スーパーヒロインからの薫陶
怪異対策部隊が誇る最強の女傑、三人のスーパーヒロイン。
土屋香、鹿島強、近藤貴公子。
彼女らの活躍は日本のみならず海外にも轟いている。
怪物、怪人退治のみならず怪獣の討伐にも参加している本物の英雄たちだ。
それだけならばまだいいのだが、彼女たちは人間的にもスーパーである。
はっきり言って奇行しかしない女という印象さえ与えていた。
参加している父兄や五等ヒロインたちは不安そうな顔になり、広や来賓たちは死んだ目になっていた。
そうこうしているうちに小太鼓やコンガの小気味よいリズムによる行進曲が始まった。
「俺は偉い、俺は凄い! 俺はスーパーヒロイン土屋香♪」
一等ヒロインによる音楽隊を率いながら、奇妙な踊りとともに登場し登壇したのは土屋香である。
物凄くレベルの低いミュージカルが突如始まったのであんぐりと口を開けているが、普段からこうなので誰も何も言えない。
むしろ土屋香と言えば下手なミュージカル、という印象さえある。
「そう、俺は土屋香! 世界中で大活躍のスーパーヒロイン! R国での討伐! B海での決戦! C山での征伐! 多くの武勲を挙げている!」
この場にふさわしいタイトなスカートを着ているにもかかわらず粗野に振舞う彼女は、ここでプロジェクターを動かした。
彼女の華々しい戦歴が映し出される。
「そう、俺は偉い、俺は凄い! たくさんの動画で紹介されている!」
ここで一般的な動画配信サイトで配信されている画像が映し出された。
『僕たちは貧しいながらも平和に暮らしていたんだ。でもすぐ近くの町で怪獣が出現してしまったんだ!』
『僕たちは必死に逃げたけど、たくさんの怪物が追いかけてきたんだ!』
『もうダメかと思ったんだよ。神様、どうして私にこんな運命を、なんて嘆いた。でも助けが来てくれたんだよ』
『そう、日本のスーパーヒロイン、土屋香さんがね!』
「じ~~つ~~わ~~!」
実話であることをアピールする土屋。
確かに彼女が人々を救ったことは事実であるし、動画配信サイトで多く再生されている人気動画ではある。不適切な映像も使われてはいない。
だが入学式で非公式の動画を流すのはいかがなものか?
「俺は偉い、俺は凄い! たくさんの勲章をもらってる! 俺は偉い、俺は凄い! 感謝状もしょっちゅうもらってる!」
語彙は貧困なのだが実績は豊富なのでアピールには事欠かない。
就活マナーが終わっていても実績で押し切るタイプの就活生であった。
「お、れ~~♪」
いくつかの動画を流したあと、満足げに踊って歌いながら去っていくスーパーヒロイン土屋香。
流石のインパクトに、五等ヒロインたちも唖然としていた。
『え、ええ~~……以上、土屋香さんによるスーパーヒロインの活動実績でした!』
総司令官からの音声が一応入学式の体裁を取り繕っていた。
発表形式は不適切だが、発表内容そのものはまともなのでそう言い切れるだろう。
彼女にそんなつもりはないのだが。
『次は……鹿島強さんです』
土屋と入れ替わる形で入ってきたのは、男子高校生のブレザーを改造したような服を着たスーパーヒロイン鹿島であった。
服装はともかく普通に一人で歩いてきた彼女には一瞬安堵する者もいたが、それは儚い希望であると誰もが知っている。
「どうも初めまして、皆さん。私はスーパーヒロイン鹿島強です」
きりっとした顔でありながら優しく笑っていた。
まさにスーパーヒロインという顔である。
「五等ヒロインの皆さん、それから広君。入学おめでとうございます。これから皆さんには立派なヒロインになるための勉強を頑張ってもらいます」
『はい終わり! もう出てって!』
「え、ちょ、まだですよ! ごほん……ヒロインというのはとても大変な仕事です。ですがだからこそ、福利厚生はとても充実しています! 五等ヒロイン、四等ヒロインとしての学生生活もとても素晴らしいものです!」
『終わり! 終わり!』
「懐かしいなあ……僕にもそのような時代がありました。今皆さんが体験している入学式のことも昨日のように思い出せます! はあ……同級生のみんなと出会ったのはあの時が初めてだったなあ! もう会ったときからお互いを意識していました。それから一緒の部屋でお着替えをするときとかもお互いを気にしていたり、寮でその子たちの部屋を通る時も変に期待しちゃったりして……」
総司令官の停止命令もむなしく、のろけ話が始まった。
「怪異対策部隊本部の人工島には喫茶店とかがたくさんあるんですけど、そのうちの一軒は僕ら鹿島派が学生のころから入り浸っているんです。この前も広君を連れ込んで一緒に……あ、勉強のためでしたよ。広君は勉強がさっぱりだったけど、一生懸命教わる姿は素直でかわいかったなあ。ちゃんと写真をとって保管したよ。あの喫茶店での思い出がまた一つ増えたね。あ、えっと学校行事と言えば就学両行も刺激的だったな。五等ヒロインの時は雪山でスキーやスノーボードを体験したっけ。四等ヒロインの時は南国のビーチに行ったなあ。普段と違うみんなの魅力が感じられて、興奮しっぱなしだったよ」
同性愛者でありコミュニティを形成するほどのハーレム主人公。
それ自体は公言してもしなくても別にいいのだが、なぜ未成年が大勢いる……ヒロインの弟なども出席している入学式でのろけ話を聞かされなければならないのだろうか。
(俺の写真、撮られてたのかよ……)
(私の拓郎に何を聞かせてるのよコイツ!)
「学園祭や体育祭もあるんだけど、脳がとろけるほど幸せだった。ではここからは恋人一人一人について……」
「鹿島先輩、そこまでです」
ずしん、ずしん。
のろけ話をしていた鹿島を、巨躯を誇る女性が見下ろしながら注意した。
鹿島本人も女性としては背が高いのだが、巨躯の女性に比べれば小さく見えた。
「ここからは私の時間です」
「え、あ……でも僕はまだ、恋人一人一人について話してないよ?」
「どうしても発表したいのなら動画配信でもすればいいでしょう。この場では私に代わっていただきます」
「むぅ、残念」
最後に現れたのは近藤貴公子である。
純粋な身体能力だけなら現役世界最強の呼び声も高い、日本で最も若いスーパーヒロインであった。
純粋に威圧感の凄まじい彼女のまっとうな指摘に、鹿島はすんなりと引き下がった。
「どうも皆さん、私は近藤貴公子と申します。少々時間も押しておりますので、マクラは短めになりますがご容赦を」
なぜマクラが短いことへ容赦を求めるのだろうか。
それは誰にもわからない。
「こちらをご覧ください」
ぶん、と。
空中に映像が出力される。
それは公開されている画像であった。
多くの電子書籍の購入履歴やレビューが書き込まれている。
年配のものならばすぐ気付くが、どれも少々古い作品。
電子書籍が出版の主流になって間もない時代のものだった。
また……成人向けではない物の、きわどい描写も多い作品である。
「私が熟読の上、一冊一冊にレヴューを書き込ませていただきました。どうか皆様も購入をご検討ください!」
普段よりは圧倒的にマシだが、それでも問題行動である。
なぜこんなことをするのか、しかも古いものばかりなのか。
そんな想像さえ巡らせてしまう。
「なぜこのラインナップなのか気になる方もいらっしゃるでしょう。それについてはとある『スーパーヒロイン』について語らなければなりません」
彼女はとても重苦しい雰囲気で語り始めた。
先ほどまでとは打って変った雰囲気に誰もが息を呑む。
「彼女の名前は『陽花紫』。私たちよりかなり前の代のスーパーヒロインでした。彼女は実力も高く人格も高潔。非の打ちどころのないヒロインと讃えられていました。しかし……」
これもまた悲しい歴史。
本当にあった出来事である。
「人々の中にはそのような彼女に反感を示す者もあらわれました。まあはっきり言ってただの負け犬でしたが、無駄に行動力と収集能力、団結力を持っていました。彼らは彼女の身辺を徹底調査し、彼女の私生活を徹底的に調べ上げ、片っ端からネットの海に放出していったのです。もちろんそれはスーパーヒロイン云々とは無関係に罪です。怪異対策部隊は組織として動き、犯罪者を告発していきましたがネットに放流された情報は取り返しが利きません。彼女は知られたくないことをすべて晒されてしまいました」
堅く強い拳を握りしめて悲劇を説く近藤。
その握力にはどんな思いが込められているのか。
「暴かれた彼女の私生活は失われました。人間の土台が失われた以上、仕事に身が入るわけもありません。彼女が闇に堕ちるのは当然でしょう……なぜ強い自分が我慢をしなければならないのか、と」
仮に、その犯罪者どもを自分がぶっ殺していいのなら、彼女はそこまで荒れなかっただろう。
しかし法治国家ではそのようなことは許されない。いくらスーパーヒロインとはいえ、犯罪者を報復として殺すことは許容されない。
彼女は我慢するしかなかった。
なぜ我慢しなければならないのか。負け犬の犯罪者共相手に臍を噛む羽目になっているのか。
自分は人々を助け守るスーパーヒロインなのに、普通の人と同じ扱いを受けねばならないのか。
強者が強者としてふるまえない、『法の下に人は平等である』という法治の精神を彼女は見限った。
「彼女は逮捕されていた犯罪者たちを片っ端から殺した後コロムラに入り、殺村紫陽花を名乗るに至りました。人々のために戦った彼女がそのような目に合わなければならないのか、私たちは学ぶ必要があります。彼女が本当に何を望んでいたのか……私にはわかります」
ここで彼女は涙をぬぐいながら、投射されている映像をアピールした。
「これは公表されてしまった彼女の電子書籍の購入履歴です! 彼女はスーパーヒロインとして戦う日々の苦しみを、これらの作品によって癒していたのです! いや~~実に名作でした! 私も読んでいて幸せな気持ちになれましたよ! 彼女はきっとこう思っているはずです……自分が闇に堕ちたとしても、自分が読んでいた作品が禁止対象になってはならないし、むしろたくさんの人に読んでほしい! そう思っているに決まっています!」
違うんじゃないかな……。
熱を発する彼女に対して、来賓もヒロインたちも同調しきれない。
「ちょっとスケベな描写もありますが、彼女もそれをニマニマしながら読んでいたのでしょう。そうやって彼女と同志になっている気持ちになれて、私も感慨深いです。ということで、どうか皆さんも読んでくださいね」
※
コロムラの秘密基地にて。
ヒロインたちの入学式の公開放送を見ていた殺村紫陽花は弟子である殺村紫煙を怒鳴りつけていた。
「今すぐあの娘を殺してこい!」
「お任せください、師匠。いつか必ず彼女の首を持って帰ってきます。くくくく」
「何がおかしい! 何を笑っている!」
「もちろん、強敵との決着に今から心が震えているのですよ。コロムラとはそういうもの……くくく」
「状況的に私の前で笑うな! というか今すぐ殺せ! お前も怪奇現象が使えるようになったのだろう! 今なら殺せるはずだ!」
「まだ新しい腕に慣れていないので無理ですね。傷が治った暁には……くくく」
「笑ってんじゃねえよ!」
『ちなみに検索すれば彼女が購入していた成人向け書籍についても調べられますので、興味のある方はネットの海に飛び込んでください!』
「あああああああああああああああああああああ!!!!! ぶっ殺してやる、ぶっ殺してやるぞ、近藤貴公子!」
「くくく……猛っておられますな師匠。老いてなお現役ということですか」
『皆さんが彼女の読んでいた本を購入することで、彼女もまた救われるでしょう』
「違う~~! 違う、違う、違う~~!」
※
きりっとした顔の近藤貴公子。
ここで彼女はマクラを終えて本題に入った。
「皆さんもご承知の通り、怪異対策部隊の評判は芳しくありません。ヒロインの敗北や敵前逃亡、脱走、殺人未遂……正当なる評価と言わざるを得ません」
人工島内で広へ暴行を加える五等ヒロイン。
先日のショッピングモールで一般人を見捨て、敵前逃亡していく三等ヒロイン。
そしてテロに乗じて広を襲撃しようとする六人。
先日も公開されていたが、今日のおめでたい場でも大画面で表示されていく。
おめでたい場にはふさわしくないが、先程の恥部に比べれば公開する意義のある恥部だった。
「皆さんはきっとこう思っていらっしゃるでしょう。私たちはああならないと。落ちこぼれたのはそもそも弱いからであり、負けたから。自分たちがこうなることなどありえないと」
図星をつかれたのか、五等ヒロインたちは緊張する。
「その通りです。こうなっては困ります。彼女たちがおかしいのですし、他の敗北したヒロインたちも同様です」
近藤は増長めいた考えを肯定していた。
「そもそも怪物というのは、一等ヒロイン一人でも倒せて当たり前。そんな一等ヒロインを隊長として十人ほどの二等ヒロインや三等ヒロインを補佐とする現行体制は過剰戦力の投入とも言えます。それが分かっているのになぜ維持されているのか。それは……ひとえに市民を守るためです」
やっと入学式らしくなってきたので、場の雰囲気は引き締まっていく。
「怪物や怪人を倒すなんて当たり前。そのうえでいかに市民を救助するのか、市民から信頼を得るのか……それがヒロインの価値であり、怪異対策部隊の目標であると言えるでしょう。それが損なわれているのですから、現状を改善していかねばなりません」
ぎん、と眼光が光る。
彼女の視線は座っている広に注がれていた。
「そこで皆さんと一緒に座っているスーパーヒーロー李広君は、まさに怪異対策部隊の規範となる人物です。彼が市民から信頼を得ているのは当然のこと……彼の戦いぶりを見習ってくださいね」
ここで投影されている映像が切り替わった。
コンクリートで舗装されている、川幅の狭い準河川についている監視カメラの映像だった。
「あ」
ここで広は何が起きているのか察する。
ほどなくして少女が梯子を降りて川底に降りていき、それを少年が上から必死で止めていた。
少女の前に怪人たちが現れると、少女は持っていたマジックコンバットナイフで応戦する。しかしあっけなく敗れ、川に転がされる。
少年は飛び降りてマジックコンバットナイフを手にすると、勇猛果敢に挑み切り倒していた。
そして悍ましき怪物が出現する。
怪物の口が伸びてくると少年はなす術もなく噛みつかれ、コンクリートの壁に叩きつけられた。
とんでもない量の出血と骨折に来賓たちは悲鳴を上げる。
怪物は怪光線まで浴びせ、とどめを刺した、かに見えた。
ずたぼろの少年はマジックコンバットナイフを手に、怪物へ自らにじり寄る。
マジックコンバットナイフを突き立ててねじ込んだ。
怪物も無抵抗ではない。全身の口で少年に噛みつく。
おびただしい量の血が吹き上がるが、少年はそれでも攻撃を止めない。むしろより深く突き刺していく。
やがて怪物は息絶え崩れる。あらわになった少年の体には痛々しい傷が刻まれていた。
この映像はここで終わるが、この後も少年の戦いは続く。
市民を守るために怪物の攻撃を体を張って受け止める。
手足がひん曲がり、アーマーが破損している。
ヤマアラシのような針が発射され盾を貫き、人体にさえ深く食い込む。
返しが付いているのか抜けないそれを、少年は自分の体に銃を打ち込むことで無理矢理傷口を広げて引き抜く。
膨大な水の魔法に押しつぶされて身動きが取れなくなっている。
自分の体に食いつく狼を自分ごと燃やす。
彼は倒れても立ち上がり、怪物を倒し、人々に微笑む。
そこに飾り気はなく、しかしどこまでも頼もしい。
少年にあるまじきタフガイ、古参兵の風格があった。
「これが広君のダメージ集です。重ねて言いますが、彼はヒーローとしての教育を受けていません。そんな彼ですらここまでやれるのです」
ここまで聞いて、五等ヒロインや父兄たちは自分や娘が同業に就くのだと思い出していた。
夢が現実になるのだと思い知り、今更体が震えていく。
「それが模範的なヒーロー、つまり模範的なヒロイン、模範的な怪異対策部隊!」
ある人は言った。
ヒロインになる奴はバカだと。
いくら高給とはいえ命がけで戦うなんておかしいと。
賢い奴はヒロインになんてならないと。
半分は正しい。
バカではないかもしれないが大変なのだ。
「貴方達がこのように振舞えるよう、私たちは全力で指導します! むしろ、これ以上を目指しましょう! 男子がここまでやれるんですから、私たち女子はそれ以上であるべきです!」
彼女の姿勢は間違っていないし、入学するヒロインへ送る言葉としては正しいのだが……。
もういっそ序盤のノリを維持してほしかったとすら思うヒロインたちであった。
「逃げるくらいなら名誉の戦死を選ぶ! そのようなヒロインへ成長してください!」




