降臨
大型ショッピングモール〇マーケット。
開放感のある高級新型ショッピングモールであり、多くの家族、カップル、単身者が訪れる商業施設である。
それ一つがちょっとした村ほどのサイズがある施設だが、最悪なことにそのど真ん中に怪物と怪人が現れた。
即座に封鎖されヒロイン部隊が投入された。
内部には多くの人々が残っているため早期解決が求められたが、生還したのは恐怖で震える数名の三等ヒロインだけだった。
まだ卒業したばかりで精神的に弱いとはいえ、それでも二年間しっかりと準備を整えた新人ヒロインたちは恐怖に震えていた。
精神的な状態異常ではなく、純粋に怪物へ怯えていたのである。
「あ、相手は……植物に似ていました……肉体的状態異常、寄生……残っていた人たちはみんな取り込まれていて、先輩たちも……そのうえ、隊長は、怪物そのものに寄生されています。私たち、怖くて、怖くて……」
人体に直接寄生するという恐るべき怪物。全身が茨そのもののような蔓で構成されている、人型ですらない怪物。
あえて名前を付ければ『ツギツギツギキ』であろうか。
状態異常に特化している分そこまでの戦闘能力はなかったのかもしれないが、怪物そのものが人体に寄生し潜航する能力を持つのならば事故が起きるのも必然であろう。
事態を重く見た総司令官は、申し訳なく思いながらも李広を投入するのであった。
※
〇マーケット中央にある吹き抜け。
閉鎖された施設に開放感を演出する空間は、現在地獄となっていた。
怪物たちに抑え込まれて茨に寄生されている人々は、あえて生かされながらも激痛で苦しみ続けている。
自分の体から生える茨によって周囲の建物に拘束されている姿は、まさに地獄の亡者という他ない。
この中にはヒロインたちも混じっており、さらに中央には一等ヒロインが象徴のように立たされている。
他の被害者と比べてなお痛ましい茨に侵された女性。
すでにヒロインが派遣され、既に敗北しているという現実を容赦なく周囲に見せつけている。
逃げ出してしまった三等ヒロインを誰が咎められるだろうか。
誰もが彼女らのように、この地獄から抜け出したかった。
もはや老若男女、従業員も警備員もヒロインたちすらも赤子のように無力で泣き続けている。
余りにもむごい地獄絵図が演出されている空間を、灯を取り入れる天井のガラスの窓を突き破って突入する少年がいた。
「なるほど……聞いた通りの状況だな」
地獄を見渡してなお泰然とする少年は、全身をアーマーで武装していた。
ヒロインたちが装備しているものとさほどの違いがないため、希望を持つには儚すぎる。
しかし彼であること、少年であることで周囲は反応していた。
「三等、ヒー、ロー。李、広君、です、ね。わ、私の中に、私の中に、怪物が、います! 私ごと、殺してください!」
生贄となっていた一等ヒロインが最後の力を振り絞って要請を出す。
広がそれに反応する間もなく、彼女の内部にいた怪物がうごめき出した。
「あ、ああああああああ!」
大量の茨が伸びて広にまとわりつく。
鋭い棘が突き刺さり、内部に種子をねじ込もうとする。
ダメ押しとばかりに怪人たちも襲い掛かり、広を茨の外から押し込んでいった。
通常ならば勝ちが確定している。
バリアを突破する必要もなく、素のままの肉体に種子が達している。
さっそうと登場したヒーローを瞬く間に無力化した。
その情けない姿を拝見しようと、怪人たちを引かせつつ茨を解き放った。
アーマーから露出している部分に傷を負っているだけの、精悍な少年が立っていた。
しっかりと自分の意志で立っている彼の体からは、寄生に失敗した種子が乱雑に転がっていく。
「あいにくだが、俺にそれは効かないぞ」
あっけに取られている間に、少年は魔力の刃リンポを振るって怪人たちを切り裂いていく。
通常のヒロインたちと比べてあまりにも小規模ながら、まさしく快刀乱麻を断つと言わんばかりの快進撃であった。
一等ヒロインに寄生している怪物は困惑していたが、寄生されている彼女は苦悶の顔でにやりと笑っていた。
「三等ヒーロー、李、広……貴方のような輩の天敵ですよ」
この怪物はやはり状態異常に特化している。
人体に潜り込み操作することが可能だが、だからこそ逆に高速移動ができない。
肉体を内側から無理矢理動かしているため、普通の人間よりもさらに遅いのだ。
自分へ向かってくる天敵から逃げることもできない。
「さあ、私ごと、私ごと、私ご……ごぅほああああああ!」
一等ヒロインが重ねて願う言葉を遮って、その口から怪物の本体が飛び出してきた。
彼女の口の内側をズタズタに引き裂きながら登場した怪物は、広の全身を包み込み、顔を抑え込んだ。
広に寄生しようと必死だが、どうあっても寄生できない。
攻撃自体は通るのに種子を植え付けることも本体を潜航させることもできない。
ならばこのまま茨で削り殺してやるとばかりに、全身を回転させながら広の顔で回転し続けた。
研磨される金属から火花が飛ぶように、周囲へ鮮血がばらまかれている。
(わ、私の体が動けば……!)
あと一人、あと一人でもヒロインがいれば勝てる。
彼を拘束している怪物を外部から攻撃するだけでいいというのに、一等ヒロインを始め誰も身動きができなかった。
「ここまでやっても俺を殺せないか。涙ぐましい努力だが所詮は悪あがきだな」
己の顔を削られている状況で冷静な判断などできるわけがない。これは精神的な状態異常だとかそういう問題ではないはずだった。
しかし平然とした声と共に広の両手は動いていた。右手で顔に張り付く茨を掴むと、左手で一本一本むしり始めたのである。
ぶちんぶちんぶちん。
怪物の手足か指か、はたまたそのいずれでもないのか。
ともかく肉体と言える部位が引きちぎられていく。
なまじ広に圧倒的な戦闘能力がない分、茨の数が多い分、ツギツギツギキの絶叫は長く続く。
逃れようとあがくが、なまじ自分の全身が茨であるため引っかかり、広からすれば逆に抑え込みやすかった。
長く苦しめられていた一般人たちへの因果応報と言うべきか、あるいは広が最善を尽くしているだけなのか。
全身をバラバラに引き裂かれたツギツギツギキは、何の抵抗もできぬまま無様に殺されたのであった。
〇マーケット内の人々を苦しめていた、寄生している茨がだんだん枯れていく。
体の内側に巣食っていたため激痛が止むことは無いが、それでも激痛が増すことは無くなっていた。
誰もが安堵し、解決してくれたヒーローの姿を見ようとする。
大勢に注目される中、広は一等ヒロインに近づき彼女の安否を確かめていた。
(君は平気なのか)
質問をしようにも、誰もが口内がズタズタだ。
傍にいる一等ヒロインも唇を動かすこともできぬまま、その両目で広を見る。
彼の顔は血まみれで、耳は削りきられ両目もそぎ落とされていた。唇そのものもなくなっており、鼻も千切れてなくなっている。頭皮もえぐられ頭骨が見えていた。
それでも彼の体は再生を開始しており、やはり言葉を発している。
「貴方としては自分ごと燃やし殺してほしかったんでしょうし、総司令官もそうしていいとおっしゃってくださいましたが、大勢の人がいたのでそれは控えました」
自分の傷も癒えきらぬまま、彼は心配そうに周囲の人々の顔を見る。
「火事になれば、誰も助かりませんからね」
(……そうだな。私が間違っていた)
この状況ならば被害の拡大を抑えるために『苦渋の決断』をしても咎められるものではない。
しかしそれでも全員を助けた彼は、やはりヒーローであった。
※
天井の採光の窓から現れる、絶望を踏破する戦士。
今回の件もまた彼の名声を大いに高めることになる。
しかし……それを誰もが歓迎するわけではない。
最後のスーパーヒロイン、近藤。
彼女は今回の事件を聞いて激憤することになる。