表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/71

後編

 王尾本人と王尾派の三人が規範を示したことで、四等ヒロインたちも奮起した。

 一年間積み重ねた訓練を活かし、その後も現れる怪物たちを倒していく。

 それでも全員が倒せたわけではないが、逃げ惑うことはなく立ち向かうことはできていた。


 その光景を見て、白上は泣いていた。


「おっ、おまえらっ、おまえらっ……が、頑張ってるな! おぅっ! だ、だけどな、ちょ、調子に乗って、調子に乗ってんじゃねえぞ! 勝って兜の緒を締めよって、いうだろ……まだまだひよっこなんだからな……わかってんだろうな! うぐっ……!」


 彼女の涙は現役時代のことを想ってか、それとも教官になってからか。

 様々な感情がないまぜになっており、なんかもう処理しきれなくなっている。


「そ、それで、五等ヒロインどもはどうする!? おい、やるって気概のある奴はいねえのか!? それで、それで、お前ら、ヒロインになれるのかよ!? え、ええ!?」


 泣きながら発破をかける白上一等教官。

 ある意味微笑ましいのだが、五等ヒロインの多くは冷静だった。


 なまじ同級生のトップ三人が『苦戦して勝った』からこそ、自分達では無理だと判断したのである。

 感涙している白上教官には申し訳ないが、申し出る勇気はなかった。

 ある意味正しい自己認識である。


「それでは! 満を持して美味しいところをいただきましょう! 李派出陣です!」

 

 鼻息荒く、小さな胸を張って出場を宣言する指栖。

 その背後には迷いのない顔の十石、須原が控えていたのだが……。


 生徒のほぼ全員が『大丈夫!?』と危ぶんでいた。

 彼女ら三人は赤点を取ったため補習を受けており、未だに武器の訓練を受けていない。

 つまりド素人で怪物と戦うことになる。どう考えてもハードルを間違えている。


「えぐ……なあ、偉大なるスーパーヒーロー李広様。お前はどう思う? こいつらにもこの訓練を受ける資格があると思いますか?」

(この人大丈夫か?)


 白上が『大丈夫ですか』と確認してくるが、まず彼女が大丈夫に見えない。

 情緒が酷いことになっているので、彼女にカウンセリングなどが必要に思えた。


「ま~大丈夫だと思いますよ。それに俺はこいつらの戦うところを見たいですしね」


「ふっふっふ。それは買い被りというものですよ。私はザコですからね!」


(なぜ誇らしげ?)


 指栖は誇らしげに自分が弱いと宣言している。

 周囲からすれば本当に意味不明だ。

 背が低いこともあって調子ぶっこいている子供にしか見えない。


「や、やるんならとっとと入りやがれ。最後の怪物だ、じっくり味わいな……えぐぅ……」


 今まで同様、巨大な石像が重機で運び込まれる。

 次いで広を含めて、訓練を受けるヒロインが入っていった。


 もちろん(・・・・)、須原紅麻、十石翼、指栖正美である。


 今まで同様、広が立ち会う形で三人が怪物と戦う……はずだった。

 すくなくとも大多数はそう考えていた。


「よし、じゃあ扉を閉めるぞ!」


 涙が収まり始めた白上はタブレットを操作し、部屋を封鎖する分厚い扉を閉ざそうとしていた。

 しかしここで指栖は操作を止めていた。


「あ、ちょっと待ってください」

「なんだ……どれぐらい待つんだ?」

「五分ほどで終わります」

「長いな!?」

「お待ちください!」

「ふてぶてしいなお前!」


 こう言われては待つしかない。

 五分というのは待ってもいいかな、という時間なのだ。

 そして何より、広はその五分という言葉ですべてを悟った顔になっている。


「ああなるほど。そういうことか」

「はい! そういうことです! なので三人とも集まってくださいね」


 広を真ん中に置いて、須原と十石が挟まってくる。

 それはもう恋人のような距離感であった。


「こんなに近い必要ある!?」

「ないですよ。お二人とも少し離れていいです」

「あ、やっぱり?」

「申し訳ありません」

「ないのかよ! お前らも初めてなのかよ!」


 寸劇を挟んだ後、指栖は正面に手をかざした。

 その瞬間広たち三人を囲む形で、床に光る円が構築される。


 さらに白上の持っているタブレットが異常音を発していた。


「なんだ!? 指栖のMPが……減ってる?」


 他のヒロインたちも慌ててタブレットを除き込んだ。

 間違いなく、何かが起きている。そうとしか思えない。

 なのだが……一分待っても二分待っても、円は維持されたままであり指栖のMPも減るだけだった。


「なあおい。遊んでいるわけじゃないのはわかるけどよ、それってどれだけかかるんだ?」

「五分ですね! お待ちください!」

「……ああそういうことね」


 待ってくださいよ、と自信満々の指栖。

 魔力が減っていることもあって何か意味があるのだろうと、ヒロインたちもおとなしく待っていた。

 その中でタブレットをのぞき込んでいたヒロインが疑問を投げる。


「あの……そのステータス画面って、今あそこにいる四人をモニタリングしているんですよね?」

「おう。普通なら精神的状態異常を警戒して、モニタリング機能はつけてない。だが訓練用のアーマーにはいろいろとセンサーをくっつけてるんだよ」

「……そのセンサー、外れてませんか? 全員低すぎるっていうか、数値がおかしいって言うか……」


 本来なら、ステータスというのは極秘事項である。

 互いに教え合わない限り、他の生徒のステータスを知ることは無い。

 だからこそ白上も見えないようにするべきだったのだが、記録を取っていない……というか意味がないとわかっていたのであえて教える。


「ま~そう思うよな。だが李と指栖、それから十石のMPはとんでもなく多い。それこそ王尾や他のスーパーヒロインと同じぐらいだ。そのくせ身体能力も魔法能力も最低ギリギリなんだよ」


 ヒロインは多くの魔力を持っている人間である。

 魔力を多く持っていると身体能力が高くなるし、魔法の武器を使うこともできる。

 この二つの能力のどちらが高いか、あるいは両方同じなのかは個人差がある。

 しかし両方低い、あるいはものすごく極端な差が出ることはあり得ない。


 そのありえない、が三人もここにいるのだ。


「じゃ、じゃあ……全能力値が測定できないぐらい低い須原さんは?」

「コイツはもっとおかしい。一定じゃないんだよ……全能力値が、日を変えるごとにバラバラなんだ。意味が分からねえだろ?」


 それ以上の異物まで混じっていると聞いて、ヒロインたちは怯えた。

 ちょうどそのタイミングで、五分という時間が経過する。


「アクティブスキル……全能力(オール)支援(バフ)(極)!」


 満を持して、須原のアクティブスキルが発動した。

 円の中で五分待っていた三人へバフが付与される。


 タブレットによって計測されたが、雑魚と言っていい三人の能力が二等ヒロインの最低値ぐらいまで引き上がっていた。

 計ったので明らかだが、全員の上昇値はまったく同じである。


 誰が成したのかは考えるまでもない。


「美味しいところはいただけましたので、私は失礼します! みなさん! 私の凄いところを見せてあげてくださいね!」


 私の凄いところを見せてあげてくださいね。

 普通なら困惑する言葉だが今は納得していた。

 五分待った結果が確かにある。


 そして指栖はとことこと通路に戻り、他のヒロインたちと並んで部屋の中を見守っていた。


「さあ教官殿! お待たせしました! どうぞ部屋を閉めて、怪物へ石化解除薬を散布してください!」

「……その前に質問があるんだけどよ。お前なんかさ、バフ的なことをしただろ」

「バフそのものですね!」

「お前がそれしかできないってのはわかったし、凄いとは思うんだけどよ……」


 彼女の技が『HPとMP以外の全能力値を向上させる』ということはわかった。

 だがまだ確認できていないことが一つだけある。というか想像できる。


「このバフ、どれぐらい持つ? まさか永続ってことは無いだろ?」

「それはもちろん! そうでなかったらずっと前からかけてますよ!」

「だよなあ。で、何分?」

「えっと……ちょっと待ってくださいね?」


 ここで赤点をとった少女は指を折りながら数を確認する。


「一時間は60分でぇ~~、半日は十二時間だからぁ~~……60分かける12でぇ~~」

「ちょっとまて! は、え!?」

「720分は持続しますね!」


指栖 正美

クラス 支援師(バッファー)

獲得スキル

アクティブスキル

支援(バフ)(時間制限系統全種)

セットボーナス

全能力(オール)支援(バフ)(極)

パッシブスキル

最大MP向上(極)

MP回復(極)

効果範囲拡大(弱)

射程距離延長(弱)

支援効果向上(極)

支援効果時間延長(極)


スキルビルド型

ギルドバッファー


 ギルドバッファー。またの名を引き篭もりバッファー。最初から前線に出る気がない潔いビルドである。

 出発前のパーティーに強化を施し送り出す、という後衛を通り越した銃後のインフラ要員。


 治癒師(ヒーラー)でありながら回復役(ヒーラー)であることを放棄した広の超邪道ビルドとはわけが違う。

 純粋にバフを極めた王道ビルドであり、洗練されて無駄がない。


「半日は持続するって……」


 ここで白上や他のヒロインはタブレットを見る。

 アクティブスキルの使用により消費されたMPが回復し続けている。

 もうしばらくすれば全回復すること間違いなしだろう。


 また先ほどのアクティブスキルによって魔力は大きく減っていたが、一気に枯渇するほどではなかった。

 つまりやろうと思えば、出動予定のヒロインたち全員へバフをかけることも可能である。


 というよりも……そのためにデザインされたとしか思えないステータスをしている。


「すごいでしょう! 賢い私はこのスキルで大儲けするつもりだったのです! 具体的には現場に出るヒロインさんたちにバフをかける代わりに、一回一万円とか、給料の一割を毎月納めるとかで搾取の構造を作ろうと思っていたのです!」


 子供のころの失敗を恥じるかのように笑い飛ばす。


「ま~~、でもそういうのって良くないですよね! 成長した私は実行前に止めることにしたのです!  今の私は李派専属のギルドバッファー! 李さんたちに美味しい思いをしてもらって、一緒に美味しい思いをさせてもらう! ウィンウィンな関係を構築するのです!」


 ちがうよ、搾取の構造を作っていいんだよ? それは全然ありだよ?

 周囲のヒロインや教官は人間的な成長をしたであろう彼女に、人間的な堕落を求めていたのだった。



 広も時折思っていたことだが……。

 結局のところ、広が普通のヒーラーを極めていれば、もっと人類に貢献できただろう。

 前線に出ることまかりならぬとなり、軟禁に近い形で保護され、ヒールを使うだけの人生を送るだろう。


 指栖正美も同じようなものである。

 むしろ最初からそれを目指してスキルを埋めたのだ。


 彼女は……はっきり言って、広を含めた帰還者の中で最も順応していた人物である。

 自分に支援師というクラスが与えられたこと、ギルドバッファーという役職が求められていると知った時、あっさりとそれにのっかったことが証明だろう。

 彼女はお世辞にも頭がいいとは言えなかったが、広のようにひねくれてはいなかった。自由を失う程度でギルドの保護を得ることができ、なおかつ安定した収入を得られるのなら喜んで受けていた。


(言うまでもないが、広にもギルドに引きこもって希望者にヒールするだけのギルドヒーラーという楽な道があった)


 奨学金のような形でギルドに借金を負うことになったが、そのかわり安全に奉納品(けいけんち)稼ぎができたし、借金を返しながらもちょっとした贅沢ができるほどには給料もよかった。


(それだけギルドバッファーが嫌がられる仕事であるということだ)


 借金を返し終えたらお金を貯めて、元の世界に帰ろう。

 怪異対策部隊に売り込んで、今と同じ仕事をして、希少価値を武器に大儲けをするのだ。


 彼女はそのように人生設計を立てていた。とはいえそれも過去形である。


 それが変わったことに、広は関係ないのだが……。



 扉が閉まった後の室内で、広はあえてリンポを抜かなかった。

 オートマチック型の銃と盾を手に、あえて前に出る。


「さてと……こうなったら俺も戦う流れだよな」


 眼前の怪物へ石化解除薬が散布された。

 解除されていく怪物の名前は、アシュラケイルとでも呼ぶとしよう。

 六つの太い腕を持つ、ややスピード寄りの怪物であった。

 身長も6m程とやはり大きく、人間が戦える相手に見えない。


「む」


 アシュラケイルは広へ狙いを定めると六つの腕を振りかぶった。

 その場で同時に六つの腕を前に突き出すと、そのすべてが伸びたのである。

 ゴムのように伸びた、のではない。亀の首が伸びるように、体内に格納されていた部位が出てきたのである。

 突然の奇襲であり、普通ならば対応できなかっただろう。少なくとも通路側から見ているヒロインたちは何が起きたのかわからず呆然としていた。


「いきなりそれか? あいにくだがそれはもう見ているぞ」


 しかしアシュラケイルを捕獲したのは他でもない広である。

 六つの腕を振りかぶっていた時点で『ああ、アレね』と読んでいたため、悠々と後ろに下がって回避する。


 頑丈である床に亀裂が走る威力だったが、広はそれを一々確認することもない。


「む、お、お、お、お……悪くないな」


 ついでの連続攻撃である。

 六つの腕が順番に伸び縮みすることで、絶え間ない連続攻撃を仕掛けてくる。

 それを広はステップで回避するが、身体能力向上の恩恵により悠々と回避できていた。


「ゲーム的に考えれば、相手の能力が下がるのと自分の能力が上がるのは同じだが……そうでもないな」


 周囲のヒロインたちからすれば手に汗を握る、ではなく、背中に冷や汗が流れる状況だった。


 もしも自分たちがあの怪物と戦っていれば、デバフというハンデがあっても対応できなかっただろう。

 避け続けることに心身が疲弊し、いずれ直撃を受けていたに違いない。


 だが広はちゃんと相手と周囲を見ていた。

 相手の射程の限界を把握し、あえて後ろに避けることで相手に足で移動させるという隙を作らせる。

 その間にオートマチック拳銃をフルオートで連射し、細かくダメージを刻んでいく。


「お前もそれなりに頭がいいじゃないか、そうそう。このまま下がって行ったら、俺は壁の隅に追いやられるよな?」


 部屋がいかに広いとしても、後ろに下がっていれば壁にぶつかる。

 もはや後ろに避けることはできないので、横に回避するしかない。

 だがそれも限界が訪れる。部屋の隅に追い込まれ、横にも後ろにも回避する隙間がない。

 そこでアシュラケイルは満を持して、六つの腕を同時に溜める。

 一気に解放し、広を潰そうとした。


「ま、そうくるよな」


 広は猫かネズミのように、壁を三角蹴りで飛び跳ね、悠々と窮地から脱する。空中のさなかでオートマチック拳銃を連射する余裕があるほどだ。


 追い詰めたはずが回避された。

 全力攻撃が空振りしている状況での追い打ちに、アシュラケイルは無防備に弾丸を浴びてしまう。


「なるほど、バフがあればこんなもんか。悪くない……指栖、ありがとう」


「いやだな~~! そんな~~! もっと褒めてくださいよ~~!」


 普段ならできないことができる。それを確認しつつ、広は着地し腰を据えた。


「さて……防御力はどんなもんかな?」


 怒りに震えるアシュラケイルは一本の腕を伸ばしながら裏拳を打つ。

 広はガードで受けるも、あっさりと吹き飛ばされていた。


 なんども地面にバウンドし、ヒロインたちの悲鳴が上がりかける。


「あだだだ……なるほど、こんなもんか」


 それでも広は起き上がる。

 痛くないわけではないが、痛みには慣れている。自動自己回復もあって復帰も早い。

 だがその時には、アシュラケイルの全力攻撃がスタンバイしていた。

 今度は盾で受けても受けきれるか怪しい。


「待たせて悪かったなお前ら。そろそろ実力を見せてもいいんだぜ」

「ではお言葉に甘えて」


 しかしここにいるのは広だけではない。

 隙だらけのアシュラケイルの背後、至近距離に十石翼がスタンバイしていた。


(ここからどう動く?)


 実体剣をおおきく振りかぶっている翼を、白上や王尾はしっかりと見ていた。

 彼女の現在のステータスは二等ヒロイン程度。それでも全力のフルスイングならば、身体能力特化型の怪物をひるませるぐらいはできるだろう。

 だがそれだけではないよな、と期待が膨らむ。


「アクティブスキル……!」


 まさにこの瞬間、十石のMPが大きく減少した。


攻撃(アタック)支援(バフ)(極)!」


 その直後に、一等ヒロインの全力打撃を大きく超える、圧倒的な物理攻撃が発動した。

 先ほどの王尾の打撃にも劣らぬ、スーパーヒロイン級の攻撃がアシュラケイルを吹っ飛ばしたのである。

 それもただ吹っ飛ばしただけではない、六本あるうちの一本の腕がちぎれて床に落ちていた。


「へえ……」


 王尾は凄いじゃないの、と普通に受け止める。

 だが白上はとんでもなく動揺していた。


「な、え? なんだ……どうなっている!?」


 彼女はログを確認したが、あきらかに異常だった。

 指栖のバフは数値的に計測できていたが、十石の攻撃が計測できていない。


 魔法攻撃力も物理攻撃力も上がっていないのに、威力だけが数倍に跳ね上がっていたのだ。


「なあ、どういうことだかわかるか?」

「え? ああ……そうなるんですね」


 近くにいた、事情を知っているであろう指栖に質問をする。

 彼女はやはり知っているので、賢しげに解説した。


「十石さんも私と同じでバフを使うんですけど、ダメージ計算式に介入するタイプなので身体能力は上がらないんです」

「……カードゲームかなんかの話か!?」

「まあそうですね」


 先ほどの攻撃をダメージ計算式に当てはめればこうなる。


(十石の身体能力+指栖のバフ+装備の攻撃力)×十石のバフ=攻撃力

 

 身体能力も武器の攻撃力も一切上がらないまま、破壊力だけが乗算される。


「貴方と同じって……ずいぶん違うように見えるけど?」

「そういうデザインですからね。私は後方支援特化型ですけど、十石ちゃんは前線で戦うタイプですから」


 王尾はしっかりと見ていたが、素人でも十石と指栖が同じには見えないだろう。

 同じ強化能力者でも現象が違い過ぎる。


 発動に五分かかった指栖のバフと違い、十石のバフは一瞬で完了していた。

 また指栖の強化は継続しているが、十石のバフはもう終わっている。


「そうか、お前は……リーサルバッファーか」

「おっしゃる通りです。今後は貴方の支援を担当させていただきますので、よろしくお願いします」



十石翼

クラス 支援師(バッファー)

獲得スキル

アクティブスキル

攻撃(アタック)支援(バフ)(極)

防御(ディフェンス)支援(バフ)(極)

パッシブスキル

最大MP向上(極)

MP回復(極)

詠唱時間短縮(極)

支援効果向上(極)

射程距離延長(極)


スキルビルド型

リーサルバッファー


 ーーさて、これは仮の話だが。

 ギルドバッファーなる型が存在する以上、『何回も重ねがけすれば無敵じゃね』と誰もが考えるだろう。

 実際は不可能である。


 一定時間強化するバフは一種類しかかけられない。重ねがけはせず、上書きされてしまう。

 筋力支援と耐久支援を同時にかけても一種類しか向上しないのだ。

 だからこそ全能力(オール)支援(バフ)(極)が使える上に、その効果を最大化させる支援効果向上(極)と支援効果時間延長(極)を獲得しているギルドバッファーは有用なのである。


 ではバッファーにはその型しかないのか、というと異なる。

 ヒーラーにHP回復と状態異常治療の二種類のアクティブスキルがあるように……。

 バッファーにも『時間制限強化』と『回数制限強化』の二種類が存在する。これらは同居し、効果を重ねがけ出来る。


 時間制限強化は加算、足し算であり、弱い相手にほど効果を増す。

 一方で回数制限強化は乗算、掛け算であり、強い相手にほど効果を増す。


 時間制限強化を極めた支援師がギルドバッファーと呼ばれることとは対照的に、攻撃系『回数制限強化』を極めた者は殺意の権化(リーサルバッファー)と呼ばれる。



 十石翼は腰を落として構えていた。

 広が指栖の強化を受けてどこまで戦えるのかを確かめたように、自分もまたある程度確かめなければならない。

 否、証明しなければならない。


「広殿。この戦いで私の有用性を証明し……赤点を取った汚名を晴らします!」

「それは普通に勉強して晴らしてくれ」

「……はい!」


 迫る五本の腕。

 アシュラケイルの猛攻に対して、十石は腰を落として防御の体勢を作る。

 

「アクティブスキル……防御(ディフェンス)支援(バフ)(極)!」


 巨大な戦車に子犬が体当たりしたかのように、五本の腕は逆に弾かれていた。

 十石自身は微動だにせず平然としている。


(支援回数増加は取っていないな……二つのアクティブスキルを取った結果か。純リーサルバッファーとはまた違うな)

「あんまり厳しい目で見ないで上げてよ。あの子も頑張ってるんだから」


 須原が広の横に立つ。


「確かにバッファーはある程度ソロもできるけど、後衛が戦闘慣れしているわけないんだからさ。アンタがおかしいのよ」

「わかってる。豪商がスポンサーなら、変な編成で苦労したこともないだろう。期待はし過ぎてねえよ」

鈴木(スズキ)他称(たしょう)戦士隊(ウォーリァズ)が外で控えているから、招集すればあの子も前衛には出なくて済むでしょうし」

「……あいつらまで戻ってきているのか!?」

「へえ、アイツらのことも把握しているんだ。うれしいねえ、うれしいねえ。ねえ、後で教えていい?」


 二人が話している間も十石は戦っている。

 最初の攻撃で腕を一本持っていったことも大きいが、それでも押されていた。


(私の防御が一回しか持たないことを把握された!)


 十石は詠唱時間短縮(極)を獲得しているため、攻撃支援も防御支援もほぼ一瞬で発動可能である。

 しかし連続で発動させるとなれば無理が出る。

 五本の腕による連続攻撃に対して、一回しか受けることができないのだ。


(やはり私は前衛での経験が浅い。先程の広殿よりも下手だ……みっともないな)


 合間を見てリボルバー式の拳銃を取り出す。


攻撃(アタック)支援(バフ)(極)! 弾倉、炎!」


 攻撃力を乗算した火炎放射を行うが、これはあっさりと回避される。

 攻撃力強化も一回だけだと想像がついたからなのだろう。

 アシュラケイルは慎重に、しかし確実に殺しに来ていた。


「このままでは……」


 十石の息が上がり始めていた。

 そもそもバッファーが自分を強化して殴る、という戦闘がそんなに効率的であるわけがない。もしもそれが普通の前衛や攻撃的な後衛よりも強いのなら誰もがそうしている。


 パッシブスキルで補強しているとはいえ、極まったアクティブスキルを連発していればMPも尽きる。

 頼みのMP回復も、回復効果向上がない分広に劣る。


 このまま戦えば勝てない、ということを彼女は悟らざるを得なかった。


「も~十分課題は見えたでしょ。下がりなさいな、バッファーらしくね」

「はい……失礼します」


 須原から下がれと言われた彼女は、自分の実力不足を認めて受け入れた。

 代わり須原が前に出る。何故か、銃も盾も剣も置いてきている。


「それじゃあ、指栖ちゃんの言う通り。美味しいところをいただくとしますかね」

攻撃(アタック)支援(バフ)(極)!」


 遠距離から放たれる支援の力。

 一瞬で充填された須原は手を振るう。


 彼女は今も観測されている。だがその強さは測定出来ない。

 彼女は己の体に宿った猛獣を、現代の科学では決して把握できない武器を使用する。


(クロー)


 彼女の手が肉食獣の形になっていることに誰が気付けただろう。

 空を斬る掌が、直線状に立っていたアシュラケイルを一瞬で引き裂く。


 豆腐を包丁で切るように、巨大な怪物は切断された。


 恐るべきことに、その怪物以外はまったく壊れていない。

 彼女は手加減をして、必要最小限の破壊にとどめたのである。

 もちろん自分にかかったバフを把握したうえで。


 できて当然だ。

 彼女はトップパーティーの一角グリズリーのメンバー。


 相性有利か不意打ちをするか。勝てる相手を選ぶしかなかった広とは違う。

 純粋な強者であるがゆえに、戦闘経験値が根本的に違うのだ。


「どう? 美味しい?」

「……はっ。お前が強いことなんて驚くに値しねえよ」


 ここで広は少しだけ昔に戻っていた。

 自分はどうあっても『力』を手に入れられないという劣等感だ。

 悔しそうに顔をゆがめている。


 須原はそれを嬉しそうに受け止める。


「嬉しいねえ。昔に戻った?」

「うるせえよ」


 すべての怪物が倒された状況で、李派は部屋を出た。

 迎えるヒロインたちは恐れた。


 李派がいかに異質で、尋常ならざる集団であると知ることとなった。

クラス 支援師(バッファー)


文字通りバフに特化した後衛。

バフ系のアクティブスキルとそれを強化するパッシブスキルを獲得している。


低レベルではほぼ役立たずだが、高レベルになると必須級に格上げされる。


スキルツリーの限界まで鍛えた前衛よりも強いモンスターが多くいる関係上、ガチパーティーには必ず在籍している。

在籍していない場合、倒せるモンスターの格が二段階落ちるとまで言われている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
いやコレ司令部は即バッファーをメチャクチャ勧誘するよね。と同時に再現性が無いことが今後の問題として上がるんだろうなぁとも思ってしまう。
「倒せるモンスターの格が二段階落ちる」と有る様に、バッファーの有無は、世界が変わるで。
このめちゃくちゃヤバい集団が赤点軍団のお馬鹿さんなの普通に怖くないか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ