近藤派との共同戦線
怪物が出現したとの報を受けて、高速ヘリでヒロインの部隊は出撃する。
普段と違い、人命救助に加えて怪物や怪人の捕獲が任務として加えられている。
だからこそ、十五名ほどのヒロインに混じり、広もまた参加していた。
普段は広いヘリの中だが、現在はヒロインによって圧迫されている。
正直に言って居心地が悪いが、どうせ現場に到着するまでだと思って広は無言で目を閉じていた。
高速ヘリの細かい振動が耳の鼓膜を直接揺らしている。それとは別にパイロットの無線通信も聞こえていた。
もうすぐ着くだろう、そのように考えていると……。
「少しいいかな?」
一等ヒロインがにこやかに笑いながら、しかし真面目に話しかけていた。
「一応だが、最後に任務の確認をしたい」
「もちろんです」
広が目を開けて周囲を観ると、二等ヒロインは一等ヒロインと同じ顔をしていた。一方で三等ヒロインたちは異物を見る眼で広を見つめている。
広へ暴行を加えた五等ヒロインが殺されたことを覚えているので、あまりかかわりたくないのだろう。もっともな反応である。
「今回は人命救助に加えて怪物と怪人の捕獲が任務になる。が……言うまでもなく、最優先は人命救助だ。ついで怪物の捕獲であり、怪人の捕獲は一番優先度が低いと思ってくれ。今までは怪物を倒せば怪人は死んでいたが、今回はどうなるかわからない。よって三等ヒロインと二等ヒロインは封鎖区画内に散って市民を保護しつつ、怪人の討伐、殲滅を頼む。私と広君は怪物の捕獲を担当する予定だ」
怪人と比べて桁違いに強い怪物を、彼女は広と二人で討伐するという。
戦力は足りていますか、という言葉を三等ヒロインたちは呑み込んでいた。
彼女らも現場に出てもうすぐ一年になる。
この場で不安を漏らせば意見とみなされ、じゃあお前が来るかい、となる。
それが分かっているだけで、彼女らは成長しているのだろう。
発言はして終わりではない。ましてブリーフィングでは、ただ気持ちを口にするなど許されないのだ。
「それで今更なんだが……君の装備は?」
「バリアのない専用アーマー。マジックコンバットナイフと標準シールド、標準リボルバーと標準オートマチックですね」
「ほう……話は聞いていたが、本当に三等相当の装備なんだな。もちろんバカにしているわけではないんだが……そうかそうか。本当に訓練期間が短かったんだな」
広が改めて周囲のヒロインを見ると、三等ヒロインは自分とほぼ同じ装備だった。
違うのは彼女らのアーマーにバリア機能が搭載されていることと、マジックコンバットナイフの代わりに実体のある片手剣を携帯していることぐらいである。
「ちなみに私たち近藤派は、君とあまり変わらない装備をしているよ。見た目は少し違うが基本機能は同じだと思ってくれ」
「……見た目が少し違うとおっしゃいますが、かなり違うのでは?」
「これらは頑健型といってね、重く壊れにくく作られている。それだけで基本的な使用法は一緒だよ」
近藤派に所属しているという一等ヒロイン、二等ヒロインたちは、全員が大型のリボルバー、大型のオートマチック、大型の盾、大型の片手剣を携帯している。
個性といえるものは特にない『標準装備の上位互換』に見えた。
「近藤さんは自分の派閥に『一人でも戦える装備を』と言っていてね。だからこうなっているんだよ」
(万能職統一パーティーか……ばらけることを考えれば最適解の一つだな)
平均的な能力と武装を持ち、単独でも戦えるヒロインの集団。
効率よく倒すことよりも、何があっても目的を達成するための編成と言えるだろう。
「だからクセとかは気にしないでくれ。お互い普通に戦えば連携は問題ないだろう」
(俺はどの程度の連携を期待されているんだろう……)
広も割と困っていたが、三等ヒロインたちも同じ顔をしている。
もしかして自分たちも同じぐらいの負担を要求されるのではないか、と。
「それでは行くとしようか。みんなが私たちを待っている」
後部ハッチが開き始め、気圧が一気に下がっていく。
ヒロインたちは立ち上がり、一人ひとり順番に飛び降りていく。
広は一等ヒロインと共に宙に身を投げ出し、戦地に降り立った。
※
シェルター。
人工密集地に建てられている非常用の施設。
普段はイベントに使用されることもあるが、やはり本分は堅牢なる避難所である。
強化コンクリートによって守られた地下の空間は、そうそう破壊されることは無い。
しかしそれも相手次第。
物理戦闘に特化したモンスターにとっては少々の手間で破壊できるものだった。
なんとも最悪なことに、その物理特化の怪物がシェルターを破壊して中に入ってきてしまった。
不幸中の幸いといえば、このシェルターに逃げ込んだ人々がそんなに多くないということぐらいだろう。
鮨詰めにすれば二百人は避難できるスペースに、五十人ほどしか逃げ込んでいなかった。
もしも収容人数限界まで入って入れば、このモンスターが入った時点で大勢死んでいただろう。
だがこの五十人は隅に追い込まれ、震えて涙を流すことしかできない。
彼らを幸運とは誰も言えないだろう。
この怪物の名を『テツグマ』とでも呼ぼうか。
5m級の巨躯に、二足歩行と四足歩行の両方が可能な体形。
ゴリラと違って『手』と言えるものがない姿は熊と呼ぶにあたう。
そのテツグマはシェルターの中央まで進んだ。
ここから軽く手を振るうだけで中の人間は一瞬で死ぬだろう。シェルターを破壊できる腕力とはそういうものである。
ほんの一手、しかし決定的な一手で、ギリギリ到着が間に合っていた。
「そこまでだ。それ以上踏み込むことは許さん」
一等ヒロインの階級章が輝く、アーマー姿のヒロインが回り込む。
盾と剣を構える彼女は、まさしく尊い戦士であった。
このシェルターの中にいた人々は歓喜し虚脱しかける。
「むっ!」
それをかき消すように、テツグマの前足がうなった。
圧倒的な破壊力をもつ薙ぎ払いは、しかしあまりの速さに一般人には視認できない。
たとえるのなら目の前を歩いていた人が、視界の外から走ってきたトラックにひかれたようなものか。
違うのは一等ヒロインが、その堅牢なる盾で受け止め、踏みとどまったことだろう。
「ふん……私は近藤さんから躾けられているのでね、これぐらいで吹き飛ぶほど弱くない!」
実体剣を納めて、頑健型のオートマチック銃を取り出す。
相当な破壊力を持つ弾丸がオートで大量に発射され、テツグマの体に弾痕を刻んでいく。
それでも相手は見るからに頑健なるテツグマ。
ものともせず反撃に打って出る。
「ぐうぬ!」
一等ヒロインは全力で踏ん張り、体で攻撃を受け止める。
やろうと思えば回避できるであろうが、この狭い場所だから難しいと判断しているのか。
否。人命救助を最優先と口にした彼女にとって、自分の身の安全など重要ではない。
市民たちはその姿に感動を禁じ得ないが、冷静な目線ももってしまう。
このまま戦っていれば彼女が先に潰れる。そうなれば結局自分たちも死んでしまうではないか、と。
その考えは正しい。
彼女の体から血が噴き出し、シェルターの床にこぼれていく。
広と違って自己再生能力はなく、便利な回復薬があるわけでもない。
このままダメージレースを続ければ勝ち目などない。
逆に言って、彼女は勝算をもって戦っていた。
「遅くなってすみません。今到着しました」
「私の方が速いので先行しただけだよ、気にしないでくれ」
「では……!」
破壊されたシェルターの入り口から一人の少年が近づいてきた。
バリアを纏わずアーマーだけで走ってきた彼は、魔力の剣から炎を発し、全身に纏っていく。
召喚開始
名称 オオカグツチ
位階 ハイエンド
種族 古代神
依代 魔剣リンポ
強度 1
効果 炎、光属性の魔法使用可能。
精神的状態異常付与。
召喚完了
「オオカグツチ……あぶれ!」
『やれやれ、湿気た話だ。……かげろう!』
狭く、回避する隙間がない。それは巨体のテツグマの方が本来不利だった。
現在広の炎には精神的状態異常の判定が発生している。
人間一人も燃やせない、巨体をあぶる程度の火力でしかないが、テツグマの精神へ確実に影響を及ぼしていた。
「精神的状態異常……挑発。さあこっちにこい!」
テツグマは完全に正気を失った。
この狭い箇所で人質をとった状態という利を捨て去り、自分の侵入していた経路に立つ広へ襲い掛かってしまった。
テツグマは猪のごとく、広へ向かって突っ込んでいき、自らシェルターから脱していた。
「さすがだ……素晴らしい!」
出血をぬぐいながら一等ヒロインは、市民を背にして両方を追いかけていった。
幸いテツグマのスピードはそこまでではない。
広でも回避に専念していればある程度持ちこたえることはできていた。
「あまり長引かせると危険だ! 早めにケリをつけてくれ!」
「わかっています! ですがもう少し離れないと!」
「それなら……だああああああ!」
無防備なテツグマの背中に、実体剣を両手持ちでフルスイングする。
流石はヒロインの中でも選りすぐられた一等ヒロイン。負傷しているにもかかわらずフィジカル特化の怪物を吹き飛ばしていた。
「まだまだ!」
二丁拳銃に持ち替えて斉射する。リボルバー式の弾倉は風、オートマチックはフルオート。
ダメージこそ軽微だが、姿勢を崩したテツグマを押し込んでいく。
広がこれをやっても転ばせるのが精いっぱい。それを想えば驚異的な戦闘能力であろう。
これでシェルターからは引き離された。
「これでいいかな?」
「問題ありません。なあオオカグツチ。燃やすぞ」
『そう来なくてはな、噴火するところだったぞ』
召喚更新
強度 1→3
更新情報
炎、光魔法強化
精神的状態異常強化
ローカルルール『龍涎蝋』布令
広を中心に怪奇現象が発生する。
大気に模様がつき、火が、灯が、空中に漂い始める。
怪奇現象の範囲内にあるすべてに対して炎の魔法攻撃が発生し、じわじわと燃やしていく。
これは体だけではなく心までも燃やす炎。
バリアを展開できずに素のままそこに立つテツグマは一気に心身を焼かれた。
「お前を無力化する」
『ようきねんじょう』
燃え盛る炎の中、自ら炎を纏う広は一気に接近する。
テツグマからすれば緩慢で、しかも叩けば一撃で倒せるはずだった。
しかし精神的状態異常を負っているテツグマは何もできない。
「この炎がただの魔法の炎と思うなよ。精神的状態異常……忘却と虚脱の重ねがけだ。もうこの言葉が届いているとも思えないがな」
軽くあぶる程度ではなく、燃え上がるほどの熱量と相応の精神攻撃。
気力は削られ、アクティブスキルが使えなくなり、自分の技も、自分の目的も、自分自身すらも忘れていく。
燃えながら腰を抜かし、だらりと横になっていた。
その姿に先ほどまでの凶暴さは見えない。
「精神的な状態異常を伴う怪奇現象とは恐ろしいものだね。こうもあっさりと無力化できるとは……近藤さんが捕獲作戦の許可を出すわけだよ」
「強力なので民間人がいる前では使えませんから、そういいものではありませんよ。それより負傷は大丈夫ですか?」
「この程度ならね。しかし……問題なのは怪人か……」
普通ならば怪物を倒した時点で怪人も死ぬ。
怪物が重度の精神的状態異常により戦闘不能になった場合、果たしてどうなるか。
「戦闘音が止まないな。少なくとも精神的状態異常による戦闘不能では、怪人を止めることはできないらしい」
「趣旨に反しますが、怪物を殺しますか?」
「流石にそこまで気にする必要はないよ。怪物本体がアレだけ強かったんだ、怪人の数も量も知れている。ヒロインは負けないさ」
怪物を倒してから数分後、封鎖区画に沈黙が訪れる。
区画内で掃討作戦を行っていたヒロインたちが、健在な姿で二人の前に集合していた。
「思ったよりかかったじゃないか。私たちの方が先に終わっていたよ?」
「……さすがですね」
「まあね」
怪物というのは見た目相応の性能をしている。
地面に倒れているテツグマの巨躯や自分たちの隊長である一等ヒロインの負傷具合を見て激戦であったと理解していた。
「人命救助を成功させたうえで怪物は確保できたんだ。胸を張って帰投するとしよう」
「ハイ!」
(コレが普通のヒロインか……さすがだな)
『なんだ、そいつが新しい相棒か? 前のよりずいぶん格が落ちているな』
(黙ってろ)
魔剣リンポを納めつつ召喚を終える広。
炎も鎮火し、残っているのは焦げた臭いだけだった。




