良くも悪くも
現在保管されている怪物は五体、怪人が二十体ほどである。捕まえたのが全部で五体というわけではなく、実験で使い潰していった結果残った数である。
全員が石化されており、なおかつ高度なセンサー類によって24時間監視体制に置かれている。また広が定期的に石化を行っていた。
その程度には手間をかけなければ安全と言えない状況であった。
自己管理能力の限界を破壊検査するほど、総司令官も研究棟も愚かではない。
よくある失敗のリスクを最小限に抑えるため、これ以上の保管は許可されなかった。
であれば広がこれ以上戦う理由はない。彼はここでようやく任務を終えることができたのである。
ここから彼はスーパーヒーローになり、学生になって、五等ヒロインたちと一緒に勉強をしていくのだろう。
さて……入学準備、生徒編が始まる。
※
現在李広は鹿島派が良く集まる喫茶店に訪れていた(喫茶店からすればいい迷惑である)。
もちろん鹿島派のヒロインたちも集結しており、物々しい雰囲気になっていた。
「広君……僕らはね、怒っているんだよ。なんで君は僕らと一緒に怪物討伐をしてくれなかったのさ! 僕たちはもう君のことを仲間だと思っているのに!」
(俺がアンタらを仲間だと思ってねえからだよ)
そうですそうです、と言って迫ってくる鹿島派のヒロインたち。
拗ねているというか、水臭いよ、という善意の押し付け感がある。
「とはいえだ……僕らも元々、この話はあんまりよく思っていなかったから、話を振られても断っていたかもしれない」
「……あ、そうですか」
「僕たちの仕事はあくまでも人命救助。いくら必要だとしても、怪物の捕獲をするのは良くないと思う」
鹿島は割とまともなことを言っていた。
怪物を殺すと怪人は全員死ぬのだが、怪物を行動不能にした場合それは適用されない。
怪人が暴れる時間が増えるのだから被害が出る可能性も生じる。
またそういうことを抜きにしても問題はあるだろう。
「僕たちは人々を助けるために戦っている。今まさに危機に瀕している人たちだけじゃない、愛する人が無事か案じる人だってたくさんいる。そんな状況で……そんな状況で! 未来のためだって言って、別の目的で動くのは良くない!」
熱い言葉に鹿島派のヒロインたちは大いに頷いている。
このあたりは流石のヒロインと言えるだろう。
「とはいえ総司令官が『わたしみたいな子が出ないようにしたい』とか『状態異常を治す薬を作りたい』って言われたら反対できないんだけどもね! 積極的に協力できないってだけで、反対はしてないんだよ」
(体張ってるなあ……)
広の視点だと森々天子という総司令官が特別有能に思えないのだが、幻想的な状態異常に陥っても働いている姿は『強み』なのだろう。
彼女が被害者のために政策をとっていますと言ったら、近藤も鹿島もそう簡単に文句を言えない。
「だから! 僕たちは僕たちなりに君のことを応援しようと思う。生きる気力のない君の力になりたいんだ!」
「そうそう! 荒んだ心は私生活を充実させることで解消するのが一番!」
「アンタの事情は聞いているけどさ、だからって幸せになっていけないってことは無いんだよ?」
「みんなで集まって色々話すだけでも楽しいよ! 昼だけじゃなくて夜も朝も!」
「近藤派や土屋派のみんなから聞いたけど、君って戦う時はアッパーが入っているけど、それ以外の時はすごくつまらなそうというか、生きる気力が感じられないって言うじゃないか! そんなのだめだよ!」
「君の幼馴染だって、君には強くあってほしいと思うよ。今のままで君は強くなれるかな?」
「みんなでカラオケしてみんなでお菓子作ってみんなで食事してみんなでベッドインしようよ~~!」
「この間助けてもらったお礼もできていないし、最初はお友達から始めませんか? みんなで結婚はごーるってことで」
「ガス抜きは社会人の務め。貴方はそれができていない。だから私たちがそれを手伝う。これは必要なこと」
まさに姦しい派閥。
物凄くぎちぎちで圧力がかかってくる。
李広はすっかり生気を奪われていた。
「あの……具体的には?」
「勉強さ!」
「君は人生二週目だったり勇者の生まれ変わりなんだろ? 勉強できるわけがないって!」
「それに貴方はここ半年ほど任務続きで勉強していない。勉強しないと周囲に置いていかれる」
「セカンドキャリアを考えれば高校卒業相当の学力は大事、違う?」
「……お願いします」
決めつけられたのは正直不愉快だったが、割と切実な問題だったので、広は自分から頭を下げてお願いしたのだった。
※
昼頃から入った喫茶店を夕方まで占拠して、鹿島派は広へ詰め込み学習を実施した。
広が割と真面目に勉強したこともあって成果はあったが限度もある。
広はすっかり疲れた顔で喫茶店を出た。
「ちょっといいですか? って……大丈夫?」
「ん?」
ちょうどそのタイミングで多くの三等ヒロインが現れた。
広に用事があったようなのだが、広が疲れていたのでしり込みしている様子である。
「なにがあったら喫茶店から疲れた顔で出てくるの!? って、この喫茶店は!?」
「鹿島派御用達の喫茶店!? そういうことね!!」
(そういうことでお願いします……)
「それなら間が悪いかもしれないけど……ちょっと考えてほしいことがあるの」
三等ヒロインたちは互いの顔を見てタイミングを計りつつ広にお願いをした。
「貴方の派閥に入れてくれない?」
「……俺はそんなことやってねえぞ」
ついうっかり素で返事をするほどしょうもないお願いだった。
「俺はアレだぞ、人の面倒とか見れないぞ」
「それはわかってる」
「じゃあなんでだよ」
「他の派閥に入りたくない!」
「……それはそうだな」
鹿島派は論外だが、土屋派も近藤派もたいがいアウトである。
「派閥って言ってもそんなに深く考えないでよ! 私たちだって深く考えてないからさ~~!」
「訓練の時に相手をしてくれるとかでいいからさ~~! お願い!」
「アンタのお願いは聞かないけど、アンタにお願いもしないからさ、ね?」
「イヤだよ。次来るスーパーヒロインを当てにしてくれ」
「そっか……残念」
元々そこまで期待していなかったのだろう。
元々何をするのかもわかっていない派閥ということもあって、三等ヒロインたちは散っていった。
やはり消去法で選ばれただけだな、とうんざりしつつ広は研究棟へ帰っていく。
だが彼はまだ知らない。
自分が活躍してきたという事実こそが、真に支持者を生み出すということを。
そう、良くも悪くも、既に広はスーパーヒーローなのだから。
※
社会には常に『ひずみ』が存在する。
それは自由意志がある以上仕方のないことだ。
徴兵制度から志願兵制度に変更される際に、ヒロインになる魔力のハードルは上がった。
悪く言えば『弱いものにヒロインになる資格はない』ということであり、よく言えば『お前が戦場に出たら高確率で死ぬぞ』である。
身もふたもない話だが実際そうなのだから仕方ない。
なまじヒロインの社会的地位が向上していたことも裏目に出ている。
ヒロインになりたいと憧れてくれているからこそ志願兵制度が成立するのだが、魔力の低い女子が文句を言い出すという本末転倒な事態まで起きてしまった。
では『それでは貴方も今日からヒロインです』と入学を許可してもなおひずみは生じる。
そもそも魔力が乏しいのだから入学を許可されなかったのだ。正当に入学した者たちとの埋められない差に苦しむだろう。
それに耐えて前線に出れば、今度は怪人や怪物と戦うことになる。まあ死ぬし、そうでなくとも足手まといになるだろう。
結果として彼女らには残酷な未来しかない。つまり入学させることも彼女らを救うことにつながらない。
諦めるのが最良、という残酷な現実が待っている。
スポーツの世界と一緒だ。
半端に才能が有ってもプロにはなれないし、その手前の大会に出ることすらできないのだ。
ヒロインになれなかった者たちは、肉体労働以外ではさほど益にならない身体能力を持っているだけの一般人として生きていくことになる。
誰もが夢を見るからこそ起きるひずみである。
しかし逆もまた然り。
ヒロインになれるだけの魔力を持っていてもヒロインになりたいと思う女子ばかりではない。
ヒロインが高給で社会的地位が高いと知られていても、危険で辛い仕事だから就きたくないという少女はもちろんいる。
その選択を奨励する親もいる。
ある意味まともだ。正常な判断をしていると言えるだろう。
そして一夜一家というのは曾祖母の代からそのように生きていた。
曾祖母は兵役から逃れるために親族と共に非合法な手段さえ用いた。
祖母も合法の範囲でヒロインになることを防ぐ手段を全部利用した。
母親の世代になってからは徴兵制が廃止されたため、もちろん自らの意志でヒロインになることは無かった。
つまり……皮肉なことに、そして当人たちからすれば迷惑なことだが、親子四代にわたって魔力を宿していたのである。
とはいえ曾祖母も祖母も母も、そこまで多かったわけではない。
四代目に当たる一夜夢だけが、一等ヒロイン相当の魔力を持っていた。
彼女もまたヒロインになるつもりはなかった。
曾祖母はすでに亡くなっていたが、母も祖母も『ヒロインなんて金に釣られたバカのやること』だと小ばかにしていた。父も祖父も確かになあと言っていた。
そのような家庭環境で育っていたのだから、夢が同じ考えになっても不思議ではない。
他人の職業をバカにするのは良くないがそれはそれとして職業選択の自由は認められているし、曾祖母はともかく祖母も母も違法行為をしていないのだから咎められることではない。
そう……世の中の大抵の人にとって怪人や怪物に襲われるというのは珍しいことだ。
曾祖母も生涯で一度も遭遇したことがなかったといし、祖母も母もまた遭遇したことは無い
なので夢にとっては怪物など対岸の火事に過ぎなかったのだが……。
それでも現れる時は現れるものである。
彼女たちは虫メガネボーイに襲われ、小人化され、ネズミに食われかけた。
ヒロインたちが奮戦してくれていたが、それでももうダメだと思っていた。
その時に広が現れた。
彼が金属の箱を開けた時、彼女はその背後に怪物、虫メガネボーイがいるのも見えた。
後ろを向いてくれ、そこに怪物がいると叫んでいた。
その後広は触られこそしたが完全耐性によって無効化し、圧倒的な存在を逆に返り討ちにした。
自分達を守るために戦ってくれたヒロインたちにも感謝していたが、それでも広が強くて格好いいヒーローだった。
助かった当時は母や祖母と抱き合って喜んでいたため感謝を伝えることもできなかった。それを後後になっても後悔している。
その後も広の戦いは続いた。
ある時はズタボロになりながら戦い、あるときは状態異常で一蹴し、あるときは仲間と連携して戦う。
彼女はその戦いを配信サイトで見ていく。一夜の女が考えてきたことが本当で、しかし傲慢だったのを思い知っていった。
ヒロインの仕事は本当に危険で大変だ。
高給をもらってすら割に合わない。
それでもヒロインは戦うし、広もまた戦場に身を投じる。
やがて彼女は彼の助けがしたいと思うようになった。
幸い彼女の進路はまだ変更が利く段階で。
「ねえ、お母さん、おばあちゃん。私ね、ヒロインになろうと思うの」
一夜夢の言葉は一夜家にとって大きな判断であったが、心配こそされても反対はされなかった。
彼女は李派のヒロインになるべく、入学することになったのである。
そんな彼女が一度や二度断られたぐらいで派閥入りを諦めるかと言えば、微妙なところであろう。
良くも悪くも、影響は伝播する。
※
さて……広は活躍した。
本人としては不本意だが、人類初のヒーローとして活動している。
その結果多くの男子が『アレ、俺もイケるんじゃね?』と思い始めた。
研究機関も『調べれば他にもいるかも?』と思い始めた。
双方の思惑がかみ合った結果、男子や男性も魔力の有無を調べることが流行した。
その結果、案の定ゼロだった。
石化魔物に噛まれたり石化光線を浴びせられたことで覚醒したのではないかなどの憶測も流れたが、結局意味はない。
今のところ広以外に魔力を持つ男子はいないのである(少なくとも調べられた範囲では)。
世の中の男子の多くは『まあそうだろうな』と諦めた。世間の大半が興味本位だったので当然だろう。元々分の悪い賭けであり、大して費用も発生していないので受け入れていった。
一部の男子や男性は悔しがったが、それでもやがて諦めていった。
ごく一部の男子や男性は本気で悔しがり、広に対して強い嫌悪を抱くに至った。
だがそれまでであり、ネットの海で炎上しただけにとどまった。
ごくごく一部の男子は憎悪すら抱いていた。
広に対して危害を加えるための犯行計画を練るまでに至っていた。
とはいえ大抵は途中で諦めるか失敗する。
そして……その中の一人が成功してしまった。
母数の多さゆえに成功例が出てしまうのはどの世界も同じである。
「必要な部品は買えた……工作もできた、プログラミングも順調だ」
その少年の名前や年齢はあえて伏せるとしよう。
そこそこ裕福な家庭に生まれた男子であり、しかし人間関係に悩み引き篭もってしまった。
そこから次のステップに進めばよかったのだが、誰もが別の道を進めるわけではない。
彼にとって引き篭もる日々も幸福ではなかった。
何とか脱したいと願いながらも勇気が出なかった。
彼は逃避の為に『現在の社会が女尊男卑社会だからだ』と他責に走った。
本人も違うとわかっていたが、そう思わなければやっていられなかったのだ。
そんな折である。
李広の活躍が広まった。
魔力を宿した男が実在し、現場で実際に戦い成果を上げている。
戦いは華々しく、多くの人々から支持されていた。
少年はそこに救いを見出した。
自分にも魔力があるかもしれない、魔力があればヒーローになれるかもしれない。
人生が一発逆転するかもしれない。
成功例がいるからこそ彼は夢を見た。
久方ぶりに家を出て検査を受けた。
脳内では『ほ、本当にいたのか、二人目の魔力保持者が!』というエピソードまで綴っていた。
李広の歩む道を追い越して、自分が最高のスーパーヒーローになって……と信じていた。
結果は残酷なものだった。
すくなくとも彼に魔力はなかった。それだけが彼にとって意味のある、そして受け入れがたい真実だった。
期待していたからこそ落胆はすさまじい。
他責志向は被害者意識につながり、加害性、計画的な犯行計画にたどり着く。
もちろんこんな男子ばかりではない。
いかに女尊男卑社会とは言え、男の性根が卑しいわけもない。
しかし、卑しい男が存在するのも事実である。
「やってやる……やってやる! バカにしやがって、バカにしやがって!」
彼はお世辞にも優秀な人間ではなかったが、それなりの財力とそれなりの環境。そして時間があった。
2100年の高度な情報化社会では、一般人でも高度な兵器を製造することができる。
とはいえ広が人工島にいる限りそうそう手は出せないはずだった。
任務で出撃することがあっても、少年の手が届く場所に来るとは限らないし、来たとしても短時間なので何かができるわけもない。
もちろん……李広の家や家族構成などについては怪異対策部隊も本気で規制しているため、少年が調べ上げることもできなかった。
だが間が良かった。
怪異対策部隊へ入るヒロインたちの入学式は、人工島ではなく本島で行われる。
人工島は機密が多く、男子禁制であるため当然の処置だった。
そしてこれは計画した本人すら知る由もないことだったが、この入学式では怪異対策部隊の成果を示すために『石化した怪物の搬入と解除実験』が行われる予定だったのである。
もしも彼の犯行が最悪のタイミング、最悪の場所へ投入されれば……。
石化された怪物への解除薬が投与されるタイミングをずらされでもすれば……。
実験は甚大な事故につながりかねない。




