スーパーヒーローの悩み
人工島への襲撃から一週間後。
最奥の総司令官室にて、不知火一等技官、三人のスーパーヒロイン立ち合いの元、広の『最終奥義』が使用された。
火の古代神オオカグツチ、水の古代神オオワダツミ、風の古代神オオミカヅチ、土の古代神オオハニヤス。
それらの本体を召喚し、四重のローカルルールを同時発動していた。
つまり多重魔法攻撃に加えて、精神的状態異常、肉体的状態異常、数値的状態異常、幻想的状態異常が最高レベルで同時使用されたのである。
広が可能な限り範囲を狭めつつ、強固な観察室内部で使用されたため外部へ影響を及ぼすことは無かった。しかし部屋の内部に置かれていたマウス、モルモットは悲惨なことになっている。
すべてのモルモットが苦しみに悶えて狂乱した形の土偶になっていたのである。
それも指でつつけばすぐ崩れてしまうほど脆くなっていた。
「しゅごい……すごい! 最高レベルのサンプルですよ、これはあ! 今回はちゃんと魔力を消費して状態異常が発現している! つまり魔力が何かに変換されて状態異常を引き起こしていると分かる! それに本人が制御していて協力的だから、種類それぞれにデータがとれる! そうだ、データとらなきゃ、データ!」
「それはいいのですが……広君の体調は大丈夫なのですか?」
「え? あ、ああ……大丈夫ですね」
心配している総司令官に対して、ドクター不知火は紙のデータを渡した。今回の実験は最高機密であるため、一周回って紙にしているのである。
「最高出力が一般的なヒロインと比べて低いというだけで、元々広君の魔力量……つまりMPはスーパーヒロインたちと遜色ないんです。車で例えると燃料タンクがバカデカいけどもエンジンが小さいみたいなもんですね」
「すごく燃費が悪そうね……それでも四重の怪奇現象を展開しながらあれだけの魔法を使っていたらすぐ疲れるんじゃ?」
「広君はケガが治るのと同じように、MPも猛スピードで回復しているんです。なのであれだけの魔法を行使しても回復分ととんとんなんですね。他の魔導兵器を使わなければ、ですが」
(俺の回復効果向上は、MP回復にも効果が及んでいるからな……)
元々広は後衛職、治癒師。
MPの最大値向上とMP回復を極めていることもあって、最終奥義の維持も間に合っているのである。
とはいえドクター不知火が説明したように、他の魔導兵器を使わないという前提である。同時使用すれば短時間で力尽きてしまうだろう。(MPが0になっても回復はするので復帰も早いが)
「いや~~。つくづく単独での運用がデザインされたような能力ですねえ」
(ソロ殴りはともかく、この最終装備と最終奥義については偶然だったんだが……)
魔法ダメージは古代神からの保護魔法で受けつつ、状態異常は素の完全耐性で無効化し、MP消費は回復効果向上とMP回復のコンボで補う。
永続的に周囲へ魔法ダメージと状態異常をばらまきつつ、四柱の古代神で直接攻撃させる。
範囲攻撃であるため仲間も死んでしまうのだが、フル装備の勇者は魔法耐性も異常耐性も極まっているので一緒に戦えた。
(スゲー調子に乗っていた奴らを一方的に蹂躙するのは楽しかったなあ……バリアを必死に守る奴らは実に滑稽だった。あの子が叩き割るのを必死で止めていたっけ……)
キャラクターメイクは完成させるまでが楽しいのであって、完成させたらもうやることがない。
一度気が済むまで大暴れしたので、もう満腹の広なのであった。
「こりゃヤバいな。街中で絶対使うなよ? 下手したら封鎖区画の外側まで吹き飛ぶぞ」
「広君みたいな子じゃなかったら、こんな危ない力は持たない方がいいよね。さすが広君! 好き!」
「この新必殺技が使えるようになった以上、彼をスーパーヒーローにしていいのでは?」
「……そうっすね」
今までは難色を示していた広だが、もうここまできたら頷くしかなかった。
この最終奥義を披露するときからもう覚悟を決めていたので、うんざりしつつも頷いている。
「ええ、私もそのつもりです。広君はもうスーパーヒーローと言っていいでしょう。これほどの力は怪獣退治ぐらいにしか使い道がありませんからね……」
(俺が怪獣退治か……どうなるんだろうな……)
「ただし! ただし、ですよ! 一応言っておきますが、五等ヒロインを相手にレベル1以上を使ってはいけませんよ!」
「……は? え、そもそも対人戦で使うことがあるんですか?」
「そういう授業も一応あるんです。……というか、そのあたりの調整もお願いしておかないといけませんね」
再三言うが広の腕力はヒロインの最低値を更に下回っている。
兵科が違うレベルでステータスの種類が異なっているのだ。
一緒に訓練をすること自体が間違っている。
「ぶっちゃけ実技は全部ぶっちでいいんじゃないっすか? もうスーパーヒーローなんだし」
「そ、そうね……そういう方向でお願いしようかしら。ああ、でも他の五等ヒロインの子から反発がきそうね……今年はスーパーヒロイン候補もいるのよ……絶対衝突するわ……ああ……どうしましょう」
「話は少し変わりますが、よろしいでしょうか。マクラを抜きに話をさせていただきます」
挙手をしたのは近藤である。
彼女は少し厳しい目で広を見つめていた。
「本当は貴方がいない場所で話すつもりでしたが……この場に五人が集まるのも難しいでしょうし話をさせていただきます」
広がスーパーヒーローになる以上、この場の全員以外に対して上官となる。
ドクター不知火は一等技官だが一応上司のままであるため。
「広君。貴方は先日、死ぬつもりでしたね?」
「……はい」
「世間では貴方がヒーローだ豪傑だタフガイだと言っていますが、貴方はそもそも自分の命や生活に執着がない。平穏な日常すら求めていない。もう人生に満足している節がある」
恐怖や苦痛に耐えているのではなく、慣れていてどうでもいいと思っている。
情熱を注いだ本懐を遂げており、いつ死んでもいいと思っている。
そして自分のせいで道を踏み外した幼馴染に対しては殺されてもいいとすら思っている。
「そーいや、初めて会ったときもそんな感じだったよな」
「ま、まさか僕たちを助ける時もそんなふうに思っていたのか!?」
(言われてみれば確かに……)
無自覚であったが図星であった。
言われてみれば幼馴染以外に対してやりたいことがない。
日々にまったく刺激を受けていないわけでもないからこそ気付くのが遅れていた。
「死んじゃだめだよ!」
物凄く切羽詰まった様子で突っ込んでくるドクター不知火。
いろんな意味で彼の身を案じている上官は、広に接近して揺さぶっていた。
「君の命は重いんだからね! 君の命には価値があるんだからね!」
「いやまあ、はい……」
「もっと真剣になって!」
気休めでも心証でもなく、実際的に価値があるサンプルを保護すべく、彼女は血圧を上げながら説得していた。
「君が死んだら! 私は世界中の科学者に! 後世の科学者に呪われてしまうよ! うわ~~! 上官になってよかったというか、上官にならなければよかったというか~~! 二律背反~~!」
(こうなるとは分かっていたから、見せたくなかったんだが……)
広は土屋や総司令官を見つめる。
彼女らがいるのに自分の手札を隠すことはできない。
彼はそこまで恥知らずになれなかった。
「ということで、彼にはカウンセリングや私生活の充実が必要だと思います。具体的には私と結婚を前提にお付き合いをするのが私的にもアリです。コレで行きましょう!」
「ええっ!? 広君は僕たちと結婚するんだよ!? 僕たちみんなで広君の子供を産むんだよ?」
「貴方たち独自の文化圏を日本国内に構築しないでください」
近藤もたいがいおかしいが、鹿島やその派閥は異常だった。
なぜ鹿島強を中心とするハーレムなのに、新入り(を希望すらしていない)である広を連れ込んで情交に混ぜようとしているのか。
誰もがそれを受け入れているので、本当に文化が違うとしか言えない。
「おっぱ〇が大きい女の子が好きなことも、小さい子が好きなことも、男の子が好きなことを恥ずかしいことじゃない! 恥ずかしいのは恥ずかしがって言葉にしないことだよ!」
「それは同意しますが、論点がそこではないと理解してください。その点私は一人ですから、ノーマルと言えなくもありません。ノーマルを求めているわけではありませんが! は~~……幻想的状態異常の被検体になって、あんなことやこんなことを実際にやってみたい。数値的状態異常の被検体になって、よわよわな自分になってなされるがままになりたい……叶うなら広君にも状態異常に陥ってもらいたい~~!」
「君の特殊性癖に広君を巻き込んじゃだめだ! その点僕たちは精々いろんな服を着たりするぐらいだし、ノーマルと言えなくもないよ!」
(ダメだこいつら……)
死ぬことを恐れていない広だが尊厳や品位が損なわれることについては恐れていた。
今彼女たちを止めないと悲惨なことになりかねない。
「あの、土屋さん。あの二人を止めてくださいませんか?」
「なんでだよ。あの二人が恥を晒したって俺は恥ずかしくないから止めないぞ」
相対的にマシ(少なくともオープンスケベではない)な土屋香に助けを求めるが、彼女は独自の哲学に基づいて拒否していた。
ある意味品位を保っていると言えなくもない。
「総司令官! 助けてください!」
「あのね、広君。私が今まであの二人を止めようと思ったことがないとでも?」
「……コロムラに入ろうかな」
誰もが自分の命を心配してくれているのだろうが、誰も自分の品位は守ろうとしてくれていない。
生きる希望を取り戻すより先に生きる絶望を取り戻しそうであった。
(向こうの世界に残っていればよかったかなあ……)
彼はまだ知らない。
このあと五等ヒロインたちと一緒に勉学に励むことになるのだが、スーパーヒロイン候補から突っかかられて試合をする羽目になったり、外国で怪獣と戦う時にその国から引き留められたり、スキルツリーの世界から『勇者の真の仲間』がやってきて詰められたりするのだ。
だがそれも、少し先の話である。
次回に設定資料を公開して、それで区切らせていただきます。




