入学前の準備(学校側)
ある程度の書き為が出来たので……。
怪異対策部隊の総本部、人工島。
その最奥、秘中の秘である総司令官室。
一部の技官とスーパーヒロイン以外は知る者の少ない部屋に、李広とドクター不知火、そして近藤貴公子が集められていた。
「皆さん、よく集まってくださいました。毎度のことながらこのような場所にお呼びしてすみません。しかしここで話すのが一番秘密が保てるので……ご容赦を」
(こんなにしょっちゅう集まってたら、この場所がバレるのも時間の問題では……)
機密保持に余念のない総司令官、森々天子。
いつになく真面目でしかし余裕のある振る舞いであった。
どうやら切迫した話というわけではなく既に決まっていることを伝えるつもりのようである。
「結論から先に申し上げましょう。李広君には一等ヒロインを隊長とする部隊に参加していただき……怪物の捕獲をお願いしたいのです」
「おおお~~! ついに、ついに、なのですね! これでデータが集められますよ!」
総司令官の指示に大喜びしたのはドクター不知火であった。
遂にこの話が来たか、という喜び方であった。
「こうなりましたか……正直気がすすみませんね」
一方で近藤は難色を示している。
元々彼女は広が前線に投入されること自体を嫌がっていたので納得であった。
「広君にはなにがなんだかわからないでしょうから、一から説明させていただきますね」
「ぜひ」
「怪異対策部隊は多くの問題を抱えていますが、解決すべきことは二つ。状態異常の治療法確立と、ヒロインの練度向上です」
状態異常にまったくならない完全耐性に加えて、あらゆる状態異常を操る力も得た李広。
彼のおかげで多くのデータは集まっているが、やはりそうそう簡単に再現や治療法は確立できていない。
「状態異常の治療については、専門であるドクター不知火から説明していただきましょう」
「はい! 今までの状態異常の再現は『カエルの足に電流を流すと筋肉が動く』という程度のものだったのですが、広君のおかげでより高い精度の実験が……これ以上望めないほどの実験が可能になりました。しかし何分ラットやモルモットでは限界があります。すぐ死んじゃいますからね。しかし馬や牛を使うというのも非合理ですし、動物愛護団体が黙っていないでしょう。かといっていきなり人体実験というのはあり得ない」
状態異常の症例を得るには、実際に状態異常にかかってもらうしかない。
しかし状態異常にかかってもある程度死なずに済む実験体が求められた。
「そこで怪人や怪物を状態異常にしたうえでこの人工島に運搬。症例を確認しつつ治療法の実験体にしたいという要望を出していたのです!」
(俺が協力するのなら、怪物が暴れて技官が全員死ぬ、っていうのは考えなくてよくなったんだもなあ……)
「今までも怪物の捕獲は行われてきましたが、深刻な事故によって長く禁じられてきました。しかし広君の強力な状態異常があれば、最悪でもこの人工島に持ってくるまでは大丈夫でしょう! そこからならどうとでもなりますからね!」
大雑把に言えば、石化させた怪人や怪物に石化解除薬の試験を行うということだろう。
そうそう死なないだろうし、最悪死んでも全然問題ないのでオッケーという判断であった。
怪物そのものへの研究も進むに違いない。
「実験を終えた後……怪物たちを教材として運用する予定です。つまり四等ヒロインや五等ヒロインと戦わせるのです」
「……怪人はともかく怪物とですか?」
「もちろん練度に合わせて、貴方に弱体化させてもらうつもりです。それに状態異常を操る怪物については最初から捕まえないつもりなので、魔法型と物理型だけですね。これで事故も抑えられるでしょう」
(なんか一気に俺の仕事が増えてきたな……)
広はあらゆる状態異常を操るため、数値的状態異常によって怪物の能力値を下げることも可能である。
怪物を四等ヒロインや五等ヒロインの狩の練習相手にすることもできなくはない。
まあ……これって途中で暴れだすフラグなのでは、という顔もしていたが。
「貴方の心配はわかります。しかしこれは私としても賛成せざるを得ない話なのです」
嫌そうな顔をしつつ近藤は広が前線に立つことを認めていた。
「この間も申し上げましたが、貴方が武勲を挙げることはヒロインの株が下がっていることを意味しています。特にこの間のショッピングモールでの脱走事件は怪異対策部隊の教育について疑問を呈されることになりました」
如何に三等ヒロインとはいえ、『怪物が怖くて逃げ出しちゃいました』なんてのが三人も出てしまった。
現場に取り残された人々からすればとんでもない裏切りである。
そのあと広が来て解決してくれたからまだいいが、ヒロインそのものへの不信感は拭われていない。
「ヒロインへ二年間の指導を行うのは、現場に出るヒロインの質を可能な限り上げるためです。しかしそれを正式に履修して卒業したはずの三等ヒロインが人々を見捨てて敵前逃亡し、一切教育を受けていない貴方が身を挺して人々を救った。世間から何を言われても文句は言えないでしょう」
本当に広は悪くない。
悪いのはきちんと教育を受けたうえで脱走したヒロインたちだ。
だが責任者はこの場の総司令官である。
彼女は今後このようなことがないように、カリキュラムを見直す義務がある。
「近藤さんからもそうだし、他の方々からも教育の見直しを求められたの。もちろん私だってあんな悲しいことを繰り返したくないからいろいろ考えたのよ。その結果、四等ヒロインや五等ヒロインの段階で怪物や怪人と戦ってもらって、できるだけ慣れてもらおうと考えたのよ」
「本当は現場に出るのが一番ですが、人命救助の現場で教導を行うというのはマズいですからね」
ここで近藤と総司令官は広をジロリと見つめた。
猜疑を臭わせる視線に広はひるむ。
「一応言っておきますが、私も総司令官も貴方が見た目通りの少年とは思っていません。もちろんなんの根拠もなく言っているわけではないですよ。いいですか? 貴方は元々、石化能力を持った怪物と戦って勝ちましたよね? それ自体は昔の私でもできることです」
「……そうでしょうね」
中学三年生当時の近藤貴公子を想像する。
多分当時の時点でも相当デカくて強かったのだろう。
怪人の頭を握りつぶし、怪物の頭をミンチにできたはずだ。
「貴方は『石化しない』と『自己回復する』の二つの能力で戦うことになりました。それがどれほど無茶かは貴方自身が良く知ることでしょう」
広は一方的な暴力で圧倒的に勝利したのではない。
伸びる口で噛みつかれ、壁にたたきつけられ、石化光線を浴びせられながら戦って勝ったのである。
戦いの中で自分の能力に気付いても、普通の人間なら噛みつかれながら戦うとかできるわけがない。
その後の戦いもそうだ。
広は天才でも達人でもないが、古参兵のように安定した戦いをしている。
それこそ素人からすれば努力していたと認識させないほどだ。
努力しているように見えないというのも、この場合は誉め言葉である。
「その報告を受けた時点で、貴方の精神面が異常だということはわかっていました。だからこそ総司令は貴方に希望を見出し、貴方もそれに応えてきました。心苦しいことです」
近藤は広の能力を認めたうえで問題点を指摘する。
「貴方が最善を尽くしてくれているのはわかっています。しかし今後貴方と同じような体質を持つヒロイン……あるいは魔力を持つ男子が現れたとしましょう。貴方と同じように、一切教育を受けないまま前線に送られるかもしれません」
女尊男卑主義である彼女は悲しそうだった。
「そんなのフィクションでもかわいそうでしょう? 残酷な展開になった場合かわいそうすぎて使用不能ですよ。私の性癖から外れるって相当ですよ? フィクションですら許容できないことをリアルで実行するとか正気じゃないですよ。そう思いませんか?」
(もうちょっと別の言い回しをしてほしい……)
論旨には同意するが説明方法に問題がありすぎた。
なぜ彼女はかわいそうな話をするときに非実在少年の話を持ち出すのだろうか。
「なので教育を履修していない貴方が前線に向かうことは、後進にとって悪しき前例となりかねません。これ以上繰り返してほしくないのです。しかしヒロインの練度を上げるためには仕方ないのでしょう。一等ヒロインを隊長とする部隊と一緒ということであれば、私も認めざるを得ませんね」
(ということは、今年の五等ヒロインと四等ヒロインは学生の内から怪物と戦うことになるのか……)
ヒロインの質を上げるためにヒロインへの指導を強くします。
なるほど他に手はないだろう。
しかし実際に戦ってきた広としてはかわいそうに思ってしまう。
すくなくとも彼の視点からすれば、先日脱走した三人のヒロインすらかわいそうに思っていたのだ。
だがそれは仕方がないことである。
男尊女卑社会において、男性へ高い基準が求められていた。
男なら働けとか男なら稼げとか男なら奢れとか男なら子供を養えとか男なら文句を言うなとか。
男女平等社会ではありえない基準がすべての男性へ求められていた。
女尊男卑社会ではそれが逆転している。
女性が尊いということは、女性へ求められる能力も高くなっているのだ。
ましてヒロインである。周囲からの要求は想像を絶するものである。
「私の視点からしても一等ヒロインを隊長とする部隊に参加させることは賛成ですね。今までの広君は他のヒロインが負けた後……つまり広君が得意とする状態異常特化型の怪物だとわかってから戦うことになっていました。今回は趣旨から言って状態異常特化型以外の怪物とも戦うことになる。必殺技が使えるようになったぶん、今までよりは善戦できるでしょうが勝利を保証することはできません。特に人命救助の場ではね」
広が本気を出せば、よほどのことがない限り負けることは無い。
しかしそれは周囲の人々を皆殺しにすることを意味している。
彼はそんなことをするぐらいなら死を選ぶし、それは周囲もわかっている。
ドクター不知火からすれば最悪の場合、彼だけでも生き残ってほしいが、そういうわけにもいかないことはわかっている。
「皆さん、理解してくれてありがとう。このカリキュラムが成功すればヒロインの練度は上がるでしょうし、ヒロインたちの広君への不満も下がるでしょう」
「では私は一等ヒロインたちへ通達を出しておきます」
「私は広君が周囲と連携を取りやすい装備を作っておきますね」
「……私は、命令があればなんでもやります」
かくて李広は三等ヒーローとして最後の任務に臨むのであった。




