判別法
入島して次の日である。
教育棟。つまり人工島内部で五等ヒロイン、四等ヒロインの寮や教室のある建物。
既に前線に出ているヒロインたちも使用する訓練棟の隣に建っており、生徒の人数が多くない関係もあって比較的小さい。
彼女たちは基本的にここで長い時間を過ごすことになっている。
当然ながら五等ヒロインのための教室もあり、五十人全員を収容していた。
通常の高校の教室と比べれば大きいが、それでもそこまで非常識な構造でもない。
ただ魔力の多い、身体能力の高いヒロインが生活するため、建造物も机も椅子も普通より頑丈である。
ちなみに彼女らの教科書などの教材は紙である。
これは『人間の脳の仕組みとして紙に書く方が覚えやすい』という合理的な理由があるかららしい。
一応タブレットを使う授業もあるが、提出はアナログ仕様である。
そのような教室の教壇に立ったのは、一等教官白上天葉。
40代であり、引退した元一等ヒロインの女性である。
たれ目で覇気のない顔をしている彼女は、既に教室の座席についている生徒たちを見てからこういった。
「良かった……いきなりはしゃぐバカは、今年はいなかったか……」
(今年はって……去年はいたの?)
「漫画の主人公になった気で『オラはスーパーヒロインになるんだぜってことだ!』とか言ってたな。しかも一等ヒロインになれるか怪しいラインで、そんなに大したことなかったのに……はあ。スーパーヒロインをクラスで一番強い奴、ぐらいの認識だったんだろうよ。まあもうおとなしくなったがな」
高校デビューを果たした気になってテンションがヤバい五等ヒロインもいたらしい。
なお主人公っぽくふるまっても主人公にはなれなかったらしい。
「さて……かったるいと思ってるお姉ちゃんばっかりだろうし、肝心なことから教えようか」
一等教官白上は、まだ集中力を切らしていないヒロインたち、そして広を睨む。
「暴行は犯罪だからな?」
端的な言葉だが的確だった。
浮かれていた場の雰囲気が一気に引き締まる。
「誰が相手でも暴力は犯罪だ。何が言いたいかわかるか? あの暴行事件で殴られたのがそこのスーパーヒーローじゃなかったとしても、近藤はしっかり罰を下していただろうよ。誰が相手でも暴力を振るうな。もしも実行すればヒロインじゃなくて犯罪者だ。知らなかったじゃ済まされねえぞ」
議論の余地がない注意であったため、誰もが黙って受け入れている。
「とはいえだぜ。イジメんなとか言うのは教育じゃねえ。イジメ防止のために手を打つのが教育だ。つまり何が言いたいかって言うと……スーパーヒーロー様は、入学前から武器の使い方を習って、実際に戦っている。ま~羨ましいわな。なんか裏ルートでもあるんじゃないかって勘ぐるわな。そういうのを避けるために、こっちで手を打った」
教団の前に立つ白上は前に乗り出ていった。
「喜べ五等ヒロインども……明後日から訓練棟で武器を使っていいとのお達しが出たぞ」
不公平感をなくすための処置として、広と同様に武器を使う許可が下りていた。
ヒロインの中には『武器を使ってみたい』という気持ちで入隊した者もいるはずなので、黙ったまま大いに目を輝かせている。
「た、だ、し! 明日出されるペーパーテストを受けて、合格点を取った生徒だけだ。マジで常識的な内容しかないテストだし、テストの範囲も今から教えるから、一晩マジメに勉強すれば合格するはずだ。合格点もそんなに高いラインじゃないし、上位十名とかもない。場合によっちゃあ全員合格ってのもアリだ。っていうか教官としてはそれが一番なんだがな」
世の中には意地悪問題もある。
問題。男子に銃を向けていいのか?
正解。相手が誰でも銃を向けてはいけない。
そんな子供の心を荒ませる問題はない。
ごく普通に正答が用意されている問題だ。
「中には『え、武器とかいいし』と思ってるやる気のねえヒロインもいるだろう」
ギクっという擬音が一部から聞こえた気がした。
「合格点とは別に赤点のラインも設けてある。これを下回っていた生徒には特別補習クラスを用意する予定だ! 高校入学相当の学力が身につくまでヒロインとしての教育はダメ! 別の部屋で勉強漬けになってもらう!」
ここで白上は再度強調する。
「マジで簡単だから、赤点取る奴は恥だと思え! 一晩勉強すれば合格点を取れるんだからな! 全員合格してくれよ!」
(ヤバい……俺、ヤバい……)
高校入学相当の学力が、どの程度の偏差値の高校を示しているのかわからない。
しかし広はまったく勉強がダメだった。
元々学校の成績が悪かったのに、15年もブランクがあったのだから無理もない。
先日鹿島派から指導を受けて、正確に自分の学力を把握したからこそ不安が隠せなかった。
「特に! スーパーヒーロー! お前だよ! 近藤の奴、お前にひいきするなって言ってたからな! スーパーヒーローだからって加点できねえんだからな! お前マジでちゃんと勉強しろよ! お前が留年したら、現役ヒロイン全員から詰められかねないんだからな!?」
(これは言葉の暴力では?)
教官が生徒へ勉強をしろ、というのが言葉の暴力になるかどうかはともかく……。
早速彼の学力が試されようとしていた。
(ただでさえ追跡者なんてもんが潜んでいるのに、このうえ普通の勉強もしないといけないのか……くそ!)
闇に堕ちた幼馴染のことを忘れるほど、彼の処理能力の限界を迎えていた。
※
三日後。
訓練棟にはアーマー姿の五等、四等ヒロインたちが並んでいた。
その中に男子の姿はなく、一等教官白上は苦悶の表情を見せていた。
「ああ、そのなんだ……うん。今日は四等ヒロイン、五等ヒロインで訓練を行う。本来ならここにスーパーヒーローである李広もいるはずだったし、他にも数名のヒロインが参加するはずだったんだが……テストで赤点を取ったので補習授業を受けている」
李広だけではなく須原紅麻を含めた複数の五等ヒロインがテストで赤点を取っていた。
手抜きをしたわけではなくみんな頑張った結果である。それでも赤点だと白上にはわかるのだ。
なお、同じテストを受けた面々は失笑や呆れた顔をしている。
これは本人がその場にいないことも含めて、いじめとは言い難い。
「いろいろ言いてえことはあるが、ここの姉ちゃんたちに言ってもしょうがねえ。まずは訓練を行うぜ」
訓練棟内にはいくつかの部屋があるのだが、今回は射撃訓練場に来ていた。
警察や軍隊の訓練場とは違い、とてもシンプルである。
広く長い室内に、射手が立つ射場と、いくつかの的が置かれた的場がある。
警察の射撃訓練場ならば一人が立つ場所の正面に一つの的があるのだが、この場では弓道場のように開けている。
射場にはいくつかの種類の銃が置かれており、どのヒロインも興味津々で見つめていた。
「今回はあんまり深く考えず、銃を撃つ感覚というものを覚えてくれ。だが一応、使う銃は指定させてもらう。このオートマチック型拳銃だ」
元は一等ヒロインということで、白上一等教官の手は確かだった。
さっと銃を構えるとしっかり狙いを定めて発砲する。
一回一回引き金を引いて発射し、遠くの的に当てていった。
「知っている者もいると思うが……このオートマチック型拳銃は魔力を物理攻撃に変換して発射している。基本的には魔法特化型の怪物と戦うためのものだな。今はセミオートで撃ったが、フルオートで発射することもできる。では五等ヒロイン……ん、王尾は控えてくれ。他の面々は並んで撃って見ていいぞ」
ワイワイしながら並び、オートマチック型拳銃を手に持つ五等ヒロインたち。
なんだかんだ言って撃って見たかったので、気分は盛り上がっていたのだが……。
「一応言っておくぞ。ふざけて銃口を人に向けたら殺人未遂で即射殺するからな。冗談じゃないぞ」
殺傷能力のある銃ということで、強く注意する白上。
ごもっともなので銃口を意識しつつ的に向けて発射してみた。
テストでも出ていたがしっかりと両手で固定しての発射である。
いざ発射してみると思ったより反動はなく、思った以上に当たっていた。
おお~~、と感嘆する声が漏れている。
いざ撃ってみると楽しいもので、普段は穏やかな相知ですらぱんぱんと発射を続けていく。
(そろそろか)
五分だろうか、十分だろうか。
初めての感覚を楽しむヒロインたちは、自然と汗をかいていく。
そして四十人ほどのヒロインの内、ほぼ全員が膝から崩れていた。
「!?」
「人生で初めて魔力が枯渇した気分はどうだ? それこそ女の子並みの力しか出せねえだろ」
相知はまだ立っているが、言われてみれば少し息が上がっている。
ふと周囲を観れば野花や一夜も顔を赤くして疲れているようだった。
「お前らには確かに優れた魔力があるが、ずっと垂れ流しにしていればMPが枯渇する。節約しろとまでは言わねえが、無駄弾を撃たないように気を付けることが必要だ」
「え、で、でも……あの広の動画では、二丁拳銃で連射してましたよ?」
「李のMPの総量は他のスーパーヒロインと同等の上、肉体の傷と同じく常に回復し続けている。出力が低いというだけの永久機関だ。参考にする方が間違っている。というか違法動画を見ていることを話すな。こっちが困るぜ」
(あのバカ……そんなに凄かったんだ……。それに、まだ立っている子もいる……)
倒れている五等ヒロインたちは、倒れていない同級生を仰いだ。
彼女らも節制などせず銃を撃ち続けていた。汗をかいていることがその証明だ。
それでも彼女らの方がもっているということは、それだけ才能の差があるということ。
ほんの少しの差なのだろうが、それでも差を思い知らされていた。
「銃を撃つのは楽しかったか? その内うんざりするほど撃つことになる。だから今日はここまでにしておけ。さあ、四等ヒロインと王尾には……特別な的を用意している」
射場に立っていた五等ヒロインたちがよろよろと離れると、代わりに四等ヒロインや王尾が立つ。
その直後に射撃訓練場の天井から大量の石像が落とされてきた。
それらはすべてが人のようで人ではないフォルムをしている。
「スーパーヒーローが石化させた怪人たちだ。この後石化解除薬を散布するから、解除されたところを撃ってもらう。刺激的な訓練だろ?」
消火用スプリンクラーのように、天井に取り付けられていた散水栓が薬液を噴射する。
粗雑に落とされた何十体もの怪人が、石化から解凍されていく。
一種の悪趣味にも思える状況であったが、四等ヒロインたちはまったく慄かない。
包囲されているだけならまだしも、正面に並んでいる雑兵を恐れるほど温い訓練は受けていない。
「こういうのがやりたかったんだ、こういうのが……!」
ぱんぱんという発射音と同時に石化から解放されたばかりの怪人たちが倒れていく。
怪人たちも動いているし向かってきているのだが、それでもほとんどの弾丸が命中していく。
四等ヒロインたちは、程よい難易度を大いに楽しんでいた。
「なるほど、趣向はわかるけど……少し脆すぎるわね」
嬉々として怪人たちを蜂の巣にする四等ヒロインたちだが、王尾だけは白けていた。
片手で銃を構えると、軽く引き金を引く。
他のあらゆる銃声をかき消す騒音と共に、銃口そのものよりも巨大な弾丸が発射された。
射線上に存在していた怪人たちは体のほとんどが消滅しつつ、残骸だけが床に散らかる。
そして訓練場の壁には大きくへこみができていた。
「一等教官殿……今度は怪物を的にしていただきたいですわ。これでは訓練になりません」
格の違いすぎる存在に対して、高慢であろうとしている教官も息を呑む。
わかっていても強大であることを目の当たりにすれば、人は畏れずにいられなかった。
※
現在李広は、補習授業のために小さな教室で勉強をしていた。
その部屋には四つの机とイスが並んでおり、広の外に三人の女子が小学校のドリルを解いていた。
三人の女子の中には須原紅麻も混じっており、広の横にいることをとても恥ずかしがっている様子であった。
もちろんいじめられているわけではない。
必要だから勉強をしているのである。
この四人の勉強結果は、人権的にヤバいレベルであった。
このまま放置していたら保護者からクレームが出るレベルである。
うちの子はヒロインやった後も人生があるんだぞ! 勉強もさせろ!
まともな親ならそういう話であった。
当人たちもこりゃヤバいと思うレベルの点数であったため、黙々とドリルを解いている。
ほどなくしてチャイムが鳴った。
となりの訓練棟でも射撃訓練が切り上がったころだろう。
ここで一人の女子が泣きだした。
「おぐっ、えっぐ……」
涙を流しながら嗚咽を漏らしている。
痛いとかではなく、悔しいとか恥ずかしいとかそんな感情であった。
赤点が恥ずかしいのである。
「こんなはずじゃなかったのに……私の思い描いていた、ヒロイン、生活はこんなのじゃなかったのに……美味しくない、美味しくないよお」
(そうだろうな)
いきなりの簡単なテスト(しかも一日勉強期間をはさんで)で赤点をとって補習を受けるヒロイン生活なんて誰も想像するまい。
「先生も李さんも怪しんでいるし……こんなことで正体ばれするなんて……! 美味しくないにもほどがあるよお」
(俺も困ってるよ……)
やはりこの補習生徒四人は異世界から帰還した組らしい。
テストの点が一気に落ちたので見分けられるというのも変な話だが、『何かがあった』と知るにはわかりやすい。
わかりやすいが間抜けでバカな話だった。
嫌なことに、親にも連絡が行くレベルである。
仮に友人に知られたら笑われそうであった。
「なあ……須原。確認したいんだが、こいつらがストーカーの一員ってことでいいのか?」
「ふっ……恥ずかしいけどその通りよ。本当に恥ずかしいわ。底知れない雰囲気を出しておきながら、普通に赤点取ってるし……恥ずかしいわぁ……死んじゃいたい」
泣いている子もそうだが、もう一人の女子もなかなか良い顔をしている。魔力も高いだろうし戦闘能力も高い。明らかなバカ、というわけじゃない。
なのに赤点を取っている。もうここからどう頑張ってもバカとしか思われまい。
「テストで赤点取ったことはもう切り替えていきましょう!」
「うんまあ、俺も赤点だしな」
全員赤点ということもあって、もはや赤点は個性ではなく共通点になってしまった。
脳内から赤点を取った事実を消し去らないと話が進まなかった。
「私たち追跡者で貴方のサポートをするわ! 私がカスタマーなだけに、カスタマーサポートってやつね!」
「カスタマーをサポートするのがカスタマーサポートだろうが」
「この際どっちでもいいじゃない! 細かいねえ、本当に細かいねえ」
「逆になってるのは細かくねえよ!」
須原紅麻。
指栖正美。
十石翼。
三人の女子がいる状況で、広は改めて泣いている女子に注視する。
(こいつにかかわるとまた赤点について触れることになるな……)
あえて見て見ぬふりをして、もう一人の女子を見た。
身なりがしっかりとしていて、髪もまとめられている。
気品ある姿をしているのだが……赤点を取っていることは事実。
彼女も少し恥じらいながら挨拶をした。
「豪商ヌカーイの侍女をしておりました、十石翼です。主命により貴方様の警護に当たらせていただきます」
「豪商、ヌカーイ……?」
「トップパーティー、レオンの救出依頼をした者と言えば分かるでしょうか?」
「ああ……ああ!?」
ここで広の脳内によみがえった、最悪の接客態度。
「思い出したぞ! お前あの時一緒にいた奴だな!? 俺を殺しに来たのか!? いまさら!?」
「いえ、警護をするよう命じられておりました」
「なんでだよ!?」
「主は貴方にとても感謝していましたので、当然のことかと」
「そんなわけあるか!」
広が本気で慌てているので須原も困惑している。
「え……私が聞いた話だと、ヌカーイさんの娘をアンタが助けた……んじゃないの?」
「それはそうだけどな! 俺はあの時……依頼人をぶん殴っちまったんだ。マジですみませんでした……」
「……十石ちゃん。そんなにコイツ酷かったの?」
「そうですね。正直に申し上げて殺意が湧きました」
「ほらやっぱり! お前俺を殺しに来たんじゃねえか!」
調子に乗っていた時代のことを知るものが続々現れて頭を抱える広であった。




