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おめでとうございます、貴方はベリーイージーをクリアしました。

 現役スーパーヒーロー李広と王尾深愛が試合をするという。


 多くの現役ヒロインや世間が騒ぐ中、やはり一番盛り上がっていたのは深愛本人であった。


 当日の控室では、幼馴染の相知が心配するほど集中状態に突入している。


「ぶっ〇すぶっ〇すぶっ〇すぶっ〇す……」

(完全にやばいことになっているわね……)


 狭い控室の中で、椅子に座っている友人がひたすら殺意を漏らしていたらどうするべきか。

 普通の人なら困惑するだろうが、相知は経験値が違う。

 冷静になった後また盛り上がる……というタイミングを避けるため、彼女はここで誘導し始めた。


「深愛」

「……なに、音色」

「気合が入る気持ちはわかるわ。だって人生で初めて思いっきり戦える機会を得たんだもの」


 ここで重要なのは情報の差を埋めないことだ。

 相知はそれとなく、常識の範囲内での注意をする。


「でもはしゃぎすぎて広さんにケガとかをさせないでね? 怪異対策部隊としてもいろいろあるでしょうけど、拓郎君が悲しむわよ。大好きなお姉ちゃんが大好きなスーパーヒーローをケガさせちゃったって」

「うっ……!」


 硬い鈍器で頭をぶん殴られたかのように衝撃を受ける王尾。

 彼女はスーパーヒロインなので実際には鈍器で殴られても鈍器が壊れるのだから、実際にはそれ以上かもしれない。


「わ、わかってるわよ! そりゃそうよね! 拓郎の大好きなスーパーヒーローにケガをさせないように配慮するわよ!」

(どさくさに紛れて殺そうとか考えていたはずなのに……白々しい)


 訓練中の事故で相手が死ぬ、というのは十分あり得ることだ。

 実刑を受ける可能性は低いだろう。

 だがそれはそれとして社会的な制裁は大いに受ける。もちろん家族からも咎められるに違いない。

 そのあたりを全く考えていなかったあたり、彼女もだいぶキマっていた様子だ。


 とはいえしばらくすればまた頭が沸騰するのだろう。

 それまでできるだけクールダウンさせなければならない。

 話題を探そうとしていたところで、王尾が話をつづけた。


「音色。勘違いしないでほしいんだけど……私は本当に、今回のチャレンジは楽しみじゃないのよ。拓郎からお願いされなかったらまず受けなかったわ」

「……え、そうなの?」

「勝てるってわかっている試合って、試合じゃないでしょうよ」


 王尾深愛は弟が絡まなければまともである。

 性格も頭も決して悪くない。


「李広は人間を状態異常に陥らせることを嫌っているわ。私相手にもかなり手加減するでしょうね。それで負けるわけがないじゃない」

(そんなまともな人だと知ったうえで、事故と見せかけて殺すつもりだったのね……)


 怪異対策部隊、あるいはヒロインの生命線。それはバリアだ。

 バリアはあらゆる攻撃を防ぐことができる。

 バリアが無事である限り、ヒロインは無事である。(例外がないとは言わない)

 

 そのバリアを割られた場合でも、魔法攻撃や物理攻撃にはある程度耐えられる。何ならヒロインの肉体はバリアやアーマーよりも強固である。特化型が相手でもダメージレースに持ち込める。

 だが状態異常に関しては話が違う。バリアは状態異常に対してはほぼ無敵(・・・・)だが、逆にバリアが破られると他の対処法はほぼ存在せず倒される。


 広が相手をしてきた怪物のように、状態異常に特化した怪物はバリアを突破する手管を持っていたわけだが……。


 逆に言うと、状態異常が得意な古代神たちが『試合をする』となると、バリアを割らないように立ち回らなければならない。


「数値的状態異常に満ちた怪奇現象、すべての魔法に数値的状態異常が乗っている小型怪獣。確かに強いわ。殺し合いなら勝てないかもね。でも相手には理性と知性がある。私にも配慮するでしょう……最初からこの戦いは、私の勝ちで決まっているのよ」


 バカにはしないが誇る気もない。

 己の勝利にを確信している若き才媛は控室を出ていった。


(ここで普通の『幼馴染』なら大丈夫かしらって心配するんでしょうけど……そういう方向での心配はしなくていいのよね)


 相知音色は幼少期から王尾深愛の相手をしてきた。

 それゆえになんとなくわかることがある。


(あの古代神が手加減なく戦っても、深愛が勝つんでしょうね)


 古代神より深愛の方が強い。

 彼女もまたそう確信していた。



 先日の公開訓練同様に、人工島のすぐ隣には古代神の構築した怪奇現象が発生していた。


 空気中の塵によって地形効果すら発生させている、スーパーヒーローの力の現れ。


 それでも彼女は何でもなさそうに、砂塵の円盤の上に飛び降りた。


 広い海の真ん中に建つ人工島周辺の海域は、今日も快晴で波も穏やか。

 飛ぶ鳥はおらず、無機質な撮影用ドローンが多く飛行しているばかり。


(変な顔をしたらあとでいろいろまずそうね……拓郎がすぐそばで見ている。そんな気持ちで戦いましょう……)


 多くのドローンを眺めた後で、改めて対峙する。


 少し白けた顔に、心配が混じった顔の李広だ。

 これから試合をするという心境の男がする顔ではないが、自分も気を抜いたら同じような顔をしてしまうだろう。

 務めて、彼をバカにしないようにする。それが顔に出れば、それこそ公然に恥をさらすようなものだ。


 挑まれた方ならともかく、挑んだ側がしらけていたら本当に失礼なのだから。


「スーパーヒーロー、李広さん。今回は挑戦を受けてくださりありがとうございます。全力で臨ませていただきます」

「ん……ん、お互いケガの無いようにな」


 改めて、である。

 彼女の装備はガンメタフル装備であった。


 まず近接武装が実体片手槍である。

 素材や強度、重量は通常の槍と比較にならないほど重いが、長さ自体は通常の片手槍と大差はない。

 穂先は矛のように大きな刃になっている。突くことも薙ぎ払うこともできるだろう。


 はっきり言って、通常の任務で使われることは少ない。

 ヒロインは基本的に市街地戦を想定しており、長柄の武器は使いにくいからだ。

 だが開けた場所で戦うのならば、こちらの方が強いだろう。

 もちろんここは開けた場所である。


 また、盾も魔力盾。それも風属性の魔法を展開するバリアである。

 特徴としては実体剣や実体槍と対照的に、携帯性が高く防御範囲も調節可能だということだ。

 それでも風属性のバリアである必要性は薄いのだが、オオミカヅチの怪奇現象内では効果が上昇する。


 逆に予備の武装は『土属性限定銃』である。

 換装機能を排除している分変換効率は高く、威力も強度も高い。

 これを一丁。


(これで、負けるわけがないのよね)


 彼女は最善を尽くしているからこそ……というよりも、最善を尽くせるからこそ軽く考えていた。


 怪物との闘いで何が厄介か。

 相手の能力が未知数だからである。


 能力や動きを事前に公開しているのなら、攻略難易度は十段階(・・・)は下がるのだ。


 もちろん理論的に討伐不能なら討伐難易度もくそもないが、彼女はそうではない。

 これはもはや作業である。


じかい(磁界)

「ふん」


 撃ち込まれてくる嵐の拳。

 それを彼女は嵐の盾で受け止めて、はじく。

 投げられたボールの軌道を逸らすような動きで、巨大な拳をパーリングする。


「……このまま!」


 王尾は一瞬だけ腰を下ろしつつ、砂塵の円盤が破裂するほどの踏み込みで走り出した。

 一種のロケットスタートのような動きで前進する。


 当然ながらその視線の先には、スーパーヒーロー李広がいた。


 彼女の優れた動体視力と思考速度によって、広が自分の動きにまったく着いてこれていないことを把握できた。


(簡単に殺せるわね……これがスーパーヒーロー……ヒロインじゃないから当然か)


 内心で素直に、同じ冠をもつ者か、と呆れていた。

 だが今殺せば、それこそ大量の空撮ドローンによって証拠がそろってしまう。

 いろいろな意味でアウトな行動であるため、彼女は自制した。


「ふん」


 途中で踏み込み、進行角度を調整する。上昇しながらすれ違いざまにオオミカヅチへ槍の一撃を見舞っていた。


 大嵐の怪獣が、物体に過ぎないはずの槍で大きく切り裂かれる。


 通り過ぎて着地した王尾は、振り返ってそのダメージを確認していた。


(全力で攻撃した分、かなり深く切り込めたわね。これなら何度か攻撃すれば倒せるわ)

「……ん、んお!?」


 攻撃が通り過ぎて数秒後、ようやく広は王尾が攻撃したことに気づいていた。

 速度の世界が違いすぎて、もはや同じ盤上にいない。


「オオミカヅチ、もうやられたのか?」

『無傷と言いたいが、だいぶ深く切り込まれた。あと数撃で終わるな』

「……へえ(・・)


 そんなことは彼もわかっている。

 ただ小さく声を漏らしただけだ。


(……人によっては不気味に思うんでしょうね。でも私にはわかるわ。貴方は自信がないんじゃない、自信があるから弱さを受け入れている)


 この公開訓練で、広は己の弱さを世間にさらす。

 純粋な戦闘能力では全ヒロイン中最弱、本来なら怪異対策部隊に入ることも許されない水準であると。

 それこそ落ちこぼれのヒロイン相手にぼこぼこにされるほどだと。


 人は彼をバカにするだろう。

 それでも彼は気にしない。

 なぜなら自信があるから。


(貴方は自分の土俵の上の強さに自信がある。自分の土俵じゃないところで負けていても、劣っていても気にしない。そういうことでしょ? 正直嫌いじゃないわ、好きでもないけどね)

らいこう(雷降)ふうか(風下)


 考え事しながらも、降り注ぐ風や雷を回避していく。

 すさまじい移動速度によって、一回の攻撃が終わった瞬間には再び切り込んでいた。


「んお? また斬られたのか……ターンもへったくれもないな。とはいえわかってるな?」

『もちろんだ……とつ()なり()


 あと一回で敗北すると悟ったうえで、あくまでもパターンに徹するオオミカヅチ。

 攻撃着弾地点を光と音で予告するが、その本番が注ぐより先にとどめの一撃が入った。



「シェイク……スピア!」



 愛する弟が考えてくれた技名を叫びながら大穴を穿つ。


 圧倒的破壊力を持つ刺突は、李広の頭上を素通りしてオオミカヅチの胴体を貫いていった。


 そうして、次期スーパーヒロインである王尾は、李広の目の前に立つ。


「チャレンジに付き合ってくれて感謝するわ。早く終わったことが残念だけど……手抜きをせずに最善を尽くした結果なの」

「ああ、わかってるさ。だがこっちはずいぶんと参考(・・)になった」

「なんの参考になったの?」

「今まで比較対象がいなかったんでね……アイツの攻撃力を計れた」


 ともに気の抜けた顔をしている同級生。

 しかしここで王尾は少しだけ違和感を覚えた。


 広の表情や気配に変化がなさすぎる。

 先ほどまでと何も変わっていない。


「それはそれとして、訓練はまだ終わってないぞ?」

「え……!?」


 何かを感じた王尾は踏ん張ろうとした。

 だが猛烈な風圧と電圧によって外側へ押し出されていく。


 すぐ目の前には棒立ちしている広がいる。

 彼は台風の目にでも立っているかのように、無風のなかで王尾を眺めていた。


「!!」


 彼女は言い訳の余地なく、全力で踏みとどまろうとした。

 不意の事態だったが、彼女はそれができていた。

 だがそれでも力負けして押し出されたのだ。


 悔しいと思う余裕もない。

 何とか減速して、何が起きたのか把握しようとする。


「お前も知っての通り、この訓練は総司令官から許可をいただいている。つまりお前相手には相応の難易度が設定されている」


 倒したはずのオオミカヅチの体が……風と雷の体が発達(せいちょう)していく。

 広大な怪奇現象の中心に座していた体は、その怪奇現象を埋めるほど巨大になっていく。


「総司令官様からの伝言だ。スーパーヒロイン候補として、小型の怪獣を相手に戦ってみた方がいい。だそうだ」


 高層ビルのごとき巨大な気象が、実体をもって見下ろしている。

 見まごうことなきオオミカヅチ。ただしその大きさは何倍にも膨れ上がっている。


 胴が長い上半身だけの巨人、だろうか。

 本気を出した(・・・・・・)神が一個人を注視していた。



『ゆるい風で退屈させてしまって申し訳なかったな。ここからは荒れてやろう』



 思わず、武器を取り落としそうになった。

 彼女は本能的に状況を理解していた。

 ありきたりすぎる弱音を漏らしてしまう。


「今までは、本気の姿じゃなかったってこと!?」


 見上げていた視線を、ゆっくりと下げていく。

 同じ視線の高さには、風と雷で守られているスーパー(・・・・)ヒーローがいた。


「なんだ、ギブアップするか?」


 何も変わっていない顔をした男だった。

 少し白けていて、少し心配そうだった。


 息が荒くなっていた、汗が止まらなかった。

 彼女はおよそ、人生で初めて恐怖に吞まれていた。



 恐怖を克服するためには、まず恐怖しなければならない。

 彼女は今更ようやく恐怖した。

 

 恐怖を克服するためのチャレンジがようやく始まるのである。

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― 新着の感想 ―
殺意も消えた訳ではなかったんだ。分かってはいても抑えきれないの逆に怖い。弟愛拗らせてんな〜 んまぁそりゃベリーイージーはクリアできるね。スーパーヒロイン級の魔力備えてるしバリアもある。既知は十段階は下…
本気ということは、第4段階か?前日譚を見る限り、王としての覚醒?すると第5段階にさらにアップグレードするんだよね。そして、×4になる。まぎれもないクソボス
勇者と比較されるとは一般戦士としてはたまったもんじゃないな。
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