研究班の愚痴
ドクター不知火一等技官が仕切っている研究棟は、総司令官室で保管されているモンスターたちから得られる情報を大いに受け取っていた。
技官たちはどこから手を付けていいのかもわからない膨大な情報を手探りで解析している。
もちろんドクター不知火もその一人であったが、ずっと同じことをやっていると効率が落ちる。
他の技官たちと合わせて、全員で強制的に休憩時間を取っていた。
その場には広もいるので一緒にコーヒータイムである。
「いや~~……正直助かったよ。なにせ君の体質を調べてもとっかかりも何も得られなかったんだ。完全で完璧すぎて、却って何が何だか、だよ。だけど君自身が状態異常を攻撃として扱えるようになったおかげで研究は劇的に進むと言っても過言ではない。というかもう大分進んでいる」
「それは……よかったですね」
「そうなんだよ! なにせ怪物だからねえ、何をしてもオッケー! おまけにたくさん湧くから使い潰して良し! 危険な薬品も実験もやりたい放題だよ!」
皮肉な話というか当然の話なのだが『あらゆる状態異常が完全に効きません』という少年よりも『既に状態異常にかかっていますがまだ生きています』という怪物をたくさん捕まえた方が研究は進む。
「どうやら怪物たちは幻想的状態異常に陥っても完全に死ぬことは無いらしい。普通の人間なら長時間石化すればそのまま石になって死体になることすらないけども、怪物たちは長時間石化しても復活するようだ。保管が大変というのは悲しいが、怪物が石化から回復するプロセスを観察できることはありがたい。それに個体ごとに石化から回復しやすさ、のようなものがあるね。実に興味深い」
「喜んでいただけて何よりです。俺自身、お役に立てている感じではなかったので」
「いやいや、君は何も悪くないさ。まあそれにこう言っちゃあなんだが……土屋さん風に言えばだ。君の体質を解析して基礎研究を終えたとしよう。その手柄は君のものではなく私のものだし、上手く行かなくてもそれは私の責任だ」
やはり、と言うべきだろう。
研究が進んでいることで彼女の精神的な余裕も生まれていた。
なんだかんだ言って成果が出るとハリがでるものだ。
「ん、まあとにかくだ。既に石化からの回復時間の差が何で生じるのかはわかり始めている。石化を治す薬も試作品が出来上がった」
「すごいじゃないですか!」
「……いやまあ、凄いんだよ。確かに凄いとは思うんだよ。研究は大いに進展しているんだよ。でもねえ……人間に使えるようにするには百年はかかるだろうね」
医療技術の一つに抗血清、というものがある。
簡単に言うと動物の血液から薬を作るというものだ。
この『石化を治す薬』というのも同じである。
「これねえ……石化に強い怪物の血液から作るんだよ。そんなもんを人間にぶっかけて平気だと思うかい?」
「平気じゃないと思います」
「実際そうなんだよ。石化は治るかもしれないがまず死ぬね。少なくともラットで試したら石化が解けると同時に肉体が融解した」
「即死攻撃じゃないですか……」
毒をもって毒を制すとか、薬も過ぎれば毒になるというだろう。
同じ理屈で『石化を治す薬』は『致死性の猛毒』でもあった。
石化は治るが死ぬのだ。
もちろん研究としては大いに前進している。
今まで時間経過や怪物を倒すことでしか解決できなかった問題に対して、初めてのとっかかりが得られたのだ。
百年後ぐらいには、全ヒロインが『石化を治す薬』を携帯する時代が来るかもしれない。
歴史的大発見で、医療の歴史にドクター不知火の名前が刻まれることは間違いないだろう。
現在の権力者がそれで満足してくれるとは思えないだけで。
「だから周囲に『石化を治す薬ができた』とか言いふらさないでくれたまえ。間違ってはいないが完成はしていないし人間に使えるレベルになってない。せいぜい訓練の時に石化していた怪物を開放するぐらいの意味しかないね」
「それでも凄いと思いますよ」
「そうなんだけどねえ……」
ドクター不知火にも人間性と科学者性の二つが内在している。
実用化はまだだね、という残念さ。
いやいや歴史に名を刻んでいるよ、凄いことだよ、という達成感。
その二つが相反しつつ同居していた。
「これで結果的に、先人から継いでいた宿題が解決されたねえ」
「宿題?」
「ああ。元々研究棟には『シミュレーター』なる物が求められていた。怪物や怪人との戦闘を疑似体験する施設だよ」
「そんなもの作れるんですか?」
「作れるわけないじゃん」
ドクター不知火はとても嫌そうな顔をしていた。
彼女自身がどうとかではない、彼女の前任者たちの恨み言を思い出しているのだ。
「怪物や怪人のように動けるロボットが作れるんなら、そもそもヒロインいらないじゃん。そのロボットを量産すればいいじゃん」
「そうですね……」
「仮想空間で戦わせろとかいうけどさ、VRゲームで実戦の勘が養えるわけないじゃん。『そうじゃないよ、意識をコンピューターの中に入れてくれ』ってなんだよ。そんなのもう完全に専門外だよ。ダメージを肩代わりする人形とか、致命傷を受けても復活できる空間とか作ってくれとか……そんなのが作れるんならとっくに作ってるよ」
「……苦労がしのばれますね」
「私はまだいいけどさ、私の先代とかはせっつかれていたらしいよ。本当にかわいそうだったよ」
怪人や怪物を相手に戦う練習をしたい。
その気持ちはわからないでもないが、再現度の高いものを求められても困る。
ヒロインが無敵ではないように技官も万能ではないのだ。
「まあ私はどっちかというと鹿島派に困らされているね。整備班も彼女らには手を焼かされているらしいよ。なにせほら、有名だとは思うけどさ、彼女らの武器はアレだからねえ……」
(もしかして現役時代の俺も、鍛冶屋とかに迷惑をかけていたのだろうか?)
そして今更ながら、自分を支えてくれていた人たちへの感謝が深まるのであった。




