再会予告
人工島の最奥、総司令官室。
一部の限られた者しか存在を知らない、重度の幻想的状態異常被害者にして総司令官『森々天子』の隔離部屋。
現在そこには、三人のスーパーヒロインと一等技官不知火衣、そして三等ヒーロー李広が集まっていた。
「サプラ~~イズ!!」
自信満々でドヤ顔をしている土屋香だが、床に直接正座しているうえに重そうな石を抱きかかえていた。
あんまり辛くなさそうだが、それでも拷問ないし折檻に見える。
「あの、サプライズって……」
「驚いただろう? 写真撮ってくれ、後で公開するから。みんなびっくりするぞ~~!」
自分が拷問されているところをどや顔で世間に知らしめるスーパーヒロイン土屋香。
ここが最高機密の部屋だということを完全に忘れている模様。
「恋人たちが捕まっていた時、僕は身を切られるように辛かった。他の人たちも同じ思いだったに違いない! それなのに僕は、スーパーヒロインでありながら敗北してしまった! これはどんな罰も甘んじて受け入れるべき!」
鹿島強も同じように石を抱き正座していたが、抱えている量が明らかに多かった。
いかにスーパーヒロインとはいえ不安で仕方ない。
「あの、なんで私まで?」
「貴方も石を抱きたいですか?」
「このままでお願いします」
一等技官にして広の上司、不知火も同じく正座させられている。
流石に石を抱いてはいないが正座しているだけでもきつそうであった。
「あわわわわ、あわわわわ……」
ナメクジのような下半身を引きずりながらうろたえる総司令。
自分の部下が罰されていることに困惑気味である。
「総司令も同じ罰を受けていただきたいところですが、さすがにそれは辞めておきましょう」
苛立たしそうな大女、太くてたくましい女弁慶は眼鏡をかちゃりと動かしている。
「広君を前にして、この場の全員へ苦言を呈させていただきます。まずドクター不知火!」
「はい!」
「貴方は直属の上司として彼を監督する立場にありますね? なぜ先の暴行事件を把握していなかったのですか?!」
「それは、その……教えてもらわなかったので……」
(すみません……)
「こんな女だらけの島に男子一人ですよ!? 人を使って監視させるか護衛をつけなさい!」
一応未成年である広を預かるドクター不知火に対して当然の注意をしている。
彼女からすれば『だって言ってくれなかったし……』であるが、それを怠慢と言われれば返す言葉もない。
「土屋先輩! 鹿島先輩! スーパーヒロインである貴方たちが三等ヒーローである彼に救ってもらうとは何事ですか!」
「ふふふふ! 事実だから謝れるぜ。俺の経歴はこれぐらいじゃ傷つかないぜ」
「まったくその通り! 僕にもっと罰を! もっともっと!」
二人のスーパーヒロインはそれぞれの理由で罰を甘んじて受けている。
些か温度差があるが、すくなくとも非を認めてはいる様子だった。
「そして……総司令官! 彼へ仕事を振りすぎです!」
「ひっ!」
「彼は未成年で、中学すら卒業していないのですよ! なぜ一人で危険とわかっている戦場へ送り出すのですか! それも頻繁に!」
「それはその……適材適所と言うか……」
「そういう問題ではないと言っているのです!」
体重の乗った正論パンチであった。
本人が本気で怒っていることもあって総司令官にはクリティカルヒットしていた。
「貴方のお体を想えば彼に期待する気持ちはわかります。彼がその期待に応えてくれていることもわかります。ですが! 貴方はヒロインを甘やかしすぎている! 貴方が守ったヒロインの沽券を貴方が貶めてどうするのですか!」
「あ、甘やかしているかしら?」
「釈迦に説法とはこのことですね。貴方のような姿になってでも人々を守ることこそヒロインの矜持ではないのですか!」
ーーーかつて男尊女卑社会が存在した。
女性に参政権がなく、王位継承権がなく、発言権がない時代があった。
男女平等という考えが生まれ、多くの女性が社会で責任ある仕事に就くようになった。
ヒロインが誕生する前からある程度の男女平等が成されていたわけなのだが、これはなぜか。
社会に出た女性たちが責任ある仕事を全うしたからである。
責任ある仕事に就いた女性たちが適当でいい加減な仕事をしていれば、世間は結局女性が仕事に就くことを認めなかっただろう。
彼女らは自らの優秀さを行動で証明したからこそ認められたのである。
「私とて積極的にヒロインを貴方のような姿にしたいわけではありません。ドクター不知火の研究を止める気などありません。しかしヒロインを傷つけないために広君を傷つけるのはおかしいでしょう! 誰よりも傷つくべきはヒロインのはず! 現代のヒロインは強制徴兵されたかわいそうな乙女ではありません、志願兵なのですよ!? なぜ甘やかすのですか!」
「ごめんなさい……」
「……以上です。広君、聞き苦しいことを言ってごめんなさいね」
いきなり申し訳なさそうに謝ってくる大女。
妙に距離が近いのは彼女の体が大きいので圧迫感を覚えるからか。
「実在しないヒロインがピンチになって18禁展開になったり素敵なヒーローに助けてもらうのはいいんですよ。フィクションなんですから。でも実在するヒロインが実在する未成年に助けてもらうというのはどうかと思いませんか? 恥じるべきではないですか? フィクションならいいんです、同人ならいいんです。青年向け同人ならいいんです。もっと増えてほしいです。クリエイターの皆さんを私は応援しています」
「そ、そうですか……」
「ところであなたは前世が伝説の勇者だったとか、人生二週目のショタ爺だとか、異世界から帰還したチーターだとか、そういう話があるそうですね。いや~~、リアルでもいるんですねえ。ところで私のことをどう思っていますか? 同意ックスできます? 私なかなか機会が無くて……ほら、同意がないってことは怖がられてるってことじゃないですか? 私リアルではワカン以外は嫌なんですよ……泣かれたらすごく傷つくと思います! もうトラウマになります!」
「はあ……」
同意ックスの意味するところがワカンならば酷いことは言っていない。
しかし完全にセクハラではなかろうか。
セクハラをしている自覚がないのならば、彼女にも問題はあると思われる。
公私混同の奇行者、近藤貴公子。
自他ともに厳しい人物であるが、隠すべき場所を隠さない逆絶対領域を常識とするスーパーヒロインであった。
「さて、それではマクラはここまでに。貴方の幼馴染についていくつかわかったことがあります」
「!」
「本来であれば貴方に教えるようなことではないのですが、これまでの仕事の報酬と思ってください。重ねて言いますが、私は貴方自身に文句を言うつもりはないのです」
広がここにいる理由。
音成りんぽ、殺村紫電についての初の情報であった。
「コロムラは怪獣の細胞を人体に移植する技術を試験しています。おそらく彼女はその被験者になっているのでしょう」
「怪獣……」
「ええ。正直に言って自殺行為としか思えませんが、成功する可能性がないとは言えません。なにせ我らは怪異について何もわかっていないのですから。身の危険を晒すことをいとわないという理由により、奴らの研究は一歩も二歩も先を行っているのですから」
実験が成功していないほうが、社会全体からすればいいのだろう。
しかし広は彼女の生存を望まずにいられない。
それを見て取った近藤は首を振る。
「貴方の個人的な事情で、反社会勢力への対応を変えるつもりはありません。そもそも貴方は対状態異常に特化しすぎていますしね。しかし敵はコロムラ……貴方を積極的に狙うこともあるでしょう。特に幼馴染が生きているのならなおさらに」
コロムラを良く知るらしき近藤は、これから先の未来を憂いていた。
「コロムラは強さを至上とし、強くなるモチベーションを保つことを第一に考えています。彼女の強くなりたいという思いの根源が貴方ならば、直近で襲撃を仕掛けてきても不思議ではない。……ロマンチックな言い回しをすれば、再会は近いということです」
私生活を積極的に暴露する悪癖はあるが、それでも彼女は広の身を案じている。
自分が人間であるように、広のことも人間であるとわかっているからだ。
自分を燃やすことをいとわないものが、自分のせいで闇に堕ちた人間を討てるとは限らない。
「……緊張しますが、それでもやっぱり……会いたいですね」