喫茶店にて
怪異対策部隊のトップ会議による決定により、広はしばらくヒーローとしての仕事をお休みすることになった。
であると同時に、コロムラで何が起きているのかも知ることになる。
気分を変えようと思った広は、ショッピングモール内の喫茶店を訪れていた。
彼という男は喫茶店になんの興味も抱かない男ではあったが、幼馴染ならばこういう店に来たがるだろうと思ってのことである。
実際、店内にはヒロイン候補らしき影がある。
階級章もつけており多くが四等、五等である。彼女らは広から距離を取りつつ、その姿を見て噂をしているようだった。
(異物扱い……昔は平気だったし、なんならうれしくもあった。優越感って奴だな。今はまあ……正直普通に居づらいよ。お前がここに来れたらどうだったんだろうなあ)
李広にとって幼馴染は嫌いな友達だった。
ある意味幼い子供特有の考えかもしれないが、とにかく好きではないが友達だった。
仮に彼女が順当に人生を進み、ヒロイン養成校に進む段階になって魔力の不足を知ったらどうしていただろうか。
あるいは魔力が十分でもギリギリで、落ちこぼれていたらどうだったか。
スーパーヒロインのようになっていればどうだっただろうか。
様々な可能性が脳内をよぎるが、実現しうるのは入学できなかったことだけである。
彼女の運命は生まれた時から決まっていた。ヒロインになれないという、玉石混交の女性の中の石でしかない。
(ヒロインたちはな、思ったより普通だよ。スーパーヒロインたちはそうでもないけど、学生は特に普通だ)
彼女がここに来ても、感激するのは数日だろう。それ以降はただの喫茶店になってしまう。
ヒロイン以外の客も大勢いるのだからそんなものだ。まあそれでも全員が優秀なのだろうが。
女性たちをなんのけなしに見ている広だったが、その女性たちの中で動きがあるとぎょっとしてしまう。
もしや自分が視線を向けていることで女性たちを不安にさせているかもしれない、と思っていたが……。
近付いてくる女性たちの顔は二重の意味で見覚えのあるものだった。
表情も、それぞれの人物も知っているものだった。
「広君……私のことを覚えているかな?」
「小人化の事件を担当されていた一等ヒロインの方ですね?」
「はははは! その通りだよ。私は一応近藤さんの派閥に属している。と言っても今代のスーパーヒロインはみんな仲がいいから、あんまり意味のない話なんだけどね。とにかくあの会議のあとも絞られてしまったよ」
「それは……」
「もちろん君には怒ってないさ。なあ」
一等、二等ヒロインたちが広の傍に集まっていた。全員が好意的であり広の緊張感も拭われていく。
「君は知らないだろうけど、私は石化怪物と戦っていたんだよ。あの時は噛まれて石にされてねえ……君が早く倒してくれなかったら、そのまま死んでいたかも」
「土屋さんの派閥の者だよ。あの人を助けてくれてありがとう、なかなか会えないからちゃんと言えなくて申し訳ない」
「やっほ~~! 会いに来たわよ! どう? 私たち鹿島の派閥に入って仲良くする気になった~~!?」
「コイツは店の外に出せ」
「おう」
鹿島の恋人である一等ヒロイン沼沈もいたのだが、他の良識あるヒロインたちによって連行されていった。
「ごほん……とにかくだ、近藤さんもおっしゃっていたが、今回の件は君に何の非もない。悪いのは我々だと思ってくれ。中学も卒業していない君に頼ってしまったのだから」
「むしろ私たちは貴方に感謝しているし、信頼している。何か困ったことがあったら何でも言ってちょうだい」
「そ、そんな……困ることなんて、ありますかねえ?」
「ふぅううう……私たちも学生だった時に貴方と会っていたら、凄く酷いことをしていたと思うのよ。それこそ貴方に暴行を加えた三人のようにね」
「現場の私たちからすれば貴方は頼りになる仲間だけど学生からすれば競争相手だもの。それが健全に競争心になればいいけど、そう簡単にはいかないわ」
「中には貴方を退学に追い込もうとする子が出るかもしれない……!」
彼女らは広と同じである。
以前の自分の行動原理を思い出して、現役の学生がどう行動するのか察していたのだ。
「近藤さんがあんなことを言った後で言うのもなんだけど……スーパーヒロインが負けたり洗脳されたときに、貴方がいないと私たちが行くことになるのよ……」
先日発生した最悪の事態を思い出して震えるヒロインたち。
なまじスーパーヒロインの強さを知っているからこそ、彼女らが解決できなかった事件や彼女らが敵に回る事件に怯えているのである。
だからこそそれを二回も解決した広に畏敬の念が堪えない。
彼がいなかったら自分たちがやることになる、と想像するだけでも怖い。
事故が起きないように注意することはできるが、大事件に巻き込まれたらそれどころではないのだ。
「こう言ってはなんだが、私たちは既に君をスーパーヒーローとして認識している。君がどんなインチキやイカサマをしているとしても全然気にしないから、今後も活躍してほしいんだよ」
「痴漢冤罪をでっちあげてきたりするかもしれないから、人と話すときは録音とか録画を欠かさないでくれ」
「貴方の未来は私たちの未来でもあるのよ!」
「養成校の教員は引退したヒロインが務めているから力になってくれる! だから遠慮なく頼ってくれ!」
「だから嫌になってやめたりしないでね!」
「逆に気に入られるかもしれないよね! 悪いヒロインにつかまって『責任取って!』とか言われるかも! それを避けるためにも私たちと懇ろな関係にならない!? 最初は変だと思うかもしれないけどみんないい人だから……」
「おい! 鹿島派がまだ残っているぞ! つまみ出せ!」
(本当に仲がいいのか?)
ある意味で彼女たちは、きちんと広を認識している。
怪物や怪人と戦う時はベテランのように振る舞えるが、人間関係では普通に悩んでしまうのだ。
広を普通の人間だとわかっているからこそ、彼を支えようと必死なのである。
「あ、あの……この話は近藤さんに聞かれて平気なんですか?」
「ちょっとは怒られると思う。だがね、学校の人間関係が危険だということは近藤さんもわかっている。だから私たちの気持ちをちゃんと伝えることは君にとっても意味があるんだ」
「ということで……頑張りましょうね!」
必死で、しかし好意的な女性たち。
彼女らが去っていく姿を見た広は、喫茶店のガラスの壁から外を見た。
人工島ゆえに海が見える。沖合の人工島なので砂浜などは一切なく、ただ波打つ海が見えるだけ。
ある種の殺風景ささえある海で、広は過去を思い返していた。
「……アイツを思い出す顔だったな」
ーーーキャラメイクはスキルビルドだけで完結するものではない。
装備や仲間なども含めてキャラクターは完成する。
そして装備や仲間は変えられるがスキルビルドは変更できない。
だからこそスキルは汎用性が高いものを選び、装備や仲間で残った問題を解決するのが主流だ。
状態異常対策など特にそうである。
石化攻撃を仕掛けてくる敵と戦うにあたって石化耐性のパッシブスキルをとるものはまずいない。
結界師による状態異常を防ぐバリア、支援師で状態異常耐性を上げる強化、などのアクティブスキル。あるいは石化耐性を向上させる装備、石化を回復する消費アイテム。
など様々な対処法が存在するうえで、特定の局面以外では腐ってしまうからだ。
しかしいずれも絶対的なものではなく、事故が起きることもある。
実力のあるパーティーほどリスクマネジメントがしっかりしているため、事故が起こりそうなモンスターとは戦わないようにしていた。
そうしたモンスターを討伐する専門家として、広はニッチな需要に応えていた。
神が敵でも状態異常に陥らないという強みを生かし、実力者が忌避する危険モンスターを狩りまくっていた。
であれば……。
神を倒さなければならなかった女勇者が広に声をかけたのは必然と言える。
(過食者どもの作戦は酷かった。勇者の装備を裏ボス枠の古代神に奉納しちまうんだからな~~)
肉体的状態異常を得意とする古代の水神に、肉体的状態異常を防ぐ勇者の盾を。
精神的状態異常を得意とする古代の火神に、精神的状態異常を防ぐ勇者の兜を。
幻想的状態異常を得意とする古代の土神に、幻想的状態異常を防ぐ勇者の鎧を。
数値的状態異常を得意とする古代の風神に、数値的状態異常を防ぐ勇者の護符を。
それぞれ奉納し、神々の所有物にしてしまった。
そのせいで女勇者は古代の神々と戦い、勇者の装備を取り戻さざるを得なかったのである。
(古代神の厄介なところは、超強力な魔法と超強力な状態異常の両方が使えたことだ。どっちも対策を取らなきゃ即死級の代物……俺とアイツは防具を魔法対策で揃えて、俺がアイテム係やって、アイツがダメージソースをやって……ほぼゾンビ戦法で戦ってようやくだったな)
女勇者は『行動不能にならないアイテム係』を必要としていた。それができるのは広だけだったのである。
(ゾンビ戦法、か)
あの時の女勇者を広はよく覚えている。
重篤な状態異常に蝕まれながらも必死で立ち向かう、健気で痛ましい少女の姿。
アレに比べれば今の自分などタフガイと呼ばれることもおこがましい。
神々から装備を取り戻した後も相棒として付き合うことになったが、それは功名心からではなく彼女を認めていたからだ。
女をサポートすることに意味を見出していた、なんてことを当時の自分は認められなかったが。
それでも彼女は自分を成長させてくれていた。
『え、今後も一緒に戦ってくれるんですか!? ありがとうございます! とっても心強いです!』
『ヒロシさん……貴方のおかげで私は頑張れそうです!』
『本当は……本当は、ちょっと、ここでヒロシさんが『じゃあな』って言ったら、何もかも嫌になって投げだそうかな~って思ってたんです。期待していたってことですよ!』
『今回の旅でよくわかりました。ヒロシさんはとっても頼りになる大人の男だって。これから先もずっと、よろしくお願いしますね』
(まあそりゃなあ……あんなゾンビ戦法をしていたら世をはかなむわな)
広はここで相棒を思い出す。
彼女がここにいたらどう思うだろうか。
このメニューの中の何を望むだろうか。
「……ふぅ」
テーブルに取り付けられていたタブレットを操作し、少し豪華なスイーツを注文する。
もちろん食べるつもりであったが、それは自分が食べたいからではなく……。
彼女に食べさせてあげたい、という気持ちを消化するためであった。