている。
大いなる嵐を従えてなお、彼は……。
否。彼は最初から大いなる嵐を従えていた。
自分が気づいていなかっただけだ。
自分が狭い見識の中で『楽な試練だ』と思っていただけだ。
いやそれも違うか。
試練を課す彼にとっては楽な試練のままだ。
彼は疲れていないし傷ついてもいない。ただ心苦しいだけ。
(退けない……私は退けない!)
彼女は負けず嫌いではない。
負けたことがないのだから嫌いようがない。
だからこそ負けず嫌い以上に負けを忌避する。
ーーー表があれば裏があり、上があれば下があり、順があれば逆もある。
李広という男がコンプレックスやヒステリックを克服したことで、極度に自己防衛心を失ったように。
強大に生まれ、育ち、認められてきた彼女は自分の強大さを裏切れない。
決然とした表情で神を睨む。
強大な自然災害に闘志を燃やした。
それが訓練再開のゴングであった。
『じかい』
「!?」
白々しいほどに、最初の一撃は同じだった。
真の力を誇示するように、先ほどと同じ攻撃を打つ。
だが速度が、スケールが規格外だった。
強大になった風と雷の塊が、スケールゆえに高速とわからぬほどの加速で迫ってくる。
「ウィンドシールド! 最大展開!」
並みのヒロインでは近づくだけで細切れになるだろう一撃を、彼女は風属性の魔法盾で受け止めた。
彼女の防御は成功した。何とか耐えられる、こらえられる。
風の盾は嵐の拳を受け止めきった。
嵐は霧散し、一息つく。
気づけば生理的な反応として、息を止めていたのだ。
だからこそ酸素を供給しようと息が荒くなる。
自分の呼吸が、心音がうるさい。
精神的にも肉体的にも追い詰められている。
人生で初めての体験だ。だが感慨に浸る暇もなく、左右の彼方から轟音が届いた。
巨人がハエをたたくような仕草だった。
両腕をだらりと下げて、手のひらを広げ、そのまま挟み撃ちにしようとしてくる。
『らんま』
巨体ゆえ何をやっても必殺である。
彼女は児戯にも等しい攻撃を見て、必死で上空へ跳躍した。
いっそわざとらしいほどに、ハエ叩きのモーションが続いている。
お前をこうするつもりだったのだぞと言わんばかりに、大嵐同士をくっつけて摩擦音をとどろかせた。
空中……何十メートルも跳躍した王尾は体勢を整える余裕もなく、その攻撃モーションを凝視していた。
このモーションを覚えようというのではない、ただ見てしまっていたのだ。
『よく避ける……誉めてやろう。あれあらし!』
ちょうど彼女と同じ高度、オオミカヅチの胴体部分より球状の嵐が展開される。
いかなる魔法かはわからないが、直撃すればただでは済まない。
死ぬ、怖い。
「弾倉……土ぃ!」
空中で姿勢も定まらぬまま、あらかじめ持ち込んでいた魔法の銃を使用する。
膨大な土石流が放出され、嵐の弾に向かっていく。
小型怪獣とスーパーヒロイン候補の攻撃は正面衝突した。
相撲のようにぶつかり合う攻撃は、どちらに軍配が上がるのか。
見届けることもなく魔法盾を起動する。
「ウィンドシールド! 最大展開!」
押し切るどころか相殺もしきれず、嵐の弾の余波が魔法の盾に達した。
辛くも受けきったが表情に安堵も余裕もない。
死ぬ、怖い。
『続けるぞ、かみなりおろし!』
またもハエ叩きのような動きだった。
だが今回は平手を空中から床……砂塵の円盤にたたきつけるモーションであった。
防御体勢に入ったままの王尾を抑え込み、たたき伏せていた。
「あ……!」
彼女は今も耐えている。
円盤にたたきつけられても生きている。
骨折はしていない、アーマーも破損していない。
盾で懸命に持ちこたえている。
だがそれでもアーマーのバリアが悲鳴を上げている。
このままでは受けきれずに破壊される。
そうなったら数値的状態異常が自分に達する。
そうなれば……死ぬ、死ぬ、死ぬ。
「ん~~……」
『そう心配そうな声を漏らすな、加減はしているぞ』
「分かってるよ。俺らの時よりだいぶ緩いさ、だけどなあ……」
バリアが破れる前に掌が離れた。
なにもおかしいことはない、これは訓練なのだからバリアが割れそうなら止めるべきだ。
だがそれは彼女を強者と認めているのではなく弱者なりに頑張っていると配慮しているのだ。
抗えるが勝ち目がない。
人生で初めての体験に、王尾が今まで構築してきた人格は崩壊寸前だった。




