恥を知る者
金はあるところにはある。
そんな言葉がこの世にはある。
富裕層の通う、絵にかいたような『お嬢様学校』も2100年の日本には存在する。
学校の中に値段のない売店があったり豪華な花畑や庭がある、貧乏な男では踏み入ることはおろか遠くから見ることもできない秘密の花園。
そこでは御茶会なども普通に開かれており、女子生徒たちは花の中で話しに花を咲かせているのだ。
「スーパーヒロインの近藤様。あの方ご自身はともかく、派閥のヒロインは優秀ですわね。ああいう武骨な武器を適切に使う戦い方に憧れますわ」
「それをいうのなら土屋様の派閥も素敵でしてよ。ご本人はアレですが、ヒロイン同士の連携が見事ですし演奏の腕も見事ですわ。普段は打楽器ばかりなので知られていませんけどね」
「鹿島様の派閥は……鹿島様ご本人だけではなく全員がアレですけども、戦い方は素敵ですよねえ。華があって、個性があって、そのうえ強い。三つの派閥の中ではヒロインの質は一番高いそうです。アレじゃなかったらよかったのですけど……」
彼女らの話題はやはりヒロインである。
女尊男卑社会の根幹、女性の代表にして女性の鑑。
最強の人類である、最も優れた人たち。
一般的な学生がそうであるように、日本で最も裕福と言っていいこの学園の生徒も同じ様子であった。
ほぼ全員がスーパーヒロインの奇行を問題視している一方で、彼女らの働きに満足しているようである。
その中心にいるのが、この学園のカーストに置いて頂点に立つ女生徒……にして、次期スーパーヒロインと目されるほどの逸材。
現在十五歳の女子中学生、王尾深愛である。
いかにも大和なでしこという雰囲気の彼女は、現役のスーパーヒロインとは明らかに違う常識的な佇まいをしていた。
「それで深愛様? もう進路はお決めになられたのですか? 日本の怪異対策部隊ではなく、留学や移住も考えておられるとか」
「深愛様ならばどこでも歓迎されるでしょうが……そろそろ時期でしょう?」
「そうですわね……本当に悩んでいるのです。どこも魅力的で目移りしてしまいますわ。我ながら優柔不断で情けないことです」
「相知様もご一緒なのですよね?」
「ええ。ご一緒するつもりですわ」
「仲がよろしくて羨ましい限り……私たちもご一緒できればよかったのに」
この場には女性ばかりなのだが、ヒロインに足る魔力の持ち主は二人だけ。
王尾とその隣に座っている控えめな印象を受ける生徒、相知音色である。
ヒロインに足るだけの魔力を持つ者が千人に一人であると考えれば、二人いるだけでも多い方と言えるだろう。
それを思えばこれ以上いないのは普通のことである。
「私としては日本の怪異対策部隊に入隊していただきたいですわね。ホラ、あの……男子!」
「そうそう! 世界初の魔力を持つという男子! 生意気にもスーパーヒーローとか呼ばれるようになっているとか!」
「スーパーヒロインを救ったとか言われていますけど、どうせ偶然ですわ!」
「そうそう! 男子のくせに図々しい! 私だって少しは魔力があるのに入隊できないのに、その私より弱い分際で……本当に腹立たしいですわ!」
「王尾様にはぜひ、本物のヒロインの力を、本物の魔力を見せつけて、大恥をかかせてほしいです!」
彼女たちの話題は唯一のヒーローである李に移った。
誰がどの程度本気なのかわからないが、少なくともここでは彼に対して否定的なムーブメントが起きている様子だ。
彼女らの注目は、己らの代表にして己らの誇りである王尾に集まる。
「もしも私が日本の怪異対策部隊に入隊したのなら、李広さんと同期ということになりますわね。彼は既にスーパーヒーローになることが確定しているとか……」
自信を匂わせながら不敵に笑う。
「ですが私も負けるつもりはありません。切磋琢磨の果て、必ずや彼以上のスーパーヒロインになってみせますわ」
最高の返事に対して周囲の女生徒は大いに沸く。
そのような状況で相知だけは苦笑いをしているのだった。
※
その日の帰りである。
王尾はなんともお約束なことに送迎用の高級車に乗っているのだが、相知も隣に座らせている。
もちろん相知が彼女の家に居候しているとかそういうことはない。この後彼女はこの車に乗って自宅に送ってもらう手はずになっている。
「はあ~~……面倒よねえ。なんで学校で周囲に接待をしないといけないのかしら。お茶ぐらい好きに飲ませなさいよね」
帰りの車の中で王尾は愚痴を言った。
他のスーパーヒロインのようにスーパーな振る舞いではないが、素のままのだらけ方であった。
親友である相知だけに見せる飾らない自分である。
「なんで愚痴なんて聞かされなきゃいけないのよ。そのうえ同意まで求められるし……貴方たちの代表になった覚えはないのにねえ」
「愚痴を言うのは楽しいもの。貴方だって私に言うでしょう?」
「それはプライベートだからいいの。あそこは公共の場じゃない。だからもうちょっと品を持ってほしいわ」
実は物凄くがさつでしたとかではなく、等身大のお嬢様である。
高級車のシートで上品に座りつつ不満を漏らす姿は、あくまでも常人のそれであった。
「大体李広さんがどうなったってあの子たちにはなんの関係もないでしょうに……なんで文句があるのかしらね」
「そこはほら……女尊男卑社会なんだし」
「そんなフワフワした理由で嫌うのはどうかと思うわ」
この王尾という少女は、現役スーパーヒロインに対して好意的ではない。
三人がそれぞれ好き勝手に、下品に振舞う様は日本の恥だとも思っている。
あの三人と同僚になりたくないという理由で留学を考えているほどだ。
しかし三人の思想には共感するところも多い。
「そもそも……男だから嫌いとか、女だから好きとか……そんな大雑把な区切りで人を分けちゃうのはどうかと思うわよ」
彼女は男尊女卑的な思考も、男女平等も、女尊男卑的な思考もない。
そんな二元論で人を分けて考えていない。
彼女にとって性別というものは履歴書の中の一行一項目にすぎず、評価基準になりえないものだった。
「私はお父様は尊敬しているし弟のことは好きだけど、他の男子や男性を同じ扱いをする気はないわ。同じ理由で妹は嫌いだけど、他の女子を嫌いになることもないもの」
「……いつも思うのだけど、妹さんのことを嫌い過ぎじゃないかしら?」
「私だって昔から嫌いだったわけじゃないわよ。でもあの子はことあるごとに私のことを狡いとか酷いとか言うのよ? それで好きになれるわけがないじゃない」
現役のスーパーヒロインに比べて、彼女は実に人間である。
彼女らほどはっきりとした意思表示をしない。なぜなら面倒な女だと思われたくないから。
周囲の目をそれなりに気にしており、積極的に反発を招きたくないと思っている。
裏表があり、だからこそ人間と言える。
「その点弟は可愛いわよ。私のことをお姉ちゃんと言って慕ってくれるしね。そう思うでしょ?」
「うん、そう思うわ」
「ふっふっふ……この苦しみを癒してくれるのは音色と弟だけよ」
相知が彼女と一緒に車に乗っているのは、それこそ愚痴を聞くためである。
どこまでも人間的な王尾だからこそガス抜きを求めており、それを担っているのだ。
デジタルだと変に問題が拡散しかねないし、それを心配しながら話をしたくないのである。
「さ~~、そろそろつくわね」
ほどなくして車は庭付きの豪邸に着いた。
まさに漫画の金持ちのような、お手伝いさんや警備員もいる豪邸である。
入り口の手前で停車された車から降りると、王尾はそのまま弟のいる部屋に駆けていった。
「拓郎~~! お姉ちゃんよ~!」
まだ小学生低学年である王尾拓郎は、姉である深愛が大好きである。
姉が帰ってくるといつも抱き着いて、お姉ちゃんお姉ちゃんと甘えるのだ。
そのように可愛い弟だからこそ、彼女も弟が大好きなのである。
なのだが……。
「わあ~~! すっげ~~!」
大きな一人部屋で座り、大画面にかじりついている年頃の少年。
彼が見ているのは『スーパーヒーロー』の動画であり、年相応の姿と言っていいのだが……。
画面に映るスーパーヒーローは実在の少年であった。
『怪奇現象、龍涎蝋。ここはお前のための焼却炉だ』
『ねつげんこうげん!』
「かっこいい~~!」
『ここは嵐の怪奇現象、乱薙颱。俺以外の全員がなす術もなく限りなく無力化される』
『ふうじんらいじん!』
「おお~~!」
『ずいぶんといい趣味をしているな。お前に似合いのローカルルール、いや、怪奇現象をくれてやろう。名前は霊錨角。とびっきりの苦痛を味わえ』
『ひょうかいひょうりゅう!』
「んん~~~!」
興奮して地団太まで踏んでいる。
そして姉に気付くと、明らかに『覚醒した』雰囲気で話しかけてきた。
「ねえねえ、お姉ちゃん! この人、この人! スーパーヒーローの李広だよ! すごいんだよ? 男なのに魔力があって、人間なのに怪奇現象を使えるんだよ? それも四種類も! こんなふうに魔剣リンポを構えて、魔法をまとって、こう! こう! すごく格好いいんだ!」
「ええ、そうね……」
「炎と熱の龍涎蝋、風と雷の乱薙颱、水と氷の霊錨角! あと一個はまだ誰も見たことがないんだって!」
2100年である。
防犯対策として街のあちこちに監視カメラがあり、人々の手にはカメラ機能のある端末が標準装備されている。
如何に怪物との戦いを記録することが違法だとしても、デジタル情報として世間に出回ってしまうものだ。
そして李広の戦いは人気である。
なにせスーパーヒロインは強すぎてあっという間に決着がついてしまうし、ヒロインたちの戦いは基本的にどれも一緒だった。
その点広は何が起きているのかわかりやすいし、独自の派手な必殺技まで使用できる。
「それでね、それでね! ここ、ここ!」
『ぐ……!』
「ここ! こう、体を切り裂かれてさ、一瞬目を閉じて耐えてるの! それでも再生しながら頑張ってるの! すごく格好いい! お姉ちゃんもそう思うでしょ?」
「ええ、そうね……」
違法画像を視聴することは褒められないし、グロ画像を見てほしいわけではない。しかしヒーローに憧れるのは変なことではない。
スーパーヒーロー(現在は三等ヒーロー)李広はとても真面目に戦う模範的な人物だ。
彼が人助けをしているところ、怪物を倒すところを格好いいと思うのは健全である。
警察やレスキュー隊に憧れるぐらいまともなことだ。
だがこの時、王尾深愛の眼はキマっていた。
(ヤバい……)
相知音色は良く知っている。
深愛という少女は世間体を気にしている一方で、スーパーな面もあると。
「僕ね! 将来は李さんみたいなスーパーヒーローになる!」
「そう、なれるといいわね」(貴方が幸せなのはいいけど、そのポジションは私じゃないかしら)
(キレてる……!)
スーパーヒロイン候補、王尾深愛。
弟を深く愛するスーパーブラコンであった。
(今この瞬間から、キサマは私の敵だ……!)
李広が女性でも男性であったとしても関係ない。
自分の弟の関心を奪ったものへ嫉妬と憤怒がにじみ出ていたのだった。




