新人の参戦
◎商店街。
商店街と聞くとさびれた地帯を想像するだろうが、大きな団地が付近にある、まだまだ元気も活気もある商店街だ。
そのような場所だからこそ、怪物は現れた。
その怪物の名前はネガジェネラルとでも呼ぶとしよう。
この怪物自体は比較的貧相に見える。
太った人間がぱつんぱつんの軍服を着ている、というのを想像すればだいたい合っているだろう。
そのような怪物がどのような能力を持っているかと言えば……。
従えている怪人の質が高い、これに尽きる。
通常の怪人の三倍ほどの性能を持ったうえで、その数は据え置き。
それはネガジェネラルが弱いことを差し引いても、まったく問題にならない脅威であった。
普通の人々にとって、ただの怪人ですら脅威である。
それが三倍も強くなっていれば……その被害は尋常ではなかった。
人々は商店に避難しようとしたが、商店は壁も柱もへし折られた。
車に逃げ込もうとしても、トラックも乗用車も粉砕された。
まるで弱小国家に攻め込んだ大国の軍事力。
一般人に戦車が大人気なく突っ込んでくるようなもの。
そしてひとしきり暴れた後の商店街は、無惨という他なかった。
これが本当に、爆心地のように更地になっていればまだよかったかもしれない。
しかし怪人たちが破壊の限りを尽くしたと言っても、商店街全体が半壊した、という程度だ。
この半壊が……悲惨だ。商店街がどういうものだかわかる、原形をとどめている。ついさっきまで普通の、人々にとって生活の場だとわかる。
だからこそ悲惨だった。
修理どころか何もかも壊して作り直さなければならないほどなのに、それでもなにがあったのかわかってしまうことが悲しいのだ。
暴力に沈められた押された人々は、怪人を整列させて従える怪物に憎悪を向ける。
にやけた顔だった。そのような形の仮面だった。
固定されている顔だが、内心もそうであるとわかる。
制圧が完了したと言わんばかりに、崩壊した商店街に怪人が並んでいた。
この後はどうするのであろうか。他の場所、周囲の人々を襲うのか。
それとも、もはや身動きすらできない周囲の人々にとどめを刺して回るのか。
怪人が弱らせたところを、怪物が襲うのか。
そのような無駄があり得るか?
あり得る。
怪物の顔はそれを想像させた。
人々はもう諦め、受け入れていた。そんなことがない、などとは思っていなかった。
なまじ一度暴力の洗礼を受けているからこそ、暴力が実在するものだと理解してしまった。
テレビやネットの向こう側の、対岸の火事ではない。自分の身に降りかかっただけなのだ。
そしてそれは、テレビやネットでしかかかわりのないヒロインたちが登場することを意味している。
遠いヘリの爆音とともに、何かの落下音が聞こえて来た。
崩壊していた商店街……買い物客のために、店と店の間をおおっていた天井を突き破って、アーマー姿の人々が降りたつ。
その中に、一人の少年が立っていた。
「いくぞ、オオハニヤス」
召喚開始。
名称 オオハニヤス
属性 土、金
位階 ハイエンド
種族 古代神
依代 魔剣リンポ
強度 2
効果 土、金属性の魔法使用可能。
幻想的状態異常付与
召喚完了
一般人が知覚出来たのはそれだけである。
すでに二重のバフを受け取っていた少年は魔剣リンポを抜く。
二等ヒロイン相当の基礎身体能力を獲得していた彼は、大きく踏み込む。
整列していた状態から、ヒロインたちを迎え撃とうとする怪人たちの直前まで踏み込んでいた。
普通ならそれは自殺である。
二等ヒロイン相当ごときで、通常よりも強い怪人の群れに突っ込むなど自殺だ。
『つちくれ!』
この一撃で周辺の怪人を倒せなければ死ぬ。そのような状況で土の魔法を帯びた剣を振るう。
シミュレーションRPG風に言えば、前方の正方形九マスを叩き潰す範囲攻撃。
狭いとも広いとも言えない一撃が、そこにいた怪人たちを小さな土偶に変えていた。
「アクティブスキル、攻撃支援(極)!」
それに合わせて、後方に待機していたヒロインの一人が支援を発射する。
背中でそれを受け止めたヒーローは、再び魔剣を振るおうとする。
怪人たちは強いからこそそれに反応し、彼を倒そうとした。
殺到してくるそれを、ヒーローはなぎ倒す。
『あなぐま!』
自分の周囲を薙ぎ払う、土の異常攻撃。
それは彼の周囲をたやすく呑み込み、立っていた怪人たちをやはり土偶へ変換する。
石化、小人化、人形化の三重状態異常が制圧していた。
ここでネガジェネラルは状況を理解した。
怪人が動くより先に相手が殲滅する。この人間に接近することは無意味だ。
この男は『手加減』をしている。
やろうと思えばこの商店街そのものを一瞬で土塊に変えるだけの力を持っているうえで、色々な小細工を積みつつ範囲を調整している。
そうでなければ、自分の怪人を一瞬で幻想的状態異常で行動不能にできるわけがない。
つまり自分の全戦力を一気に投入しても、相応に調整されて対応されるだけだ。
戦力の集中投入が愚策ならば散る他ない。
高威力で加減が難しいのなら、周囲の人々を巻き込めばいい。
怪人に特化した怪物だからだろう。
その意思は一瞬で怪人たちに伝播する。
「究極猛獣呪紋……顎」
その一瞬より早く、後方に控えていたヒロインのアーマーが破裂した。
内側から爆発したかのように見えた……否、見えた者はいない。
彼女の両腕は鮫に変わった。ただ鮫に変わっただけではなく、肥大化しながら前進し、土偶になっていない怪人たちをぺろりと呑み込んでいった。
そのまま一瞬で元に戻る。
スーパースローカメラでもなければ、一瞬白い影が現れたとしか見えまい。
如何に高度な情報化社会とは言え、そんなものが街中にあるわけもなく。
彼女は真正面から完全犯罪をやり遂げていた。
「余波による被害ゼロ、力の調節が上手だな。やっぱりお前の方がスーパーだろ」
「そうでもないよ。現役スーパーヒロインと比べたらワンちゃんみたいなもんさ」
「そうだな。あの三人からすればお前もそんなもんか……」
ざざざ。
ネガジェネラルの前にヒーローが立つ。
怪人特化型という怪物ゆえに、兵が尽きた今できることはなく。
「オオハニヤス」
『どろだんご!』
ずぶりと魔剣が刺さった。
ゆっくりと、苦痛を伴って状態異常が進行する。
笑っていた顔が変形していく。
服だった、文明らしきものが感じられた姿が不細工になっていく。
小さく小さく、子供の工作のようになっていく。やがて泥団子のようになっていた。
魔剣に刺さっているそれを抜いて、壊さないように確保する。
ふと振り向いて、今回確保した『いい的』になりそうな土偶を確認した。
それらが同一のデザイン……つまりうっかり人間を巻き込んでいました、ではないことを確認してから胸に手を当てた。
「本当に丸くなったねえ。昔の君なら女子からの助力を嫌がっていただろうに。本当にあの勇者ちゃんが君を変えたんだね」
「まあな。それに……土屋さんから薫陶をいただいている。人助けなんだからチートでも反則でもしろってな」
「なるほど、ごもっともだ」
斃れている人々は、鮮烈な光景に眼を焼かれていた。
ある日いきなり壊された日常は、それ以上のいきなりで、認識できない速さで解決していた。
「ところでこの光景……私が君の相棒って感じがしない?」
「……」
「無言で距離を取らないでくれよ! 傷つくじゃないか! 本当に傷ついているんだからね!」
「お前はもうついてくるな」
「さっきの言葉は一体!?」
「俺の相棒は一人だけなんだよ!」
スーパーヒーローの人間味を見る人々は……そして彼と一緒に降りてきて、ただ活躍を見ていただけのヒロインたちは理解する。
もう戦いが終わったことを。
※
スーパーヒーロー李広、更なる躍進!
怪異対策部隊で訓練を積み派閥を得た彼は、さらに戦力を増した。
またも事件を解決!
石化解除薬の研究に多くの投資が殺到。
※
コロムラの秘密研究所。
廃校となった学校を利用した施設では、日夜非人道的な研究が続けられている。
ヒロインが華々しく活躍し、元ヒロインが多くの大企業や政治の場で重役をやっているからこそ、多くの女子がヒロインに夢を見て、現実に打ちのめされる。
高い自己肯定感がそのまま社会への被害者意識に変わる。
そのような少女たちは望んで実験体となり……そのほとんどが残酷な末路を迎える。
そのような研究所で、才媛という雰囲気の女性が多くの帯刀している老齢の女傑らに……グランドマスターとも呼ばれる最高権力者たちに話をしていた。
「怪奇現象を発生させる方法ですが、現在頭打ちになりましたね。現在獲得しているのは紫煙と紫電だけです。その二人も『初歩』で躓いている状態です」
「初歩? どういうことだい。あの二人は内部の人間を強化するっていう怪奇現象を発生させているんだろう」
「それですよ。怪奇現象と呼ぶにはしょぼすぎませんか?」
才媛は語る。怪奇現象の可能性を。
「怪奇現象とは怪獣が出現するための環境であるとされています。怪奇現象が生じてから怪獣が出現することからも明らかです。これはかの李広の操る怪獣ですら同じこと」
李広の名前が出たことで、老女たちの中の数名が眉をひそめた。
一般的な意味で女尊男卑的思考を持つからこそ、男子の躍進に憤慨しているのだろう。
とはいえそれを口にするほど、彼女らも愚かではないのだが。
「怪獣そのものに比べれば怪奇現象なんて大したものではありません。しかしそれでも……紫煙と紫電が発現させている怪奇現象は弱すぎる」
範囲が狭いこともそうだが、人間が強くなるだけというのはルールとして弱い。
たとえるのなら……電卓が電卓のままで満足しているようなもの。コンピューター、スマホ、AI。そのような可能性が広がっていることに気付いていない。
「まだ発展途上であり、まだまだ強くなるかと」
「それは素晴らしいが、どうすればいい?」
「既に怪奇現象を発生させている二人の共通点は明白です。完成した怪奇現象を肌で感じていること」
怪奇現象、乱薙颱。
風や雷魔法の効果増大、風魔法の攻撃判定発生、数値的状態異常発生。
風と雷の怪獣であるオオミカヅチにふさわしい、自分に有利なフィールドであった。
「彼女らの中の怪獣の細胞に元々備わっていた機能を彼女らは認識した。人間で言えば手の指の存在に気付いていなかった者が気付いたようなもの。そりゃ強くなりますが……手本が一度だけでは限度があります」
もっと多くの完成された怪奇現象を、何度も何度も体感する。
それが怪奇現象を獲得する方法であると彼女は推論した。
これはコロムラの価値観にも沿うものであり、誰も異論は挟まない。
「誰か一人でも完成させれば、そこから技術は普及するでしょう。何ともありがたいことに、その手本を持つ者がこの世界に一人います」
怪異対策部隊所属、スーパーヒーロー、李広。
世界をも滅ぼす力を持ちながら、他のスーパーとは比較にならないほどまともな凡人。
本人の特異性に再現性はないが、彼を起点として多くの技術が生まれようとしている。
それは、良くも悪くもである。
「李広の確保に協力していただきたい。なにせ私の手駒は既に壊滅しておりますので」
「……なんだと?」
「そりゃね、私だってコロムラ。それなりに手はあります。彼の両親やその周囲に接触しようとしましたよ。でもねえ……はははは! 殲滅されて、ラブレターも送られちゃいました」
彼女はここで、古いタイプライターで打たれた『ラブレター』を公開する。
ーーー俺たちが相手をしてやる。
鈴木
ぞっとするほど心躍るラブレターだった。
彼女らがあと四十年若ければ今すぐ切り込むであろうほどの情熱的で、俳句や川柳のような、無駄のない殺し文句だった。
「そう簡単にスーパーヒーローを確保できないようです。しかし、そそられる話でしょう?」
李広を勝手に守る会追跡者、外部担当鈴木他称戦士隊。彼らと反社会組織コロムラの抗争が水面下で始まろうとしていた。




