必然の流れに日常を添えて
テレビ放送。
全盛期こそ通り過ぎているが、2100年代でも現役のメディアである。
なぜ現役なのかと言えば……科学技術が発達しすぎたのだ。
ウェブ広告を悪用する犯罪者が出るのは、それこそインターネット最初期から続くことである。そこにAIが現れるとより悲惨なことになった。
AI技術を用いればド素人でもほぼ無料に近い額で広告画像を製作し放送でき、本物じみた『公式っぽいホームページ』や『国営風ニュース番組』すらも短時間で製作できてしまえる。
悪貨が良貨を駆逐する、と同じようなものだろう。もはやインターネット上の情報は信頼性を失ってしまった。
真偽を見分ける方法も、それをだます方法もAIによって更新され続け、もはやどうしようもない域に達している。
小学校や中学校で行うネットリテラシーの授業でも、もはや開き直って『ネットの情報を信じるな』と切り捨てている。
その結果、一周回って紙の本やテレビのニュースが情報源として活用されるようになった。
これらにウソがないとは言わないが、これらの偽造にはインターネット上の詐欺と比較して大量の資金が必要となる。
相対的に信頼性が高いということだろう。
そのようなテレビの夕方のトーク番組に、噂のスーパーヒロインが出演していた。
『俺は偉い、俺はすごい! 今日もテレビに出演している!』
『お忙しい中、いつも出演してくださりありがとうございます。本日のゲストはスーパーヒロイン、土屋香様をお招きしています』
『おう、お招きされています!』
トーク番組らしく、整った部屋の中にテーブルが一つとイスが二つ。
司会者とゲストが一対一で話す形になっていた。
タイトなスカートを着こなすキャリアウーマンであり、乱暴なようで陽気なしゃべり方。
現役最年長のスーパーヒロイン、土屋香であった。
最もメディア露出が多いことで知られている彼女は、当然のように自己肯定感と自己顕示欲が強い。むしろそれ以外に精神の顕在が起きていないほどだ。
いつも自信満々な彼女は、司会を務める女性と話を始めている。
『先日、怪異対策部隊より訓練の公開放送がありましたね。生放送ではないのが残念ですが、実に見ごたえがありました』
『俺の後輩である李広が、三等ヒロイン相手に胸を貸してやってたな! あいつはいい奴なんですよ! まあ、俺の方がいい奴なんですけどね!』
『スーパーヒーローである李広さんは、小型の怪獣を飼いならしているとの情報が入っていました。噂にすぎませんでしたが、実際に公開された時はやはり驚きの声がありましたね』
インターネット上には広が戦う映像が多くあるが、それはどれも違法な映像である。
それに加えてAIによる映像作成も容易であるため、一時ソースとしては不適当だった。
だが今回の公開訓練(編集済み)は怪異対策部隊が公的に各メディアへ送っている。
各メディアも大々的に彼の活躍を報せられるようになったのだ。
『訓練の厳しさは伝わってきました。それから三等ヒロインの皆さんの実力も十分に届いたかと』
『三等ヒロインも立派なヒロイン! あれぐらいできて当然だぜ!』
『そのうえでなのですが……これは視聴者様からも寄せられている希望であり、私も個人的に気になっていることが一つ』
ここで司会者の女性は、少しだけ私情を見せた。あるいはそのような演技をした。
『現役スーパーヒロインであるお三方は、あの訓練に参加なさるのですか? もしも参加なさるのなら、ぜひ公開していただきたいのですが……』
ーーースーパーヒロインと怪獣が戦うところは、観戦できるものではない。
なにせスーパーヒロインたちですら生還が保障されない『怪奇現象』の中で怪獣と戦うのだ。
いかなる機械をもってしても記録すら不可能である。
そういう意味では、スーパーヒロインの真価、全力を観る機会は一般人にはない。並みのヒロインにもない。
スーパーヒロイン同士だけが互いの全力を見ることができるのだ。
飼いならされた小型の怪獣とスーパーヒロインの戦い。
AIによる編集をされるとしても、ぜひ見たい。
そう考えるのは不思議ではあるまい。
『絶対やらないから、期待してもむだだぜ』
淡い期待を土屋はあっさり切り捨てた。
『あれは訓練だ。俺たち三人に今更そんなもんは必要ねえ』
『それはそうですが……その、貴方達スーパーヒロインの格好いいところを、ぜひ拝見させていただきたいんですよ』
土屋の喜びそうなことを、少し期待しつつ、挑発するようにお願いする司会。
しかし土屋はまったく揺るがなかった。
『勘違いすんなよ。俺たちはエンターティナーでもスポーツマンでもねえ、格好よく戦うから格好いいんじゃねえ。困った人を命懸けで助けるから格好いいんだぜ?』
素直に出た正論に、司会は恥じ入ることしかできなかった。
『あの訓練に参加した三等ヒロインどももそうだ。俺のように目立ってないが、ちゃんと現場に出て命懸けで戦っている。一生懸命訓練している姿がかっこよく見えるかもしれねえが、現場で戦っている時はもっと格好いいんだぜ』
『お、おっしゃる通りです。失礼なことを言って申し訳ありませんでした』
『いいってことよ! 俺は偉くて俺はすごいからな! お前のことも気にしてないぜ!』
※
女性ばかりの島ということで、人工島内にはいくつもの喫茶店が存在する。
木製の机や椅子がある、多くの観葉植物が飾られた自然派な喫茶店。
金属製の机や椅子のある、シンプルでビジネス的な喫茶店。
スピリチュアルな喫茶店、ファンシーな喫茶店などもある。
だがどの喫茶店にもテレビモニターが存在している。
それこそ田舎の定食屋にもありそうなかんじで、テレビが壁にかけてある。
大いに雰囲気をぶち壊しているのだが、ここが人工島内であることを考えれば必然だろう。
たとえば……。
どこかの国で怪獣が出現し、緊急要請が発令されたとする。
人口島内にいるスーパーヒロインと連絡が取れない、個人端末でも連絡が取れない。
そのようなときには人工島内のあらゆる放送設備を用いてスーパーヒロインを呼び出すのだ。
まあ極端な例だが、とにかく連絡用も兼ねてテレビが設置されている。
それはスイーツがおいしいことで有名な、ファミレス風の喫茶店でも同じだった。
『いいってことよ! 俺は偉くて俺はすごいからな! お前のことも気にしてないぜ!』
「いや~~……土屋さんは相変わらずいいことをおっしゃるな」
「何アンタ、土屋派にでも入ったの?」
「現役スーパーヒロインの中で誰の派閥に入るかと聞かれたら土屋派だと迷わず言うぐらいには土屋さん推しだな」
「アンタねえ、それでも現役スーパーヒーローなの? もうちょっと矜持を持ってよね。李派として情けないんだけど」
「俺は李派の存在を認めてねえんだけど!」
ファミレスを想わせる内装の喫茶店では、大きな長方形の机の囲む形で、七人の五等ヒロインとスーパーヒーローが座っていた。
スーパーヒーローは一人しかいないので説明不要だろう。五等ヒロインたちは、王尾深愛、相知音色、野花心、一夜夢、須原紅麻、指栖正美、十石翼である。
階級こそ五等ヒロインであるが、次期スーパーヒロイン、次期一等ヒロイン、現役の異物たちである。はっきり言って、現役の一等ヒロインたちですら一目置く存在だろう。
次代を担うであろう中心人物たちがそろってテーブルを囲んでいるのはほほえましくも頼もしい。仲が悪かったら最悪なので、間違いなくいいことだ。
だがそれはそれとして気になるので、多くの店員や客が八人の動向を気にしていた。
一方で八人は非常に緩かった。
全員がこの喫茶店の名物メニューである大きなパフェを食べている。
広はパフェをあまり食べておらず、テレビ画面の土屋をずっと見ていた。
気になったらしく、一夜が話しかける。
「あの広さん。パフェ……お嫌いでしたか? みんなと同じものを注文しなくてもよかったんですけど……他のお店の方がよかったですか?」
「ん? いや……俺も正直、このパフェを一度食べてみたかったんだ。おいしいよな。ただまあ、俺にはちょっと量が多すぎたけど……」
「……つかぬことをお伺いしますが」
「そんなに畏まらなくたっていいって」
「じゃあその、えっと、なんで食べたかったんですか?」
一夜に対して広は少し小さな声で説明をする。
「大きな声じゃ言えないんだけど、俺の幼馴染が昔、ここのパフェを食べたいって言っててさ」
「……あの幼馴染さんですか」
「その幼馴染が、っていうか幼馴染っぽい奴が、掲示板でたまに暴れてるんだよ。このままだと情報開示請求とかされて、逮捕されそうでさあ……」
「え~~……」
「そうなったら差し入れに持っていこうと思って……まあ、その時、味とか感想を先に聞かれるかもしれないからさ……」
(食欲がなくなっちゃった……)
一夜は知りたくなかったことを知って後悔していた。
広の株が下がったわけではないが、コロムラの株は下がっていた。
どうやらネットリテラシーを教えていないらしい。
ネットリテラシーをまじめに指導している犯罪者集団というのも変な話だが、今の時代はそれも常識であろうに。
「もういっそ捕まってくれと最近は思っているよ……いやもう普通に、一周回ってさ……」
(そうでしょうね)
なんとも食欲の失せる話をしている二人をおいて、野花は十石のパフェ……の器をじろじろと観察していた。
名物パフェと言っても珍奇なコンセプトではないため、生クリームを多分に使用している。
にもかかわらず、彼女のパフェの器は非常にきれいだった。
汚い言い方をすれば、嘗め回したかのようにきれいである。
普通のスプーンを使ってきれいに食べているのだから、もはや芸の域に思えた。
「十石さん、すごくきれいに食べますね……その食事作法、ぜひ教えていただきたいのですが」
「私は人に教えられるほど大したものではありません」
「そこを何とか! 今更ですが、その、私の食事作法がちゃんとしていないことに今更気付きまして……」
野花はここで十石ではなく相知や王尾の器を見る。
十石ほどではないがきれいに食べていた。
それに比べると自分の器はとても汚い。
これでは将来が不安である。
「私もいずれは上流階級に入りたいと考えています。その時に食事作法が汚いままでは恥をかいてしまうかと……! それこそ育ちが知られてしまいそうで……!」
「おいしくないことをおっしゃいますねえ。極端に汚くないなら平気だと思いますよ」
食事作法を気にしている一夜に対して指栖はあきれている。
そういう彼女自身は、確かに指摘するほど汚くない、という食べ方であった。
「私もパフェのきれいな食べ方なんて覚える必要がないと思うわ」
相知も指栖に同意する。
いじめや嫌がらせじゃないのだから、会食でパフェを出して『さあキレイに食え』という者はいないだろう。
いたら逆に失礼である。というかめちゃくちゃ失礼である。完全にマナー違反であろう。
「ですがこうも差を見せつけられると……」
「そういう意味でなら、私たちの方が失礼でしょうね。楽しい食事なのに引け目を感じさせてしまったんだから。今後は気を付けるわ」
王尾も前向きにフォローしていた。
上流階級に引け目を感じている野花に対して、そんなにいいものじゃないわよと実例を示そうとしている。
「貴方の憧れを壊す気は無いけど……私の中等部の時の同級生たちは遠慮もマナーも知らないわよ」
王尾は自分の携帯端末に表示されているSNSのコメントを見せた。
そこには先ほどの司会と同様に、お気楽な立場から『小型の怪獣と戦ってくださいませんか!?』とたきつけてくる声であふれている。
「お気楽に『小型の怪獣と戦え』って言ってくるのよ? こいつらのどこに相手への気遣いがあるのかしらね」
「お前も大変だなあ」
「まあね。そういう意味じゃ、ここに来たのは正解だと思っているの。少なくとも他のヒロインからそういうことを言われてない。本人たちが鉄火場に出るんだもの、私に構っている場合じゃないってわかっているのよね」
ともにスーパーを冠する者たちは胸襟を開いて話をしていた。
それだけでも安堵する光景であった。
ぎすぎすしていたら、二人が現役の間、ずっと気をもむことになるだろう。
「で……今日こうやってみんなで話をしているのって、それが本題なのよ。友好を深めるって意味もあるけど……李君にお願いがあるの。私に例のチャレンジを受けさせてくれないかしら?」
「なんだ、やりたかったのか?」
「別に。正直普通の怪物と戦う方が楽しいもの」
一部の心無い人が、先の訓練について辛辣なコメントをしている。
露骨に手抜き、どう見ても遊び、もうプロレスだろこれ。
などなど。
実際その通りである。
難易度がベリーイージーなので、そうでない方が問題だ。
ただそれはそれとして、趣旨を理解しているからこそ気乗りしない者がいるのも自然であろう。
そしてスーパーヒロイン候補である王尾はそれを口にしても許されるだけの実力があった。
「相手がどういうやつかわからない、殺意や悪意をもって攻撃してくる。そういうのと戦って勝つ。この間の、怪物相手の訓練は正直楽しかったわ。素直に感謝しているもの」
「そりゃよかった。じゃあなんでだ? 例の元同級生へのサービスか?」
「もしもそうなら適当に流すわ。お願いしたけど断られましたってね」
今たきつけている元同級生たちは、どんな結果になっても責任をとらないだろう。
大事故が発生しても、私は何も悪くないと言い訳をして、焚きつけたコメントを削除して、なんなら被害者面をするはずだ。
そんな相手に義理を感じる必要はない。
逆に言えば、何かを感じる相手からの要請には応じるつもりだった。
「私の弟がね、私とあなたの怪獣が戦うところを観たい、絶対に応援するって言ってるのよ。可愛いわよねえ……」
ここで王尾深愛は、割と常識的な範疇で弟萌えを顕わにした。
相知と広以外は『へ~、弟さんが好きなんだ』と軽く受け止めている。
だが広と相知は猛烈な寒気を感じていた。
普通のブラコンを現す一方で、とんでもない情念が垣間見える。
活火山の噴火口から見える煙のその火元、途方もない溶岩が見え隠れしているのだ。
「そんな弟のお願いを聞いてあげたいの。悪いと思うけど協力してくれないかしら?」
「……おう、俺からもお願いしておく」
「ごめんなさいね、ありがとう」
申し訳なさそうに謝る王尾だが、すさまじいほどの情報が発されていた。
ここで断っていればそれが噴出し爆発していたかもしれない。
それを想うと広は後悔せずにいられない。
(コイツと同期なのが俺の不運だな……!)
(ごめんなさい、広さん)
かくて、スーパーヒロイン候補である王尾深愛と小型怪獣の試合が組まれることになった。
これも公式放送される予定になっている。
世間は大いににぎわい、深愛の弟、王尾拓郎やその周囲もにぎわうのだった。
どのような試合になるか、誰もまだわかっていない。




