また会えた
人工島内の特別室。
港付近に存在しており、島内の犯罪者を隔離する部屋である。
そこそこに大きなその部屋には仕切りのないトイレの他はベンチぐらいしかない。
まさに牢屋と言っていい場所なのだが、牢屋そのものではない。
その部屋に入っている者は船で本土へ移送され、刑事裁判を受け、そこから刑務所に送られることになっている。
端的に言えば、この部屋にいる時点で有罪は確定している。
そうでないのならもう少しまともな部屋で待機することになるだろう。
ヒロイン周りの法律を勉強している『六人』。
広へ暴行を加えた五等ヒロイン三人と敵前逃亡をした三等ヒロイン三人は震えていた。
なぜ、どうしてこうなった。
自分たちはヒロインとして本当に頑張ってきた。
天才の上で努力してきた。
栄光の道を進んでいるはずではなかったか。
過ちは認めるが、なぜこうも追い詰められなければならない。
自分たちはそこまでの悪人なのか?
彼女たちは自分たちの悪事と現状を天秤にかけて、まったく釣り合っていないと思っていた。
なぜなぜなぜ。
そして思うのだ。
こんなにも苦労した自分たちが理不尽な罰を受けているにもかかわらず、苦労をしていない『男』が栄光を独占していると。
涙を流しながら怒りと悲しみに揺れる。
ああ、どうせこんなことになるのなら……。
あの時に……。
がちゃりという音と共に、部屋のドアがゆっくりと開いた。
血の臭いと共に一人の少女が入室してくる。
血の汚れで軍靴や軍服を汚している彼女は、この場の六人よりも若く幼く見えた。
「コロムラだ」
日本刀に似たサーベルを帯びる彼女は端的に自分の所属を口にする。
反社会勢力の一員が治安維持組織の本部に乗り込み、牢屋のような部屋に入ってくる。
その意味を想像して、六人は期待をしていた。
「端的に言おう、我らの同志になる気はあるか。お前たちがその気なら脱出を手伝ってもいい」
殺人を犯しているであろう年下の少女から、犯罪組織への勧誘をされる。
ここで頷けば汚名に汚名を重ねることになると想像できたが、彼女らはまったく迷わなかった。
むしろそれどころか……。
「条件がある。どうしても一人、殺したい男がいる。ソイツを殺してからなら脱走していいし、お前たちの仲間になってやってもいい」
交渉もへったくれもない、品位の無い一方的な要求。
だが勧誘に来た少女にとっては『男』という単語以外はどうでもよかった。
「この島にいる男は一人だけだが」
「ああ。そいつを殺したい」
「……イイだろう。ただし手は貸さないぞ」
「望むところだ」
そして勧誘された犯罪者たちにとっても他のことはどうでもよかった。
それは関与しないという意味ではなく、どのような犠牲も許容するという意味である。
※
喫茶店で二つのスイーツを注文し食べ始めて『半分のサイズにすりゃよかった』と、陶酔と懐かしさに浸っていた自分に後悔していた広。
その喫茶店、否、人工島全体に非常警報が鳴り響いていた。
通常の意味での一般人が一切いないからか、何が起きているのか隠されることなくすぐに知らされる。
『非常警報です! 現在テロ組織からの襲撃を受けています! 現在襲撃されている箇所は港、滑走路です! そのほかにも襲撃されうるので、一般職員は即座にそれぞれの休憩室に避難してください! 各等級のヒロインと警備員は非常事態のマニュアルに従ってください!』
(俺はどうすればいいんだ!?)
まさしく勉強不足が仇になっていた。
まともな勉強をしていない広はこのような事態でどうすればいいのか全く分からない。
どうしていいのか迷っていると手元の携帯端末が鳴る。
非常事態を告げているが、それとは別にドクター不知火からの連絡が入っている。
『メッセージ 研究棟にすぐ来てくれ!』
(ありがたいな……)
広はテロ組織と戦う気などなかった。
上司からのわかりやすい指示に従って、研究棟へ向かって移動を始める。
押さない駆けないしゃべらないという原則に従って、周囲とぶつからないように気をつけながら進んでいく。
幸い、この非常事態に研究棟へ向かう影は少ない。
やがてセキュリティの厚い通路に入る。
そこに、六人の怒った女性が立っていた。
「……」
広は神妙な顔をした。
先日の招集で文字通りつるし上げられた、犯罪者となってしまったヒロインたちである。
その表情は私怨に燃えており、ヒロインでも一般市民でもなかった。
その上でヒロインとしてのSFアーマーを着込んでいるのだから笑えない。
「ずいぶんいい顔をするわね……なに、今までは猫を被っていたってこと?」
「さすが炎のタフガイ様ね。ねえ、ずいぶん格好いいじゃん。はははは!」
「その生意気な顔は何かな? まさか一等ヒーローになったから、私たち先輩の顔を立てる気はないってこと?」
「いや~~! ここからさぞ活躍するんだろうな~~! 私たちなんて瞬殺だよね!」
五等ヒロイン、三等ヒロインがそれぞれ三人ずつ。
絶望的に思える戦力差だったが、広は唯一の装備であるリンポを抜いて構える。
「ただの犯罪者が」
あえて途中で切った。
端的で適切な評価を聞いて全員が激高する。
「はあぁ!? 誰のせいだと思っているのよ! 誰のせいでこんなことになっていると思ってんの!? で、なんでアンタは一等ヒーローになるのよ! 意味が分かんない!」
広に対して怒り狂うヒロインたちは、意味が分からない、と連呼する。
もはや彼女らの発する言葉の方が意味不明であった。
「……ああもういい! とにかくなんでもいい! もうアンタを殺せればいい! どうせ刑務所に行ったって死刑みたいなもんだもんね! 世をはかなんで自殺するだけだもんね! それならアンタを殺す!」
どうせ転落するならば本懐を遂げてから死ぬ。
栄光の道を歩んでいたはずが何もかもを失ったことで自暴自棄になっている。
何もおかしなことは言っていない。広自身も同じような状況ならそうしていたかもしれない。
だが彼女たちは勘違いしている。
このまま自分たちが本懐を遂げられるなど、思い上がりも甚だしい。
「これはそのなんだ……俺の自己評価に関することなんだけどな。お前らにもわかるだろうが、俺は貴重な実験体なんだよ。前線に出なくてもいいから実験は受けてくれって言われるぐらいにな」
「はははは! そうだよねえ! アンタがただのモルモットになっていればよかったのにねえ!」
「会話が成立しねえなあ。で、そんな俺をこの状況でフリーにしておくと思うか? こんなにヒロインがいる島で?」
「その通りですよ」
分厚いであろう通路の壁を突き破って現れたのは近藤貴公子であった。
時間を稼げば助けが来るだろうと思っていた広をして目を見開くほど驚いている。
まして襲撃をしている側の六人はもはや開いた口がふさがらなかった。
そして意外なほど、彼女は怒っていないし慌ててもいなかった。
むしろ穏やかですらある。
「さて……貴方たちが脱走していると聞いていましたが、案の定ここに来ましたか。まあもう殺すしかありませんね」
もはや怒る価値もないと言わんばかりに巨大な拳を鳴らし始めている近藤。
しかしその穏やかさに交渉の余地があるとでも思ったのか、犯罪者たちはバカげた交渉を始める。
「……申し開きはしません。でもソイツを殺させてください。その後どうなってもいいですからソイツを殺させてください。お願いします」
「お願いします!」
あろうことか深く頭を下げてまで殺人の許可をもらおうとした。
彼女らは誠心誠意見逃してもらおうとしている。そこに誠意があるとは思えないが彼女らは真面目だった。
「貴方にはわかってもらえないかもしれません。でも私たちは真剣なんです」
「なんで男がもてはやされて、女である、ヒロインである私たちが犯罪者なんですか!? 納得できないんです!」
「だから……殺さないとやってられません! 何があっても譲れないんです! だから~!」
「……広君ならわかってくれると思いますが、彼女らの言葉に聞く価値はありませんね」
「それはどういう意味ですか!? 私たちが犯罪者だからですか!?」
「それもありますが、貴方たちはそもそも広君が男だから怒っているわけではないでしょう」
近藤は自らを女尊男卑思想の持ち主であると語っているが、目の前の六人をそのような思想の人間だとも思っていない。
「貴方たちはただ人生が上手く行っていないのでイライラしていて、八つ当たりする相手を探しているだけです」
物凄く雑な認識であった。
あまりにもひどすぎる発言に訂正を求めようとする犯罪者たちだったが、白けた声で近藤は続ける。
「仮に広君が男装女子だったとしましょう。あるいはなにがしかの理由で幻想的状態異常で男子になっているだけの女子だとしましょう。実にそそられる設定なので誰か描いてほしいですが……それでも貴方たちは広君に対して敵意を向けていたはずです」
男尊女卑社会において『女は黙ってろ』という差別発言をする輩もいるだろう。
だが相手が男だったらどうだろうか。『年下は黙ってろ』とか『素人は黙ってろ』とか『関係ない奴は黙ってろ』とか『うるせえ黙ってろ』と言うだけである。
罵声の表現が変わるだけで罵声を浴びせること自体は変わらないはずである。
相手が女性だから『女は黙っていろ』と言っているだけで、他人から指図を受けることが嫌いというのが本質だからだ。
彼女らも同じだ。
人生が上手く行っていないのでイライラしていて、目立つ輩を攻撃したいだけである。
広が女でもなんでも適当な理由をつけて攻撃していただろう。
彼女らの本質は嫉妬であり八つ当たりだ。
「想像してみてください。広君がとってもかわいい女の子だったとして、貴方たちはその女の子を祝福できましたか? というか、現在の貴方たちは他のヒロインを祝福しているのですか? していないということはそういうことです」
(そうだ、こいつらは乾いている。だからイライラしているだけだ)
広は内心で賛同していたが、それは油断だったのかもしれない。
次の瞬間、パンと割れる音がした。
広の前に立っていたはずのヒロインたちの頭部が破裂したのである。
もちろん即死であり地面に倒れている。
魔法攻撃なのか物理攻撃なのか、武器を使っているのかいないのか。
何もかもが分からない。
「さて」
(いつ攻撃した!?)
残酷なことだが、スーパーヒロインは残酷である。
処刑した六人に目もくれず周囲を見渡していた。
「この人工島を襲うのです……貴方が来ているのでは?」
「ははは。その通りだよ、ライバルちゃん」
やはり。
広の眼には、何が起きているのかわからない。
少し離れた場所に立つ近藤の前に、彼女を見上げる不敵な軍服の女性が立っていた。
その服装からしてコロムラであることは確実であろう。
それも、その中でも屈指の実力者であるに違いない。
「殺村紫煙……今日ここに来たのは勧誘。それから紫電と広君を会わせるためですね」
「そうさ。なかなかカワイイのでね、ついついお世話をしたくなってしまうんだよ。勧誘の方は残念な結果だけどまあ仕方ない。彼女らもモチベーションの為に死んだのなら本望だろうさ」
襲撃を仕掛けた六人もおとなしく逃げるべきだった。
自分たちの意志で広を殺そうとした結果死んだのである。
自分の責任としか言いようがない。
「人が強くなるには理由が必要だ。理由がなければ強くなれない。だが強くなる理由があるのに強くなれないのはかわいそうだ。コロムラはそんな人の味方なんだよ。だからねえ……」
ねっちょりとした目で、紫煙なる人物は広を値踏みする。
「その程度で満ち足りている奴は餌にするしかないかなって!」
「確かに彼は足るを知っています。しかしそれは欠点ではない」
「それは怪異対策部隊の思想だ。コロムラは違うよ」
「させません……彼は男! 私は女として彼を守る義務がある!」
「させるさ」
何が起きたのかわからぬうちに衝撃波が発生する。
通路を吹き飛ばす圧倒的な風圧にもまれながら、広は元来た方向に転がっていく。
(敵もスーパーヒロイン級の実力者なのか!?)
やはり油断していた。
スーパーヒロインが来てくれるはずだからと甘く見積もっていた。
たるんでいると言われても仕方ないだろう。
反省しながら立ち上がると、後ろから声をかけられた。
「久しぶりだね、スモモ」
「……紫電」
血まみれの幼馴染。
殺村紫電がそこにいた。
望んでいた再会が、最悪の形で果たされていた。
※
殺村紫電。
そう名乗る少女は血にまみれていた。
その上顔には異色の血管が浮かび上がっており、人体改造が文字通り表面化している。
軍服の内側、手足や胴体はどうなっているのか想像もしたくない。
しかし彼女は自分の顔を誇らしげにさらしている。
軍帽もくい、とあげてアピールすらしていた。
「うれしいわね、そっちの名前で呼んでくれるんだ」
「空気を読んだんだよ」
「……素晴らしいわよ、殺村紫電の人生は」
名前を変えて生活スタイルを変えた。その結果とても素晴らしい日々を送っている。
わずかな迷いとそれを押しつぶすほどの充実。
自己実現に向かっているという実感が今の彼女を動かしている。
強くなるためにテロ組織に入って、危険な人体実験を受けて、その結果本当に強くなっている。
彼女は一度しかない青春を満喫していた。
「アンタとやっていた特訓が子供のごっこ遊びにおもえるほどよ」
「実際子供のごっこ遊びだっただろ。何をお前、血のにじむ努力をしていました、なんてことを……」
「魔力の刃を構築するのがどれだけ大変だったかわかる!?」
「……なあ、もしかしてなんだが、子供のころから無駄に魔力を酷使したせいで魔力の伸びが悪くなったって可能性はないのか?」
「……」
「……」
「どんな特訓をしているんだ?」
「秘密よ」
「そうだよな、犯罪組織だもんな」
幼馴染同士の会話は続く。
空気を読み合っての話し合いは、到達するべき場所へ向かって行った。
「正直さ、アンタのことはもうどうでもいいんだよね。さっきのスーパーヒロインも言っていたじゃない。人生が上手く行っていないから他人に攻撃的になるんだって。あの時の私もそうだったよね」
強がりではないだろう。
現に彼女は先ほどの六人に広を譲っている。
かといって完全に無関心になったとも思えない。
「今の私は充実している。おばあちゃんの剣もどうでもよくなるくらいにね。でもさあ、こうやって会ったからには約束を果たすべきだと思わない?」
「お前の好きにすればいいさ」
「格好いいねえ。さすが主人公」
「……違うよ」
腰に下げていた日本刀風のサーベルを抜く紫電に対して、広もリンポを構える。
「俺が主人公ならお前に何か言うはずなんだ。お前に伝えたい意志を用意していたんだ。でなくてもお前に会ったら何かが浮かぶんだ」
「何も言えないの? 恥ずかしいわねえ」
「そうだな……幼馴染が犯罪者になるのは恥ずかしいことじゃないが、犯罪者として生きている幼馴染を諫められないのは恥ずかしいよな」
通常の金属とは明らかに異なる光沢のサーベルと魔力の刃が真っ向からぶつかる。
付近で行われているスーパーヒロイン級の戦いに比べれば小競り合いだが、それでも一般人からすれば猛獣同士の戦いであった。
「はあ……嫌になるわねえ。今のスモモがフル装備じゃないことはわかっているけど、それでも『あの時の自分』を越えたと実感できて……レベルの低い喜びが湧き上がるわ」
「卑屈になるなよ。そういうは大事にしたほうがいい……」
一瞬の攻防で広の片腕が切り落とされていた。リンポを持っていた腕であったため、リンポは広の手元から離れて転がっていく。
如何に高い再生能力を持つとはいえ腕がにょきにょき生えてくるほどではない。
広は切断された腕を拾うと切断面に押し付けた。
「あ、私のおばあちゃんの遺品を落とすって何事よ」
「人の腕を切り落としておいてそれは無いだろ」
「私はいいのよ。それにしてもそんな体質だったのねえ……もうくっつく?」
「もう少し待て……1カップラーメンぐらいでくっつくから」
「三分って言いなさいよ」
ここで紫電は広の方ではなく、紫煙と近藤の戦いの方を見た。
それは届かないものを見る目ではなく、自分もいずれああなってみせるという希望と野心が燃える眼だった。
広のことをどうでもいいと思っている証拠だろう。そのことについて腹が立つこともない。
(俺にも似た経験がある……今が一番楽しいんだろうよ)
キャラクターメイクは楽しい。
セルフコントロール、自己研鑽の実感を得られるのは楽しい。
ああすればこうなるのではあるまいか、おお本当にそうなった。
誰にでもある素敵な日々だ。
彼女はきっと、本当に幸せなのだろう。
「もーくっついた?」
「ああ、待たせたな」
「女を待たせるとか、アンタ気が利かないわよね。会う前に治しておきなさいよ」
「お前がさっき斬ったんだろうが。どうやってお前に会う前に治すんだよ」
「男のくせにうるさいわねえ」
奇妙な人間関係の、奇妙な時間が終わりに向かう。
「広君! もう少し待ってください! きっと応援が来ます!」
「そう簡単じゃないさ。なにせこっちは怪人や怪物を投入している。いくらヒロインの総本山とはいえそうそう救援は来ないよ。君がここにいれば尚更さ。だってほら、君はスーパーヒロインだからね。君の足手まといになりたくないだろうし、君なら大丈夫だって信頼されているさ」
「こ、この……!」
「ま、あれよ。フル装備のアンタとやりたかったけど、なんか戦ってわかったわ。というか……コロムラでの日々が私を成長させた結果よね」
遠くへ転がっていったリンポを、サーベルを持っていない方の手で拾い上げる。
子供のころの宝物、もう大して興味が無くなったそれをただ持っている。
「スモモ。アンタ、ヒーローになって活躍して満足したでしょ」
完全にわかり合えているわけではないが通じ合っていた。
広が紫電を感じたように、紫電も広を感じていた。
「アンタは確かに凄い特殊な力を持っている。だから異常攻撃に特化した怪物には負けない。でもそれは勝てる相手に勝っているだけのこと。アンタは最初から高みを目指していない。現状に甘んじている」
(そうだ、俺はもう満足してしまっている)
「満ち足りたアンタはもう強くならない。それなら、今殺しても一緒でしょ」
(ヒーローになってからじゃない、俺はヒーローになる前に満足していた。だから俺は……この世界に帰ってきたんだ)
「広君、諦めないで!」
「おっと! これは約束を果たすシーンだぞ。ヒロインなら譲ってあげたまえ!」
広には先ほどの六人の気持ちが分かる。
何が何でもなさねばならぬということはある。
広にとって、力を得て周囲に認められることがそれだった。
それを達成し終えている広には戦う気力がほとんどない。
強いて言えば目の前の彼女と再会することが目標だった。
彼女と戦って負けるのなら受け入れられる。
「ところでさ、最期に聞いていい? なんでアンタ、このマジックコンバットナイフにリンポなんて悪趣味な名前を付けたの?」
「……リンポという名前の武器が有名になれば、お前が自分の名前を引け目に感じずに済むかもしれない。そう思ったんだ」
「キモ」
「そうだな……気持ち悪い話だ」
紫電は広に対して執着を持たなかった。
むしろなんでこんな男にこだわっていたのだろう、と不思議に思うほどだ。
この程度の実力で満足するような志の低い男に劣等感を抱くなんて、昔の自分はなんて愚かだったのだろう。
そこが彼女の勘違いだった。
李広という男は『この程度の実力』で満足したわけではない。
(コイツはきっと……俺が世界を滅ぼすほどの力を得て、それで満足したなんて信じないんだろうなあ)
広が幼馴染の凶刃を甘んじて受け入れようとする瞬間。
紫電が次のステージに踏み出す瞬間。
紫煙と近藤は同時に寒気を覚えた。
研究等へ向かう通路。戦う四人は同時にそれを見る。
「……え?」
紫電の持っていたマジックコンバットナイフの柄から、空気の絶縁破壊が発生する。
彼女に握られていることが不愉快だと言わんばかりに放電と疾風が吹き荒れた。
もちろんマジックコンバットナイフにそんな機能はない。
なにより紫電はこのナイフに魔力を込めていない。
マジックコンバットナイフは自ら魔力を生み出しているかのように、紫電の手を焼きながら弾けてとんだ。
紫電の火傷の傷みが脳に達するまでの刹那、四人は奇跡を見る。
誰の手にも触れていない、空中で落ち着きなく回転する柄から『魔力の刃』が生成される。
それも本来通りの鉈のような形状ではなく、古代の儀礼剣のように美しい曲線を描く刀身となっていた。
それはもはや実体化し、硬質なはずの床に突き刺さる。
「……なんでだ?」
広は既知の現象に呆然としていた。
自分に対して抜けと言わんばかりに自己主張するそれは、置いてきたはずの最終装備そのものであった。
世界を越えて、世界を滅ぼす力が彼の手元に戻ってきた。