ギミックブレイカー
■スタジアム。
いわゆるサッカー場であるが、この日は町内のイベントとして借り出されていた。
多くの親子連れが集まっており、普段の熱狂がない和やかな催しを楽しんでいた。
そこに現れたのは怪物、怪人。
よく晴れた空の下で惨劇が起きる。
いっそ滑稽なほど、お天道様の下で怪物は暴れ始めた。
その怪物の名は『アリ迷宮』とでも呼ぼうか。
大量の砂を身に纏い、それを大量に放出する魔法特化型の怪物。
アリ迷宮はその膨大な砂で■スタジアムを砂で埋めて、即席のアリ地獄を作っていた。
掘ることはできず、登ることもできない砂のすり鉢。
その気になれば一瞬で人々を生き埋めにできるだろうに、アリ迷宮はあえて怪人たちに襲わせている。
人々は泣き叫び、助けを呼びながら砂地を走り回る。
靴の中に砂が入ることへの不快感は頭に登らず、ただ足を取られる疲労にだけ捕らわれていく。
そして逃げ遅れた者たちは怪人によって暴行を受け、そのまま砂に埋もれていくのだ。
助けは来る、絶対に助けてくれる。
人々は汗まみれになりながら、助け合いながら、転びそうになりながら。
ヒロインたちが到着するまで生き残ろうとしていた。
「あ、あああ!」
「パパ!」
「にげ、逃げなさい!」
子供を抱えていた父親が力尽き転んでしまった、
砂まみれになった子供は泣きながら親に駆け寄ろうとするが、何十人もの怪人が迫っている。
子供に逃げろと叫ぶ父親に、もはやできることは一つもなく。
しかしその時、空からヘリコプターの音が聞こえた。
多くの人が空を見上げると、十人の影がスタジアムへ向けて降下してくる。
その影のうち一つが、倒れている父親の元にたどり着いた。
「もう大丈夫です」
二十年も生きていないであろう、若い少女が二丁拳銃で構える。
砂を焦がす火炎放射とマニュアル撃ちの弾丸が何十人もの怪人を一瞬で掃除していた。
「すごい……え?」
起き上がりながら称賛しようとした男性は、少女の階級章を見て驚いた。
彼女は三等ヒロインだったのである。ヒロインの中でも一番弱い階級であると知っているからこそ、父親は彼女の階級と戦果を交互に見ていた。
「……お怪我は、ありませんか!?」
「あう、あう、す、すみません!」
ヒロインはそれを感じていたし傷ついていたが、そこはプロ意識で抑え込んだ。
父親も自分が悪いという自覚もあったので、謝りながら立ち上がる。
「お、お強いですね」
「当然です!」
父親は泣いている我が子を抱きしめながら、罪滅ぼしのように賛美した。
三等ヒロインは苛立ちを抑えながら向かってくる怪人を瞬く間に片づける。
「あ、あの……助かりますか!? 娘だけでも助けたいんです!」
「問題ありません! そこを動かないでください……!?」
流れ弾であろうか、大量の砂が塊となって降ってくる。
直撃すれば自分たちは一瞬で潰される。
そう思っていたが……。
「ふん!」
「ええっ!?」
「なんで驚いているんですか!」
三等ヒロインは持っていた盾で防ぎ切っていた。
怪人の魔法攻撃のはずが、彼女は単独で押し返したのである。
ノーダメージとはいかないが、それでもまだまだ戦えそうだった。
そう、ヒロインは全員強い。
三等ヒロインであっても怪人如きに遅れは取らないし、怪物が相手でも戦える。
ヒロインとして怪異対策部隊に入るには高い魔力が要求される。その上入隊後も激しい訓練を課される。そしてどれだけ努力しても一等ヒロインになれるかどうかは先天的な差によるものが大きく、努力しても二等ヒロインに留まることもしばしばだ。
逆に言えば、ヒロインになっている女性は全員が最高レベルの魔力を持っており、それをそれぞれの最高レベルまで鍛えているということ。
たとえ三等ヒロインであっても『音成りんぽ』などとは段違いの実力を持っている。
今の基準でこそ三等ヒロインは新兵であり、二等ヒロインは平隊員であるが、以前の徴兵制での基準ならば間違いなくエリートなのだ。
そうでなければこの時代に現場へ送り出されるわけもない。
「最近はその……ヒロインは負け続きだと聞いていたので」
「そんなに負けてませんよ! それに……安心してください、噂のヒーローも一緒ですから」
周囲を観れば、既に多くの人々がヒロインによって救助されている。
一等ヒロインが指揮を執り怪人の掃討が進んでいた。
そしてスタジアムの中央では、二等ヒロインを率いて男子が戦っていた。
「彼が……スーパーヒーローか?」
召喚開始
名称 オオカグツチ オオワダツミ オオミカヅチ
位階 ハイエンド
種族 古代神
依代 魔剣リンポ
強度 3
効果 炎、光、水、氷、風、雷属性の魔法使用可能。
精神的、肉体的、数値的状態異常付与。
ローカルルール龍涎蝋、霊錨角、乱薙颱布令
召喚完了
三色の怪奇現象が男子を中心に展開される。
三人分の輪郭が彼を包み込み、彼の持つ剣も火、光、水、氷、風、雷を帯びて神々しく輝いていた。
味方であるはずの二等ヒロインたちは怪物よりも広に慄いている。
この世界に置いて怪奇現象は怪獣だけの力であり、スーパーヒロイン以外が関わることがない。
そのすぐそばで戦うなど、バリアがあっても背筋が凍る話だ。
「やはり魔法特化型には効きが悪いな……少しでも切り込まないとダメか」
一方で広は冷静に敵を観察している。
土属性の魔法で生み出しているだろう砂を纏っているため怪奇現象の影響が及んでいない。
ある程度砂を剥ぎ、直に当てるよりほかにない。
「俺が攻めるんで、援護をお願いします」
ヒロインへ指示を出し、自分を主体に戦う。
昔の自分なら感慨を覚えていただろう。
しかし今は低レベルな喜びを抱くことすらない。
三重の怪奇現象の射程内に砂の怪物を包み込み、そのままリンポで切り込んでいく。
『らいじんふうじん!』
『ねつげんこうげん!』
『ひょうかいひょうりゅう!』
流石は魔法特化の怪物であろう。
如何にレベル3程度とはいえ、三柱の神からの攻撃にも拮抗している。
ただ砂だけを以て、六属性の攻撃を弾いていた。
むしろ砂の勢いが強く、周囲に攻撃が飛び火している。
そのほとんどを広が相殺しているが、僅かな残りであっても一般人にとっては即死の攻撃だ。
標準よりも軽く、しかし大きな盾を構えた二等ヒロインたちがそれを自ら受け止める。
「カバー良し!」
大きな盾から魔力のバリアが展開される。
マジックコンバットナイフと同様に魔力そのものが実体化し、壁となって己や背後を保護していた。
「ナイスカバー!」
受け止めたことを報告する防御役に対して、攻撃役が応じつつ銃を構える。
彼女らのアーマーは通常よりも防御は軽く、しかし軽く作られている。また拳銃ではなく両手持ちの小銃である。
この小銃は魔法の弾丸ではなく実弾である。
実物の弾丸を魔力で発射するという一種のエアガンであり、その威力はオートマチック式拳銃を凌駕する。そのうえバリアを貫通しやすい物理攻撃。
重量があり弾切れもあるが、怪異対策部隊が設立当初から運用していた信頼性の高い小銃であった。
放たれた弾丸は砂のバリアを弾き飛ばしながら直進し、そのまま貫通する。
しかし手ごたえはない。
縦に伸びた砂丘の中にいるのは確実だろうが、外のガワに比べて本体が細いのだろうと予測される。
「貫通するってことは……撃ってれば届くってことでしょ!」
そんなことでひるむ程二等ヒロインは弱くない。
特殊な事例を除けば怪物が人間より小さいということは無い。
数人で打ち続ければそのうち当たる。
そう思っていたが、アリ迷宮も黙ってされるがままにはならない。
ここで攻撃から別の行動に移る。
「……む」
こんもりと盛り上がっていた小さな砂丘が六つに分裂し方々に散っていく。
すべて撃墜しようかとも思ったが、すべてがへこみ何も見えなくなった。
そして次の瞬間、スタジアム内の別の砂地から砂丘が出現する。
「ぐぬ……この!」
「ひいいい!」
「あっちに行ったか!」
「カバー、急げ!」
市民に襲い掛かろうとするアリ迷宮。
既にすべての市民に対してヒロインたちが護衛についていたため無防備にはならなかったが、それでも一瞬で遠くへ移動されてしまった。
「射撃は止めろ、市民に当たる!」
「接近戦を……また逃げたぞ!?」
ヒロインたちが囲んで叩こうとしても再び姿をくらましてしまう。
このままではキリがない。
足を止めて状況を見届けた広は状況を理解する。
「この砂は逃げ場を封じつつ疲れさせるための物かと思ったが、いざという時の避難経路。なるほど、もぐら叩きだな」
これがアクションゲームならば、砂の中から一定時間ごとに現れる敵を叩く、という構図になるだろう。
それでもこの場の面々なら切り抜けられるだろうが、一般人はすでに疲れ切っている。
早めに勝負をつけるのがいいだろう。
(コイツの趣味に付き合う理由は無いな)
広は一旦リンポを納める。
怪奇現象は止み、三つの輪郭も大幅に小さくなっていた。
「ひ、広君? 何を……どうする気?」
「皆さんは私との連携のために新装備をお持ちでしたね? 使ってください」
「それって……わ、わかったわ! みんな! 市民の皆さんを一か所に集めて! 早く!」
先ほどよりも血相を変えてヒロインたちが動き出す。
ある者は肩を貸し、ある者は担いで、スタジアムの中央に集めていく。
精強なるヒロインたちが慌てていることで市民も不安に思っているが、それでもつつがなく生き残った人々は中央に集められた。
彼らを守る形でヒロインたちが四角形に並び、予備の装備で結界を構築する。
「それじゃあ行くわよ……隔離バリア展開!」
ヒロインたちの魔力によって無防備な市民を守るための中型バリアが形成された。
透明で分厚いアクリル板に上や四方を守られている形になり、市民たちはひとまず息を吐く。
だがヒロインたちは更に血相を青ざめさせていた。
自分たちの防御が整ったということは、広が本気の一端を見せるということだからだ。
「広君、準備できたわ!」
「わかりました」
安全圏に逃げ込んだ人々に背を向けて、広は再びリンポを抜く。
勇壮なる背中には益荒男の風格があった。
普段の彼を知る者ほど驚くに違いない。
人間関係に比べれば、殺せばいいだけの怪物など戸惑うことすらない。
「やるぞ、オオミカヅチ。強度4だ」
『くくく……そう来なくてはな』
召喚更新
強度 1→4
更新情報
風、雷魔法強化
数値的状態異常付与
ローカルルール『乱薙颱』布令
本体降臨
※
今回の封鎖区画は■スタジアム周辺であった。
内部に取り残されている人々の親族や友人たちが不安げな顔で、封鎖している警察官のすぐそばまで来ている。
警察としてはそもそも封鎖区画ギリギリまで来てほしくない、できるだけ遠くに行ってほしいのだが強く注意できない。
そのような状況で、人々が驚きの声を上げていた。
「なんだアレ……怪獣か!?」
スタジアムの中で、巨人の上半身のようなものが出現した。
その頭部は文字通りの台風であり、人型の嵐のようにしか見えない。
「怪奇現象を前兆として現れる最大の怪異……怪獣。世界中のスーパーヒロインが結集してようやく倒せる存在」
誰かがそうつぶやいた。
あきらめも混じった冷静さで、何が起きているのかを悟る。
「もしもアレが怪獣なら……俺たちは全員死んでいる。そうなってないってことは……」
この世界で唯一怪奇現象を操る男。
彼が怪獣を呼び出したのだとすれば、それはむしろ当然であろう。
※
隔離結界の中で人々もヒロインも、外の光景を砂被りで見ていた。
■スタジアムを覆っていた砂塵のすべてが、四角形の竜巻によって舞い上がり散っていく。
もはやこの場所に怪物が隠れるスペースは残っていなかった。
『らいもんたつまき』
オオミカヅチの威容はまさに神秘的であった。
その怪獣を従える広の前に、今もなお砂で全身を覆う怪物が立っている。
「わかっていると思うが、もう逃げ場はない。このままお前を潰す」
恐るべきは怪物であろうか?
格上である怪獣(?)からの怪奇現象のただ中で、なお立って戦意を保っている。
もはや本来の規模を取り戻したローカルルールであっても、彼を削ぎ殺すことはできていない。
だがそれはどうでもいいことだ。
ーーーフィールド全体に及ぶ文字通りの範囲攻撃、特殊空間系の能力はフィクション世界には古くから存在する。
これは大別すると二種類……というか二極化する。
それ自体が必殺技であるパターンと、五分から有利に持っていく程度の補助的なものだ。
怪奇現象、特に乱薙颱は後者に分類される。
怪人や一般人なら入った瞬間に死ぬだろうが、バリアを展開しているヒロインや魔法特化型の怪物にとってそこまで脅威ではない。
無対策の殺村紫電ですらそれなりに戦えたことからも明らかであろう。
だがオオミカヅチが現れれば話は違う。
とてもシンプルなことに怪物よりも格上だ。
相手より強い上で自分の得意フィールドに立っている。
もはやアリ迷宮に未来はない。
アリ迷宮はそれを知っているのか、全力で砂を練っていく。
渾身の土属性魔法を充填し、一気に解き放った。
狙いは言うまでもなく李広。
直撃すれば広の防御では受けきれず、チリ一つ残るまい。
逆風を突っ切って直進する砂の槍は、人型の嵐が片手で受け止める。
『くくく……なかなか頑張る』
それなりに痛かった、というポーズのように受けた手をひらひらとするオオミカヅチ。
拡散された砂はやはり吹き飛んでいき、地面に落ちることすらない。
「相手が遊び好きだからと言ってお前まで遊ぶな」
『すまんすまん。何分我は余り使われなかったのでな……少しうっぷんを晴らしたかった。この大風と雷でな』
そのまま手を振り上げて、砂の塊を押しつぶす。
さらにもう片方の手で、抑えている自分の手ごと叩き潰そうとしていた。
アリ迷宮は必死で抵抗しているが、まったく脱出できていない。
むしろ抑えている手が砂塵を散らし続けている。
『むかいかぜおいいなづま』
鉄槌の雷霆が閃光となり、白昼の会場全体を照らした。
それは■スタジアムの外まで届き、人々に戦いの終着を知らせている。
閃光が収まった時、既に嵐は過ぎ去っていた。
上空に舞い上がっていた砂が雨のように降り注ぐ中で、ヒーローは軽く息を吐いている。
彼の目の前にはやせ細ったミイラが横になっており、それが怪物の本体であると察するにも時間を要した。
「おとなしくしろ」
そのわずかな時間の間に、広は土を纏うリンポを怪物に突き刺している。
砂塵の降りしきるスタジアム内で、アリ迷宮はゆっくりと石化していった。
「これが、スーパーヒーロー」
正面から対峙した状態なら、ヒロイン一人でもアリ迷宮を倒すことはできる。
だがそれは時間をかけてのチキンプレイかやむを得ずの特攻であり、目の前の広のように力づくで押し込んで叩き潰すというものではない。
そんなことができるのはスーパーヒロインだけであり、それと同格のスーパーヒーローだけだった。
「捕獲完了……皆さん、もう大丈夫です。出てきて構いませんよ」
安心させようと、努めて笑う少年。
彼から伝わってくるのは誠意であり優しさ。
攻撃性がなく緊張感が解かれた顔を見て、ようやく人々は心から安堵できたのだった。




