戦う理由
李広。
この世界においてはじめて魔力を宿した男性。
それも魔力兵器に寄らず、自らの能力として自己再生能力や石化無効能力を持っている。
特に石化への完全耐性を持つことが知られ、怪異対策部隊、科学界は大いに盛り上がった。
広の体質は今後の世界を左右しかねない、新たなるパラダイムシフトを引き起こす可能性すらあった。
事態が重かったため公式情報は制限されていたが……。
当然のように広自身には怪異対策部隊から勧誘がきていた。
かつての彼が望んでもたどり着けなかった、怪異対策部隊への直接的なスカウトである。
それについて彼は即答をせず、返事を待ってもらっていた。
※
とある警察病院にて。
通常よりも匿名性の高い病院で、音成りんぽは入院していた。
頭を強く打った、という理由である。
彼女自身は石化などの攻撃を受けていないため、ただ頭を強く打ったという常識的な理由により入院している。
そのような彼女の元に、広は花束をもって訪れていた。
「よう、元気みたいだな」
「元気かって聞くところでしょ、そこ」
頭に包帯を巻いている彼女だが、やはり元気はない。
見舞いに来た広をして、申し訳ない気持ちでいっぱいである。
「そのなんだ、やっぱり叱られたか?」
「うん。特にお母さんがめちゃくちゃ怒った。おばあちゃんが死んだときのことを、とんでもなく、みっちり言われた」
りんぽの母方の祖母は、彼女の母が幼いころに死んでいる。
結婚し出産した後もヒロインとして戦い、娘が幼いころに戦死してしまったのだ。
りんぽの母からしてみれば、実母の形見をもって娘が無茶をしたのだ。気が気ではないのだろう。
「あとさあ、私の魔力量も一応ちゃんと調べてもらったんだ。で、一応あるけど、養成校に入れるほどじゃないんだって。入学お断りだってさ」
「そうか」
広からすれば、頭を強く打ったりんぽが何をどこまで覚えているのかわからない。
しかし彼女の言葉遣いからして、自信満々の一撃が雑魚である怪人にすら通じなかったという残念な結果になったことは覚えていたようだ。
彼女の中にあった『自分は特別』という意識はあの時点で無くなっただろう。
それを知るには、タイミングが悪すぎた。
「あ、あ~~」
「ま、しょうがないよね。入学試験で恥をかくよりは良かったかな」
「は?」
「で、スモモは魔力に覚醒したかなんかで、怪物や怪人を倒して、怪異対策部隊にスカウトされたんでしょ?」
いきなりあっけらかんとして話し始めるりんぽ。
テンションの入れ替わりに広は反応に困っていた。
「え、なにまさか。アンタ……私が『なんでアンタがスカウトされて、私がスカウトされないのよ~~!』『男のくせに魔力があるなんて生意気~~!』とか、マジで言うと思ってたの?」
「……うん」
「あっきれた~~! そんなんでヒロイン……男だから、ヒーローか。それになれるの?」
「……正直、迷ってるんだよ」
ヒーローとやらになって大活躍して脚光を浴びる、というのはもう飽きている。
それを直接言えないので、別の角度で本心を明かした。
「そりゃさあ、昔は怪異対策部隊に入りたいと思ったぜ? でも実際に入るとなったらさ……あんなおっかない奴らと戦うことになるし、毎日訓練したりしないといけないんだぞ? 正直……嫌だよ」
「そっか~……」
演技ではなく赤裸々な話だった。
普通の感想なのでりんぽにも素直に伝わっただろう。
「もったいないって、入りなよ」
「……ええ?」
「チャンスがあるんだったらさ、掴まないと」
広からすれば本当に意外だったが、りんぽは広の背中を押していた。
自分がつかめなかった夢を、幼馴染に託そうとすらしている。
「アンタが出世したらさ、私も自慢できるじゃん。アンタの幼馴染で、アンタに初めて助けてもらった人なんだってさ」
「……そうか」
「ね?」
彼の元には熱心な勧誘がきていた。
両親は『あなたの好きにしなさい』と言ってくれた。
そのうえで本人としては乗り気ではなかった。
ここにきて反対されれば、やっぱりイヤだと強く言えたかもしれない。
「お前がそういうんなら、俺も受けてみるよ」
「そっか! じゃあ頑張ってね!」
お見舞いに来たはずなのに、勇気づけられてしまった。
申し訳なく思いさえしながら、広は彼女のことを見直す。
(俺はこいつのこと、何にもわかってなかったんだな)
彼の人生経験では、他人の成功を喜べないものは大勢いた。
なんなら自分だってそういうところがある。
りんぽは自分のことをさんざん下に見ていたのだから、なおさらそう反応すると思っていた。
こいつはなんて人間ができているんだろう。
敗北感さえ覚えながら、広は彼女の病室を後にした。
※
その日の夜である。
自室でごろりと横になっている広は、戸惑いながらも入隊する気になっていた。
よくよく考えてみれば、前の仕事と同じようなものだ。そういう意味では他の仕事よりも楽だろう
それに自分の体を科学的に調べてみれば、何かわかることもあるかもしれない。世間の皆様の役に立つならそれはそれでけっこうなことだ。
(それにしても、アイツ……本当に意外だったなあ……。いやしかし、アイツからすれば俺が命がけで戦ったことの方が意外かもな)
恋愛感情など一切ないが、幼馴染が目の前で殺されるというのは嫌なものだ。助けられるのなら助けたい。
その程度の理由で動いていたが、りんぽからすれば広がそこまでするとは思わないだろう。
その事実だけでも色々と思うところがあったのかもしれない。
(下に見ていた俺に助けられたことを不愉快に思うんじゃないかって勝手に想像していたが……色々考えが変わったのかもな)
いずれにせよ、彼女はもう二度と戦おうと思うまい。
夢が破れるなんて仕方のないことだ。そのうち納得するに違いない。
暗い部屋の中でそのように思っていると、携帯端末にメッセージが届いていた。
やはりと言うべきだろう、相手はりんぽであった。
病院なのにメールとかできるんだな~~と思っていると、内容を見て驚く。
画像が添付されており、そこは夜の公園だった。
驚くべきことに、『今待ってる』という非常識なものまで書いてあった。
「バカなのか!?」
大慌てで着替えながら『どっきりでした~騙された? 入院患者が夜の公園にいるわけないじゃん』なんて連絡が来ればいいと思いつつ、一応念のためと言い聞かせながら着替えて夜の町に走り出す広。
ずっと訓練ごっこに付き合わされていた、人気の少ない自然の多い公園へ向かう。
肉体的な疲労よりも心理的な疲労によって息を切らしながら到着すると、厚手のコートを着たりんぽが待っていた。
いっそいない方がよかった。なんで本当にいるんだ。という気分になりながら、広は強く問いただす。
「お前なんでこんなところにいるんだよ! 病院は!?」
「……本当に来たんだ」
「質問に応えろよ! っていうか、普通は来るだろ!? びっくりするしさあ!」
すこし驚いている仕草をするりんぽだったが、広に比べてテンションの差が大きい。
会話がかみ合わないことを臭わせられたため広も黙ってしまう。
「ちょっとさ、渡したいものがあって」
りんぽが手に持っていたのは、広が実際に使ってみせたマジックコンバットナイフであった。
もちろん刀身は出ておらず、ただの柄である。
「これさ、アンタに預けるわ。これからヒーローになるなら使って欲しくてさ」
「……あ、いや、え。コレ、お前のお母さんからしても、おばあちゃんの遺品では? 俺にくれてやっていいのか? 許可とってんの?」
「あげないよ、預けるだけ」
ここから本題に入るのかと思ったが、話題が唐突に切り替わる。
「アンタさ、李広ってよく考えたら変な名前だよね。中国系なの?」
「……いや、違うよ。俺の父さんの実家とか本家とか先祖とかがスモモ農家だか果樹園をやってたんだとさ。だからそのまんまスモモ。広って名前も単品なら普通だろ? 心が広い子になってほしいとかそんなところじゃね?」
「そっか……心が広い子か」
幼馴染であったため、逆に名前について疑問を持たなかったりんぽ。
一方で広は良く聞かれることであったため、すんなり返事をしていた。
「じゃあさ、私のおばあちゃんの名前知ってる? ほら、お母さんの方の……ヒロインだったおばあちゃん」
「ずいぶん話が飛ぶな!? ……いや、悪いけど知らねえよ。お前だって俺のばあちゃんの名前知らないだろ?」
「音成孤電っていうの。格好いい名前でしょ? 一人でも輝ける子になってほしいって意味なんだって」
「……うんまあ、格好いいと思うよ」
すでに故人となっている祖母の名前が格好いい、というのは何の意味があるのだろうか。
慌てて来た広からすれば、何が言いたいのかわからない。
「で、私はりんぽなわけよ。なんでだと思う?」
「……音の感じがかわいいから、とかか?」
「私もそう思ってたんだけどさ。入院したときにお母さんが教えてくれたの。『孤電という名前のおばあちゃんは、ヒロインとして一人で死んでしまった』『だから貴方には隣保と名前を付けたの。みんなと助け合って生きていけるように』ってさ」
「いい名前だと思うけど……」
幼いころに母親を亡くした女性が自分の娘に願った名前と思えば普通である。
隣保だと人名っぽくないのでひらがなにしたのだろう。
何も変なことはないと思われた。
「どこが!?」
突如、ヒステリックに叫ばれた。
夜の公園。木々の中。街灯の灯。
静を乱す声に、広は驚く。
本題に入ったのだ、と理解する余裕すらない。
「最悪だよ! きっと、こんな名前だから! りんぽなんて名前だから! 私にはしょぼい魔力しか宿らなかったんだ! おばあちゃんみたいな魔力が宿らなかったんだ!」
「イヤお前……名前と魔力に何の関係が……」
「名は体を表すって言うでしょ!? 私も格好の良い名前になっていたら、絶対違う運命があったと思う!」
被害者が加害者を見る目で、りんぽは広を睨んでいた。
「そうでなかったら! なんでアンタが怪異対策部隊からスカウトなんて受けているのよ! それは私が受けるはずでしょ!?」
想定されていた言葉を受けて広は混乱する。病室の中と今では気持ちの向きが正反対になっていた。
「しかもさあ! アンタはさあ! 男のくせに! それを受けちゃうしさあ!」
「お、お前が俺の背中を押してくれたんだろ? だから俺は……」
「空気読みなさいよね! 私がアンタを応援するわけないじゃない!」
自分で自分を卑しめているが、広としてもその通りとしか思えない。今の彼女こそが本来の音成りんぽであった。
病院の中の彼女は、必死で気持ちを押し殺していたのだろう
「私がアンタに『怪異対策部隊に入るな』って言ったら! そしたら私が悪者になるでしょうが! 幼馴染なんだから、私が何を考えているのか察して! 自分から『応援はうれしいけど、なるのはやめておくよ』って言いなさいよ!」
「無茶言うなよ……」
「無茶!? 男のアンタが怪異対策部隊に入るよりは無茶じゃないでしょ!」
自らを襲った理不尽な運命を呪う彼女は、広に怒りをぶつけ続けていた。
「だいたいね! なんでアンタは『俺が助けてやったんだから感謝しろ』の一言もないわけ!?」
「……言ってほしかったのか?」
「言ってほしいわけないでしょ!」
「???」
「でもね! 言われないのはもっと腹が立つのよ! なに!? 俺は大したことしてないって!? こんなの普通だって!? 特別な俺からすれば、お前を助けるのは当然で恩を着せるまでもないって!?」
彼女が何を言っているのか広にはわからないが、彼女の感情はわかる。
あまりにもわかりやすい嫉妬だ。
「そういう美味しい振る舞いは! 私がやるべきでしょうが! なんでアンタがやってんの!? なんで私がやられてるの!? なんで私がわめいていて、なんでアンタがわめかれている側なの!? 私でしょ!? アンタに嫉妬されて、悔しいって思われて! そんで『これぐらい普通よ』って大きく構えるのは! いつもそうだったじゃない!」
「落ち着けよ……な? 病院行こうぜ?」
「うるさい! 善人面するな! アンタが! アンタが私からヒロインの座を奪ったんだ!」
もちろん広は彼女からなにも奪っていない。
彼女には最初から才能がなかった。ただそれだけのことだ。
だが彼女はそれを認めない。彼女の中で別の論理展開がされている。
この世には主人公になる椅子が用意されていて、自分はそこに座っていた。
それなのに広が押しのけて座ってきたので、運命がずれてしまったのだ。
彼女はそのように考えている。
「ふぅ~~、ふぅ~~……私は、必ず、ヒロインになって見せる。主人公に戻ってみせる。何をしてでも、何があっても!」
厚手のコートを脱ぐと、彼女がその下に着ていたものが顕わになった。
怪異対策部隊の対極である、反社会勢力の制服である。
第二次大戦当時の軍服を思わせる意匠のそれは……。
「コロムラに入ったのか!?」
「そうよ。警察病院に入院している時スカウトされたの。『君に才能はないかもしれないが、強くなるだけの気持ちがある』『才能至上主義の怪異対策部隊は君を認めないが、我らコロムラは君を歓迎する』……ってね! 正直迷っていたけど、アンタが空気を読まないから……決断したわ!」
コロムラ。
違法な人体実験を繰り返していると噂されている、日本でもっとも有名な反社会勢力。
多くの有望な女子を勧誘し、悪事に加担させているという。
どう考えても、今すぐに止めるべき、あるいは通報すべきことであった。
「……」
先の暴走以上に、迷いなく決断すべきことだった。
彼女にケガをさせてしまったことで広は反省している。
だからこそ以前以上に強く、彼女を止めたいと思っていた。
だが今の彼女が、かつての自分に重なっている。
誰に何と言われても『誰かのサポートなど御免だ』と言って聞かなかった自分そのものだ。
何を言っても通じないことなどわかっている。
(今の俺が『昔の俺はバカだった、今は普通に生きよう』とか『夢がかなわないのは普通』なんて思えるのは、なんだかんだ言って成功したからだ。苦労しながらも我流なりに成長して、ソロでもそれなりに名前が売れて、その後にアイツと一緒に冒険をしたからだ。そういうステップを踏んだからだ……それを経ていないコイツが、何を言われても止まるわけがない)
納得できるほど成功したからこそ自分は止まった。自己実現欲求も承認欲求も満たされたからだ。
彼女もまたそうだ、破滅か成功以外に何も見えていない。妥協だとか安パイだとかを断固として拒否している。
だからこそ。
止めるべきだと思っているのに、なんの言葉も浮かんでこない。
「私は音成りんぽという名前を捨てる。今から私は殺村紫電を名乗り……コロムラとして生きていく」
りんぽは、紫電は、祖母の遺品であるマジックコンバットナイフを広の足元に投げた。
「それは私のプライド。約束の印よ……いつかアンタより強くなって、取り戻しにくるわ」
背を向けて夜の闇に消えていくりんぽ。
置いていかれる広は、本当に何もできず、足元の柄を手に取ることしかできなかった。
「俺は……お前のことを分かっていたんだ。わかっていたんだ。わかっていたのに……!」
うずくまる広は、自己の中で築き上げられていた自負や自信が崩れていく音を聞いていた。
※
劣等感を持ち、頑固になることは悪いことではない。自分を高めるための強い動機として機能する。
だがそれは、間違った方向に進ませてしまうこともある。破滅するまで引き返せなくなるほどに。