怪物演習 前編
訓練棟の中にはいくつもの大きな部屋がある。
その中でも特に大きい、スーパーヒロイン同士の組手などでしか使わない、最も大きく最も強固な部屋がある。
上下左右にとんでもなく広いこの部屋は、スーパーヒロインが『よし、この部屋を壊すか』と考えて実行に移さない限りはそうそう壊れない部屋であった。
そのような部屋……の前に四等ヒロインや五等ヒロインが集まっている。
内部の様子を観察できるよう、頑丈な壁の一面がマジックミラーのようになっていた。
そこから中を見ると、大きな石像が設置されていた。五等ヒロインが入学式に見た、石化した怪物である。もちろん入学式後に捕獲された個体であり、見るからに身体能力特化型とわかる巨体であった。
「今日の訓練は、あの石化された怪物との試合だ。試合と言っても相手は怪物、躊躇なく殺しに来る。倒せとは言わねえさ、生き残ればそれだけでも合格だ」
説明をしている白上一等教官は、説明しながらも『実にいい訓練だ』と感動すら覚えていた。
これができるようになっていることだけでも、李広を尊敬しそうになる。
いや、実際尊敬はしているのだ。ただそれを表に出すことを彼女は恐れている。
教官も教師も、生徒に対してえこひいきをしてはいけない。
比較するとしても教室の中でのことであり、教室の外のことを参考にしてはならない。
もしも彼女が広や王尾をスーパー扱いすれば、他の生徒が大いに歪む。
最善を尽くしてもおのずと歪んではいくだろうが、教師が積極的に歪ませることはできない。
「最終的には一対一で戦って勝ってほしいが、いきなりそんな無茶は言わねえ。人数は任せるし、ギブアップもアリだ。制限時間まで生き残ればそれで合格にしてやる。それどころか……スーパーヒーロー!」
「はい。俺は基本的に部屋の中にいますんで、要望いただければ助太刀しますし、怪物を止めることもします」
「そういうこった。実際の任務と比べりゃ楽勝も楽勝。全員合格するつもりで行きな!」
いざ怪物と戦うとなれば人口密集地帯である。市民を守りながら、できるだけ町を壊さないように配慮しつつ、そしてどんな怪物なのかわからないまま戦うことになる。
それに比べれば確かに楽勝だ。だがそうでなければ訓練にならない。何事にも段階を踏むべきだ。
「教官殿。一応確認したいのですが……倒してもよいですか?」
「ああ、もちろんだ。替えは五体用意してあるから、倒せるなら倒していいぞ。ちなみにだが……怪物を倒すことができたやつは、三等ヒロイン扱いとして現場に出してやる」
事前に決まっていた、李広を特別扱いしていない、というポーズのためのカリキュラムを公式に発表していた。
こんなにわかりやすく、そして反対されにくい条件もないだろう。
有利とはいえ怪物を倒せるのなら実力は十分で、一等ヒロインや二等ヒロインの足を引っ張ることもない。逆に怪物と戦って勝てないのなら現場に出ても無駄だと本人も悟る。
(今まではこれをしたかったのに技術の限界で出来なかったんだよなあ……)
(なぜだろう、俺の脳内のドクター不知火が無理言うなと怒っている気がする)
理想に現実が追いついてくれたぜ、という顔の教官に対して複雑な気持ちを抱く広である。
「ってことでだ。まずは四等ヒロインの中から希望者を募ろうか。入学したての後輩たちに格好いいところを見せてやりな」
話を聞いた四等ヒロインたちは、互いの顔を少しの間見合った。
この日が来ることは覚悟していたが、それでも目前に迫ると怖気づいてしまう。
とはいえいずれは現場で怪物と戦うヒロインたちだ。
自分を奮い立たせて、十人ほどが真っ先に部屋へ入っていく。
それに合わせて広も入っていった。
通路の壁からは中が見えており、四等ヒロインたちがひとまず石像を包囲していることが分かる。
不安そうに見るものもいれば興味深そうに見ている者もいる。
怪物と新人の戦いを見ること自体が稀であろう。怪物退治の難しさを肌で感じてほしいところである。
「それじゃあ開始するぞ!」
白上が手元のタブレットを操作すると天井から薬液が散布された。
怪物の体に降りかかると煙を上げ始め、やがて一気に復活する。
身体能力特化型の怪物は怒りに満ちた怒号を上げる。
ただそれだけで四等ヒロインたちの半分は腰を抜かしそうになった。
それは通路側にいる面々も同じである。
一部を除いて心が折れかけている。
「ん、ん~~。その、アレです。先輩方。もしかしてその……ハンデをつけた方がいいですか?」
「そうそうそうそうそう! そうそうそう! このまま戦うの無理!」
「わかりました。それじゃあバリアを最大出力で展開してください」
「みんな急いで!!」
召喚開始
名称 オオミカヅチ
位階 ハイエンド
種族 古代神
依代 魔剣リンポ
強度 3
効果 風、雷属性の魔法使用可能。
数値的状態異常付与。
ローカルルール乱薙颱布令
召喚完了
室内の四等ヒロインたちが全力でバリアを展開し、それぞれ自分の身を守った直後。
広は怪奇現象を発生させ、室内を数値的状態異常で満たす。
四等ヒロインたちのバリアに攻撃判定が重なっているため、ばりばりと嫌な音がする。
仮に今自分がバリアを解除すれば悲惨なことになる、と確信してより一層の恐怖を覚えるが、それよりも目の前の怪物に対応しなければならなかった。
この怪物を、ロシナンテとでも呼ぼう。
元々鈍重でありパワーに能力を振っていたこの怪物は、さらに速度が遅くなっていた。
それでも巨体は確実に動き、大きな腕で四等ヒロインたちを薙ぎ払おうとする。
「きゃあああああああああ!」
「退避、退避退避~~!」
訓練してきた動きなど忘れて、ロシナンテへ背中を見せて逃げ惑う。
相手の移動が遅いので回避できているが、もつれているのでとても遅い。
はっきり言ってヒロインらしからぬ、一般人のような振る舞いだが……。
(そうそう、こういう訓練がしたかったんだよ……)
白上はやはり涙をにじませながら喜んでいた。
とりあえず場数を踏んでもらいたいのだ。
「お前たち、おちつけ~~! いいか、とにかく敵の方を向け~!」
「勘弁してください、教官! そんなに上手く行きませんよ!」
「そうですよ~! やったことないから言えるんですよ!」
「私は現役時代うんざりするほど戦ったぞ」
「そうですね……あ、あああああ!」
初めての訓練の、その一組目から上手く行くとは思っていない。
何度か繰り返せば良くも悪くも慣れてくれる。侮ってくれて、痛い目を見て反省……ぐらいがちょうどいい。
そして十分後、ヒロインたちが這う這うの体で部屋から脱出してきた。
肝心のロシナンテは広の手で炙られており、無気力状態に陥っている。訓練室のど真ん中で呆然とたちすくんでいた。
第三者目線からすればいっそ惨めなほどの姿だが、五等四等ヒロインからすれば眠っているだけのライオンに等しい。
次は自分が、と勇む者はほとんどいなかった。
「大丈夫? 平気?」
「無理……超怖かった……」
「初回だからこんなものだ。で次の希望者は誰だ?」
白上としては誰も希望しなくても問題なかった。
全員がケガをせず終れるだけでも大成功であるし、広のデバフがかなり有用であることも確認できた。
五等ヒロインは入学したばかりだし、四等ヒロインもまだ一年は訓練を積める。
その間に仕上げればいいだけだと楽観していたが……。
「一等教官殿。私にやらせてくださいませんか?」
やはり、スーパーヒロイン候補である王尾深愛であった。
上品な所作をしているが顔は笑っている。先ほどの先輩の痴態を見たからではない、ようやく怪物と戦えるからだ。
「もちろんだ。一人でいいか?」
「ええ。李広殿も下がらせてください」
「だそうだ! お前は一旦下がれ!」
割と無茶な要請であったが、広はあっさり従う。炙っていたリンポを納めて、深愛と入れ替わりで部屋を出ていこうとする。
「貴方は凄いわね。でも私も負けないわ」
「俺とお前じゃジャンル自体違う気がするがね」
「たしかにね。でも人気、という点では張り合えるでしょう?」
広は王尾をまったく心配せず、王尾もまったく不安を見せずにすれ違った。
彼女の向かう先には再起動を始めたロシナンテがいる。
象かそれ以上の巨体を持つ怪物を、彼女は見上げて笑うだけだ。
「私はね、幼いころに何度もおもちゃを壊したそうなのよ。その度に新しいおもちゃを買ってもらえたけど、壊しちゃうこと自体が悲しいのよね。それは今も変わらない。でも……貴方を壊しても、悲しくなさそうで良いわ」
ロシナンテの巨大な腕が振り下ろされる。
王尾はそれを真っ向から受け止めるが少し驚いていた。
「あら?」
受け止められることに驚きはないが、思ったより軽かった。
何事かと思っていると、次の一撃が来る。
「あら」
今度は少し重くなっていた。次も次も、どんどん威力が増していく。
「数値的状態異常の影響が抜けてきているのね、いいわ。全力を戻すまで待ってあげる」
アーマー姿の王尾は、その五体だけで真っ向から猛攻を受け止め続けていた。
一等ヒロインが盾で受けていても潰されるであろう、怪物の連続攻撃。
王尾は子犬が暴れているのをあやすかのような顔で満喫している。
「ん~~……何かギミックはあるのかしら。ダメージを受けたら強くなるとかそういうのはある? ないのなら……ここが限界ということかしらね」
達人だとかベテランだとか相性だとかそういう問題ではない。
本人の素のスペックが桁違いすぎて、見ている側の参考にならない。
「ん!」
ここで彼女はあえて弱く打撃を放った。
ロシナンテの巨体をよろめかせることはできず、むしろ平然と反撃してくる。
それが面白いのか、王尾は少しずつ打撃の威力を上げながら、しかしそれ以上に打撃の回転を上げ続ける。
「それそれそれそれ! うぅううううう!」
太鼓で演奏をしている気分なのか、リズムさえ楽しみながら打撃音で室内を満たす。
それでも怪物は持ちこたえており、太くたくましい脚で踏みとどまっていた。
「ラ・ベンダぁああああああ!」
しかしそれも彼女にとって殴りやすいだけのこと。
とっておきの、ただの渾身の一撃を見舞う。
小学生が考えたような技名であり、モーションも普通であった。
しかし破壊力が普通ではない。
身体能力特化型の怪物であるロシナンテは完全に粉砕されていた。
一体だれが彼女を笑えるだろうか。
事情を知る相知をして、二重三重の意味で震えるしかない。
「ふっ……壊すつもりの物なら壊しても気分がいい。とはいっても壊していい物なんてそうそうないのよね。新しい自分を知ることができたけど、役に立つことは無さそう」
王尾深愛は自分を正常な倫理観の人間であると認識している。
一般人が日常生活の中で『壊していい物』を想像してなかなか思いつかないように、彼女もまた『壊していい物』を想像できない。
間違いなく壊していい物である怪物を破壊した彼女は、浅くも新鮮な快感に満足しつつ部屋を出ていく。
それに合わせて多くの作業員が入ってきて、死体の片づけを始めた。
建設用、運搬用の重機を用いて大きなパーツをどかすと、洗浄機を用いて床や壁の肉片を洗い流していく。
「一等教官殿……とても楽しい訓練でした。ここに入学して正解です。まだ怪物の石像がいるのならそれも壊したいですが、さすがに止めておきましょう」
「そうしてくれ。さすがに訓練にならないからな」
通路に戻った王尾は広に近づいていった。
「さっきの技の名前……弟が考えてくれたの」
「い、いい、弟さんだな」
「ええ、そうでしょう?」(もしかして弟を狙っている? 殺すぞ?)
阿修羅のような乙女、というよりは乙女のような阿修羅と言った方がいいのかもしれない。
乙女心を持った三面の鬼神が広を詰めていく。
「少し残念なのが、元は貴方のために考えていた技の名前ってことらしいのよね。でも女の子っぽいから私にって」
「それは、普通に嫌だな。俺だったら少し怒るよ」
「そうよねえ。私も少しむっとしたわ」(弟にケチつけてるの? 殺すぞ?)
広も平静を装っているが、彼女の内面に押されつつあった。
この気迫に気付いている者は少ない。気付いていても、単なるライバル意識によるものだと誤解するだろう。
それもあながち間違いではないのが厄介なところである。
「それであなたにも技をって言ってたけど……やっぱり迷惑よね?」(迷惑って言ったら殺すぞ)
「俺もファンが多いからなあ……君の弟だけを優遇したら怒られちまうよ」
「それもそうね。貴方のファンはこのクラスにも多いそうだし、これからお世話になるヒロインもいそうだものね」(私の弟を有象無象を一緒にしやがって……)
現在彼女の中では感情と理性がぶつかっている。どちらも本音だからこそややこしい。
周囲からすれば弟想いのお姉ちゃんが愚痴を言いながらからんでいる程度だ。
事情を知る相知以外は問題視していない。だからこそ相知は動いていた。
「ねえ深愛、次は私が出るつもりなんだけど……アドバイスとかはある?」
「あ、音色……! そ、そうね! 貴方なら大丈夫だと思うけど、一人じゃさすがに無理だと思うわ! かといっていきなり他の生徒と連携はできないでしょうし。そうね! 一夜さんや野花を連れていきなさい! ね!」
幼馴染である相知には『自分は弟が好き』を伝えているが、一般的なラインを越えていることは教えていない。そして彼女に知られることはとても辛いことであった。
だからこそ王尾はなんとか冷静さを保とうとしている。
「そうね……それじゃあ一夜さん、野花さん。お願いできるかしら?」
「派閥に入る時に覚悟していました。授業ですし、低いハードルです。もちろん望ませていただきます。一夜さんはどうされます?」
「あ、えっと……その……」
急に話を振られた一夜は広の方を向く。
一安心している顔の彼は、とても近く、とても遠い。
ここで退けば、より一層遠くなってしまう。
「受けます! 私、がんばりに来たんです!」
彼女は踏み込まないことを恐れていた。
踏み込む恐怖すら凌駕するほどに。
※
再び乱薙颱が吹き荒れる訓練室内。一等ヒロイン相当の魔力を持つ三人が、一つの石像を前に立っていた。
やはり巨人めいたデザインをしており、筋肉質の肉体を持っている。
その一方で手足は長く感じるデザインであり、身体能力特化型の上でバランスタイプであると察するに十分であった。
石化が解除され動き出した時、その印象が正解であったと悟る。
巨人の如き怪物は、軽快に、しかしずんずんとステップを刻み始めた。
高速の打撃を想像させる恐るべきリズムである。
この怪物をステップダンサーとでも呼ぼう。
石化から解放されたステップダンサーはしばらく硬直していたがステップを刻み始め、すぐ近くの三人に狙いを定めていた。
(ヒロインになろうと思ったことを、後悔しそうになるわね)
勝ち気で向上心が高い野花であったが、顔が引きつってぎこちない笑顔になってしまった。
(普通に勉強して高校に入って大学に進んで、そこで人脈を作りつつ政治家の秘書になって……そういう普通の道を選ぶべきだった? ああでも、一等ヒロイン相当の魔力があるのにヒロインにならなかったのなら、それはやる気がないと判断されても……!?)
敵を眼前にして現実逃避をしていた彼女だったが、幸運なことに狙われはしなかった。
ステップダンサーが狙ったのは相知である。
自分が狙われなくてよかった、などという凡庸な喜びを覚える自分を恥じるが、それすらも無駄な考えだ。
そんなことよりもフォローを、と思うが……。
「ん~~!」
ステップダンサーのローキックを、相知は盾で受け止めつつ踏ん張った。
偶然ではなく必然であるとわかるほど、訓練された動きで防御する。
しかしステップダンサーもド素人ではない。
蹴った足を残しつつ、片手を地面につけながらもう片方の足で踵落としを行った。
アクロバティックな対人戦闘の動き。踏ん張って防御した相知は回避できないかに見えた。
だが片方の手で持っていた実体剣を振るってパーリングした。真上から迫る踵を横に流したのである。
「私はね、未来のスーパーヒロインである深愛の友達なの。これぐらいの遊びは散々してきたわ」
相知は怪物を過度に恐れない。
自分の幼馴染に比べれば弱い。
怖くないわけではないが、足がすくむほどではない。
とはいえ防御がやっと。ここから反撃に出る余裕はなかった。
体勢が崩れているステップダンサーは悠々と立ち上がろうとして……。
「こ、この~~~!」
一夜が突っ込んだ。
持っていた実体剣を放り捨てて、両手で盾をしっかりとつかむと、シールドバッシュならぬシールドタックルを敢行する。
全体重を使った渾身の体当たりは、よく考えて行ったものではない。
以前に怪物に襲われて『詰み』に嵌まった彼女は、恐怖心以上に危機感を持っている。
このまま立っていたら大変なことになる。その危機感がとりあえずの攻撃を選択した。
それは結果から言えば正しかった。
人間で言えばわき腹に当たる部位に体当たりを受けたステップダンサーは、弱体化の影響を受けていることもあってゴロゴロと転がって壁にぶつかる。
だがそれだけであった。
身体能力特化型であるステップダンサーは、相応に防御力が高く体力も多い。
たった一回のクリーンヒットで戦闘不能に陥るなどありえない。
「ここで何もしない、というのはあり得ませんね!」
二丁拳銃に持ち替えた野花は引き金を引く。
フルオートの物理化弾と、風属性の弾倉による風の魔法攻撃がステップダンサーに直撃していた。
「この怪奇現象内では風や雷の威力が上がるとのことでしたが、本当のようですね! このまま抑え込み、何もさせずに倒しきります!」
彼女の顔はやはり引きつっている。
勝機を見出した喜びもそうだが、それ以上に相手が恐ろしかった。
(今の私では、先程の連続攻撃を受けきれない! このまま何もさせずに潰して勝つ!)
敵が弱っている、体勢を崩している時こそ攻め時だ。
一撃必殺も遠距離からの狙撃も罠にはめることも、本質は同じ。
相手に手番を譲らず、何もさせずに勝つ。それが一番安全だからだ。
だがそれができるほど、彼女の攻撃力は高くない。
ステップダンサーは起き上がり、攻撃の範囲から逃げ延びる。
経験の浅い野花はそれに反応できず、ステップダンサーは二丁拳銃を同じ方向に向けたままの彼女へ襲い掛かった。
「このっ!」
「……相知さん!?」
相知がカバーに入った。
ステップダンサーの攻撃を、盾と実体剣で受け止めていく。
(私の為に!? いえ、そんなことを考えている場合じゃない! 相知さんを助けないと! でも今撃てば彼女にも当たってしまう! それなら……装備を変える!? それとも自分が移動して射線を……)
「でええええい!」
野花が躊躇している間に一夜が再び盾で突撃する。
今度はみぞおちに盾が直撃し、ステップダンサーを大きくよろめかせた。
「ありがとうございます!」
「い、いえいえ! そんな~~!」
(チャンスだわ!)
相知と一夜は一気に下がる。
ステップダンサーが孤立したところで野花は射撃を再開した。
(また逃れるかもしれない……いいえ、多分大丈夫! 相手も弱ってきている! それにまた同じことが起きても……同じように対応してくれるはず!)
必死で二丁拳銃を発射しているが、その顔からはすこし緊張が抜けていた。
仲間を信じるというあいまいな理由ではない。
それぞれの性格が全く違ううえで最善を尽くした結果、上手くかみ合って連携が……役割分担が成立していたからだ。
(狙ったわけじゃないだろうが結果的にいい連携だったな。土屋派のヒロインと同じ戦法だ)
同じ部屋の中で観戦している広は、野花と同じように勝利を確信していた。
現在相知と一夜は、何もせず棒立ちに近い状態である。
彼女らも一緒に射撃をすれば、もっと効率よくダメージを与えられるだろう。
タイムアタックをしているのならその方がいいに決まっている。
だがこれは初めての訓練だ。まず勝とうとする姿勢が大事である。
相知が受け、一夜が崩し、野花が攻める。武器の持ち替えという高度な動きをせず、それぞれの装備を維持したまま戦える。
少し時間はかかるかもしれないが、このパターンにはめればステップダンサーは何もできない。
「ふぅっ……ふぅっ……!」
野花の魔力が尽きて膝をついた時、ステップダンサーはすっかり動かなくなっていた。
如何にデバフという利点があったとしても、彼女は初めての怪物戦で勝利を得ていたのである。
本来の夢ではないが、安心感と達成感があった。心地よい疲労も手伝って顔がほころんでいる。
もはや彼女の脳内にも余計な言葉は存在しない。
「あ、あの! なんか私だけ楽してませんか!? これでよかったですか!?」
「いえいえ、貴方のカバーが無ければこうも簡単に勝てませんでしたよ」
「でも、相知さんは痛そうだし、野花さんは疲れてるのに、私だけ……やっぱり私もなんか撃った方がよかったですかね!?」
「いや、そんなことはねえよ。ちゃんと連携は噛み合っていたぜ。三人とも凄いじゃねえか。本当に勝つなんてよ」
リンポを納めた広が三人をねぎらう。
「達成感はないかもしれないが……それは次に取っておけばいいさ」
「は、はい! スーパーヒーロー、李、広さん!」
「……そんなに畏まらなくてもいいんだぜ?」
「えっと、それで……」
ソロ時代の広を知っていれば『本当に本人か!?』と目を疑うような光景であったが、他の者からすれば褒めるべき相手を褒めているだけである。
教官である白上も同じように、通路側から大いに褒めていた。
「そうだぞ! お前たちは凄い! ほらみんな、勝者に拍手だ!」
(あ、なんかタイミング逃した……)
こうこう、こういうのがやりたかったんだよ。
白上教官は自分が涙を流していることにも気づかぬまま、他のヒロインたちに拍手を促す。
もちろん他のヒロインたちも同様に拍手をしていた。
王尾が勝った時よりも盛り上がっている。
そのように拍手で迎えられる相知、一夜、野花。
彼女らは互いに支え合いながら通路に戻る。
そのような彼女らを見て、指栖は感想を述べている。
「王尾派もやりますね。ここは私たちも美味しく活躍して、李派の凄いところを見せつけてやりましょう!」
(え、私って王尾派になったの!?)
なんか流れで勝っていた一夜は、なんか流れで李派から王尾派認定されてしまったのだった。




