直接聞けばいいのに(信頼できない語り手)
李派を自称する三人。
須原紅麻、十石翼、指栖正美。
この三人は人工島の最奥、総司令官室に招待されていた。
三人のスーパーヒロインや広の上官であるドクター不知火も同席している。
そのような状況であったが、さすがの三人も総司令官の異様には驚いていた。
「驚かせてしまってごめんなさい。この度は集まってくれてありがとうございます」
「い、いえ……」
こうも多重の幻想的状態異常を抱えている人間は、彼女らをしてみたことがない。
怖気づいてしまうが、それでもこの姿を見せた彼女にはそれなりの敬意を示さねばなるまい。
些か緊張する状況であったが、誠実であろうと三人は頷きあう。
「それでは……恐縮ですが、皆さんがどのような共通点を持っているのか、教えてくださいませんか?」
「アイツから聞いてないんですか?」
「聞くのが怖くて……」
いきなり涙ぐむ総司令官。
白上もそうだが、怪異対策部隊に長居すると心を病んでしまうのかもしれない。
「彼はとても頼もしくて、どんな無茶にも応えてくれたのです。それなのにこちらから質問をして、臍を曲げられたらどうしようかと……」
(その不安は正しいですね)
まさにその地雷を踏む依頼をしていた十石は、彼女の懸念を笑えなかった。
李広は引き受けさえすれば最後までやり遂げるが、そのあとに依頼人を殴るなどの暴挙にも打って出る男であった。
腫物のように扱うことは正しいとしか言えない。
「それじゃあ話しますけど……眉唾ですよ?」
「大丈夫です。貴方たちの存在に何の裏もない方が眉唾です」
「ごもっとも」
代表として、須原はスキルツリー世界について語った。
じつは三十歳ぐらいなんですよ、という話も全員が納得している。
妙に学力が低いことや実戦経験が豊富であることも加味すれば、むしろ納得のいくことだったのだろう。
「なるほどねえ。広君の能力は状態異常特化型のモンスターと戦うことに特化している……とみせかけて、かなり不合理だった。与えられた枠の中で最適化していたのなら納得はできる」
ドクター不知火はうんうんと頷いている。
「だがわからねえな。俺の知っている『李広』はかなり献身的な男だぜ。普通に回復役をやってない理由はなんだ?」
土屋の疑問提起に対して、須原は逆の感想を抱いている。
あの李広に対して献身的という言葉は似合わない気がするのだ。
「どうもこうも……私はアイツがソロでスキルビルドしている時から知っているが、無茶苦茶突っ張ってるチンピラでしたよ。極度の女嫌いで、女の助けを受けることを嫌い、女を助けることも嫌ってましたねえ。鈴木共が言うには『気持ちはわかる』って話でしたが」
女尊男卑世界に生まれた男として女性に対して劣等感を持ち、異世界でそれが晴らされることを期待していた。
誰もが力を得られるスキルツリーに、彼は願いをかけていた。
純粋なサポーター職だとは思いもよらなかっただろうが。
「だもんで、アイツが女勇者のアイテム係を請け負ったときは誰もが驚いたもんです。もうこの時点でただものじゃないって誰もが言ってました」
「そのあたりのことを聞かせてもらえるかしら。勇者と一緒に神を調伏し装備を奪い返し、過食者を討ったと聞いていたけど……過食者って何?」
「その点は私がお答えしましょう! ギルドの昇級試験でテストに出ていたので、きっちり覚えていますよ!」
ギルドバッファーである指栖が、『過食者』について説明を始める。
「神話の石板の一枚目……『かみさま』は神官に愚痴を言いました。最近供物が少ないんだけど、どうやったら増えると思う? 神官は答えました。供物に返礼品をつけたらみんなが捧げてくるのでは、と」
「二枚目。『かみさま』は神託を下しました。私に供物を捧げれば知恵と技術を与えよう、と。多くの人が供物をささげるようになりました」
「三枚目。神官たちは供物を受け取り『かみさま』に捧げ、『かみさま』から信者へ【知恵と技術】を授けます」
「四枚目。悪い神官が【知恵と技術】を自分のものにしてしまいます」
「五枚目。『かみさま』の元に供物が届かなくなりました。悪い神官が横領するので、人々は奉納を止めてしまったのです」
「六枚目。ほにゃららら、うにゅにゅにゅにゅ、まままままま」
「七枚目。あああああ~~~いい~~うう~~ええ~~おお~~」
「八枚目。こうして人々の元に知恵と技術が届き、奉納が再開したのでした。めでたしめでたし」
やりきったぜ、という顔の指栖に対して、その場の全員が困った顔をしていた。
「私が言うのもなんだけど、六枚目と七枚目はそれでいいの?」
「私も過食者が他者からスキルの実を奪う者だとは聞いていましたが、その神話は初めて聞いたので、なんとも……」
過食者の説明をするはずが新しい疑問が湧いてしまった。
神話で露骨に落丁があると無性に気になってしまう。
「私も気になったんですけど、ギルドの偉い人曰く『六枚目と七枚目については調べることが禁じられている』だそうです。同じように勇者の正式な名称も調べてはならないとかなんとか……」
「ま、まあそれはともかく……今の神話とスキルツリーの手続きからして、どうやれば過食者になれるかは明らかだね。スキルツリーに成った実を、奉納品を捧げた者に渡さず別の人が食べてしまうと。いろいろと条件はあるのかもだが、それじゃあ人々が奉納品を捧げなくなるのも納得だ。神様側からすればたまったもんじゃない。神話の中に勇者のゆの字もないが、六枚目で神が勇者に力を与えて、七枚目で勇者が過食者を倒す……そんなところだろう」
思ったより簡単な手法だった。運送会社の社員か仲介人が客の荷物を盗んでいるようなもんだと思えばおかしくない。
「そんな真似をしていれば、過食者は恨まれて当然ですね。勇者に討たれた時も皆が喜んだのでは?」
「そりゃもう! 私は大手ギルドに在籍していたんですけど……被害者多数で、自殺未遂が何度も起きていましたよ。よりにもよってセットボーナスやコンプリートボーナスの実を持っていかれたんで、絶望も濃かったんです」
過食者がどのような手口で実を着服したのかはわからないが、その前提としてターゲットに狙いの実を取らせることは必然だろう。
どうにか言いくるめるなりしてセットボーナスを目指して取得させ、最後の最後で裏切って持ち逃げする……。
広で言えば完全耐性が取れなくなるようなものだ。人生を賭けた大願が奪われたのなら辛いだろう。
「いつか勇者様が立って、スキルを取り戻してくれると励ましても、それは何時だ、俺が現役の間じゃないと意味がないって。そんな人ばっかりで、かける言葉もありませんでした」
ギルドバッファーは多くのパーティーにバフをかける。
多くの人と関わり、応援する仕事だろう。
夢に向かって前進する人々に触れ、温かく見守っていたはずだ。
絶望を共有したとは言わないが、彼女も気がめいったはずだ。
「そんな時ですよ。広さんが勇者さんと過食者を討って、奪われた実が元に戻ったんです。そりゃもうみんな大騒ぎで、勇者さんと広さんにお礼を言うんだって張り切っていました。ま、勝手に帰ってたんですけどね」
「自分本位で自分勝手なのは今も変わらずさ。自己評価が低すぎるんだよ。高すぎるのも考え物だけどね」
接客態度が最悪だったのは事実だし、正義の味方だったわけでもないので、現在の土屋のように振る舞うことは間違っている。
しかしそれでも彼は人を助けていたのだ。
「追跡者はそういう人たちから託されてここにいます。私たちもそうですが、鈴木他称戦士隊など特にそうですね」
「なんだい、その変な名前の連中は」
「超実力派で知られるパーティーです。彼らは……」
ここで鹿島に対して、十石が説明を始める。
広本人には会ったこともない鈴木他称戦士隊が、なぜ広を守ろうとしているのかを。
※
人工島内の喫茶店で、広は小学生向けのドリルをこなしていた。
結局手で書くのが一番である。彼は自分でも自分の状況に情けなさを感じており、一人でいると涙まで流す始末。
気分を変えるために公共の場で勉強している。
もちろん周囲からは浮いているし、『なんか小学生向けの勉強している』と変な目で見られることもあるだろう。しかし広が赤点を取っていることは人工島では有名なので、もう隠すのは止めていた。
弱めの近藤理論である。恥ずかしいからこそ隠してはいけないのだ。
「あ、あの~~……」
そのように勉強している広へ声をかけたのは一夜であった。
いろいろと切羽詰まった顔をしており、広の方が不安になってくる。
「実はその……お時間イイですか?」
「え、な、なに?」
「実はその……」
実はその、が多い。
彼女は焦っていた。
無理もないだろう、なんか王尾派扱いになっているし、今李派になったら指栖の恩恵目当てに思われるし。
状況がどんどん悪化していくので、彼女は強行突破に出たのだ。
「私! 貴方に救助してもらったんです!」
「……あ、そうなの?」
「はい! 小人に変えられて死ぬところだったのを、貴方が助けてくれたんです!」
「あ~~……へ~~……」
案の定の温度であった。
「ずっとお礼を言いたかったんです!」
「そうか……それじゃあ、ほら」
広はおずおずと手を伸ばす。
一夜はそれを両手でぎゅっとつかんでいた。
「あの時は、お礼も言えなくて! ずっと後悔していました! 本当にありがとうございました!」
「そ、そうか……まあ、気にしなくていいよ。仕事だからさ」
「いえ、そんなわけにはいきません! ずっと、貴方のために戦いたかったんです!」
「そんな……そこまで気にしなくてもいいよ?」
広は元々、喫茶店にある二人用の小さい机を使っていた。
対面に椅子があったので、着席を促す。
焦った様子の一夜に自分の考えを語っていた。
「正直に言うが……俺はそういうのが分からない。相手の立場になって考えるってあるだろ? 俺は君と同じ立場だったら、君のように動かない。だから、そのなんだ……君が俺の為にって言ってもわからないんだ」
ふと、目を閉じる。
初めて十石に出会ったときのことを思い出す。
彼女はヌカーイとかいう男の傍に控えていた。
きっと彼女はヌカーイという男に恩義を感じていたのだろう。
彼のためなら何でもできる、そう思っているはずだ。
それはわかる、共鳴できる。
スキルツリー世界での彼女は、ヌカーイの世話になったはずだ。
おそらくは限りなく貧困に陥ったあとで、救いの手を差し伸べられたはずだ。
その後も衣食住を世話になっていたはずだ。
それなら忠誠心を抱いても不思議ではない。
「俺は、人間関係っていうのは、長い時間をかけて構築するものだと思っている。一回救われただけだとか、一回会っただけだとか、一目惚れだとか……そういうのは勢いみたいなもんだと思う」
ふと目を閉じる。
かつて世話になった神官の姿が浮かぶ。
最後に会ったときは老け込んでいたが、それでも壮健で安心した。
彼にはソロ初期からお世話になった。何度も家に招いてくれた、食事もままならなかった自分にごちそうしてくれた。
武器を買う金がない時はお金を貸してくれた。利子をつけて返そうとしたら、利子分はいらないと受け取らなかった。
大恩人だ。
彼のためなら何でもできる。
もう一人が浮かんだ。
勇者だ。
彼女と一緒に長く旅をした。
互いに支え合い、互いに語り合い、互いに温め合った。
苦しい時間を共有することの楽しさを彼女が教えてくれた。
相棒だ。
彼女のためなら何でもできる。
最後に、紫電だ。
幼馴染で、過去の自分と同じ価値観の人間だ。
彼女の気持ちは痛いほどわかる。
彼女がどれだけの充実と苦悩を味わっているのか、手に取るようにわかる。
彼女はもう一人の己だ。
どうしていいのかわからないが、もう一度会わなければならない。
対して目の前の彼女はどうか。
関わった時間があまりにも短すぎる。
彼女の熱意が、一種の熱病に思えて仕方ない。
一度救うとか一度救われるとか、そんなに大事に思うことか?
否であろう。
「よかったら、友達にはなってほしい。でも俺のために戦うとかは止めてくれないか」
「そ、そうですか……すみません。重い女で……でも、友達になってくれるのはうれしいです!」
「俺もだ」
よかった、まともな女子だ。
広は心底からほっとした顔で、もう一度握手をしようとして……。
「ひ゛ろ゛し゛く゛ん゛!」
突如現れた鹿島にびっくりした。
「君は、君は……やっぱり凄い奴だったんだね!」
「は、はあ?」
「君は幸せにならなきゃだめだ!」
「あの、えっと?」
「僕は絶対、君を幸せにするからね!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしているスーパーヒロインが、全力で広に抱擁をキメてくる。
「いだだだだだ! た、助けて! 助けて~~!」
「大丈夫ですか、広さん! 鹿島さんを引きはがさないと……ふんんんん!」
「広君~~! 大好きだよ~~!」
「あぎゃあああああああ!」
勢いとは恐ろしいものだ。
鹿島が勢いで動く姿を見て、一夜は広が何を恐れているのかを理解するのだった。
ひとまずここまで。
鈴木他称戦士隊が広を守る理由はまた後日ということで。