会議は話し合いをするところです
怪異対策部隊の本拠地、人工島。
五等ヒロイン、四等ヒロインへの指導を行う教育棟。
その中でめったに使われることのない小さな部屋。
補修室。
白上一等教官が赤点の生徒へ指導を行っている。
受けるのは五等ヒロイン、須原紅麻、指栖正美、十石翼。
そしてスーパーヒーロー、李広である。
一応中学校を卒業したとは思えないほど学力が低すぎる四人である。
教員免許を所持している白上は、だからこそ四人の未来を案じていた。
しかし四人はまじめに勉強し、着実に学力をつけていく。
任務や通常の訓練をこなしながらではあったが、それでも四人はなんとか前進していた。
「……なあ諸君。なぜこれだけまじめに勉強できるのに、入学当初は学力が低かったんだ? 学力と引き換えに魔力を得るという契約でもしたのか?」
「教官。どんなレートで学力と魔力が交換できるんですか? 私たちが人類史上最高の天才だとでも思ってるんですか?」
「すまん……」
現状を疑問視する白上に対して須原は少しキレた返事をした。
一般的な中学生の学力、それを得るための時間や労力。
それぐらいで得られる力ではないことは、指栖以外にとっては常識である。
自分や自分以外の努力を知っていれば、軽口であっても流せるものではない。
「他の五等ヒロインと一緒の授業を受ける者はまだ無理だが……三等ヒロインになるまでには追い付けるな!」
希望的観測を嬉しそうに語る白上に対して、自分たちの希望が遠いことに悩む四人である。
なまじまじめだからこそつらいのだ。
まあ他の五等ヒロインも普通に勉強しているのだから、多少速いペースで勉強しても追いつくまで時間を要するのは自然であろうが。
「さて……実はこれから職員会議があるんだが、スーパーヒーローである李広君にも参加してほしい」
「……赤点補習を受けている生徒がですか?」
「ドクター不知火も参加している会議だ。職員会議って言っても実際は怪異対策部隊の会議だと思ってくれ」
改めて、広はスーパーヒーローである。
名目上は怪異対策部隊の中では総司令官の次にエライということになっている。
会議に出席するのもそこまでおかしくはない。
だが現在の彼は補習授業中の赤点生徒。出席するのは少しおかしい気もする。
「君だけではなく五等ヒロイン指栖正美君にも出席してもらう」
「なるほど! 私の有用性に怪異対策部隊の皆さんも大注目というわけですね! こういう状況を目指してスキルビルドをしたんですから私はやっぱり賢いですね!」
(コイツ土屋に似ているな……)
いろいろと思うところはあるが、反発するほどでもない。
広は指栖をつれて人工島の会議棟へ向かった。
「広さん。こういう本格的な会議に出席するのは初めてですか? それなら私からアドバイスがあります。聞いておいた方が賢いですよ!」
「お、おう……」
「こういう会議に出席する方々は、とても偉くて頭がいいです。なので、私たちの専門外なことは話してきません! 私たちに意見を求めるときは私たちにもわかるように話してくれますから、それを聞き逃さないようにしましょう!」
「……おう」
(絶妙に叱りにくい攻略法だな……)
一緒に歩いている一等教官白上をして『まあそれでいいんじゃないの』と言いたくなるような会議のコツだった。
周囲の理解を得ていることが前提になるが、そこまで見当違いなアドバイスでもない。
とはいえそれで満足しているのは向上心に欠けるので頭が悪いと言えなくもない。
かといってこの場で叱るのも変な話に思える。
この間も指栖は微妙に志の低い頭のいい話をしており、広と白上は相槌などを打ちながら歩き続けていた。
人工島で生活している一般職員がまず入ることのない特別な会議棟に入る。
カードキーを兼ねる身分証で電子錠を開錠し、特に大きな部屋に入った。
そこにはすでに、多くの一等官が席についている。
当然ながら全員女性であったが、その中でも特に目立っているのはやはり二人のスーパーヒロインであろう。
男装のような服装をしている麗人鹿島と軍人のような服を着ている女丈夫近藤であった。
二人は広い会議室の机で並んでいるのだが、妙なことに隙間が空いている。
人一人を座らせるために空かせたようであった。
(……ああ、土屋さんの席か)
「広君! さあ、こっちこっち! 僕のとなりにどうぞ!」
「私のとなりに座ってください! ぜひ! さあ! 並んで、肩を寄せ合って!」
(俺の席だった……)
学生のようなテンションで盛り上がっているスーパーヒロイン二人。
互いの間に広を座らせようという姿勢は、もはや圧殺の構えであった。
「総司令官! 助けてください!」
『私には何もできないわ……』
「じゃあ土屋さんは!?」
『あの子はいつものように、広報活動をしているから……それにあの子は、基本的に助けてくれないわ』
アニメの組織の黒幕がごとく、サウンドオンリーと書かれた巨大モニターに叫ぶ広。
悲しいことにモニターについているカメラの向こうの総司令官は甚だ無力であった。
「ドクター不知火!」
「……ごめんなさい」
「俺の上官でしょうが!?」
一等技官であるドクター不知火もこの会議に出席しているが、二人のスーパーヒロインからは離れた場所に座っている。
忍者のように気配を殺し、自分の存在を悟られないように努めていた。
ただ、他の一等官たちも同じようなもので、白上もしらっと不知火のそばに座っていた。
上官がだめなら部下に頼るしかない。
「おい指栖! 十石を今すぐ呼べ!」
「え? 番号とかアドレスとか聞いてないんですか?」
「知らねえよ! とにかく呼べ!」
「教えましょうか?」
「呼べって言ってるだろうが!」
本人も微妙にひどいことを言っているが、それでも仲間(だと認めていない女性)の力を借りてこの場を乗り切ろうとする姿勢はまさにスーパーヒーロー(の恥)であった。
「ところで、須原さんじゃだめですか?」
「あいつは俺の相棒面するから絶対ダメだ!」
※
いよいよ会議が始まろうという時間である。
広は自分の左右に指栖、十石を座らせた。
そのさらに隣には不満そうな鹿島と近藤がいる。
それでも一応は全員が席に着いたことで会議が始まる。
『ええ~~ごほん。今回も多くの一等官の皆様が出席してくださったことに感謝します。それでは時間となりましたので、会議を始めさせていただきます。議題は『怪物の捕獲に伴う影響』についてです』
(ああ、それか)
『それではまず一等広報官から……』
「その前に、よろしいでしょうか!」
総司令官が会議の進行をリモートで始めようとしたところ、いきなり怒って席を立ったのは鹿島であった。
先ほどまで自分の隣に広が座ってくれないことを悲しんでいたとは思えない落差、テンションの急上昇ぶりであった。
「この私、スーパーヒロイン鹿島強は! 鹿島派のヒロインを代表し、あらためて怪物の捕獲に反対する所存です!」
まさに熱血ヒロインという圧をもって会議室で叫んでいた。
もはや宣戦布告の趣すらある。
「広君が怪物を安全に捕獲できること、それ自体は何度も立証されていることです。それ自体に不満はありません! 彼は何も悪くない! ですが! 怪物を捕獲しても怪人は死なないという情報が上がっています! これは問題です!」
通常、怪物を倒すと怪人は一斉に死ぬ。
これは怪物と怪人が親機と子機のような関係であるからと考えられている。
広が怪物を状態異常に陥らせても、怪人は死なず行動し続けている。
これはあらゆる状態異常で検証された事実だ。
そして怪人は一般人を簡単に殺せてしまう。
これを残すことは確実にリスクであった。
「私たちは怪異対策部隊! 無力なる人々を救うことを使命としています! ならば未来のためとかどうとか言わず! まず目の前の人々を確実に助けられるよう尽力すべきではありませんか! 捕獲を優先して市民が一人でも傷を負えば、死んでしまったら! 私たちはなんとお詫びをすればいいんですか!」
(そんなに熱い魂があるのに、なんでさっきまで俺にセクハラをしようとしていたんだ)
「怪物の捕獲は取りやめ、即刻殺すようにするべきです!」
検証された事実をもとに、職務や使命を前に出して、現実的に可能な選択をするべきだと話すスーパーヒロイン。
多くの一等官たちは困った顔をして……おそらく総司令官すらも困った顔をしているのだろう。
彼女の提案は間違っていないが、受け入れることは難しいのだ。
何とかできる唯一の人物、近藤に誰もが期待をしている様子であった。
「鹿島先輩。実に素晴らしい意見でした。今度は私からも意見をさせていただいてよろしいですか?」
「……もちろんです」
「ではマクラを手短に……広君! 私の隣に座ってくださいませんか!? 私正直とっても期待しているんです! お願いします!」
「勘弁してください!」
「うう……合意が取れなかったので本題に入ります……」
強引に踏み込んで押し切ることを嫌う一方で強引な発言をしないわけでもない近藤。
彼女はめそめそと一瞬泣いた後、スーパーヒロインの表情になり、眼鏡をくいっと動かした。
「鹿島先輩の意見はまったくごもっともです。仮にあなたが総司令官に就任し、今の方針を出したのなら、私は全面的に支持します。おそらく広君も同様でしょう」
「……まあ、はい」
「しかし総司令官のおっしゃっていることが全面的に間違っているわけでもない。これは倫理的な問題です、最初から正解はありません。であれば総司令官の方針に私は従います」
近藤の発言は『どっちの意見も正しいので、現在の上官の意見を尊重します』というものであった。
またそこから円滑に会議を進めようと試みている。
「それに貴方の発言は、現在の方針のデメリットだけを表しているにすぎません。あまりにも不条理だと思いませんか?」
「お、おっしゃる通りです!」
本来発言する予定だった一等広報官……一般企業でいうところの営業部も兼ねる広報官の中年女性が勇気を出して発言をした。
「現在多くの国や機関から、石化解除薬に期待が寄せられています! いえ、これはもはや希望と言っていい! これは生きている人々を治すという段階の話ではなく、石化したまま死亡してしまった人々を弔いたいという声もあるのです!」
怪物によって石化されてしまった人々は、一定の時間が経過すると怪物が退治されても治らず石化したまま死んでしまう。
死んだこと自体がとても悲しいことだが、石化したまま死体にもならないというのは悲劇に拍車をかけている。
現在の石化解除薬をラットに使用した場合、生き返るどころか溶解してしまうのだが……。
この欠点を少しでも緩和すれば、石化した死体を普通の死体に戻せるだろう。
石化した生きている人間を治す薬の実用化となれば百年以上かかるだろうが、石化した死体を普通の死体にする薬ならば十年以内に製造できる可能性がある。
これを希望と呼ぶことは悪くあるまい。
「そしてこれは『怪物を生きたまま捕獲すること』が前提になっています! そうですよね、不知火一等技官!」
「はい、おっしゃる通りです! 怪物の肉体は、死亡すると一気に崩壊します! これは怪人を巻き込んで死なせることや、毒や麻痺などの影響を消失させるというポジティブな側面もあります。ですが怪物の肉体を調べることが難しいといううネガティブな側面もあるのです! 怪物の捕獲なくして石化解除薬の研究はありえません!」
「石化解除薬の試験により、世界中から寄付が集まっています。これは企業や国家からのものもありますが、怪物からの被害者団体からの寄付……つまり一般の方々からの寄付もあるのです! これを無下にするのですか!?」
「うぐっ……それは否定できません! でもたくさんの人が期待しているからと言って、私たちが一番助けなければならない現場の人を不安全にさらしていいのですか!?」
「まさにその! 現場での不安全を解消するためにも、怪物の捕獲は必要なのです!」
広を助けるために声を上げなかった白上一等教官は、人々のために声を上げていた。
「スーパーヒーロー李広殿の捕獲した怪物や怪人を用いた訓練は、四等ヒロインや五等ヒロインにとって最高の成果を出しています! 先日の脱走事件の再発を避けるためには必要なことなのです! もしも今の訓練内容を否定するのならば、どうか代案の提案をお願いします!」
先日までの訓練では、現場に出るヒロインの質が保障しきれない。
一等教官からの正論に鹿島はうめくことしかできなかった。
『ごほん! スーパーヒロイン鹿島さんのおっしゃることもごもっともです。ですが白上一等教官のおっしゃるように、まずは教育改革が必要でしょう。現在の三等以下のヒロインは特に訓練の見直しが必要です』
ここで総司令官が本来の予定へ軌道修正を計った。
『白上一等教官。捕獲された怪物や怪人を用いた訓練は順調とのことですが、四等や三等ヒロインから何か意見はありますか?』
「はい! 身体能力特化型の怪物ばかりが相手なので、可能ならば他の怪物とも戦闘訓練を積みたいとのことです!」
『スーパーヒーロー広君。貴方の意見を聞かせてください。他の怪物との闘いは可能ですか?』
ここでようやく広に話が進んだ。
正直に言っておいてけぼりをくらっていた広だが、質問の内容には自信をもって答えられる。
「可能ですがお勧めしませんね。私が身体能力特化型だけを訓練に出しているのは、強い上で無力化が簡単だからです」
怪物には四種類の能力値がある。
身体能力、魔法能力、異常能力、怪人能力である。
怪人能力……強い怪人を生む、怪人がやられてもすぐに補充できる、多くの怪人を同時に展開できるなどの能力の総称である。
これに秀でた怪物は、本体はとても弱い。訓練の相手には不向きだ。
それを差し引くと、残る魔法能力と異常能力に秀でた個体は……。
「魔法能力に秀でた怪物は、魔法をバリアのように身にまとうことができます。これは古代神の状態異常をある程度防ぐことができるため、無力化に手間がかかってしまうのです。これではいざというとき訓練を受けているヒロインを救えません。異常能力に特化した怪物はある程度ですが、状態異常耐性が高く、状態異常を治す力も強いのです。やはり無力化が難しいのでお勧めできませんね」
(そうです、聞かれたことにだけ答えるのが賢いんですよ、広さん!)
(黙ってろ)
広がつらつらと回答できたことに隣で座る指栖は後方師匠面である。隣なのに。
そんな彼女にも質問が向かっていた。
『そうですか。それでは五等ヒロイン指栖さん。貴方の力でそのリスクを下げられますか?』
「可能ですけど保証できませんね」
総司令官からの質問に、彼女自身も流暢に答えた。
「私はバフにある程度融通を利かせられるので、訓練を受ける皆さんの防御方面の力を特に上げることはできます。でも無敵になるわけじゃありませんし、治療手段があるわけでもありません。なので可能ですが保証できませんね」
『そうですか、わかりやすい説明をありがとうございます』
「社会人なので当然です!」
「うむむぅ……」
鹿島はいよいよ話に首を突っ込めなくなっていた。
こと訓練に関して、彼女も大したことができるわけではない。
彼女自身もその派閥も、はっきり言って天才ぞろい。
他の面々を強くしようと尽力したこともあったが、最善を尽くしてもうまくいかなかったのだ。
話がこちらに進んではできることはない。
「状況は周知できましたね。特にいい案がある、というわけでもありません。なので謹んでお伺いしますが……広君。貴方の契約している神とお話をさせてくださいませんか? この状況をなんとかできる提案があるのならしていただきたいのですが」
ここで近藤は広が契約している神に話を振った。
「こいつらですか?」
広がリンポをとりだすと、四つの人魂が浮かび上がる。
召喚強度を1に抑えた神々は、浮遊しながら言葉を発した。
『我らに知恵を借りたいとはな……まあいい。知恵の神は知を恵むものだと考えているが、肝心の知恵を教えるような奴ではない。聞くだけ無駄だからな』
『さりとて我らも知恵を貸す神ではない。その点ではカバラやツウテンチュウとは違うな。あまり多くを語るべきでもない』
『とはいえ提案は可能だ。魔法や状態異常を操る怪物との闘いを予習したいのだろう? 簡単な話だ』
古代の神は、本当に簡単な提案をする。
『我らが直接相手をしてやればいい』
こうして古代神と戦おうチャレンジが課されることになるのだった。




