実験の失敗
序盤こそ『マジでこんなのがスーパーヒロインなのかよ、もっとしっかりしろよ』と思っていたヒロインたちも『あ~~……もうちょっと緩くてもいいんじゃないですかね』という気持ちになっていた。
しっかりしているスーパーヒロインからの高い要求に応えられるほど覚悟の決まっている女子ばかりではない。
一方で『アレだけズタボロになっても戦うのはヒーローだな』という意味で、五等ヒロインたちは広への反発を弱めていた。
本人は少し困った顔をしているのだが……。
(アレを参考に戦われたら、俺はどうすればいいんだ……)
今更ながら『貴方が悪い前例になってはいけない』という言葉を思い直した。なお本人がいい見本にしてくださいと言っていたもよう。
相手が男子ではなく女子で、志願兵で、屈強な肉体を持っていて、しかも二年間入念な準備をするのなら構わないらしい。
『え、ええ~~! ごほん! 近藤貴公子からの、ヒロインへの激励を終らせていただきます!』
総司令からの慌てた放送が入った。
この後五等ヒロインやその親族が『入学辞めます』とか言い出しかねないので(しかもスーパーヒロインたちは誰も止めない)フォローに入った。
『ええ~~……ちょっと、不知火さん! 予定変更! 即座にアレ、目玉をお願い!』
『え、いいんですか?』
『このままだとマズいから、ね! え、では皆様! プログラムを少々変更いたしまして、一旦移動を願います!』
どうやら総司令官はスーパーヒロイン近藤貴公子に全面的に賛同しているわけではないらしい。
その点だけでも親や五等ヒロインたちは全員安心していた。
そして一度広いスタジアムの外に出て、隣接している解放された陸上競技場に入る。
その中央には巨大な石像が五体置かれており、それらは鎖でがんじがらめに固定されており……更にその頭上には薬液の入ったガラス瓶が置かれていた。
『既にご存じの方もいらっしゃると思いますが……李広君の加入により怪物の安全な捕獲が可能になりました。そこに置かれている石像は石化している怪物たちです。今も生きており、放置していれば復活し暴れだすでしょう。とはいえそれは数日後のことですのでご安心を』
陸上競技場の観客席に案内された来賓や父兄、五等ヒロインたちは噂に聞いていた『捕縛されていた怪物』に注視し、さらにその上に置かれている薬品にも注目した。
『そして我ら怪異対策部隊の研究班により……怪物ごとに石化から復活するまでの個体差があること、そしてその原因となる血液中の成分を発見しました。人体にはとても有害であるため、治療に使うことはできませんが……石化された怪物を任意のタイミングで開放することは可能になったのです!』
いや~~、よかったよかった。具体的な進展と実績があって良かったぜ。
総司令官の声色から心情を察した来賓たちは同情しつつ、そのうえで彼女の安堵を認めていた。
ただ石化に成功しただけならそこまで大したことではないが、石化解除薬の一歩目が踏み出せたことは大きい。
今後怪異対策部隊の研究棟には多くの投資がされるだろう。
『医療分野への応用は待たれますが、四等ヒロインへの訓練へ使用することも検討しております。李広君は数値的状態異常も使いこなせるため、捕獲した怪物をある程度弱体化させてから四等ヒロインに討伐させる……という予定ですね。これにより現場で怪物と遭遇した際も、パニックなどによる敵前逃亡を防ぐことができると考えております』
程度はともかく、五等ヒロインたちの反応は良かった。
どうせすぐ戦うわけじゃないだろう、監視下なら安全だ、早く戦いたい、武器を実際に当てられるなんて最高だ、たしかに教材にはうってつけだな。
などなど。
父兄たちは少し不安そうだったが、今まで通りのカリキュラムというのも怖いので納得せざるを得ない。
『今回は入学式の場を借りて、公開実験を行おうかと思います。もちろん不安に思われるでしょう……複数の怪物が同時に解放され、万が一のことがあってはいけません。なので! このために! 三人のスーパーヒロインと、スーパーヒーローの李広君を配置したのです! 彼ら彼女らは一人でも怪物を殲滅できるだけの実力を持っていますが、初回の実験であるため万が一、億が一に備えて全員を置きました! 失敗が許されないので!』
ああそういう理由で全員来てたのね。
一同が納得しつつ、問題のスーパーヒロイン三人を見た。
先ほどまでと変わらない服装で、少し興味深そうに解除薬の試験を待っている。
『解除薬の試験が確認でき次第、すぐさま処理いたしますのでご安心を!』
失敗したらマジでシャレにならないし、失敗した場合への備えも怠ると成功しても心証が悪いので、当然の配慮と言えた。
『それでは皆様、解除薬の使用される瞬間をお見逃しなく……カウントダウンを始めますので!』
総司令官は少々慌てていたので、一つだけ説明を怠っていた。
解除薬の使用は一体ずつ、五回に分けて行う予定だったのである。
もちろんそれを抜かしてもそこまでおかしなことにはならない。
へ~一体ずつ開放するんだ~~とみている人間が心の中で少し感じるぐらいだ。
だがその予定が実行されることは無かった。
「ん? ドローン? 撮影用か?」
ここで広を含めた一部の観客たちは、陸上競技場の上を飛行している小型のドローンに気付いた。
シチュエーションを考えれば、研究棟が観測するために配置していたとしても不思議ではない。
また単に広報として使用するつもりだったのかもしれない。
あるいは、マスメディアが許可の上で飛行させているのだろう。
仮に……どこかの誰かが無許可でドローンを飛ばしていたとしても、まあそんなこともあるだろうと流す。
この実験を知らなかったとしても、ヒロインの入学式なので盗撮しようという輩がいても不思議ではないし、対応するのは警備や警察であろう。
一々気に留めるのも馬鹿馬鹿しい。
しかしそのドローンは、ふらふらと不安定になりながら五体の石像に向かって行く。
ここまで来ても『アレで解除薬を作動させるのか? 手が込んでいるな』と思うぐらいだった。
しかしそのドローンが空中でいきなり爆発し、部品やベアリングなどをぶちまけた時……。
つまり五体の怪物が一気に解放された瞬間、ココでようやく『テロか?』と気付く者が出た。
おおおあああああああ!
楽しみにしていた父兄やヒロインたちの度肝を抜く生の怪物たちの威容。
石像から一気に解放された五体は鎖を引きちぎりながら暴れ出そうとした。
「やれやれ、盛り上げてくれるじゃねえか」
「どこのバカがこんなことをしたんだ?」
「ひとまず処理しますか」
「行くぞ、オオミカヅチ」
スーパーヒロインも広も、不慮の事故で怪物が暴れることに備えていたが、テロが起きることは想定していなかった。
なので未然に防ぐことはできなかったが、怪物が暴れそうになった瞬間にはスイッチが入っていた。
真っ先に動いたのは土屋だった。オートマチック式の拳銃を抜いて狙いを定める。それは早撃ち同然のスピードであり、熟練の達人技ですらあった。
わずかに遅れて鹿島が専用の魔導兵器を抜く。
高速回転する丸ノコギリであり、彼女の手と魔力でつながっている。
オモチャめいた外観と違い、圧倒的な破壊力を盛った兵器であった。
それとほぼ同時に近藤がクラウチングスタートの体勢に入る。
彼女の目の前にはコンクリート製の壁や金属製の手すりがあるがまったく気にしない。
そして広もまたリンポの刀身を現しながら投擲の体勢に入っていた。
ズガンと土屋の弾丸が発射される。
銃自体は広のそれと全く同じなのだが、発射された弾丸の大きさや速度は百倍ほども異なっている。
多大な魔力を消費するであろう攻撃は、しかし汗一つ流れることなく発射された。
近藤が飛び出し、前方のすべてを粉砕しながら弾丸に追いつき、追い抜く。
拳を振りかぶりながら接近し、怪物たちが一歩前に進むより早く到達するかに見えた。
彼女の拳が着弾してから、土屋の弾丸が命中するまでのわずかな間に、火花を散らしながら回転するノコギリがまた別の怪物を切り裂き始めた。
そして土屋の弾丸が命中した瞬間に、三人のスーパーヒロインが狙った三体の怪物はそれぞれに即死する。
王尾のような例外を除けば、ヒロインですら何が起きたのかもわからず、三体の怪物が殲滅されたとしか思えないだろう。
常人でもわかるほどの間を開けて、しかし怪物が周囲へ危害を加える前に、四体目の怪物へ風と雷を纏うリンポが突き刺さった。
召喚更新
強度 1→3
更新情報
風、雷魔法強化
数値的状態異常付与
ローカルルール『乱薙颱』布令
『なるふき!』
笛のような風の音と割れるような雷鳴が同時に、突き刺さった四体目の内側へ浸透する。
直接叩き込まれる数値的状態異常が怪物の行動能力を完全に奪った。
死んでこそいないものの、もはや脅威ではない。
!?
ここで、速やかに反応していた四人は同時に違和感を覚えた。
いや、四人だけではない。今の四回攻撃をしっかりと見ていた王尾深愛もまた驚いている。
(土屋さん、鹿島さん、近藤さん、広の攻撃は見えた……しっかり見た。さすがスーパーと呼ばれるだけのことはある。でも……五体目には攻撃していなかったはず!)
彼ら彼女らは反射的に別々の目標を叩いた。残る五体目も早々に始末しようとしたとき、ようやく五体目が既に倒されていることに気付いた。
なまじとっさのことだからこそ、四人全員が自分の標的に集中していた。
速攻でケリをつけなければならない状況だったからこそ仕方がないのだが、四人とも五体目が倒される瞬間を見ていなかった。
(誰が五体目を倒した!?)
自分たちはまだ攻撃をしていない。にもかかわらず五体目はすでに死んでいる。
敵意のようなものは感じないので警戒しているわけではない、ただ困惑して五体目を凝視した。
五体目は上半身を食われていた。
超巨大な肉食獣が頭から噛み切ったかのように、歯形さえ見えるほど綺麗に食われている。
(これは……まさか?)
広はここで自分のすぐそばにいる五等ヒロインたちを見た。
誰もが怪物の脅威と、それを一瞬で掃討したスーパーヒロインたちの実力に震え……あるいは何が起きているのか把握できていない様子だった。
そんな中で広と目が合っている五等ヒロインがいた。
「警備がザルなんじゃないの? ソロヒーラー」
「……!」
ついさっき自分に挨拶をした少女、須原紅麻であった。
その表情は高校生離れしており、余裕と威厳を感じさせる。
なにより広を治癒師と呼ぶのは……。
(コイツ……まさか!?)
スーパーヒーローになる前に面識があったという少女。
広はてっきり異世界から帰ってくる前のことだと勘違いしていたが、異世界でスキルビルダーをやっていた時代のことなのだとしたら。
周囲の人々はテロが起きたのかも、などという感想は忘れていた。
石化解除薬以上に、さきほど痴態を晒したスーパーヒロインの実力の一端に触れ、緊張し震えていた。
そんな中で、二人の帰還者はある意味でようやく目を合わせていたのだった。




