昔の己、未来の己
優秀な人間とそうではない人間の違いの一つは『時間を無駄にしない』ことであろう。
やるべきことを決めたらそれを達成するために最善を尽くすのだ。
後回しにすることはなく、必要だと判断したことは嫌でも実行する。
王尾深愛もそれができる人間であった。
彼女は速やかに怪異対策部隊に入学を申請し、総司令官へ会いたいと言い出した。
総司令官に会える人間がごく少数であると知ったうえでの発言である。
普通ならば却下されるが彼女は『大富豪の娘』であり『次期スーパーヒロイン』である。
この申し出があったことは総司令官に伝えられ、彼女自ら会うという結論に至っていた。
王尾は相知とともに人工島への高速ヘリに乗っている。
もちろん王尾家の自家用ヘリであった。
そのようなヘリの中で二人はやはり話をしている。
「無茶をしたわね。相手は忙しいのに……それに噂だと幻想的状態異常の後遺症に苦しめられているそうじゃない。そんな人に会わないといけない理由って何?」
「私はこの国でスーパーヒロインとして戦うのよ? つまり私だって総司令官のようになる可能性もある。それなら会っても文句を言われる筋合いはないわ」
「それは極論じゃないかしら」
「正直に言うけど、私は元々留学するつもりだったのよ。だってほら……あんな人たちと一緒に仕事したくないでしょう? それに不祥事もあったしね」
スーパーヒロインたちの問題行動はたいがい問題だった。
だがそれ以上に問題なのはヒロインたちの犯罪である。
五等ヒロインによる男子への暴行、三等ヒロインたちの敵前逃亡。そして脱走したあげくの殺人未遂。
日本のヒロインへの教育に問題があるとしか思えない。
もちろん適正に処罰され、それを世間に公表していることは評価に値する。
組織としての健全性は保たれていた。
だがそれはそれとして、入りたいと思っているわけではない。
「そんなダメ組織に入ってあげるんだから、これぐらいは許容してもらうわ」
(……本当にダメ組織なのが何とも言えないわね)
ヒロインは尊敬されているが問題も提起されている。
それはそれで社会が健全ということだろう。
女尊男卑の社会において、ヒロインへの要求値は高くなっているのだ。
まあこの場合は最低レベルの要求しかされていないのだが。
「そろそろ着くわね……」
先日のテロから復旧した怪異対策部隊の本拠地、人工島。
今も各地へヒロインを派遣している国家防衛のかなめ。
ヒロインの候補である二人も初めて足を踏み入れる施設であった。
※
人工島の総司令官室。
ヒロインたちですら立ち入ることが許されていない、どこにあるかも知らされていないトップシークレット。
そのような部屋に案内された二人は、最奥で待つ人物を見て少し面食らっていた。
「よく来てくださいました。怪異対策部隊の総司令官、森々天子です。ふふふ……こういうとラスボスみたいよね」
少女のような上半身と、ナメクジのようなシルエットの下半身。
多くの幻想的状態異常により肉体を蝕まれた姿に、相知は思わず悪い想像をしてしまった。
(私もこうなるの?)
総司令官の姿を見れば、自分の将来への不安が襲い掛かってくる。
身を粉にして働くとか自分を犠牲にして人々を守るとか。
その現実の最果てが目の前にいた。
隠されていることも納得である。
しかしそこまで考えた後で、その気持ちが顔に出ていないかと不安になった。
総司令官はそこまでの心の動きを見抜いており、にっこりとほほ笑んでいる。
「気にしないで頂戴。この姿であっても生きていられるし、上半身が人間のままだからそこまで不満はないのよ。それに総司令官としては有利に働くこともあるしね。現役のスーパーヒロインは我が強い子が多いけど、この姿なら話を聞いてくれるでしょう?」
(強い……理想的な聖女様だ)
この姿になってなお笑えるのは、聖人のように高潔な人物である。
もうこの時点で相知は彼女に屈服していた。
それは王尾も同じである。
後遺症があるとは聞いていたがここまでとは思っていなかったので気勢は削がれていた。
しかしここで何も言わないのは却って失礼である。
王尾は強い心をもって彼女に要求を出していた。
「総司令官。お願いがあります……私を前線に出してください。李広のように……!」
令嬢らしからぬぎらついた眼差し。
果たしていかなる理由があれば、総司令官の姿を見た後で前線で怪物と戦いたいなど言えるのか。
(ねえ、相知ちゃん。一体何があったの?)
(それがその……彼女は重度のブラコンでして)
(その弟さんが怪物に襲われて憎んでいるとか? そんな話は聞いていないけど……)
(そういうのじゃないんです。弟の拓郎君がヒーローオタクになっちゃいまして、いつも李さんのことを話しているんですよ。それが不愉快で……だったら自分がもっと活躍して、拓郎君の憧れのスーパーヒロインになってやろうって……)
(ああ……)
(あ、でもコレ、本人は隠しているつもりなんです! あの子もそれは恥ずかしいことだとか、弟から嫌われるかもしれないとか思っているんで……)
(ああ……)
隠そうとしているだけ、恥ずかしいと思っているだけ現役のスーパーヒロインよりましである。
相対的にかなりマシということで総司令官は安堵すらしていた。
「そうですか、話は分かりました。その話を受けることはできませんが代替案ならば出せます」
「代替案について聞く前に、受けられない理由を教えてください」
「私が許可しても近藤さんが絶対に許可しないからですよ。彼女は李君がヒーローになることすら否定的でしたし、貴方のように後を追うものが現れることも危惧していました。これ以上特例を作る気はないでしょう。そして力関係から言えば私より彼女の方が上です。他のスーパーヒロインも彼女に反対しませんから実現は不可能です」
赤裸々に内部事情を語る総司令官だが、それを除けばまともな話である。
いくら素質があるとはいえろくに訓練も積んでいない中学生を前線に送ること自体がおかしい。
それを繰り返していけば、いつかそうなることが当たり前になってしまう。
「とはいえ、貴方の気持ちもわかります。私も昔は貴方のように自信に満ちていました。訓練など無駄だ、前線に出れば他のスーパーヒロイン同様に活躍できると」
広が紫電に対して昔の自分を重ねているように、総司令官も王尾に対して己を重ねていた。
ブラコンだったわけではない。根底には『自分なら今すぐ戦える』という自信がある。それが同じということだ。
「その考えは間違っていません、前線に出て戦うことはおそらく可能でしょう。怪獣ならともかく怪物が相手なら、現在の貴方でも装備を整えればまず勝てます。なんならアーマーを着ただけでも十分。しかしそれは『現役スーパーヒロインの下位互換』にすぎません。李君のように特異な存在というわけではない」
ここで総司令官は余裕を見せていた。
李広が想定以上にベテランで、なおかつ必殺技までもっている。
彼を確保しているのだから目の前の彼女を取れなくてもそこまで問題ではないと判断していた。
だが一切譲歩する気がない、というわけではない様子である。
「しかしもう一度言いますが、早く実戦経験を積みたい、という気持ちは理解できます。無理矢理座学や武器のレクチャーを受けさせられても身が入らないでしょう。なので……怪物と戦う、という要望には応えます」
ずずずと。まさにナメクジのように移動し始めた。
お世辞にも速いとは言えない総司令官の移動に二人の少女は追従する。
しばらく歩いて総司令官室の壁にたどり着くと、その奥にある部屋に通された。
そこには大量の怪物の死体が置かれている。
否。
よく観察すればそれらが生きていることが分かった。
「この怪物たちは広君の手によって重度の状態異常に陥っています。しかしそこは怪物、ゆっくりと回復しつつあるようです」
「では、まだ死んでいないし、しばらくすれば暴れ出すと?」
「その認識で合っています。だからこそ最悪に備えてここで保管しているのです。ここでなら私が死ぬだけで済みますから」
部屋の中にはいくつものセンサーが置かれており、捕縛されている怪物たちにも計器類が接続されている。
また最悪に備えて爆弾なども多く置かれていた。
今爆発することがないとわかっていても肝が冷える光景である。
「この怪物たちには状態異常から回復するための特効薬の被検体になってもらっています。そのあとは四等ヒロインの戦闘訓練に使用し始末する手はずですが……十分な実力があるのなら、五等ヒロインもその訓練に参加することを許可するつもりです」
「……その訓練は公開されますか?」
「ある程度なら、ですね。貴方たちも知っての通り、怪異対策部隊の教育については問題視されています。それをぬぐうためにもデモンストレーションは必要ですから」
なるほど、このために広は前線に出ていたのか。
相知はそのように受け止めていたが、王尾はまったく違っていた。
「私にも参加する権利がある、ということですね?」
「ええ、もちろん。ある程度の座学のテストや武器の扱いについて講習を受けてもらいますが、貴方からすれば簡単でしょう」
「……どうやら、ここを選んだことは正解のようですね」
弟のことを抜きにしても、実際に怪物と戦える学校というのは魅力的だ。
まさにスーパーヒロインという顔で王尾は笑っていた。




