女尊男卑主義者
オリンピックにおいてメダリスト以外の選手が忘れ去られるように、選りすぐられたヒロインの中でも記憶に残るのはスーパーヒロインだけ。
それほど懸絶した力を持つ彼女らは、それ故に発言権を持っている。
セカンドキャリアとして政治の世界へ進む者も多く、それを妨げることは難しい。
また彼女らは側近にも同じ道を用意するため、自然と議席数は女性へ傾く。
こうした事情も含めて『女尊男卑社会』と呼ばれるようになっていた。
そのようなスーパーヒロインは、現代では三人いる。
土屋香、鹿島強、そして最後の一人である近藤。
この近藤というスーパーヒロインは女尊男卑思想を持っていると公言してはばからない女傑である。
その彼女が全ヒロインを招集する緊急会議を開くとなったため、人工島は大いに騒ぐことになった。
近藤という女性が招集すること自体はおかしくないが、召集の理由がまったく明かされなかったのである。
何が何だかわからぬまま、人工島の講堂に一等から五等の全ヒロインが並ぶことになる。
およそ前向きではないだろうと誰もが確信している中で、講堂の正面中央に近藤が現れた。
人工島の講堂は、体育館同様に天井が高い。それでも彼女が小さく見えることは無かった。
存在感もそうだが、単純に彼女の身長が非常に高かったのである。
その上で両手両足も異様に太い。女性的な部位が主張している一方で、ボディビルダーのように手足が筋肉に覆われていたのだ。
大きく太く強い女。
そのような体格であったが、髪はロングヘアである。さらに眼鏡をかけており、知的な女性という雰囲気も臭わせていた。
スーパーウーマン、と呼ぶことになんの躊躇もないだろう。
自分を厳しく律しているという雰囲気があふれ出ている。
「一等ヒロインから五等ヒロインの皆さん、よくぞ集まってくださいました。早速本題に入りたいところですが、少々語りたいこともありますのでマクラから入らせていただきます」
彼女がマクラ、と言ったことでヒロインたちは露骨に顔をひきつらせた。
近藤という女傑のマクラはいつも決まっていて、それはもう酷いのである。
「この間最高のタイトルに出会えた……男性向けだったが、非常にいいシナリオだった。18禁要素を抜きにしても名作と言い切れる、近年まれにみる素晴らしいシナリオのゲームだった……! 君たち全員が成人ではないことは把握しているが、それでもぜひ『○○○○』というタイトルで検索し、購入、プレイしてほしい! ネタバレはネット上にあふれているからその点にだけ注意してくれ! ああ、ネタバレ、そうネタバレなんだよ。私もクリアしてからずっと誰かと語り合いたくてたまらないんだ。だからそういうネタバレ要素アリの話もしたいんだが、それが未プレイ勢の迷惑になるかもしれないと思うと痛し痒し……心が二つあるぅ~~!」
スーパーヒロイン近藤貴公子。
女尊男卑主義であることと18禁同人二次元マニアであることを公言してはばからない女傑である。
公言するどころか話のマクラとして常に宣伝やら感想やらをしているので、興味のないヒロインたちにとっては酷い迷惑だった。
「いやほんと、思い出す度に涙が出るんだよ……いいシナリオだった。あんな素晴らしいゲームが出るのだから、この世界は守る価値がある! 購入する人や製作する人を守るために、私たちは社会を維持しなければならないのだ!」
とても熱いハートをぶつけてくるが、熱源が18禁ゲームなので近づきたくないハートであった。
赤裸々になるタイミングを完全に間違えている近藤に対して、しかし誰も口をはさめない。
これがスーパーヒロインのパワーである。
「失礼。興味のない方には退屈な話だったでしょう。しかしこれも必要なことなのです」
興味のある方からしても迷惑な話だったのだが、それでも彼女は頑としてこの話を辞めない。
彼女は信念をもって自分の私情を明かしているのである。
「私以前のスーパーヒロインに、潔白という方がいらっしゃいました。その方は清廉潔白で知られていましたが、ある時男性アイドルにガチ恋していることが知られてしまいました。彼女は恥じらうあまりスーパーヒロインを引退してしまったのです」
(掘り返されてかわいそうに……)
「さらに別のスーパーヒロイン活気勝という女性はホストに入れ込んでいたことが周囲に知られると、自分の男性に媚びないイメージが損なわれたことを気にして誰にも行方を告げず引退したとか」
(本当にかわいそうに……)
スーパーヒロインも人間である。
仕事をバリバリこなしている一方で、私生活は一般人と変わらないか、あるいは恥ずかしい趣味を持っていることもある。
それを知られると世間の目に耐えられず引退してしまう、ということもしばしばだ。
「私は学んだのです。普段から公表していれば何の問題もないと! なので私はこうして定期的に発表しているのですよ」
別の問題が発生していることもそうだが、そもそもこうも公言できる人間ならば秘密が知られても普通に仕事ができそうである。
色々と破綻している理屈だったが、やはり誰も文句が言えなかった。
「ではマクラはここまでにしましょう。ここから先は本題です。三等ヒーロー、李広君。前へ出てください」
唐突にまじめな話に移行したため困惑するヒロインたち。
舞台袖で待機していた広もまた気構えができず困惑した顔をしていた。
ここから真面目な話をするというのなら、マクラはもうちょっと違うのにしてほしいところである。
これが芸ならば滑りもいいところであろう。しかし彼女は最初からコントをするつもりがないので、そんな空気は完全に無視している。
「どうも……三等ヒーロー李広です」
「現在彼に対して、私以外のスーパーヒロイン二名から『一等ヒーローへの推薦』がされています。彼は解決した事件こそ少ないですが、いずれも厄介な任務であり、何よりほぼ単独での解決を達成しています。私としても強烈に否定する理由がないほどです」
不愉快そうな顔をする近藤。
そのプレッシャーに広は怯えている。
強大で強火な女尊男卑主義者が不愉快になっているのだから男として不安になるのも当然であった。
「成果は十分でしょう。彼を一等として認めなければ、後進の出世に対して悪影響を及ぼしかねません。しかし! 彼は特例でヒーローになり現場に赴いている身。貴方たちのように二年間の教育を受けていません! これで一等と認めることは無理があるでしょう!」
彼女は理路整然としていた。
広が一等に昇格することを認めつつも、安易に広を昇格させることはできないと言い切った。
「よって私は! 彼に来年度から養成校へ入学していただき、五等ヒロインたちと共に正規の訓練を受けてもらいつつ、座学や一般教養を身に着けてもらうつもりです! 総司令官は難色を示していましたが私が押し切り、納得していただきました!」
きっ、と強い目で広を睨む近藤。
恐るべき眼力に、広だけではなく他のヒロインたちも怯えてしまう。
「なので貴方は一等ヒーローと認められますが、五等ヒロインたちと同じ訓練を受けていただきます。その間、実戦に出ることは許可しませんのであしからず。良いですね!?」
(俺今から勉強すんの!?)
広としてはとても嫌だったが断ることはできない。
いくら車の運転がうまいと言っても道路交通法をまったく知らない人間に太鼓判を押せないというのはごもっともだからだ。
「そもそも私としては、貴方が三等ヒーローとして登録されることにも反対だったのです。非力な男子である貴方を前線に送り込める地位に就けるなど言語道断。総司令官がどうしてもというので仕方なく看過しましたが、まさかこの短期間で四回も出動することになるとは……こんなことならもっと反対するべきでした。戦うのは私たちヒロインだけで十分だというのに!」
思いっきり女尊男卑の思想が出ているが、これも彼女なりの公言であろう。
なにも間違ったことは言っていないと自信を持っていた。
その姿ににやり、と笑うヒロインたちは多い。特に四等、五等ヒロインたちは頷いている。
自分たちが法律やヒロインの歴史などを学んでいる間、後から来た男が実戦で活躍しマスコミなどでも取り上げられている。
これを面白く思うヒロイン候補などいないだろう。
そんな広が自分らの後輩になるのだから愉快なことだった。
彼と密接に関われるのだから、何をしてやろうかと考えを巡らせていく。
「ごほん。それでは広君はそこに立っていてください。この話はここまでですが、貴方にはまだ見てもらうものがありますので」
「はい……」
女尊男卑の空気、少数派の圧迫感がひしひしと伝わる状況。
広は人生で屈指の圧迫感に苛まれていた。
それを笑う声が漏れてくることもあって、講堂の空気は最悪である。
「では改めて別件です。先日この三等ヒーロー李広君が人工島内の商業施設内で暴行を受けました。加害者は五等ヒロイン三名です」
彼女がボタンを押すと講堂の空中に映像が投射される。
2100年の科学技術によるものだったが、映し出されたのは陰湿ないじめ画像であった。
監視カメラによるものであろう天井からの視点による暴行撮影は、土屋香が現れるまで続いている。
一同、完全に静かになっていた。広すらも唖然としている。
「また先日の〇マーケット内で発生した怪物を討伐する際、三名の三等ヒロインが敵前逃亡し、封鎖区画から無許可で脱走しました」
また別の映像が映し出される。
今度は恐怖に震えて毛布にくるまっている、アーマー姿の三等ヒロイン三名である。
彼女たちが内部の情報を話している映像であった。
「この六名、前に出なさい。……出なさいと言っている!」
怪物をはるかに越えるスーパーヒロインの怒号。
講堂全体が震え、揺れ、近くにいた広など腰を抜かしていた。
だがそれを誰も笑わない。
なぜならほとんどのヒロインが同じように腰を抜かしていたからだ。
そして彼女に指名された六人など、いろいろと漏らしながら倒れている。
苛立ちを顕にしている近藤はわざわざ壇上から降りてくると、それぞれのもとへ向かって髪をひっつかみ、ずるずると力任せに引きずり始めた。
「いた、いた、痛いです! やめてください!」
「すみませんすみませんすみません!」
ぶちぶちという音が聞こえてくるが近藤はまったく容赦しない。
果物でも掴んでいるかのように持ち上げながら壇上に戻ると、引きずっていたヒロインたちを床に放り投げた。
「お前たちは……何をやっている!」
広について話している時とは明らかに温度が違う。
水が沸騰する温度を通り越して鉄を融解させるほどの熱が発されていた。
「非力な男子へ集団で暴行する!? 自分達で対処できなければ男子が投入されると知って逃げ出す!? それでもヒロインか、貴様らは!」
ーーーたとえば男尊女卑的な思考を持つ男性とはどのようなものであろうか。
自分へ反抗的な女子を殴り倒し『女は男の言うことを聞けばいいんだ』とほざく者であろう。
だがそんな男子に向かって『女の子になんて酷いことをするんだ』と言って怒る男子もまた『女子は弱いのだから男が守らなければならない』という意味で男尊女卑的な思考を持っているのだ。
スーパーヒロイン近藤貴公子。
彼女は確かに女尊男卑という思想の持ち主だが『男は弱いのだから女が守らなければならない』という方向である。
彼女にとって男を殴る女や男を危険にさらす女は非常に許しがたい存在だった。
「貴様らはヒロインとしての身分をはく奪し、警察に引き渡す! 執行猶予はつかん! 刑務所に十年以上はぶち込まれるだろうよ! もちろん事件はしっかりと実名公表する! 家族にもこの映像はしっかりとみせてやるから覚悟しろ!」
被害者側である広をして青ざめる未来絵図。
悪夢のような残酷さだったが、なんとも残酷なことに残酷なスーパーヒロインは実在するのである。
「ま、待ってください! そんな……わ、私たち、ヒロインになるために一生懸命訓練したんですよ!? そ、それで、そんな……ヒロインを辞めて、刑務所に入れられるなんてあんまりです!」
「そ、そうです! 考え直してください! なんでそこまでされないといけないんですか!?」
もちろんヒロインたちは抗弁する。
涙を流しながら縋りつき怒りを鎮めようとする。
三等ヒロインも五等ヒロインも、いずれも必死だった。
彼女たちの脳内では、今日までの人生が高速で流れている。
子供のころからヒロインに憧れていた。
ヒロインになれるほどの魔力があると知って歓喜した。
ヒロイン養成校での辛い勉強や苦しい訓練を積んだ。
他のヒロインとの差に苦しむこともあった。
それでも歯を食いしばって頑張ってきた。
ヒロインとして胸を張って活躍し、世間から称賛を受け、多くの人から感謝されたかったから。
それが、ここでついえる。
友人や家族から失望されるだろう。
他のヒロインたちからも軽蔑されるだろう。
刑務所の中では笑われるだろう。
出所後もまともな生活は送れない。
だからこそ彼女たちは必死だった。
「お前たちはそこの李広君と違って法律の勉強もしただろう」
「……はい」
「高い魔力を持つ女性が暴力を振るった場合、凶器の使用以上の罰則が科されることは知っているな? テストに出ているからな」
「あ、あっ……」
「隊長の命令を受けず、勝手な判断で撤退することは敵前逃亡として重罪であるということも知っているな?」
「う、う……だ、だって……えぐぅ」
しかしそれも後の祭り。
他でもない彼女達自身でヒロインの品位を地に落としてしまったのだ。
「お前たちは入学するときに誓ったはずだ。これからはヒロインとして己を高め、人々のために命を捨てて戦うことのみに力を使うと。お前たちはそれを破ったのだから殺されても文句は言えんはずだ。そこを刑務所送りで勘弁してやろうというのだからありがたく思え」
近藤の怒気はすさまじい。
この場の六人を殴り殺したいという衝動を必死で抑えていることが伝わってくる。
ヒロインの規範たらんとする彼女は他のヒロインたちも睨みつける。
「お前たちもだ! たるんでいるぞ! 先ほども言ったがお前たちがきちんと怪物退治をできていれば、彼が出動せざるを得ない状況になることもなかったのだ! 彼の名誉はお前たちの恥だ! なぜ彼を笑うことができる! ぶち殺すぞ!」
非常に今更だが、講堂の全員が思い知る。
彼女は広に対して怒っているのではない、他の全員へ怒っているのだ。
「いいか! 18禁同人ゲームや同人誌が好きなことは恥ではない! 恥じていないから公表できる! 自分の誓いに反する行いを、公表できない行いをすることが恥なのだ!」
(いや、恥じてほしいんですが……)
「ヒロインが悪いことをしてもいいのはフィクションの中だけだ! ヒロインが負けていいのは18禁の中だけだ! リアルとフィクションを混同するな!」
確固たる信念を貫くスーパーヒロインに対して、一言申したくなるところを呑み込む広であった。