目利き
教育棟内の食堂。
百人ほどの女生徒が食事をするスペースであり、バイキングなどではなく毎日全員が同じものを食べる決まりになっている。
清潔というだけで一般的な食堂と変わらないが、食事をしているのがヒロインということで話題はヒロインらしいものである。
「石化した怪人を倒すのは面白かったけど、そろそろ飽きたよね」
「そりゃ銃で一方的に撃ってるだけならそうでしょ。もうじき市民人形とかを置いて、市民に当たらないように戦う練習とかもすると思うよ」
「え、ええ!? マジで? それめっちゃ大変じゃん!」
「そうじゃないと意味ないでしょ……私たちヒロインだよ?」
「市民人形に当てたらめっちゃ怒られそう!」
「怪人の数が少ない気がするのよね。なんでかな?」
「聞いた話だとさ、あのスーパーヒーローって身体能力が低いから、怪人を捕まえるのが苦手……とは違うかな? なんかこう、怪人を何百体も捕まえるってなると大変なんだって」
「現場の三等ヒロインさんから聞いたんだけどさ、怪人を捕まえるのは怪物退治のついでぐらいなんだって」
「へ~~……でもさ、もっと怪人を捕まえてほしいよね」
「でも保管が大変でしょ? この間も事故で解放されちゃったしさ~~」
「なんでスーパーヒーロー様は風の怪奇現象ばっかり使うんだろうね? 土属性の怪奇現象を使うところを見たのって、総司令官と研究棟の人、あとはスーパーヒロインの三人だけなんだって」
「けっこう多いじゃん」
「そりゃあれでしょ。うっかり市民を石化させたらシャレにならないからでしょ」
「スーパーヒーローの状態異常って魔法が発動経路だから、燃え残った炎に当たったりとかでも状態異常になるんじゃないの? 怖くて使えないでしょ」
「水に触れたら肉体的状態異常か~~……ヤバくない? 残った水を浴びたらと思ったら怖くない?」
「怪物相手の試験もするらしいけど……違法視聴すれば『出題の傾向』も読めるんじゃ?」
「それ……アリ?」
「どうなんでしょうか。私たちはヒロインです。常にどんな怪物と戦うのかわからないわけで、事前に備えるのは良くないのでは」
「それはそう。でもいきなり三等ヒロイン並みに頑張れるかと言えば微妙。私たちはまだ四等ヒロインなんだから、ステップを踏むべき、では?」
「基本セットだけで戦うのってさ~~……正直飽きない? 二等ヒロインになってからは自由に武器を選んで実戦に出られるらしいけど、なんでだっけ?」
「三等ヒロインが勝手に武器を選んで勝手なことをしたら困るからでしょ」
「あと二等ヒロインになっても武器を勝手に変えるのは駄目よ。一等ヒロインの許可を得ないと」
「テストでやってるでしょ」
「そもそもアンタ基本セットも使いこなせてないじゃない」
華やかなようで血生臭くもあるヒロインたちだったが、とある一角はとても沈んでいた。
「美味しくないよう……ご飯が美味しくないよう……私の心理状態が追い込まれているから美味しいと思えないよう……この状態だと何を食べても美味しくないよう」
「食べる物があることは幸せですよ」
「おお~~、闇が深いね」
「私の人生でここまで辛い日々は初めてだよう……」
「え……!?」
「おおっと、闇の深さと浅さが梅雨前線になってるね~~」
シャレにならんレベルの赤点三人衆。
李広と一緒に補習中の須原、指栖、十石である。
彼女らは一般的な(勉強ができない)女子生徒の悩みを抱えており闇を放っていた。
周囲のヒロインたちは近づくこともできない状態である。
(どうしよう……話に入れない)
彼女らの輪に入りたいと思っているのは五等ヒロインである一夜夢だけだったが、迂闊に近づくことができない状況だったので料理の乗ったトレイを抱えたまま動けなかった。
(広さんと一緒に勉強しているから、紹介してもらえると思っていたのに……というかそもそも、同じクラスなのに広さんがずっと補習を受けているから、話ができてない)
途方に暮れてしまい、彼女は周囲を観る。
五等ヒロインたちも既に仲良しグループが出来上がっており、入り込みにくくなっていた。
(出遅れちゃった……)
まだ取り返しはつくだろうが、躓いたのは事実である。
すこし落ち込む一夜を呼ぶ声があった。
「ちょっと、こっちに来ない?」
姿を見るまでもなく、声だけでも存在感があった。
既にテーブルに座っている王尾深愛が、とくに深い考えもなさそうに声をかけていた。
単純な善意であると察しが付くが、それでも少し気遅れする。
(ここで踏み込まないと、広さんに会ったとき何も言えない!)
生唾を呑み込み彼女の座っているテーブルに自らのトレイを置いていた。
「一夜夢ちゃん……私たちにとってライバルですね。同期の中で誰が一番強い一等ヒロインになるか、競争でもしますか」
「え、ええ!?」
「十割。今のは完全に冗談ですよ。私はそんなことに興味がありません。互いに高め合えれば満足ですよ」
「あんまりからかったらかわいそうですよ。困らせて何が楽しいんですか」
王尾の席には一等ヒロイン候補である野花と相知も同席している。
一夜も含めて、現五等ヒロインの中ではトップが集まっていた。
もちろんそれは、広たちを除いてのことであったが。
「それで、一夜ちゃんはどうしてあの三人を見て立っていたんですか? お友達だったりするんですか?」
「え、ええ……っと、ですね。私はその、以前に李広さんに助けてもらったことがあるんです。広さんにとっての初任務である、小人化の怪物の被害者で……お礼を言ったり、一緒に戦うためにヒロインになったんです。なのに挨拶もできていなくて……」
「それは残念ですね。事情を伝えて会う席を作るのはどうですか?」
「あの人は忙しいですから、そんなことできないですよ。もっと自然な感じで……」
「二年。私たちがお気楽な学生をできる時間です。貴重なのですからしっかりと予定を立てることをお勧めしますよ」
「こころもそうだけど、音色も一緒にからかっているじゃない。可哀そうよ」
注意しつつもくすくすと楽しげに笑う王尾。
ここで彼女は思い出したかのように発言をした。
「貴方は怪物の被害者だったそうだけど、そのことってトラウマになっているの?」
「え、あ、正直怖かったですけど、今はそんなには……」
「それなら弟にその時のことを話してくれないかしら。私の弟は広君の大ファンなのよ」
ここで王尾はしっかりと目を閉じてから笑った。
「その時の広君は格好良かったのでしょ? 当事者からの話を聞ければ、弟はきっと喜ぶと思うの」
相知はすこしだけぞっとした。
果たしてこの時の彼女の眼球はどんな形をしているのだろうか、と。
「弟さんがいらっしゃるんですか?」
「そうなの。でもこの話をするとね、大抵の人は凄い顔をするの。スーパーヒロインなんだからとんでもない癖を抱えているに違いないって。弟が好きというのなら、家族愛を越えた何かを抱えているって」
(抱えていること自体は否定していないのよね……)
自分ではそんなことないよアピールをしているのだが、相知としては白々しい振る舞いであった。
何も知らず『勘違いされて大変ですね』と笑う一夜と野花に対して複雑な感情を禁じ得ない。
「近藤さんではないけど、マクラはここまでにしましょうか。少し先のことになるけど、怪物を相手に戦う練習が行われるそうよ。四等ヒロインは全員受けるけど、五等ヒロインでも希望すれば受けられるとか。その成績次第では広君と一緒に前線に出られるかもね」
「本当ですか? それなら……」
「やる気が出ているみたいね」
「はい、頑張ります! 相知さんと野花さんは出るんですか?」
「深愛が出るのなら私も出るつもりよ」
「私ももちろん出席するけど、挑戦だけなら全員が参加するんじゃないかしら。スーパーヒーローが弱体化を施してくれるらしいしね」
「え、全員……出る?」
試験であり最初だからこそ、記念の意味も込めて四等五等ヒロインの全員が参加するかもしれない。
野花の予想に対して一夜は少し気まずそうに『三人』を見た。
「あの三人も出たいと思いますけど……補習はそう簡単に終わらないと思いますし、終わっても訓練する時間がないですよね。少しかわいそうな気も……」
「勉強は本人の問題でしょう? 気にしても仕方ありません」
「教官も止めると思うから、最初から参加自体無理な気も……」
「私はそう思わないけどね」
王尾は鋭い目で三人を見つめた。
気配を殺し獲物を見定める肉食獣の眼であった。
「あの三人は確かに訓練を受けていない。それはつまり誰も実力を把握していないということ。案外秘めた力の覚醒とかお披露目になるかもね」
冗談にも聞こえる言葉だが、相知はそれを真摯に受け止める。
「あの三人の中に五人目がいる、と?」
「その可能性が高いと思うわ。教官や総司令もそう考えているかもね」
一夜と野花は置いてけぼりにされているが、会話の雰囲気から何かを察していた。
赤点を取っている三人に、どのような力があるというのだろうか。
「私は自分で派閥を作って、傘下のヒロインをこき使うつもりだったんですぅ~~土屋さんみたいに美味しい思いをするつもりだったんですぅ~~。でももう、赤点の烙印がおされた以上、誰も私のことを凄い奴だなんて思ってくれません~~!」
「うん、正直ね。でもここは人目があるから言わない方がいいじゃないかな」
指栖の声が大きかったため、野花や一夜以外のヒロインたちも聞いていた。
聞こえてしまったというべきか。
これによって指栖の株が直角に落ちる。
なにがあっても彼女の友人になるまい、と思う面々であった。
(自信があるってことよね? それってつまり……)
ただし、王尾を除く。




