飢えを満たした力
スキルツリーの存在する世界にて。
広が故郷に帰ったことが知れ渡った後、モンスター退治の専門家である『スキルビルダー』のギルド本部ではとある若者たちが集められていた。
お世辞にも裕福ではない貧相な彼らは、ギルドの本部長や一流のパーティーたちに囲まれて恐縮している。
「良く集まってくれた。既に聞いていると思うが、お前たちには新設されるギルド専属パーティーに参加してもらう」
本部長の語るギルド専属パーティーとは、ギルドの飼い犬とも揶揄される自由のないパーティーである。
通常のパーティーはギルドから出されているいくつかの依頼の中から仕事を選ぶのだが、ギルド専属パーティーには命令が届く。依頼を選ぶ自由がないどころか、旅行なども自由にできない。
そのうえスキルビルダーにとって何より重要なスキルビルドや編成も勝手に決められてしまう。
ここまで聞くと迷惑な話だが、もちろん保証は手厚い。
普通のスキルビルダーは依頼の報酬で生計を立てているが、専属パーティーは月給などが保証されている。そのうえ装備なども支給されており、安定した生活が約束されているのだ。
ちなみに大抵の場合スカウト系を主体とした対人仕様のパーティであり、犯罪者になったスキルビルダーを始末する役目を担っている。
「その名も『ギミックブレイカーズ』だ。彼のスモモ・ヒロシを継ぐ仕事だと思って欲しい」
「ということはその、俺たちのスキルビルドは……」
「ああ。状態異常耐性をコンプしてくれ」
若者たちはものすごくイヤそうな顔をしていた。
広もそうだったが、彼らにだって理想の自分がいたのだ。
それをひん曲げて、キワモノ対策に人生を注ぐなど気が進まないにもほどがある。
このように思われることはわかっていたので、一流のパーティーはずいずいと推し始めた。
「君たちの気持ちはよくわかる。はっきり言って、俺たちだったら絶対に断る話だ!」
「だが仕事があることは保証するし、普通の専属パーティーよりも給料がいい!」
「仕事の合間なら俺たちの仲間として一緒に冒険してもいいぞ!」
「スキルビルドに当たって装備とかも都度最高のものを用意するしな!」
「なんでそんなに、皆さんは必死なんですか?」
「ギミックブレイカーズがいないと! 俺たちに仕事が回ってくるんだよ!」
一流パーティーは本当に強い。
全員が限界までスキルを獲得していることもそうだし、編成も最高の組み合わせだし、装備も最高級で、回復アイテムなども備蓄している。
ギミックブレイカーズと戦う予定のモンスターが相手でも、勝率は九割以上だろう。だが一割の確率で全滅するのである。
金に困っているわけでもないので、高額な依頼であっても引き受ける理由が一つもない。
しかし依頼する側はそうもいかない。
一流のパーティーですら請け負いたくないようなモンスターが討伐されずにいるのだ。
ギルドに圧力をかけるのは当然である。
まして……そのモンスターを倒すことを非常に得意としていた前例がいれば尚更に。
「そりゃあなあ! 俺たちだって必要なら誰が相手でも戦うさ! だいたい勝てるしな!」
「でもわざわざ戦いたくはないんだよ! こっちだって仕事を選ぶ権利はある!」
「なのにギルドは『依頼者が怒ってるから受けてくれ』ってしつこいんだ!」
「なまじアイツが……スモモの奴が塩漬け依頼を片付けまくったせいで、依頼側が『なんだできるじゃん』って知っちまったんだよ! しかも片付け切ってないのに辞めちまったんだよ!」
「そりゃできるよ! 再現性はあるよ! でもやりたくはねえよ!」
「お前たちがやりたがらないことも最初からわかってるよ! わかってるから金積んでるんだよ!」
一流パーティーもギルドも切羽詰まっていた。
両方の意見が衝突した結果、ゼロから専門パーティーを作ろうという結論に至ったのである。
「今まで不遇だったクラスの活用法が見つかったとかじゃねえ。珍しくはないが人気クラスの邪道ビルドだからな……。そりゃあ当人たちは誰もやりたがらないし、周囲だって止めるさ。誰に止められても自分でやり切ったアイツがおかしいんだ」
「だがやり切った後はすごかった。ああ……遠くからモンスターを倒すところを観察したこともあったが、マジで一方的に蹂躙していたぜ」
力を求め続けた広の完成形。
完全耐性を獲得した後のソロヒーラーは、アクティブスキルを一切使うことなくモンスターを殴り続けるユニットに成長した。
本来必殺となる異常攻撃が無駄打ちになるという、モンスター側にしてみれば最悪の状態である。
広はゲラゲラ笑いながら力の愉悦に浸っていたらしい。
「並の石化防御をぶち抜く強力な石化の眼とかが、チカチカするなあ~~! って言いながら殴ってた。何なら追い詰めて、自分に無駄打ちさせて笑ってた」
「あらゆる回復行動に毒の判定を発生させるローカルルールの中で元気に暴れてたぞ」
「耐性を反転させるアクティブスキルとか、パッシブスキルを封印するアクティブスキルとかも無効化してたしな」
「毒や麻痺といった肉体的状態異常を発生させる花粉を出す花と、恐怖や混乱と言った精神的状態異常を引き起こす虫の群生地で、マスクも耳栓もつけずに油撒いて燃やしてたしな。系統が違う状態異常を同時に防げるのは奴ぐらいだった」
「あんなの見たら、対策練ったり危険を覚悟するのがバカらしくなるぞ」
およそなんにでも言えることだが……。
無敵というのは相手の攻撃を無効化することである。
絶対に行動不能にならない。事故が起きる可能性を考えなくていい。
なにがあっても負けない、勝つことが確定している。
こと状態異常特化型のモンスターを相手どるにあたって、広は本当に無敵だったのだ。
「ま~、もちろんそこに至るまでは大変だったけどな。独力であそこまで行ったのはスゲ~よ。マジで尊敬してる。尊大に振舞っても許しちまう」
「その意味でお前たちはまだましだぞ。一人じゃないし、俺たちの支援も受けられるからな。なにより……お前たちは治癒師じゃない」
治癒師はもっともソロに向かないクラスである。
それは対状態異常特化型ビルドでも変わらない。
他のモンスターと戦えばあっさりと力負けする貧弱な雑魚だ。
その点でこの場に集まった彼らは圧倒的に有利であると言える。
「お前たちは治癒師と同じく、すべての状態異常耐性を獲得できるクラス……防御士だ。支援的前衛職だから他の前衛クラスよりは打撃力が低いが、それでもアイツよりはずっとマシだぞ」
防御士。
防御に特化した前衛クラスであり、アクティブスキルも『一瞬だけ防御力を上げる』とか『相手の攻撃で吹き飛ばなくなる』などの防御的なものが揃っている。
当然パッシブスキルも防御的であり、その中には治癒師と同じく状態異常耐性を上げるものが揃っている。
身を挺して仲間を守る分、状態異常にも晒されることになる。
だからこそ治癒師と同じく状態異常耐性を上げるパッシブスキルが揃っているのだ。
というかまあ、普通に考えれば治癒師よりも自然だろう。持っていて当然のスキルと言える。
とはいえ五人も揃えて全員に耐性スキルを全部取らせるというのは異常ではあるが。
「仲間を守るスキルを取らない防御士ってのは変かもしれないが、ヒールが使えないヒーラーよりはマシだろ? ソロでも同クラス編成でもそこそこやれるしな」
ここまでの話は分かっていたことである。
集められた若者たちは『自分の理想』と『すぐに暮らしが安定する』を秤にかけてここにいるのだ。
イヤではあるが受けないという選択はない。
なので彼らの一人が口にした『感想』は、広を憐れむものだった。
「つまりヒロシさんのスキルビルドは、俺たちの下位互換ってわけですね」
さんざん苦労してニッチな層の需要を掴んだのに、それも上位互換がいる。
成功を掴んで故郷に帰ったあとでよかった、と安心さえしていた。
しかしそれを聞いたギルド長はそうでもないと首を振る。
「そうでもない。本当に奇妙な話なんだが……アイツのスキルビルドには三つの運用法があるからだ」
スキルビルドには一定の型がある。
相対的に攻撃よりな前衛である戦士も防御偏重やバランス型にもできるし、魔術師も一撃の火力特化や連続で魔法を唱える型が存在する。
しかし同じスキルビルドの型であっても仲間や装備によって多少の趣が変わることがある。
全員が攻撃偏重で短期決戦型というケースもあれば、仲間がガチガチに防御を固めて一人だけがダメージソースになる型もある。
詠唱時間を稼ぐために相手を押し込むための攻撃もあれば、相手を倒すための攻撃もある。
偏ったスキルビルドであっても、別の運用方があることもしばしばだ。
「治癒師と防御士には共通するスキルが多い。なんならヒールも少しは覚えられるしな。他にも自己治癒のパッシブスキルが共通している。だが……防御士に回復効果向上のスキルはない」
回復効果向上のパッシブスキル。
ヒーラーが習得する場合、普通の場合はヒールの効果を向上させるだけにとどまる。
だがソロ時代の広はHPとMPの自動回復の効果向上に使っていた。
そしてもう一つ使い道が残っている。
「回復効果向上のスキルは、極めると『あらゆる回復行動の向上』というマスターボーナスが発生する。だからこそアイテム係に徹すれば『行動不能にならない』うえで『回復アイテムの性能を上げられる』という強みが生まれるんだ」
女勇者が『行動不能にならないアイテム係』を求めていたことは元々知っていた話ではあるが、若手たちの理解が深まっていた。
「それからもう一つ型がある」
ソロ殴りでもアイテム係でもない。
広が最後に到達したキャラメイク。
「お前たちは、ヒロシがなぜ勇者の相棒と呼ばれているか知っているな?」
「勇者と二人だけで過食者の軍を殲滅したからですよね」
「そうだ。アイツは勇者と二人だけで、史上でも最大級の規模となった過食者の軍を一方的に殲滅したんだよ」
当初、彼の役目は古代の四神と戦うことだけだった。
過食者との戦いに身を投じるのは、また別の仲間であるはずだった。
それら全員を押しのけて、彼は彼女と二人だけで過食者たちを嬲り殺した。
「ソロ殴りヒーラーからガチ受けのアイテム係、そして最後には古代神の召喚者になったんだ」