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治癒師のパッシブスキル

 幼少のころ、どうしても使いたかったマジックコンバットナイフ。

 それを実際に使うことになっても、広の顔はまったく達成感がなかった。


 そんなことよりも、怪人からりんぽを守らなければならなかった。


 向かってくる怪人に対して、先程のりんぽと同じように魔力の刀身で斬りかかる。

 ただし動きは洗練されており、しっかりと首筋を切り裂いた。


 血、のようなものが噴き出す。

 斬られた怪人は魂が抜けたように虚脱し、後ろへ倒れていく。


 だがその間も他の怪人が殴ってくる。

 後ろに下がれない広は、殴ってくる腕を刀身で切り払う。


(くそ、筋力が足りない! せめて両手持ちできるほど柄が長ければ!)


 悲しいかな、広はヒーラーである。

 彼の素の筋力は常人並であり、刀身がどれだけ鋭くとも攻撃力はそれほど高くない。

 もしも万能職……筋力と魔力がバランスよく伸びるクラスならば、一振りですべての怪人を切り殺せるだろう。

 あるいは純粋な前衛職ならば、素の腕力だけで怪人たちを捻り殺せるはずだ。

 攻撃的な後衛職でも、アクティブスキルの一つで殲滅できたはずだ。


(最終装備とは言わないが、ソロ時代の装備でもいいから持ってくるんだった!)


 現在の彼はヒーラークラスのパッシブスキルと、マジックコンバットナイフ一本で戦わなければならない。

 戦闘能力を装備に依存していた彼にとって、この状況はとんでもなく不利であった。


 だがそれでも、彼は奮戦する。


 たとえるのならば、大作アクションゲームをクリアしたプレイヤーが、同じシリーズのチュートリアルに挑むようなもの。

 装備が弱かろうとステータスが低かろうと、成長限界に達した男の技量ならばなんとかなる。


 鮮やかな瞬殺とは言い難いが、りんぽを守りつつ自らも無傷で、五人の怪人を倒していた。


「まずい、時間をかけすぎた……警察は、ヒロインはまだなのか!?」


 りんぽが通報して三分も経過していないだろう。

 これですぐに来てくれと期待する方が間違っているが、それでも呪わずにいられない。


「怪人ならなんとかなるが、怪物(・・)が来たら……!?」


 怪人たちが現れたトンネルの向こうから、異音が聞こえてくる。大量の水が凍結していくかのような、ぱきぱきという音が、やたら大きく、耳に届いてくる。


 トンネルの奥から現れたのは、怪物であった。

 怪人がタイツを着た人間のようなもの、であるのならば怪物は着ぐるみに近い。

 もちろん子供向け特撮の安物ではない。しっかりと生きている、生々しい怪物(・・)である。


 おぞましいことに、体中に牙のある口や、目などが乱雑に生えている。

 それら一つ一つが目まぐるしく動いており、明らかに脈動している。


 そして、ほどなくして気付く。

 その怪物が、全身から血を流していると。

 部位の欠損すら起きているようで、本来の戦闘能力がほとんど削がれていることを。


(ヒロインと戦って逃げてきたのか!? だ、だとしても……勝ち目なんかないぞ!?) 

 

 怪物は怪人よりも圧倒的に強い。それはこの世界の常識である。

 それこそアクションゲームでいえば、一撃で倒せる雑魚と、何十回と攻撃しなければならないボスぐらいの差がある。

 体力もそうだが、攻撃の威力も範囲も速度も段違いのはずだ。

 怪人を五人倒すことに手間取っているようでは、手負いの怪物にすら勝ち目はない。



(りんぽを担いで逃げる!? いや……上に登るのも、反対側に逃げるのも、現実的じゃ……!?)



 逃走を意識した時、怪物が動いた。

 体に生えている口が、ぽこりと盛り上がる。

 そのまま一気に伸びて広の腕に噛みつくと、肉食獣のようにうねりながら川を舗装しているコンクリートにたたきつけた。


 幸いにも、と言っていいのかわからないが、倒れているりんぽの反対側である。

 対岸にたたきつけられた広はやはり全身を強く打ち、りんぽ以上に頭部から出血していた。


 怪物は手を休めない。

 体から生えている眼の一つを怪しく輝かせて光を照射する。


 直後、広とその周囲、光線の着弾地点で煙が上がった。

 奇妙なことに、光を浴びたコンクリートの質感が変わっている。

 それだけならまだしも、コンクリートの隙間から生えていた雑草が『石』に変わっているのだ。


 これがこの怪物の力、石化能力。

 先ほど噛みついた牙でも、目から浴びせる光線でも、相手を石に変える力を持っている。

 似たような力を持っている怪物はいるが、ここまで強力で融通の利く石化能力を持つ個体は少ない。


 おそらくこの個体は、石化能力に特化しているのだろう。

 その力を用いてヒロインたちから逃走したに違いない。



「この世界に帰ってからいきなり不運続きだったんで、向こうの世界で運を使い切ったかと思ったが……不幸中の幸いだな。お前が石化特化型で助かったよ」



 りんぽすらも襲おうとした怪物だったが、煙の中から生身のまま現れる広を見て瞠目していた。

 全身の眼や口がわなわなと震えている。自分の攻撃が当たって、石化しないなどありえないはずなのだ。


「俺はヒーラーとしてのアクティブスキルを一切取っていないが、その分パッシブスキルを極めている。さて問題だ、ヒーラークラスのパッシブスキルはどんなのがあると思う?」


 一方で広は話しかけるほどに余裕だった。

 石化特化型、つまり石化させることに特化している怪物ならば自分の敵ではない。


「一般的な後衛職と同じでMPの総量が増えるとか、MPが自動で回復するとかのスキルを想像するだろう? 実際あったさ、俺もそれは取っている」


 舗装していたコンクリートに亀裂が入るほど全身を強く打ったはずだが、広は平然と歩いている。

 頭部から出血していたはずだが、それもすでに止まっている。

 もちろんヒールというアクティブスキルは使っていないし使えない。


「だが、俺が最初に取ったスキルは『HP自動回復』時間経過で自分の傷が治るスキルだな。前衛職っぽいだろう? 実際後衛職でこのスキルを取れるのはヒーラーだけで、他は全員前衛だ。不思議に思うかもしれないけどな、そんなにおかしな話でもないんだ」


 治癒師(ヒーラー)と呼ぼうが衛生兵(メディック)と呼ぼうが僧侶(クレリック)と呼ぼうが。

 あるいはリアルの医者や看護師であっても、共通して求められるものがある。

 他者を治す役目があるのだから、自分が行動不能になってはいけないのだ。

 よってヒーラーのパッシブスキルは、行動不能にならないためのものがすべて揃っている。


「ヒールは遠くの仲間を治すこともできるが、普通のRPGみたいに全体回復ができるわけじゃない。シミュレーションRPGと一緒で、効果範囲内の仲間を治すってもんだ。だから遠くの仲間と自分を同時に治すのは難しいんだよ。でも遠くの味方と自分が同時に傷を負って、後回しにしたほうが死ぬ……って状況になると困るだろ? 味方を治さないといけないのに、自分を治すことに手番を消費できない。だからヒーラーのパッシブスキルには自動回復があるんだ」


 そしてそれは、ソロの戦闘にも通じるものがある。

 他人から治してもらえない以上、状態異常による行動不能はそのまま即死を意味する。

 奇妙な噛み合いの結果、ヒールを使えないヒーラーはソロとして成立した。


「同じ理屈でな。石化を治す魔法を覚えても自分が真っ先に石化したら意味がない。だからヒーラーには石化耐性を上げるパッシブスキルがもともとあった。俺はそれを取っているんだよ。勘違いするなよ? 石化だけじゃない。俺には数値的状態異常も肉体的状態異常も精神的状態異常も……石化を含めた幻想的状態異常もすべて効かない」


 治癒(ヒール)が一切使えない狂気のソロ治癒師(ヒーラー)、スモモ・ヒロシ。

 対状態異常特化ビルドを極めた男である。



「だから、お前には絶対に負けない」



 勝利を確信した広はマジックコンバットナイフを怪物に突き立てる。

 刀身は深々と突き刺さり、怪物は絶叫した。


 必死に抵抗し、広を再び攻撃する。

 石化光線を浴びせ、伸ばした口で噛みつく。

 本来なら相手を石化させる、事実上の即死攻撃。

 しかし広は反撃しつづける。


「ダメージが足りないな。ヒーラーのHP自動回復は、あくまでも保険程度。回復量がアップするパッシブスキルと合わせても前線を支えられるほどじゃない。防具がないならなおさらだ。だが……それは相手の攻撃力が低ければその限りじゃない」


 ぐちゃりぐずり。

 マジックコンバットナイフが石化怪物の体内をえぐる。


「お前の石化能力は大したもんだが、攻撃力も防御力も大したことがない。もう一度言うぜ、俺はお前には絶対に負けないってな」


 怪物は絶叫し、力を失って倒れた。

 直後、先程まで石化していた植物などが元に戻っていく。

 術者が死んだ証拠であった。


「まったく……世話をかける幼馴染だぜ。この後どうするか……」


 倒れているりんぽ。

 やはり意識がある様子はない。

 素の身体能力が人並みである以上、彼女を連れて上に上がることは現実的ではないようだったが……。


「おい……怪人と怪物が倒れている! 通報のあった場所で、怪物と怪人が倒れています! 女の子と男の子が……血まみれだぞ!? 救急車、救急車!」

「警察か……通報して5分できてくれるなんて、優秀ですねえ。でももうちょっと早く……俺が、呼ぶべきだったな」


 皮肉を言おうと思ったが、事の発端を思い出し腰を下ろす。

 浅い川で水浸しになりながら、自分の人生設計が崩壊したことを感じていた。

ソロ時代の広。


初期

HP自動回復と回復効果向上のスキルを獲得。

軽い武器で必死にモンスターを狩りつつ、お金を貯めていた。


中期

MP最大値向上とMP自動回復を獲得。

MPを消費することで身体能力が上がる万能職向けの装備を購入。

効率がだんだん上がってくるが、まだ厳しい。


後期

状態異常耐性向上を獲得していき、コンプリート。

状態異常攻撃を得意とするモンスターを専門に狩り始める。

名前が売れまくる。


勇者にスカウトされた後の広。

装備を防御偏重へ調整しつつ、大量の回復アイテムを携帯。

なにがあっても絶対に行動不能とならないアイテム係となる。


ビルドの評価


普通のヒーラーはどの段階でも腐らないし、大抵の編成で求められる。

一方で広のビルドは育つまで弱いし、能力値が尖りすぎている。

強いし頼れるが、真似したいとは誰も思っていない。

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― 新着の感想 ―
たかしぃぃぃぃ
>他者を治す役目があるのだから、自分が行動不能になってはいけないのだ。 女勇者が仲間にしたかった理由は、広が対状態異常を極めた唯一のヒーラーだったからか。他のヒーラーは対状態異常をそこまで鍛えてないか…
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